上 下
40 / 60

40 ピンクブロンドは夢からさめられない。

しおりを挟む
 バスタブに体を沈めると、あたたかくてたっぷりのお湯に肩までつつみこまれちゃう。
 肌にやさしくあまい温度がしみとおってくる。
 解放されたアタシの胸が、ぽわん、とお湯に浮いて……のびのびするとこんなに気持ちいいなんて……。
 それにすてきな香り。綺麗な赤い花びらがいっぱい浮いてる。

「はぁぁ……きもちいい……」

 思わず声がでちゃう。こんなの初めて……。

 寮では学費をきりつめているから、入浴代も払えなくて。
 最後に洗う係になることで、二日に一回だけどおめこぼしで入らせてもらっているのだけど。
 比べものにならないきもちよさ。

 でも、だめ、こんなのダメ。ダメなのに。

 アタシはこれから先の展開が判っている。
 これはアタシを娼婦にする儀式だって。

『薔薇の脚亭』で16歳になったアタシがやらされる筈だった儀式。
 いつわりの初夜。いつわりの花嫁。

 娼館のしきたりで、初めて客を取らされる夜だけ、娼婦は新婦として扱われる。
 女達の手で、体の隅々までピカピカに磨き上げられて、豪華なドレスを着せられて客に出される。

 お嬢様は、アタシを調べているうちにそれを知って。今、まさに実行してるんだ。
 生意気なピンクブロンドを、なすがままにして娼婦に仕立てていくのを楽しんでいるんだ。

 このままじゃ、アタシは娼婦にされちゃう。
 しかも名門侯爵家に泥を塗った『ピンクブロンド』を、ただの娼婦するだけで終わるはずがない。

 モンブラン侯爵家としては、ピンクブロンドを処理したと誇示しなくちゃいけない。
 こんな強攻策をとってきたってことは、優雅さに欠けることで多少評価が下がっても、逃すよりはマシってことなんだろう。

 だけど、合法的じゃない手段だから、貴族以外には知られてはならない。

 死んだ事にされた女達が集められる娼館があるって聞いたことがある。
 そこはなんとかいう侯爵が運営している高位貴族専用の秘密娼館。
 会員の貴族達は、女達に何をしても許されるという。
 しかも女達は逃げ出さないように、徹底的に処置されるんだって……。

 噂では、服を着ても目立つ場所に入れ墨や焼き印をいれられるとか……。
 まともでない場所にピアスをつけられるとか……。
 おぞましいクスリの中毒にされて逃げられなくさせるとか……。

 単なる噂だと思ってた。

 だけど。
 合法的には罪に問えないアタシを秘密裏に処分できる場所。
 そして、二度と明るい世界には戻れないようにする場所なんて……。

 そんなところに送られたら、もう……。

 なのに、抗えない。
 やさしさの甘い毒がアタシをとろけさせている。

 それでも精一杯の抗おうとして、

「も、もう。十分あったかくなったから……」

 せめてバスタブから脱出しようとしたけれど。

「なら、このまま髪を綺麗にしてしまいますわ。
 はい。あおむけになって。シャンプーが入ると痛いから目を瞑ってね」
「あ……うん」

 うなずいてしまって、従ってしまうアタシ。

 バスタブの縁から頭と首を出した姿勢で、頭を洗われてしまう。
 これで頭を押さえられいたら逃げ出すことなんてできない。

 おねえちゃんのやさしい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧に洗ってくれる。
 毛の根元までシャンプーのあぶくで綺麗にされていく。

「はぁぁ……」

 なんでこんなにきもちよくて、やさしいの。

 ぜんぶ罠なのに。判っているのに。

「フランボワーズの使っている染料、判りましたわ。
 ならば、これで……綺麗におちますわね」

 おねえちゃんの形のいい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧にすいてくれる。
 何か冷たくてドロっとしてスッとする液体を塗りつけてくる。
 次に、髪全体がやさしくマッサージされる。それがまたきもちいいの。

 このまま湯気になって、フワフワしちゃいそうだよぉ……。

「ちょっと痛んでるけど、本当に綺麗なピンクブロンドですわね……染めるのが勿体ないくらいですわ……。
 しばらく見ていてもいいかしら?」

 ああ、やっぱり。
 アタシの髪を染めてくれる気なんかなかったんだ。

 だって、アタシは珍獣ピンクブロンド。
 お貴族様の手を何度もすり抜けた、生意気なピンクブロンド。

 お嬢様がアタシを誰に売るにしろ、どこへ送るにしろ。
 ピンクブロンドじゃなくちゃ、商品価値が半減しちゃうもの。
 買った相手だって、ピンクブロンドでって注文しただろうし。

 そこまで判っているのに……アタシは、受け入れてしまう。

「おねえちゃんが……そうしたいなら……いくらでも見て……」

 だって、おねえちゃんの頼みをことわっちゃったら。
 かなしい顔をされるかもしれない。
 そんなの悪い。夢のおねえちゃん相手にそんなことできないよ。

 おねえちゃんは本当にやさしくて、アタシを大切にしてくれてるのかもしれないじゃない。

 そんなことあり得ないって判ってるよ。
 でも、この罠から逃げようなどとしなければ、残酷な現実が現れる瞬間まで、しあわせな夢の中にいられる。

 そんなの、ありえないのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】本当に私と結婚したいの?

横居花琉
恋愛
ウィリアム王子には公爵令嬢のセシリアという婚約者がいたが、彼はパメラという令嬢にご執心だった。 王命による婚約なのにセシリアとの結婚に乗り気でないことは明らかだった。 困ったセシリアは王妃に相談することにした。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

完結 白皙の神聖巫女は私でしたので、さようなら。今更婚約したいとか知りません。

音爽(ネソウ)
恋愛
もっとも色白で魔力あるものが神聖の巫女であると言われている国があった。 アデリナはそんな理由から巫女候補に祀り上げらて王太子の婚約者として選ばれた。だが、より色白で魔力が高いと噂の女性が現れたことで「彼女こそが巫女に違いない」と王子は婚約をした。ところが神聖巫女を選ぶ儀式祈祷がされた時、白色に光輝いたのはアデリナであった……

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...