PRISONER

桜坂詠恋

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オマケ

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「で?」
 放課後の科学準備室で、倉木は眉間に数本の海溝を作っていた。
 イライラと爪先を上下させ、目の前の都筑を睨みつけている。
「わざわざ勝利宣言をする為に俺を呼んだワケ」
「別にそう言う訳じゃないけど」
 倉木とは対照的に、都筑は相変わらず余裕の表情である。それが余計に倉木の癇に障った。
「でも、結局そう言う事でしょ」
「そう言う事になるかな。あ、何にも無いけど、良かったらクエン酸でも飲む?」
「何サービス満点になってんだよ」
「いらないの」
 都筑がビーカーに水を注ぎ、砂糖とクエン酸を混ぜて差し出すと、倉木はそれを引ったくり、ぐびぐびと喉を鳴らしながら一気に煽った。
「美味い。じゃなかった、甘いよ先生。俺がそんな勝利宣言如きで諦めるとでも思ってんの」
「しつこいんだなあ。爽やか青年はハッタリ?」
「しつこいよ、俺は。10も上のオッサンより、17歳のピチピチ男子の方いいって事、桜井が分るまで追いかけるからな」
「オッサン……?」
 都筑の頬がぴくりと痙攣するのを、倉木は見逃さなかった。意地悪く笑って舌を出すと、びしりと都筑の顔を指差した。
「その目尻の皺はパックじゃ取れねえぞ」
 しかし、都筑も負けてはいない。横目でじろりと倉木を見ると、フンと鼻で笑った。
「蒙古斑もパックじゃ取れないよな」
「だっ……誰が蒙古斑だ」
「さあ?今、尻を覆ってるヤツ?」
 都筑に指摘され、慌てて尻から手をどけると、倉木はギリギリと歯噛みした。
「さて。そろそろ帰ろうかな」
 準備室の真ん中で突っ立っている倉木を無視して、都筑は鼻歌混じりに帰り支度を始めた。白衣を脱いでロッカーに収めると、机の上の教科書を揃えてブックスタンドへ戻す。
 そして、野良犬でも追い払うように、掌を上下させた。
「シッシッ。キミも帰んなさい、倉木君」
「ついてく」
「は?」
 心底嫌そうな表情の都筑のネクタイを引っつかむと、倉木はずいっと日焼けした顔を近づけた。
「桜井に会うんだろ」
「そうですよ」
「俺も行くぞ」
「馬に蹴られたいの、キミ」
「何とでも言え。アンタみたいなロリコン教師と桜井を2人に出来るか」
「ロリコン……?」
 その言葉に、都筑も顔を近づけた。
 暫く2人の男は額をくっつけあった状態で睨み合う格好となっていたが、都筑が倉木の胸を押して突き放すと、にやりと不敵な笑いを浮かべた。。
「ああそう。じゃあ、トコトン追ってもらおうかな」
「な……なんだよ……」



「知らなかった」
 鈴音はバイト先に現れた倉木を見ると、足元から頭のてっぺんへと視線を移し、口を覆った。
「倉木君て、そう言うの趣味だったの……」
 その隣でコーヒーを啜りながら、都筑はにこにこと楽しそうに鈴音の様子を眺め、優雅に髪をかき上げると、目の前で屈辱に震えている倉木を見遣った。
「良かったよ。ここまで追ってくれる人間がいて。監視役が張り付いてくれれば俺も安心だし。それにほら。10も上のオッサンじゃあ──」
言って、倉木の服に手を伸ばす。
「流石にメイド服は洒落にならないでしょ」
 倉木はメイド服を着せられていた。
 長身のためにスカートはミニ丈。
 サイズに無理があったせいで、ニーソックスではなく、極普通のスクールソックス。靴も男物の革靴だ。
 おまけに、頭の上には、冗談のような大きなリボンまでつけられている。
 だが、最悪なのはそれだけではない。
 当然と言えば当然だが、背中のファスナーは途中までしか上がらなかった。
 いくら若いとは言え、視覚的に許されない域に達している。
「都筑……」
 切れ長の目に涙を浮かべた倉木は、フリルの付いた袖から伸びる腕を振り上げた。
 しかし──。
「違うだろ」
 そう言って、都筑はあっさりとその手をはじくと、向かってきたメイド姿の倉木のアタマを掴んでねじ伏せ、結果的に土下座をする格好となった倉木の頭に足を乗せると、悪魔の笑みを浮かべた。
「ご主人様だ」
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