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24 ピンクブロンドは生還する。
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アタシが手続きをすませて寮の部屋へ戻った時は、ほとんど明け方だった。
「フランちゃん!」
戸口で勢いよく抱きつかれてしまった。
アタシより頭ひとつぶん背が高い彼女にぎゅっと抱きしめられる。
着替えもせず学生服のまま、待っててくれたのね……。
鼻の奥がツンとしてしまうけど、アタシはなんでもないフリをして。
「まだ起きてたの? 心配することないって言ったでしょ」
思いっきり手を伸ばして、やわらかい赤毛を撫でる。
撫でてると、生き残ったっていう実感が湧いてくる。
アンナ。
アンナ・ライスズッペ男爵令嬢。
アタシの寮でのルームメイト。
やせっぽちで、背ばかり高くて、目が悪くて、丸眼鏡なんかかけてて。
頼りなさそうで。
でも、頑固なところもあって、口が固くて。
フランちゃんって呼ばれても、嫌悪感を感じない初めての相手。
アタシにとって生まれて初めてできた友達。
「でもでもっ。ピンクブロンドの呪いとか、生き残れた人なんていないって言うからっ。
わたし、わたしっ、心配で心配でっでも待ってることしかできなくて!」
下級貴族令息の誰かが、アタシが『呪われたピンクブロンド』だって言いふらして、クラスメートが誰も近づいてこなくなった後も、アタシへの態度が変わらなかった、唯一の子。
それで一時はアンナまで孤立して、アタシもアンナから離れようとして。
一年目の夏くらいに『アタシは娼婦で客をとってたんだ貴族の誰それはアタシの客だった』
みたいなことを話した。詳しく話した。
もちろん嘘。でも本当。
その貴族は、アタシが何度も手紙を代筆した娼婦の客だった。
だから内容は本当。
最後に秘密だからってつけくわえた。
この子は絶対に喋るだろうって確信してた。
でも、その話は全く広まらなかった。
アンナは気が弱そうだけど、そういうところは誠実で、口が固かった。
それに、アタシへの態度も全然変わらなかった。
その一ヶ月後、アタシは自分が恥ずかしくて耐えられなくて、アンナに全部話した。
この子はもう友達でいてくれないだろうって思った。
それでいいはずなのに、いざそうなりそうだと胸が締め付けられそうだった。
でも、ちがった。
アンナは、話し終わったアタシを、ただ抱きしめてくれた。
それはどんな言葉よりも雄弁だった。
この子のおかげで、アタシは孤立はしてるけど、いじめられずに済んだ。
最終学年では、アンナの友達の数人とも話せるようになった。
みんなこの子のおかげ。
「心配しなくても大丈夫だって言ったじゃない」
そう口で言いつつも、アタシは緊張がほどけていくのを感じていた。
アンナの短い赤毛を撫でるアタシの手は震えていた。
そうか。
気が張ってて自分でも気づいてなかったけど、アタシ怖かったんだ。
「本当にフランちゃんなんだよね? なにもされなかったんだよね?
ううん。なんでもいいや。
こうやって帰ってきてくれたならなんでもいい!」
ああ。
今日はアンナ、お風呂にも入ってないんだ。
いつも石鹸のいい香りがするのに、今日は汗のにおいしかしない。
きれい好きで、毎日お風呂に入らないと気が済まない子なのに。
アタシがかあちゃんに呼び出されてからずっと待っていてくれたんだ。
「されてるの前提?」
照れ隠しに、そんな意地悪を言ってしまうと。
「ちがうのそうじゃないのそうじゃないの!
