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33 ピンクブロンドは迫られる。

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 穏やかな目にアタシは気圧される。
 アタシが必死に掻き集める懐疑心が、恥ずかしくなってしまいそうだ。

「信じないわ!」
「わたくし、あの夜、貴女を陥れるのに失敗してから。改めて貴女のことを調べましたの。
 お母様が残した資料は脇に置いて、わたくしが中心となってですわ。
 それで初めて、フランボワーズという女の子を知りましたわ。
 わたくしは、本当に何も知らなかったって、恥ずかしくなりました」

 マカロンお嬢様は、しっかりとアタシを見ていた。
 今ここにいるアタシを見ている。

 アタシは。

 アタシは本当にこの人を見たことがあっただろうか?

 アタシを破滅させようとする敵。
 それ以外の目で見たことがあったろうか。

 当たり前じゃない!
 だって、この人だって3年間ずっとアタシを敵だって思ったたんだから。

 それに――

「あ、アンタみたいな恵まれた人が!
 アタシの何を知ることが出来るって言うのよ!」
「そうかもしれないですわね。
 でも、それでも。
 わたくしは、貴女を、フランボワーズという妹を少しは判るようになったつもりですわ。
 調べて集めた資料を何度も何度も読み返して。貴女とのほんの僅かな会話を何度も思い出して」

 愛おしそうに言う。
 とてもやさしいまなざし。

 この人を知らない。
 こんな人だったなんて知らない。

 ちがう! ちがうだまされちゃダメ!

「アタシがどんな女だって言うのよ!
 なにが判ったって言うのよ!」

 ダメ、なのに。

 マカロンお嬢様は、ゆっくりと立ち上がると、アタシの方へ近づいてくる。

「貴女は、どんな境遇でも、流されないで必死に自分を守ってきましたわ。
 誇り高くて、頭が良くて、一見計算高くて。
 それでいて、あんなお母様でもなかなか見捨てられないほど情が深くて。
 生き残るために懸命に隠してるけど心があたたかくて。
 卑怯なことが本当は嫌いで、理不尽な強さに抗ってしまう気質。
 今日だって、真っ正面からここに来ましたもの。
 わたくしとは関わないほうがいいって、考えてるはずなのに。
 貴女の心は、貴女が思いこもうとしているよりとってもあたたかいんですわ」
「ちがう! アタシはそんな素敵な人間じゃない!」

 暴力に慣れていて、生きるためにお客の財布から抜いてきたような人間。
 アンナと友達になったのだって、あの子のお父様が弁護士だったから、きっとそれだけ。

 アタシと出かけた時の、アンナの嬉しそうな顔を思い出す。
 ずっと友達だよね、って本当にうれしそうに言われて。
 思わず指切りなんかしてしまって。

 アタシに、そんな資格はないのに。
 この半月が楽しすぎて忘れてしまっていた。

「ちがわないですわ。
 だって、貴女はまっすぐで素敵な女の子なんですもの。
 傷だらけで、でも、中は純真な燃える心をもった素敵な女の子。
 どんな酷い境遇も、貴女の心の底までは変えることができなかった。
 いつも必死に抗って戦って来た小さくて勇敢な戦士」

 アタシは何か言おうとした。
 ちがう。
 アタシはそんなのじゃない。

 お嬢様はすぐ横に来ると、そっとしゃがみこんで。
 座っているアタシと顔の高さを同じにして。

「わたくしね。貴女を知れば知るほど、貴女のことが好きになっていったわ。
 侯爵家のために貴女の未来を奪うのが正しいこととは思えなくなっていった。
 でも、まだ、わたくしも呪いからさめていなかった」
「呪いっ呪いってなによ! 呪われてるのはアタシのほうよ!
 アンタらが勝手にかけたクソ忌々しいピンクブロンドの呪いよ!」

 手をやさしく握られる。
 あたたかくて泣きそうになってしまう。

 やさしくしないで。
 アタシにやさしくしないで。
 抗えない。

「わたくしもまた呪われていたんですわ。ピンクブロンドの義妹は滅ぼさなければならないという呪いに。
 それでも、あなたが酷く虐げられて苦しむと思うと、耐えられなかった。
 だからあんな独りよがりな贈り物を……本当にごめんなさい。
 今のわたくしには、自分の行動の愚かさが判っていますから、貴女が望むならほんとうに毒を飲んだってかまわなかったのよ」

 そんな目でアタシを見ないで。
 マカロンお嬢様は、アタシの敵じゃなくちゃいけないの。

「愚かでしたわ。
 もうそのときには判っていたのですもの。
 貴女は絶対、あの毒薬を使わないって。
 貴女は自分の中の決して汚せない大切を場所を守るために、
 最期まで苦しんで最期まで戦うだろうって判っていましたの」

 世界はアタシの敵。

 ずっとそうだった。ずっとそう思っていた。
 思っていないと、耐えられなくなってしまうから。
 抗い続けることに耐えられなくなってしまうから。

 抗い続けていなければ、アタシがどんな人間かを思い出してしまうから。

「だから、わたくしの企みが潰えた瞬間。とてもうれしかったですわ。
 これで貴女は生き残ったって。
 それ以外のことはもうどうでもよかったくらい。
 しかも、わたくしにかかった呪いまで解いてくれましたのよ」

 アタシはあえぐようにしながら、やさしい手をふりほどこうとした。

「そんなの嘘よ!
 だって、そのためにアンタは! いろいろお金使って!
 お貴族様にとって一番大切な権威とかだってなくなったって!」

 だけど、握る手がつよくなっただけだった。
 ちがう、アタシのふりはらう力が弱くなっているんだ。

「わたくしは何も失ってなんかいませんわ。
 離れていった人はいっぱいいましたけれど、そのことが哀しくもない人達ばかり。
 譲った利権や土地だって、手が回らなかったりリスクがあるものばかり。
 たったひとつのモノ以外はなにも失いませんでしたわ」

 アタシは、お嬢さんの台詞にほころびを見つけた。
 やっぱり、全部嘘なんじゃない!

「アタシのせいで大切なものをなくしたんじゃない!
 危うく欺されるところだった!」

 だから、お嬢様は、アタシを恨んでいる。
 今でも破滅させようと思っている。思っているはず。

「貴女よフランボワーズ。
 それがわたくしが失ってしまった大切なものなの。
 自分で落としてしまってから、どんなに大切か知った大切な妹」

 息が出来なくなるかと思った。

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