24 / 60
24 ピンクブロンドは生還する。
しおりを挟む
アタシが手続きをすませて寮の部屋へ戻った時は、ほとんど明け方だった。
「フランちゃん!」
戸口で勢いよく抱きつかれてしまった。
アタシより頭ひとつぶん背が高い彼女にぎゅっと抱きしめられる。
着替えもせず学生服のまま、待っててくれたのね……。
鼻の奥がツンとしてしまうけど、アタシはなんでもないフリをして。
「まだ起きてたの? 心配することないって言ったでしょ」
思いっきり手を伸ばして、やわらかい赤毛を撫でる。
撫でてると、生き残ったっていう実感が湧いてくる。
アンナ。
アンナ・ライスズッペ男爵令嬢。
アタシの寮でのルームメイト。
やせっぽちで、背ばかり高くて、目が悪くて、丸眼鏡なんかかけてて。
頼りなさそうで。
でも、頑固なところもあって、口が固くて。
フランちゃんって呼ばれても、嫌悪感を感じない初めての相手。
アタシにとって生まれて初めてできた友達。
「でもでもっ。ピンクブロンドの呪いとか、生き残れた人なんていないって言うからっ。
わたし、わたしっ、心配で心配でっでも待ってることしかできなくて!」
下級貴族令息の誰かが、アタシが『呪われたピンクブロンド』だって言いふらして、クラスメートが誰も近づいてこなくなった後も、アタシへの態度が変わらなかった、唯一の子。
それで一時はアンナまで孤立して、アタシもアンナから離れようとして。
一年目の夏くらいに『アタシは娼婦で客をとってたんだ貴族の誰それはアタシの客だった』
みたいなことを話した。詳しく話した。
もちろん嘘。でも本当。
その貴族は、アタシが何度も手紙を代筆した娼婦の客だった。
だから内容は本当。
最後に秘密だからってつけくわえた。
この子は絶対に喋るだろうって確信してた。
でも、その話は全く広まらなかった。
アンナは気が弱そうだけど、そういうところは誠実で、口が固かった。
それに、アタシへの態度も全然変わらなかった。
その一ヶ月後、アタシは自分が恥ずかしくて耐えられなくて、アンナに全部話した。
この子はもう友達でいてくれないだろうって思った。
それでいいはずなのに、いざそうなりそうだと胸が締め付けられそうだった。
でも、ちがった。
アンナは、話し終わったアタシを、ただ抱きしめてくれた。
それはどんな言葉よりも雄弁だった。
この子のおかげで、アタシは孤立はしてるけど、いじめられずに済んだ。
最終学年では、アンナの友達の数人とも話せるようになった。
みんなこの子のおかげ。
「心配しなくても大丈夫だって言ったじゃない」
そう口で言いつつも、アタシは緊張がほどけていくのを感じていた。
アンナの短い赤毛を撫でるアタシの手は震えていた。
そうか。
気が張ってて自分でも気づいてなかったけど、アタシ怖かったんだ。
「本当にフランちゃんなんだよね? なにもされなかったんだよね?
ううん。なんでもいいや。
こうやって帰ってきてくれたならなんでもいい!」
ああ。
今日はアンナ、お風呂にも入ってないんだ。
いつも石鹸のいい香りがするのに、今日は汗のにおいしかしない。
きれい好きで、毎日お風呂に入らないと気が済まない子なのに。
アタシがかあちゃんに呼び出されてからずっと待っていてくれたんだ。
「されてるの前提?」
照れ隠しに、そんな意地悪を言ってしまうと。
「ちがうのそうじゃないのそうじゃないの!
フランちゃんが戻ってきてくれたならなんでもうれしいの!」
真っ直ぐにそう言われると、自分の照れ隠しがなんだか恥ずかしくて。
「……されてないわよ」
アンナは、しばらくのあいだ何も言わずに、アタシがここにいることを確かめるように、何度も、ぎゅっぎゅっと抱きしめてくれた。
「これで一緒に高等部にも進学できるんだよね……?」
見上げると。
涙でぐちゃぐちゃな瞳が、眼鏡越しに大きく見えた。
「あ、当たり前じゃないの」
「わたしのパパ、少しは役に立った?」
娘からの評価は低いのよね。
「すごく助けてもらったわ」
「よかった……パパはかなり頭でっかちで本当に役に立つか判らないから」
頭でっかちだからいいんだけどね。
人権だの、正義だの、そういった絵空事でパンパンだからこそ、アタシのために頑張ってくれたんだから。
いきなりアンナがパッと明るい顔をした。
「これで一緒にお出かけとかいけるね!」
「え……」
アタシはアンナからの誘いをずっと断っていた。
仲良くなってからもずっと、アタシは忙しくて、休みの日でも一緒に出かけるなんて出来なかった。
最近は諦めたのか、誘われることもなくなっていたのに……。
「あのね。わたし判ってたよ。
一緒にお出かけとかして、いっぱい思い出作って、
それで自分が消えちゃったら、わたしがいっぱい悲しむって思ってたんでしょ?」
ちがう。アタシはそんな配慮をするまともな人間じゃない。
と言いかけて、アタシは何も言えなくなった。
言おうとしていることが、嘘だって判ってしまったから。
「だって、フランちゃん。本当はとってもやさしくて、思いやりがある人だもの。
わたしの誘い断るとき、いつもちょっと顔をそむけてたもの」
「……うそ」
アタシはかなり取り繕うのがうまいと思ってた。
それが、この子には判っていたなんて!