フランちゃんが戻ってきてくれたならなんでもうれしいの!」
真っ直ぐにそう言われると、自分の照れ隠しがなんだか恥ずかしくて。
「……されてないわよ」
アンナは、しばらくのあいだ何も言わずに、アタシがここにいることを確かめるように、何度も、ぎゅっぎゅっと抱きしめてくれた。
「これで一緒に高等部にも進学できるんだよね……?」
見上げると。
涙でぐちゃぐちゃな瞳が、眼鏡越しに大きく見えた。
「あ、当たり前じゃないの」
「わたしのパパ、少しは役に立った?」
娘からの評価は低いのよね。
「すごく助けてもらったわ」
「よかった……パパはかなり頭でっかちで本当に役に立つか判らないから」
頭でっかちだからいいんだけどね。
人権だの、正義だの、そういった絵空事でパンパンだからこそ、アタシのために頑張ってくれたんだから。
いきなりアンナがパッと明るい顔をした。
「これで一緒にお出かけとかいけるね!」
「え……」
アタシはアンナからの誘いをずっと断っていた。
仲良くなってからもずっと、アタシは忙しくて、休みの日でも一緒に出かけるなんて出来なかった。
最近は諦めたのか、誘われることもなくなっていたのに……。
「あのね。わたし判ってたよ。
一緒にお出かけとかして、いっぱい思い出作って、
それで自分が消えちゃったら、わたしがいっぱい悲しむって思ってたんでしょ?」
ちがう。アタシはそんな配慮をするまともな人間じゃない。
と言いかけて、アタシは何も言えなくなった。
言おうとしていることが、嘘だって判ってしまったから。
「だって、フランちゃん。本当はとってもやさしくて、思いやりがある人だもの。
わたしの誘い断るとき、いつもちょっと顔をそむけてたもの」
「……うそ」
アタシはかなり取り繕うのがうまいと思ってた。
それが、この子には判っていたなんて!
どちらかと言うと、アンナは目聡い子じゃない。
でも、アタシのことは良く見ててくれてたんだ……。
いけない。泣きそう。
「だから用意しておいたの!
今日、フランちゃんが帰ってきたら誘おうって!」
アンナはポケットから演劇のチケットを取り出して、アタシの目の前に掲げた。
二枚あった。
それはクラスでも話題になっていた劇のチケット。
日付は次に外出許可が出して貰える日。
あれ……?
なぜだろうチケットの日付がぼやけていく。
あれ? あれ? アタシ……もしかして泣いてる?
まさか……でも、本当みたい。
「行くわ。絶対に行く……ありがとうアンナ」
アタシはアンナのほそい体を抱きしめて、泣いていた。
「フランちゃん!」
戸口で勢いよく抱きつかれてしまった。
アタシより頭ひとつぶん背が高い彼女にぎゅっと抱きしめられる。
着替えもせず学生服のまま、待っててくれたのね……。
鼻の奥がツンとしてしまうけど、アタシはなんでもないフリをして。
「まだ起きてたの? 心配することないって言ったでしょ」
思いっきり手を伸ばして、やわらかい赤毛を撫でる。
撫でてると、生き残ったっていう実感が湧いてくる。
アンナ。
アンナ・ライスズッペ男爵令嬢。
アタシの寮でのルームメイト。
やせっぽちで、背ばかり高くて、目が悪くて、丸眼鏡なんかかけてて。
頼りなさそうで。
でも、頑固なところもあって、口が固くて。
フランちゃんって呼ばれても、嫌悪感を感じない初めての相手。
アタシにとって生まれて初めてできた友達。
「でもでもっ。ピンクブロンドの呪いとか、生き残れた人なんていないって言うからっ。
わたし、わたしっ、心配で心配でっでも待ってることしかできなくて!」
下級貴族令息の誰かが、アタシが『呪われたピンクブロンド』だって言いふらして、クラスメートが誰も近づいてこなくなった後も、アタシへの態度が変わらなかった、唯一の子。
それで一時はアンナまで孤立して、アタシもアンナから離れようとして。
一年目の夏くらいに『アタシは娼婦で客をとってたんだ貴族の誰それはアタシの客だった』
みたいなことを話した。詳しく話した。
もちろん嘘。でも本当。
その貴族は、アタシが何度も手紙を代筆した娼婦の客だった。
だから内容は本当。
最後に秘密だからってつけくわえた。
この子は絶対に喋るだろうって確信してた。
でも、その話は全く広まらなかった。
アンナは気が弱そうだけど、そういうところは誠実で、口が固かった。
それに、アタシへの態度も全然変わらなかった。
その一ヶ月後、アタシは自分が恥ずかしくて耐えられなくて、アンナに全部話した。
この子はもう友達でいてくれないだろうって思った。
それでいいはずなのに、いざそうなりそうだと胸が締め付けられそうだった。
でも、ちがった。
アンナは、話し終わったアタシを、ただ抱きしめてくれた。
それはどんな言葉よりも雄弁だった。
この子のおかげで、アタシは孤立はしてるけど、いじめられずに済んだ。
最終学年では、アンナの友達の数人とも話せるようになった。
みんなこの子のおかげ。
「心配しなくても大丈夫だって言ったじゃない」
そう口で言いつつも、アタシは緊張がほどけていくのを感じていた。
アンナの短い赤毛を撫でるアタシの手は震えていた。
そうか。
気が張ってて自分でも気づいてなかったけど、アタシ怖かったんだ。
「本当にフランちゃんなんだよね? なにもされなかったんだよね?
