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05 ヒロインの逆襲 フランボワーズの真実(義姉視点)
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「はぁ……」
わたくしは、溜息と共に書類の束を机の上に放り出しました。
義妹……いえフランボワーズに関する報告書です。
侯爵家の女主人がするにしては、優雅さにかけていますが、そういう気分ですわ。
お母様が死の床でわたくしに告げた言葉の数々。
フランボワーズに関する事は間違いだらけでした。
いえ、間違いではなく、悪意あるでっちあげでした。
彼女は、屋敷に来た時点で、娼婦ではありませんでした。
毎晩客を十数人とる評判の淫乱でもありませんでした。
5年前出来た法律で、娼館で客をとっていいのは16歳以上と定められました。
ですが実際は、娼婦の営業許可証である鑑札を取得する前に、体を売らされている者も多いそうです。ですからわたくしは、お母様の言葉に何の疑問も持たなかったのです。
ところが報告書によると、フランボワーズは、下働きや娼婦達のお使いや世話で懸命に稼いだ金を実の母に毟り取られながらも、体を売る事は断固として拒否し続け。
弄ぼうとしてくる男達に対して、娼婦達との会話から集めた情報を元にその弱みをちらつかせ撃退し、それでも力尽くで迫って来る男に対しては、必死に抗い逃げていたようです。
16歳になれば、実母や娼館主によって、無理矢理にでも娼婦にされてしまう絶望的な境遇の中で精一杯戦っていたのです。
「……奉公人の会話から、我が家の人間関係を把握するくらい簡単なわけですわね」
お母様が死ぬ間際に、なぜあのような嘘をついたのか、推量は出来ます。
モンブラン侯爵家の当主になるわたくしが、政略結婚にすら使えない女を養子にするはずがないからでしょう。
わたくしとフランボワーズが和解する道を閉ざしておいたのです。
お母様は、自分から父を奪った女とその娘を、破滅させたかったのです。
自分には出来なくなってしまった事を、わたくしにさせようとしたのです。
そのために、わたくしに対して、言葉の呪いをかけたのです。
それが父への愛だったのか執着だったのか。
それとも高貴な生まれである自分から、卑しい生まれの女が父を奪った事でプライドを傷つけられたからか。
今となっては判りませんが……。
「自分で資料を目に通して、自分でも調べて、判断するべきでしたわ……」
当主として失格ですわね。
人の言葉を鵜呑みにして、自分の頭で判断する事を放棄してしまうとは。
「いえ、資料以前に、あの子を、ちゃんと自分の目で見て、その言葉を聞くべきでしたわ……」
フランボワーズは何度も言っておりました。
自分は貴族の生活に興味がないと。
態度でもはっきりと示しておりました。
わたくしの婚約者にも、貴族になることにも興味がないと。
なぜわたくしは、勉強をしているフリなどと解釈してしまったのでしょう。
まさしく、彼女は勉学に励んでいたのです……未来を切り開くために。
学業の成績は、猶子関係が解消されたわたくしでは取り寄せる事が出来ませんでしたが、
知り合いのツテを使って手に入れることができました。
初年度の最初の学期こそ平凡な成績でしたが、最終期には最上位クラスに。
二年度以降はそれを維持し、ついに三年度では学費免除の特待生になっていました。
娼館で生まれ育ち、正規の教育を全く受けられなかったというハンディを跳ね返し、僅か3年で驚異的な成長ぶりです。その背後には凄まじい努力があったことでしょう。
報告書によれば、
寮で同室の男爵令嬢以外は友人も作らず、勉学に費やす時間以外は、ほぼ全て学内の賃仕事で埋め尽くしていたようです。賃仕事をしていたのは、この屋敷からの送金に手をつけないためでしょう。
周囲の異性を誘惑する余裕などあるはずがありません。
進路の希望は、グリーグ高等学園への進学。
この成績であれば、認められるのは間違いありません――その未来は断ち切らねばなりませんが。
こういう事態になる前に、あの子の意図を見抜いて、教育なり矯正なりしておけば、我が侯爵家のいい駒になったでしょうに。忠実であれば政略結婚の駒に、更に優秀なら家宰の補佐に。
愚かな事をしていたものです。
