上 下
54 / 60

05 ヒロインの逆襲 フランボワーズの真実(義姉視点)

しおりを挟む
 「はぁ……」

 わたくしは、溜息と共に書類の束を机の上に放り出しました。
 義妹……いえフランボワーズに関する報告書です。
 侯爵家の女主人がするにしては、優雅さにかけていますが、そういう気分ですわ。

 お母様が死の床でわたくしに告げた言葉の数々。
 フランボワーズに関する事は間違いだらけでした。
 いえ、間違いではなく、悪意あるでっちあげでした。

 彼女は、屋敷に来た時点で、娼婦ではありませんでした。
 毎晩客を十数人とる評判の淫乱でもありませんでした。

 5年前出来た法律で、娼館で客をとっていいのは16歳以上と定められました。
 ですが実際は、娼婦の営業許可証である鑑札を取得する前に、体を売らされている者も多いそうです。ですからわたくしは、お母様の言葉に何の疑問も持たなかったのです。

 ところが報告書によると、フランボワーズは、下働きや娼婦達のお使いや世話で懸命に稼いだ金を実の母に毟り取られながらも、体を売る事は断固として拒否し続け。
 弄ぼうとしてくる男達に対して、娼婦達との会話から集めた情報を元にその弱みをちらつかせ撃退し、それでも力尽くで迫って来る男に対しては、必死に抗い逃げていたようです。
 16歳になれば、実母や娼館主によって、無理矢理にでも娼婦にされてしまう絶望的な境遇の中で精一杯戦っていたのです。

「……奉公人の会話から、我が家の人間関係を把握するくらい簡単なわけですわね」

 お母様が死ぬ間際に、なぜあのような嘘をついたのか、推量は出来ます。

 モンブラン侯爵家の当主になるわたくしが、政略結婚にすら使えない女を養子にするはずがないからでしょう。
 わたくしとフランボワーズが和解する道を閉ざしておいたのです。

 お母様は、自分から父を奪った女とその娘を、破滅させたかったのです。
 自分には出来なくなってしまった事を、わたくしにさせようとしたのです。
 そのために、わたくしに対して、言葉の呪いをかけたのです。

 それが父への愛だったのか執着だったのか。
 それとも高貴な生まれである自分から、卑しい生まれの女が父を奪った事でプライドを傷つけられたからか。

 今となっては判りませんが……。

「自分で資料を目に通して、自分でも調べて、判断するべきでしたわ……」

 当主として失格ですわね。
 人の言葉を鵜呑みにして、自分の頭で判断する事を放棄してしまうとは。

「いえ、資料以前に、あの子を、ちゃんと自分の目で見て、その言葉を聞くべきでしたわ……」

 フランボワーズは何度も言っておりました。
 自分は貴族の生活に興味がないと。

 態度でもはっきりと示しておりました。
 わたくしの婚約者にも、貴族になることにも興味がないと。

 なぜわたくしは、勉強をしているフリなどと解釈してしまったのでしょう。
 まさしく、彼女は勉学に励んでいたのです……未来を切り開くために。

 学業の成績は、猶子関係が解消されたわたくしでは取り寄せる事が出来ませんでしたが、
 知り合いのツテを使って手に入れることができました。

 初年度の最初の学期こそ平凡な成績でしたが、最終期には最上位クラスに。
 二年度以降はそれを維持し、ついに三年度では学費免除の特待生になっていました。

 娼館で生まれ育ち、正規の教育を全く受けられなかったというハンディを跳ね返し、僅か3年で驚異的な成長ぶりです。その背後には凄まじい努力があったことでしょう。

 報告書によれば、
 寮で同室の男爵令嬢以外は友人も作らず、勉学に費やす時間以外は、ほぼ全て学内の賃仕事で埋め尽くしていたようです。賃仕事をしていたのは、この屋敷からの送金に手をつけないためでしょう。
 周囲の異性を誘惑する余裕などあるはずがありません。

 進路の希望は、グリーグ高等学園への進学。
 この成績であれば、認められるのは間違いありません――その未来は断ち切らねばなりませんが。

 こういう事態になる前に、あの子の意図を見抜いて、教育なり矯正なりしておけば、我が侯爵家のいい駒になったでしょうに。忠実であれば政略結婚の駒に、更に優秀なら家宰の補佐に。

 愚かな事をしていたものです。
 あの子の行動を全て、邪悪な意図があるという色眼鏡で解釈していたのですから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そして誰も要らなくなった...

真理亜
恋愛
公爵令嬢のリアナは学園の卒業パーティーで婚約者である第2王子のセシルから婚約破棄を告げられる。その理不尽なやり方にリアナの怒りが爆発する。そして誰も...

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

悪役令嬢が残した破滅の種

八代奏多
恋愛
 妹を虐げていると噂されていた公爵令嬢のクラウディア。  そんな彼女が婚約破棄され国外追放になった。  その事実に彼女を疎ましく思っていた周囲の人々は喜んだ。  しかし、その日を境に色々なことが上手く回らなくなる。  断罪した者は次々にこう口にした。 「どうか戻ってきてください」  しかし、クラウディアは既に隣国に心地よい居場所を得ていて、戻る気は全く無かった。  何も知らずに私欲のまま断罪した者達が、破滅へと向かうお話し。 ※小説家になろう様でも連載中です。  9/27 HOTランキング1位、日間小説ランキング3位に掲載されました。ありがとうございます。

処理中です...