上 下
47 / 60

47 ピンクブロンドはひとりじゃない。

しおりを挟む
 寮の門限ギリギリに帰り着いて手続きを済ませている間に、ニヤニヤ少年は消えていた。

 アイツが寮に住んでるのか通いなのかすらアタシは知らない。

 まぁ。いいけど。
 あんまり知りたくないし。聞きたくないし。深入りしたくないし。

 アイツとフリでもつきあうとか、ありえないわ。

 手続きを済ませて、事務棟から寮へ続く渡り廊下へ出ると。

「あっ! フランちゃん! お帰り!」

 アンナが駆け寄ってきた。

「どうしてここに。もしかして、事務に用事――」
「モンブラン侯爵家に行ってたの?」
「え」

 どうしてアンナがそのことを知ってるの?
 
「ほんとうにそうだったんだ。
 フランちゃんが出かけたすぐあと、寮の部屋のドアの下に、メモが挟まれてて」

 アタシの脳裏にニヤニヤ少年の顔が浮かんだ。

「追いかけようと思ったけど、当日に外出許可はとれないし。
 それに、いくらなんでも色々あったモンブラン侯爵のところへ行くなんてありえないって。
 でも、お買い物の割にはぜんぜん帰ってこないから、もしかした本当なのかもって」

 アタシは基本的に慎重なので。
 買い物で外出する時は、いつも、門限に余裕の時間に帰ってきていた。
 ずいぶんと心配させちゃったみたいだ。

 ここならアタシが帰ってきたらすぐ会えるから、待っててくれたんだ。

「……ごめん」

 自分の行動がどれほど無謀で考え無しだったか改めて思い知らされる。
 もし、おねえちゃんに企みがあれば……アタシは悲惨な目にあっていただろう。
 そして、一般的なお貴族様の考えからすれば、そちらのほうが普通なのだから。

「ううん。いいの。帰ってきてくれたし。
 謝ることじゃないよ。
 話したら止められると思ったんでしょう?」
「う、うん……」
「実際、話して貰えてたら止めてたと思うもの」

 並んで寮の部屋へ向かう。

 アタシの心の中は、ちょっと複雑だった。
 今回のことで気づきたくないことに気づかされてしまったから。

 アンナは、心のどこかではアタシの体を淫らでいやらしいと思っているって。
 きっとアンナの反応が普通で、おねえちゃんはヘンなんだろう。

 それでも、こうして心配してくれる気持ちは本当だって感じる。

 そんなアタシの心中にはまったく気づかぬ様子で。
 
「でも、よかった……ほんとうによかった。
 すごく、うまくいったみたいで。
 腹違いでも姉妹なんだから、仲良く出来ればそれが一番だもの」
「え……?」

 無事に帰ってきてよかった。じゃなくて。
 うまくいった? しかもおねえちゃんとの関係まで判るの?

 アタシの疑問符は顔に出ていたらしい。

「フランちゃん、なんかスッキリした顔してるから。
 モンブラン女侯爵様と和解できたのかなって。
 それも、かなりいい感じに」
「そんなにスッキリした顔してる?」
「してるしてる。
 今までは、どこか……
 いつも戦っています、みたいなところがあったけど。
 今日は、なんかね、雰囲気がやわらかいの」
「あ……」

 確かに、おねえちゃんがアタシを肯定してくれた。
 そのことで色々なわだかまりから解放された気がする。

「それに……フランちゃん、向こうでお風呂に入ってきた?」
「え、あ、うん……なんかそういう流れに……どうして判るの?」
「いい石鹸と香油の香りがするもの。
 モンブラン侯爵家って化粧品の販売にも関わってるから。
 憎んでいる妹に、そういうものを使わせないと思う」

 化粧品扱ってることって有名だったんだ。ぜんぜん知らなかった。

「それは……確かに……」
「フランちゃんだって、何されるか判らない相手の家で、お風呂には入らないもの」
「そ、そうね。あはは」

 入ったんじゃなくて入れられたし。
 しかもおねえちゃんまで裸だったし。

「髪も染めてないし、それに……」

 アンナはちょっと口ごもって、アタシから視線をそらした。

「それに?」
「い、いいよ。大したことじゃないから」
「言ってよ。気になるじゃない」

 アンナは更にもう少し迷ってから

「フランちゃん……今日は、胸、その、押さえつけてないみたいだから」
「あ……」

 アタシは反射的に手で胸元を押さえてしまう。
 アンナはアタシの胸を嫌ってるか――

「そのほうがいいよ」
「え……? いいの?」

 アタシの体がいとわしかったんじゃないの?

