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02 ヒロインの失敗 57人目のピンクブロンド(義姉視点)

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 母の無念を晴らすためにも。
 ピンクブロンドと対峙し、高貴なる侯爵家らしく適切かつ優雅に処理しなければなりません。

 もし母が百年前に生きていて、同様のケースに遭遇していれば、何も問題はなかったでしょう。
 問題となる遙か以前に、ピンクブロンドを闇から闇へと葬っていたでしょうから。
 娼婦がひとり消えたからといって、何の騒ぎにもならない時代でしたから。

 今は百年前とは違います。
 時代が変わってしまったのです。

 昔なら、闇から闇へ葬るのはごく簡単でした。
 我が国の制度は貴族だけを人間として扱い、それ以外はどうとでもなる存在でした。

 ですが今では、貴族の特権は制限され、法律も昔より厳密に適用されます。
 警察組織があり、娼婦とはいえ殺人や不審死となれば捜査されてしまいます。
 警察には貴族の影響下にある人員もおりますが、それに対抗する勢力は年々力を増しています。
 貴族の意のままになる時代ではないのです。

 更に悪い事に、現在の警察長官オットーは初の平民出身者で、貴族を摘発することにためらいがありません。
 貴族の力を削ぎたい王族の一部と結んでいる、という噂まであるのです。

『ピンクブロンドの呪い』を防ぐため、という理由でも、殺しは殺しなのです。
 もし司法の目を逃れたとしても、殺人に関わったという風聞だけで、我が家の弱みになってしまいます。
 引き取らざるを得なくなってしまった以上、うまく処分しないと、貴族の間で侮られる事になります。

 モンブラン侯爵家は『ピンクブロンドの呪い』を優雅に処分できないのかと。

 しかもわたくしは女侯爵。
 ただでさえ侮られ易いのに、余計に侮られてしまいます。

 母の葬儀の後片付けが終わってすぐ、わたくしは対策を練り始めました。
 執事のセバスチャンを初めとする信頼のおける奉公人達と徹底的に話し合いました。

 我々の手で命を奪う、という手段は取れません。

 病死に見せかけ証拠を残さず処理することは出来るでしょう。
 主治医の一族は、モンブラン侯爵家の援助で医者になった者達ですから。

 ですが、屋敷内でピンクブロンドが死んだとなれば、我が家が殺したと宣伝するも同じ。
 高級貴族のくせに、なんという乱暴で無粋な遣り方と、嘲笑を浴びるのは間違いありません。

 実際、ピンクブロンドを病死あるいは事故死――見せかけたのか、本当なのかは判りません――させてしまい、殺したという風聞が流れ、大きく権威を損ねた高位貴族の家が幾つもあるのです。
 わたくしは女侯爵であるので、そのダメージは更に深刻なものになるでしょう。

 ピンクブロンドには、合法的に断罪できるまで生きていて貰わねばならないのです。
 となると、わたくしが18歳になるまで耐えるという選択肢しかありません。

 18歳にならなければ、当主の権利は得られない。
 後見人である愚かな父には逆らえない。その内縁の妻である義母にも。
 貴族家の私的な事に関して、明白な犯罪行為でもない限り、他家も司法も介入できないのですから。

 貴族の特権が、ピンクブロンドを守ってしまう事になる……皮肉なものです。

 3年の間、相手のどんな要求にも服従し、時間を稼ぐ。
 奉公人達は、義母とピンクブロンドのワガママで、わたくしが虐げられているという真実を広めるため、一部はわざと辞めさせられる行動を取る。
 信頼のおける親戚筋や知り合いに話を通しておき、ピンクブロンドを処理するまでは、そこで奉公して貰う。

 幸いなことに、母は、この300年間に現れたピンクブロンド56人全員の情報を整理して残しておいてくれました。
 それによって彼女らのとる行動は予想できます。

 ピンクブロンドを処理するまでの3年間は、わたくしにとって屈辱の日々になるでしょう。
 今までのピンクブロンド達のふるまいからして、わたくしは下女いやそれ以下の生活をさせられる事が予想されます。
 肉体的な暴力を受けることすら覚悟しておかねばなりません。
 しかも、父は経営を何も出来ぬ無能ですから、それも全てわたくしがしなければなりません。
 学生として学園に通いつつ、当主の仕事をしながら、下女として働かされる……そんな日々に耐えねばならないのです。肉体的精神的に過酷な日々です。

 ですが今まで、ピンクブロンドに脅かされた何人もの令嬢達がそれを乗り切ってきたのです。
 名門モンブラン侯爵家を継ぐわたくしに出来ないはずがありましょうか。

 そして、肉体的な暴力が止めどなく悪化し、わたくしの貞操や命が危機にさらされたとしたら。
 危険ですが、それはチャンスでもあるのです。
 平民が貴族を害そうとしたとなれば、それを理由に、王家や他家や司法が介入できるからです。
 この場合、うまくいけば、3年より速く処理が終わる可能性さえあります。
 ただし、かつて5例ほど、本当に貞操を奪われ修道院に入るしかなくなったケースもあるので、出来れば避けたいところです。

 ピンクブロンド母娘らが最終的に狙ってくるものは明白。
 モンブラン侯爵家の乗っ取りです。
 ピンクブロンドは、正当な令嬢の持っているものを全て欲しがるので、必然的にそうなるのです。
 具体的に言えば、わたくしの婚約者であるザッハトルテを奪おうとするでしょう。

 この点に関して言えば、それほど問題はありませんでした。
 この政略結婚の使命は、両家の共同事業が順調に軌道に乗り、婚約解消程度で提携が解除されない今では、終わっています。
 婚約期間中のさまざまな振る舞いからして、ザッハトルテがわたくしを好いていない事も尊重する気がないことも明白。
 彼の実家であるオペラ侯爵家も、彼の能力の低さゆえ、切り捨てることに異議はないでしょう。
 爵位の上で対等な両家であるから、婚約解消自体はそう難しいことではありません。

 ですが、今の時点で婚約を解消し、新たな婚約者を選んだとすれば、その人がピンクブロンドに狙われる事になります。
 そこで、オペラ侯爵家と密かに協議し、ザッハトルテをピンクブロンドへの生贄とする事にしました。

 こうして計画は完成しました。

 3年間。ピンクブロンド母娘と父に我が世の春を謳歌させる
 その間に、彼らが資産の横領等の犯罪を重ねている確固とした証拠を蓄積。
 そして、ピンクブロンドにザッハトルテを誘惑する機会を何度も与える。
 3年目にザッハトルテがわたくしとの婚約破棄を宣言するように誘導。
 同時に、当主の権限を得たわたくしは、ふたりの結婚を祝福。
 その場で、愚かな父ではなく、わたくしこそが侯爵家の当主であると宣言。
 驚愕し醜く騒ぎ立てるピンクブロンド母娘と愚かな父をまとめて断罪。

 古典的かつ典型的かつ合法的に『ピンクブロンドの呪い』の処理をすることで、モンブラン侯爵家が高貴な貴族社会の一員にふさわしい資質をもっていることを全ての貴族にしらしめる。

 準備を済ませた状態で、
 わたくしは、邪悪な敵である57人目のピンクブロンドの襲来を待ったのです。

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