どちらかと言うと、アンナは目聡い子じゃない。
でも、アタシのことは良く見ててくれてたんだ……。
いけない。泣きそう。
「だから用意しておいたの!
今日、フランちゃんが帰ってきたら誘おうって!」
アンナはポケットから演劇のチケットを取り出して、アタシの目の前に掲げた。
二枚あった。
それはクラスでも話題になっていた劇のチケット。
日付は次に外出許可が出して貰える日。
あれ……?
なぜだろうチケットの日付がぼやけていく。
あれ? あれ? アタシ……もしかして泣いてる?
まさか……でも、本当みたい。
「行くわ。絶対に行く……ありがとうアンナ」
アタシはアンナのほそい体を抱きしめて、泣いていた。
「フランちゃん!」
戸口で勢いよく抱きつかれてしまった。
アタシより頭ひとつぶん背が高い彼女にぎゅっと抱きしめられる。
着替えもせず学生服のまま、待っててくれたのね……。
鼻の奥がツンとしてしまうけど、アタシはなんでもないフリをして。
「まだ起きてたの? 心配することないって言ったでしょ」
思いっきり手を伸ばして、やわらかい赤毛を撫でる。
撫でてると、生き残ったっていう実感が湧いてくる。
アンナ。
アンナ・ライスズッペ男爵令嬢。
アタシの寮でのルームメイト。
やせっぽちで、背ばかり高くて、目が悪くて、丸眼鏡なんかかけてて。
頼りなさそうで。
でも、頑固なところもあって、口が固くて。
フランちゃんって呼ばれても、嫌悪感を感じない初めての相手。
アタシにとって生まれて初めてできた友達。
「でもでもっ。ピンクブロンドの呪いとか、生き残れた人なんていないって言うからっ。
わたし、わたしっ、心配で心配でっでも待ってることしかできなくて!」
下級貴族令息の誰かが、アタシが『呪われたピンクブロンド』だって言いふらして、クラスメートが誰も近づいてこなくなった後も、アタシへの態度が変わらなかった、唯一の子。
それで一時はアンナまで孤立して、アタシもアンナから離れようとして。
一年目の夏くらいに『アタシは娼婦で客をとってたんだ貴族の誰それはアタシの客だった』
みたいなことを話した。詳しく話した。
もちろん嘘。でも本当。
その貴族は、アタシが何度も手紙を代筆した娼婦の客だった。
だから内容は本当。
最後に秘密だからってつけくわえた。
この子は絶対に喋るだろうって確信してた。
でも、その話は全く広まらなかった。
アンナは気が弱そうだけど、そういうところは誠実で、口が固かった。
それに、アタシへの態度も全然変わらなかった。
その一ヶ月後、アタシは自分が恥ずかしくて耐えられなくて、アンナに全部話した。
この子はもう友達でいてくれないだろうって思った。
それでいいはずなのに、いざそうなりそうだと胸が締め付けられそうだった。
でも、ちがった。
アンナは、話し終わったアタシを、ただ抱きしめてくれた。
それはどんな言葉よりも雄弁だった。
この子のおかげで、アタシは孤立はしてるけど、いじめられずに済んだ。
最終学年では、アンナの友達の数人とも話せるようになった。
みんなこの子のおかげ。
「心配しなくても大丈夫だって言ったじゃない」
そう口で言いつつも、アタシは緊張がほどけていくのを感じていた。
アンナの短い赤毛を撫でるアタシの手は震えていた。
そうか。
気が張ってて自分でも気づいてなかったけど、アタシ怖かったんだ。
「本当にフランちゃんなんだよね? なにもされなかったんだよね?
ううん。なんでもいいや。
こうやって帰ってきてくれたならなんでもいい!」
ああ。
今日はアンナ、お風呂にも入ってないんだ。
いつも石鹸のいい香りがするのに、今日は汗のにおいしかしない。
きれい好きで、毎日お風呂に入らないと気が済まない子なのに。
アタシがかあちゃんに呼び出されてからずっと待っていてくれたんだ。
「されてるの前提?」
照れ隠しに、そんな意地悪を言ってしまうと。
「ちがうのそうじゃないのそうじゃないの!