あの子の行動を全て、邪悪な意図があるという色眼鏡で解釈していたのですから。
わたくしは、溜息と共に書類の束を机の上に放り出しました。
義妹……いえフランボワーズに関する報告書です。
侯爵家の女主人がするにしては、優雅さにかけていますが、そういう気分ですわ。
お母様が死の床でわたくしに告げた言葉の数々。
フランボワーズに関する事は間違いだらけでした。
いえ、間違いではなく、悪意あるでっちあげでした。
彼女は、屋敷に来た時点で、娼婦ではありませんでした。
毎晩客を十数人とる評判の淫乱でもありませんでした。
5年前出来た法律で、娼館で客をとっていいのは16歳以上と定められました。
ですが実際は、娼婦の営業許可証である鑑札を取得する前に、体を売らされている者も多いそうです。ですからわたくしは、お母様の言葉に何の疑問も持たなかったのです。
ところが報告書によると、フランボワーズは、下働きや娼婦達のお使いや世話で懸命に稼いだ金を実の母に毟り取られながらも、体を売る事は断固として拒否し続け。
弄ぼうとしてくる男達に対して、娼婦達との会話から集めた情報を元にその弱みをちらつかせ撃退し、それでも力尽くで迫って来る男に対しては、必死に抗い逃げていたようです。
16歳になれば、実母や娼館主によって、無理矢理にでも娼婦にされてしまう絶望的な境遇の中で精一杯戦っていたのです。
「……奉公人の会話から、我が家の人間関係を把握するくらい簡単なわけですわね」
お母様が死ぬ間際に、なぜあのような嘘をついたのか、推量は出来ます。
モンブラン侯爵家の当主になるわたくしが、政略結婚にすら使えない女を養子にするはずがないからでしょう。
わたくしとフランボワーズが和解する道を閉ざしておいたのです。
お母様は、自分から父を奪った女とその娘を、破滅させたかったのです。
自分には出来なくなってしまった事を、わたくしにさせようとしたのです。
そのために、わたくしに対して、言葉の呪いをかけたのです。
それが父への愛だったのか執着だったのか。
それとも高貴な生まれである自分から、卑しい生まれの女が父を奪った事でプライドを傷つけられたからか。
今となっては判りませんが……。
「自分で資料を目に通して、自分でも調べて、判断するべきでしたわ……」
当主として失格ですわね。
人の言葉を鵜呑みにして、自分の頭で判断する事を放棄してしまうとは。
「いえ、資料以前に、あの子を、ちゃんと自分の目で見て、その言葉を聞くべきでしたわ……」
フランボワーズは何度も言っておりました。
自分は貴族の生活に興味がないと。
態度でもはっきりと示しておりました。
わたくしの婚約者にも、貴族になることにも興味がないと。
なぜわたくしは、勉強をしているフリなどと解釈してしまったのでしょう。
まさしく、彼女は勉学に励んでいたのです……未来を切り開くために。
学業の成績は、猶子関係が解消されたわたくしでは取り寄せる事が出来ませんでしたが、
知り合いのツテを使って手に入れることができました。
初年度の最初の学期こそ平凡な成績でしたが、最終期には最上位クラスに。
二年度以降はそれを維持し、ついに三年度では学費免除の特待生になっていました。
娼館で生まれ育ち、正規の教育を全く受けられなかったというハンディを跳ね返し、僅か3年で驚異的な成長ぶりです。その背後には凄まじい努力があったことでしょう。
報告書によれば、
寮で同室の男爵令嬢以外は友人も作らず、勉学に費やす時間以外は、ほぼ全て学内の賃仕事で埋め尽くしていたようです。賃仕事をしていたのは、この屋敷からの送金に手をつけないためでしょう。
周囲の異性を誘惑する余裕などあるはずがありません。
進路の希望は、グリーグ高等学園への進学。
この成績であれば、認められるのは間違いありません――その未来は断ち切らねばなりませんが。
こういう事態になる前に、あの子の意図を見抜いて、教育なり矯正なりしておけば、我が侯爵家のいい駒になったでしょうに。忠実であれば政略結婚の駒に、更に優秀なら家宰の補佐に。
愚かな事をしていたものです。
あの子の行動を全て、邪悪な意図があるという色眼鏡で解釈していたのですから。
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