「だってすごくキツく巻いて押さえてたから。
 見ているだけで息苦しくなっちゃいそうだったもの。
 まるで自分の体をいじめてるみたいな……」
「!」

 視線をそらしたのは、アタシが痛々しかったからだったの……?

「なんでそんなことしてるのか聞きたかったけど……
 いつも、わたしに見せないようにしてるみたいだったから。
 聞いちゃいけないんだろうなって……」

 アンナは花がほころぶようにほほえんだ。

「もうしなくてよくなったんだね!」

 アタシは。
 アンナのことさえ判っていなかった。 
 自分の思い込みで、ちょっとした仕草にさえ、悪意を見ていた。

 おねえちゃんが、アタシを『ピンクブロンドの呪い』としか見ていなかったように。
 アタシがおねえちゃんを『アタシを潰そうとする敵』としか見ていなかったように。

 なんにも判っていなかったんだ。

 そんなアタシを、アンナはずっと隣で見ててくれた。
 心配しててくれた。

 こんなアタシを。

 アタシは、ずっとひとりだった。
 ひとりでずっと生きてきたつもりだった。

 でも、ちがったんだ。
 アンナに受け入れてもらった時から、アタシはひとりじゃなかった。

 ……いや、ちがう。

 アンナが受け入れてくれて、おねえちゃんに肯定してもらった今なら判る。

 娼館でアタシに仕事をくれた娼婦達だって、アタシを助けてくれてたんだ。
 そうでなければ、まだヒトケタの半分しか行ってない子供に、小遣いなんかくれるものか。

 文字を教えてくれた人もいた。
 貴族の怖さを教えてくれた人もいた。
 僅かな蔵書を好きなだけ読ませてくれた人もいた。

 イヤな客のあしらい方を教えてくれた人もいた。
 娼婦にするための教育だろうと思ってて、イヤだったけど……あれも親切が含まれていたんだろう。

 アタシは、ずっとひとりじゃなかった。

 かあちゃんも、おっさんも、血が繋がった人は、アタシを助けてくれなかった。
 アタシを苛んで奪って傷つけるだけだった。

 でも、血が繋がっていない人達に、アタシは助けられてきたんだ。
 色々な人に親切にされて気に掛けられていたんだ。

 ひとりじゃなかったんだ。

「フランちゃん……?」

 アンナが、長身をかがめて心配そうに覗き込んでくれていた。

 いつもみたいに、なんでもない、って言おうとしたけど。
 口から出た言葉は。

「うれしいのっ。アタシ、ひとりじゃないんだ。それがうれしいの」

 アタシは、アンナの前で、また泣いてしまった。
 どうしてだろう、アンナの前では、すぐこうやってみっともなくなってしまう。

 アンナはアタシを抱きしめてくれた。

 ほそい体は、おねえちゃんみたいにやわらかくなかったけど、でも、同じくらいにやさしかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜

水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」  わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。  ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。  なんということでしょう。  このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。  せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。 ◇8000字程度の短編です ◇小説家になろうでも公開予定です

新婚初夜で「おまえを愛することはない」と言い放たれた結果

アキヨシ
恋愛
タイトル通りテンプレの「おまえを愛することはない」と言われた花嫁が、言い返して大人しくしていなかったら……という発想の元書きました。 全編会話のみで構成しております。読み難かったらごめんなさい。 ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みくださいませ。 ※R15は微妙なラインですが念のため。 ※【小説家になろう】様にも投稿しています。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処刑直前ですが得意の転移魔法で離脱します~私に罪を被せた公爵令嬢は絶対許しませんので~

インバーターエアコン
恋愛
 王宮で働く少女ナナ。王様の誕生日パーティーに普段通りに給仕をしていた彼女だったが、突然第一王子の暗殺未遂事件が起きる。   ナナは最初、それを他人事のように見ていたが……。 「この女よ! 王子を殺そうと毒を盛ったのは!」 「はい?」  叫んだのは第二王子の婚約者であるビリアだった。  王位を巡る争いに巻き込まれ、王子暗殺未遂の罪を着せられるナナだったが、相手が貴族でも、彼女はやられたままで終わる女ではなかった。  (私をドロドロした内争に巻き込んだ罪は贖ってもらいますので……)  得意の転移魔法でその場を離脱し反撃を始める。  相手が悪かったことに、ビリアは間もなく気付くこととなる。

処理中です...