フランちゃんが戻ってきてくれたならなんでもうれしいの!」
真っ直ぐにそう言われると、自分の照れ隠しがなんだか恥ずかしくて。
「……されてないわよ」
アンナは、しばらくのあいだ何も言わずに、アタシがここにいることを確かめるように、何度も、ぎゅっぎゅっと抱きしめてくれた。
「これで一緒に高等部にも進学できるんだよね……?」
見上げると。
涙でぐちゃぐちゃな瞳が、眼鏡越しに大きく見えた。
「あ、当たり前じゃないの」
「わたしのパパ、少しは役に立った?」
娘からの評価は低いのよね。
「すごく助けてもらったわ」
「よかった……パパはかなり頭でっかちで本当に役に立つか判らないから」
頭でっかちだからいいんだけどね。
人権だの、正義だの、そういった絵空事でパンパンだからこそ、アタシのために頑張ってくれたんだから。
いきなりアンナがパッと明るい顔をした。
「これで一緒にお出かけとかいけるね!」
「え……」
アタシはアンナからの誘いをずっと断っていた。
仲良くなってからもずっと、アタシは忙しくて、休みの日でも一緒に出かけるなんて出来なかった。
最近は諦めたのか、誘われることもなくなっていたのに……。
「あのね。わたし判ってたよ。
一緒にお出かけとかして、いっぱい思い出作って、
それで自分が消えちゃったら、わたしがいっぱい悲しむって思ってたんでしょ?」
ちがう。アタシはそんな配慮をするまともな人間じゃない。
と言いかけて、アタシは何も言えなくなった。
言おうとしていることが、嘘だって判ってしまったから。
「だって、フランちゃん。本当はとってもやさしくて、思いやりがある人だもの。
わたしの誘い断るとき、いつもちょっと顔をそむけてたもの」
「……うそ」
アタシはかなり取り繕うのがうまいと思ってた。
それが、この子には判っていたなんて!
どちらかと言うと、アンナは目聡い子じゃない。
でも、アタシのことは良く見ててくれてたんだ……。
いけない。泣きそう。
「だから用意しておいたの!
今日、フランちゃんが帰ってきたら誘おうって!」
アンナはポケットから演劇のチケットを取り出して、アタシの目の前に掲げた。
二枚あった。
それはクラスでも話題になっていた劇のチケット。
日付は次に外出許可が出して貰える日。
あれ……?
なぜだろうチケットの日付がぼやけていく。
あれ? あれ? アタシ……もしかして泣いてる?
まさか……でも、本当みたい。
「行くわ。絶対に行く……ありがとうアンナ」
アタシはアンナのほそい体を抱きしめて、泣いていた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」
どうやら断罪対象はわたくしのようです 〜わたくしを下級貴族と勘違いされているようですが、お覚悟はよろしくて?〜
水都 ミナト
恋愛
「ヴァネッサ・ユータカリア! お前をこの学園から追放する! そして数々の罪を償うため、牢に入ってもらう!」
わたくしが通うヒンスリー王国の王立学園の創立パーティにて、第一王子のオーマン様が高らかに宣言されました。
ヴァネッサとは、どうやらわたくしのことのようです。
なんということでしょう。
このおバカな王子様はわたくしが誰なのかご存知ないのですね。
せっかくなので何の証拠も確証もない彼のお話を聞いてみようと思います。
◇8000字程度の短編です
◇小説家になろうでも公開予定です
新婚初夜で「おまえを愛することはない」と言い放たれた結果
アキヨシ
恋愛
タイトル通りテンプレの「おまえを愛することはない」と言われた花嫁が、言い返して大人しくしていなかったら……という発想の元書きました。
全編会話のみで構成しております。読み難かったらごめんなさい。
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みくださいませ。
※R15は微妙なラインですが念のため。
※【小説家になろう】様にも投稿しています。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
遊び人の婚約者に愛想が尽きたので別れ話を切り出したら焦り始めました。
水垣するめ
恋愛
男爵令嬢のリーン・マルグルは男爵家の息子のクリス・シムズと婚約していた。
一年遅れて学園に入学すると、クリスは何人もの恋人を作って浮気していた。
すぐさまクリスの実家へ抗議の手紙を送ったが、全く相手にされなかった。
これに怒ったリーンは、婚約破棄をクリスへと切り出す。
最初は余裕だったクリスは、出した条件を聞くと突然慌てて始める……。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
父の浮気相手は私の親友でした。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるティセリアは、父の横暴に対して怒りを覚えていた。
彼は、妻であるティセリアの母を邪険に扱っていたのだ。
しかしそれでも、自分に対しては真っ当に父親として接してくれる彼に対して、ティセリアは複雑な思いを抱いていた。
そんな彼女が悩みを唯一打ち明けられるのは、親友であるイルーネだけだった。
その友情は、大切にしなければならない。ティセリアは日頃からそのように思っていたのである。
だが、そんな彼女の思いは一瞬で打ち砕かれることになった。
その親友は、あろうことかティセリアの父親と関係を持っていたのだ。
それによって、ティセリアの中で二人に対する情は崩れ去った。彼女にとっては、最早どちらも自身を裏切った人達でしかなくなっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる