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34 ピンクブロンドはだまされてもいい。

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 アタシは、大切な存在だなんて思われたことがなかった。

 アンナに出会うまでは誰も。

 アタシは、都合のいい道具で、好きにもてあそべるオモチャ。
 そんな世界を敵に回して、アタシは――

「わたくしはね。小さい頃。妹が欲しかったの。
 気が強くて、勇敢で、負けず嫌いで、でも情に篤くて。
 お嬢様気質で甘いところがあるわたくしに、ズケズケと注意してくれるような、賢くて強い妹が。
 なに甘いこと言ってるのよ! って叱ってくれるような妹が。
 そうしたら今日、本当に叱ってくれましたわ」

 お嬢様は、アタシに笑いかけた。
 とてもうれしそうに。
 何の企みも感じない。そんなはず絶対にないのに。

「不思議ですわね。
 わたくしが知らないところに、こんな素敵な妹が本当にいたなんて」
「あ、アタシはそんな妹じゃない!
 ただ、そうやって生きるしかなかっただけで――」
「今では、貴女が、わたくしの妹であることがとてもうれしいし、誇らしいの。
 生きていてくれて、出会わせてもらえて、うれしいの。
 こんな素敵な女の子が、わたくしの妹で」

 抱きしめられてしまった。
 あたたかくて、いいにおいがする。

 アタシの敵だったひとは、敵だとしか思っていなかった人は。
 こんなにも、やわらかくて、あたたかい人だったんだ。

 バカみたい。バカみたいよ。
 こんなことアタシに起きるはずがない。
 だまされてるんだ。

 でも――

 血が繋がった人に、やさしく抱きしめられたことなんてなかった。

 アタシから金をむしるだけのかあちゃん。
 たまにやって来ては、かあちゃんから金をむしって遊んでいるオッサン。
 それがアタシの血の繋がった家族のようなもの。

 だから、ずっとずっと昔、夢なんてものを見ていいと思っていたバカな頃。
 おねえちゃんが欲しいって思ってた。

 きっと、きっと、どこかに。
 アタシの、アタシだけのおねえちゃんがいて、やさしくしてくれて、なんでも話を聞いてくれて。
 だいじょうぶだよ。って言ってくれて。
 アタシが、男にオモチャにされるために生まれたんじゃないって言ってくれる。
 そんなおねえちゃんが。

「だけど、貴女はもう二度とわたくしの前に姿を現さない、そう思っていましたわ。
 貴女はわたくしの顔も見たくないだろうから。
 なのに、そんな貴女が、自分からここに来てくれましたのよ。
 しかも、わたくしの思い違いを叱るためだけに」
「あ、アタシはそういうつもりじゃ……」

 ただ言ってやりたかった。
 でも、なんで? こうやってだまされる危険まで冒してなんで?
 この人に、アタシはそんな人間じゃないって、知って欲しかったの?

 そんな人間? それってどんな人間?
 だめ。考えちゃだめ。
 アタシがどんな人間かなんて考えちゃだめ。

 留め金をかけておかないと、アタシは。

「こんな機会はもう二度とないから。
 わたくしの思うところを貴女に知って欲しかったの」

 どうしよう。
 信じてしまいそう。いえ、信じたくてたまらない。

 でも、こんなのありえない。

「なっ、なによそれ。さんざん人のこと害虫扱いしてたのにっ。
 今更、そんなこと言われてもっ」

 だめっ。
 抗ってる言葉なのに。
 泣き声になってる。

 やさしさに、あたたかさに。
 アタシ、溶けてしまいそうになってる。

「ごめんなさいね。
 3年間、貴女のこと見ようともしなかった。
 ほんとうにごめんなさい」

 ああ、この人。
 淑女の中の淑女で、貴族の中の貴族のこの人が。
 アタシみたいなのに本当に謝っている。

 もしかしたら本当に、アタシのことを妹と思ってくれてる?

 そんなはずないのに。
 でも、信じたくなってしまってる。

 だめ、なのに。アタシだまされたがってる。

「あ、アタシは……マカロンお嬢様のこと……
 おねえ……ううん、お姉様だなんて……思えない……」

 アタシは、それでも精一杯つよがった。
 そうしないと崩れてしまいそうだから。

「いいのよ。今はそれで十分ですわ。
 貴女が嫌ならば、わたくしのことを姉だなんて思ってくれなくてもいいの。
 わたくしのこと、嫌いなままでもいいの。
 でも、月に一度くらいは遊びに来てね。ここは貴女の家でもあるんだから」

 アタシは、つりこまれるように頷いてしまった。

 月に一度。月に一度くらいなら。
 だまされてもいいよね……?
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