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40 ピンクブロンドは夢からさめられない。

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 バスタブに体を沈めると、あたたかくてたっぷりのお湯に肩までつつみこまれちゃう。
 肌にやさしくあまい温度がしみとおってくる。
 解放されたアタシの胸が、ぽわん、とお湯に浮いて……のびのびするとこんなに気持ちいいなんて……。
 それにすてきな香り。綺麗な赤い花びらがいっぱい浮いてる。

「はぁぁ……きもちいい……」

 思わず声がでちゃう。こんなの初めて……。

 寮では学費をきりつめているから、入浴代も払えなくて。
 最後に洗う係になることで、二日に一回だけどおめこぼしで入らせてもらっているのだけど。
 比べものにならないきもちよさ。

 でも、だめ、こんなのダメ。ダメなのに。

 アタシはこれから先の展開が判っている。
 これはアタシを娼婦にする儀式だって。

『薔薇の脚亭』で16歳になったアタシがやらされる筈だった儀式。
 いつわりの初夜。いつわりの花嫁。

 娼館のしきたりで、初めて客を取らされる夜だけ、娼婦は新婦として扱われる。
 女達の手で、体の隅々までピカピカに磨き上げられて、豪華なドレスを着せられて客に出される。

 お嬢様は、アタシを調べているうちにそれを知って。今、まさに実行してるんだ。
 生意気なピンクブロンドを、なすがままにして娼婦に仕立てていくのを楽しんでいるんだ。

 このままじゃ、アタシは娼婦にされちゃう。
 しかも名門侯爵家に泥を塗った『ピンクブロンド』を、ただの娼婦するだけで終わるはずがない。

 モンブラン侯爵家としては、ピンクブロンドを処理したと誇示しなくちゃいけない。
 こんな強攻策をとってきたってことは、優雅さに欠けることで多少評価が下がっても、逃すよりはマシってことなんだろう。

 だけど、合法的じゃない手段だから、貴族以外には知られてはならない。

 死んだ事にされた女達が集められる娼館があるって聞いたことがある。
 そこはなんとかいう侯爵が運営している高位貴族専用の秘密娼館。
 会員の貴族達は、女達に何をしても許されるという。
 しかも女達は逃げ出さないように、徹底的に処置されるんだって……。

 噂では、服を着ても目立つ場所に入れ墨や焼き印をいれられるとか……。
 まともでない場所にピアスをつけられるとか……。
 おぞましいクスリの中毒にされて逃げられなくさせるとか……。

 単なる噂だと思ってた。

 だけど。
 合法的には罪に問えないアタシを秘密裏に処分できる場所。
 そして、二度と明るい世界には戻れないようにする場所なんて……。

 そんなところに送られたら、もう……。

 なのに、抗えない。
 やさしさの甘い毒がアタシをとろけさせている。

 それでも精一杯の抗おうとして、

「も、もう。十分あったかくなったから……」

 せめてバスタブから脱出しようとしたけれど。

「なら、このまま髪を綺麗にしてしまいますわ。
 はい。あおむけになって。シャンプーが入ると痛いから目を瞑ってね」
「あ……うん」

 うなずいてしまって、従ってしまうアタシ。

 バスタブの縁から頭と首を出した姿勢で、頭を洗われてしまう。
 これで頭を押さえられいたら逃げ出すことなんてできない。

 おねえちゃんのやさしい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧に洗ってくれる。
 毛の根元までシャンプーのあぶくで綺麗にされていく。

「はぁぁ……」

 なんでこんなにきもちよくて、やさしいの。

 ぜんぶ罠なのに。判っているのに。

「フランボワーズの使っている染料、判りましたわ。
 ならば、これで……綺麗におちますわね」

 おねえちゃんの形のいい指が、アタシのゴワゴワの髪を丁寧にすいてくれる。
 何か冷たくてドロっとしてスッとする液体を塗りつけてくる。
 次に、髪全体がやさしくマッサージされる。それがまたきもちいいの。

 このまま湯気になって、フワフワしちゃいそうだよぉ……。

「ちょっと痛んでるけど、本当に綺麗なピンクブロンドですわね……染めるのが勿体ないくらいですわ……。
 しばらく見ていてもいいかしら?」

 ああ、やっぱり。
 アタシの髪を染めてくれる気なんかなかったんだ。

 だって、アタシは珍獣ピンクブロンド。
 お貴族様の手を何度もすり抜けた、生意気なピンクブロンド。

 お嬢様がアタシを誰に売るにしろ、どこへ送るにしろ。
 ピンクブロンドじゃなくちゃ、商品価値が半減しちゃうもの。
 買った相手だって、ピンクブロンドでって注文しただろうし。

 そこまで判っているのに……アタシは、受け入れてしまう。

「おねえちゃんが……そうしたいなら……いくらでも見て……」

 だって、おねえちゃんの頼みをことわっちゃったら。
 かなしい顔をされるかもしれない。
 そんなの悪い。夢のおねえちゃん相手にそんなことできないよ。

 おねえちゃんは本当にやさしくて、アタシを大切にしてくれてるのかもしれないじゃない。

 そんなことあり得ないって判ってるよ。
 でも、この罠から逃げようなどとしなければ、残酷な現実が現れる瞬間まで、しあわせな夢の中にいられる。

 そんなの、ありえないのに。
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