ううん。なんでもいいや。
こうやって帰ってきてくれたならなんでもいい!」
ああ。
今日はアンナ、お風呂にも入ってないんだ。
いつも石鹸のいい香りがするのに、今日は汗のにおいしかしない。
きれい好きで、毎日お風呂に入らないと気が済まない子なのに。
アタシがかあちゃんに呼び出されてからずっと待っていてくれたんだ。
「されてるの前提?」
照れ隠しに、そんな意地悪を言ってしまうと。
「ちがうのそうじゃないのそうじゃないの!
フランちゃんが戻ってきてくれたならなんでもうれしいの!」
真っ直ぐにそう言われると、自分の照れ隠しがなんだか恥ずかしくて。
「……されてないわよ」
アンナは、しばらくのあいだ何も言わずに、アタシがここにいることを確かめるように、何度も、ぎゅっぎゅっと抱きしめてくれた。
「これで一緒に高等部にも進学できるんだよね……?」
見上げると。
涙でぐちゃぐちゃな瞳が、眼鏡越しに大きく見えた。
「あ、当たり前じゃないの」
「わたしのパパ、少しは役に立った?」
娘からの評価は低いのよね。
「すごく助けてもらったわ」
「よかった……パパはかなり頭でっかちで本当に役に立つか判らないから」
頭でっかちだからいいんだけどね。
人権だの、正義だの、そういった絵空事でパンパンだからこそ、アタシのために頑張ってくれたんだから。
いきなりアンナがパッと明るい顔をした。
「これで一緒にお出かけとかいけるね!」
「え……」
アタシはアンナからの誘いをずっと断っていた。
仲良くなってからもずっと、アタシは忙しくて、休みの日でも一緒に出かけるなんて出来なかった。
最近は諦めたのか、誘われることもなくなっていたのに……。
「あのね。わたし判ってたよ。
一緒にお出かけとかして、いっぱい思い出作って、
それで自分が消えちゃったら、わたしがいっぱい悲しむって思ってたんでしょ?」
ちがう。アタシはそんな配慮をするまともな人間じゃない。
と言いかけて、アタシは何も言えなくなった。
言おうとしていることが、嘘だって判ってしまったから。
「だって、フランちゃん。本当はとってもやさしくて、思いやりがある人だもの。
わたしの誘い断るとき、いつもちょっと顔をそむけてたもの」
「……うそ」
アタシはかなり取り繕うのがうまいと思ってた。
それが、この子には判っていたなんて!
どちらかと言うと、アンナは目聡い子じゃない。
でも、アタシのことは良く見ててくれてたんだ……。
いけない。泣きそう。
「だから用意しておいたの!
今日、フランちゃんが帰ってきたら誘おうって!」
アンナはポケットから演劇のチケットを取り出して、アタシの目の前に掲げた。
二枚あった。
それはクラスでも話題になっていた劇のチケット。
日付は次に外出許可が出して貰える日。
あれ……?
なぜだろうチケットの日付がぼやけていく。
あれ? あれ? アタシ……もしかして泣いてる?
まさか……でも、本当みたい。
「行くわ。絶対に行く……ありがとうアンナ」
アタシはアンナのほそい体を抱きしめて、泣いていた。
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