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23 ピンクブロンドは蛇の巣から脱出する。

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 後は全部、アンナのパパがやってくれた。

『どんな人でも法の前では公平でなければならないんだ! 例えピンクブロンドでも!』

 常々ウザく言ってくれるだけあって、侯爵家当主に対して大したものだった。
 全ての書類にきちんとサインさせていた。

 向こう側の応対は、ほぼ全て執事がやった。
 マカロンお嬢様は口を挟まず、最後に確認してサインしただけだった。


 その後。


 アタシは、本宅に移されていたアタシの部屋へ向かった。

 かあちゃんがマカロンお嬢様から取り上げて、アタシのものにしたと言っても、ほぼそのまま。
 調度もなにもかもマカロンお嬢様の趣味で統一されいて、アタシの部屋って感じは全くない。

 アタシの私物はどこ? ってメイド長に聞くと、離れにそのままになっているという。

 このメイド長、執事のセバスチャンほどじゃないけどなかなか大した人で、アタシへの嫌悪や軽蔑がにしか漏れてこなかった。流石は名門侯爵家でメイド長をやるだけはある。
 でも今夜は、アタシを破滅させられなかったコトがよっぽど忌々しいのか、ちらちらと憎しみや嫌悪が漏れている。

 まぁいいけど。どうせ今夜で最後だから。

 3年間使っていた離れの部屋へ向かう。

 廊下を歩いていると、物陰からこちらを見ている奉公人達の憎しみや侮蔑の視線を感じる。
 長年この侯爵家に仕えている奉公人達は、メイド長と同じ気持ちなんでしょうね。
 アタシが今夜限りでここから消えて良かったわね。同意見だわ。

 部屋に入ると、内側から椅子で扉を押さえて誰も入れないようにしてから、月明かりだけを頼りに下品なドレスも下着も脱ぎ捨てた。
 無駄に育った胸をタオルできつく縛って押さえ込み、学生服を着て伊達メガネをかけると、少し落ち着く。
 本当は髪も染めたかったけど、それよりこの屋敷を出て行く方が優先。

 このお屋敷に置いておいた僅かな私物をまとめる。

 マカロンお嬢様や奉公人達の古着をアタシ用に繕ったのが数着。
 ドレス1着。普段着3着。作業着2着。あと下着が若干。
 脱ぎ捨てたピンクの下品なドレスとスケスケの下着はどうしようかと迷ったけど、仕立てはいいから古着屋にでも売れば金になるから、持っていくことにした。

 小さなカバン一つに全部入ってそれでもスペースが余った。
 このお屋敷にアタシが存在した痕跡は全て消えた。

 用心のため、アンナのパパには、アタシが持っていく私物はアタシの物だと保障するという書類も作っておいてもらったから、この土壇場で泥棒呼ばわりされることはないだろう。


 出て行く時、見送ってくれたのは、執事だけだった。


 アンナのパパの馬車は、弁護士事務所に向かい。
 アタシを乗せたニヤニヤ野郎の馬車は、学園の寮へ向かう。

 その直後、猛然と走る馬車とすれ違う。

「クックック。
 フェルディナンド殿下の馬車だ。
 何もかも遅いけどね」

 モンブラン侯爵家のお屋敷へ向かっているのだろう。

 もしも。
 お嬢様と気脈を通じている殿下が、アタシ達より先んじてお屋敷へついていたら。
 詳しい情報がお嬢様に届いていたら……。

「ボクの行動素早かったから、
 展開は変わらなかっただろうけど」

 イラっとする自画自賛だけど、自惚れと言ってやれないくらいコイツの行動は素早かった。

「……それには感謝するわ」
「へぇぇ。じゃあ何かお礼してくれる?」

 しまった。
 変な言質を与えてしまった!

 こいつが何か要求してきても『面白いモノ見せたでしょう!』で押し通すつもりだったのに!

「クククッ」

 ニヤニヤ少年は嗤った。嫌な嗤い方だ。

「なによ」
「いや、なに。君はスレてるくせに甘いなって思ってさ。
 今の言葉もそうだけど、マカロン女侯爵に対してもさ」

 何かドジをしただろうか?
 書類の中に、何か致命的な穴があったのだろうか?
 でも、弁護士先生が気づかないような穴を、アタシが見つけられるわけがない。

「……何かドジしてたら、今度こそ娼館に戻って娼婦にされるだけよ」

 マカロンお嬢様の母上が急死しなければ、確実に到来していた未来。
 残酷な結婚式で娼婦に仕立てられ、抜け出せない泥沼の中、男達に弄ばれ食い物にされてボロボロにされて死んでいくのがほぼ確実な未来。

 マシな未来を見てしまった後で、その道を行くのは辛いだろうけど。
 それでもアタシは、絶対に自分で命を絶ったりはしない。

「ああ。そういう意味じゃないさ。
 君は、もてる武器をひとつ以外全て使い、用心深く、精一杯やったさ」
「そりゃどうも」

 褒められてるよりも、バカにされてる感が強い。

「それとも、案外意地が悪いというべきか」
「意地が悪い? そんな余裕はないわよ」

 アタシが得ようとしていたのは、自分の生命と、侯爵家の資産に比べれば雀の涙のお金だけ。
 それすら、ギリギリの遣り取りだった。

「ボクの正体を明かさせれば、間違いなく、あの淑女はあそこで矛をおさめるだろうに、ね」
「……アタシは知らないから、アンタの正体とか」

 ニヤニヤ野郎は、嫌な感じに口角の端をつりあげた。

「全然?」
「貴族の子弟で、こんなのに付き合ってくれそうな性格の悪いクラスメートは、アンタしかいないってだけよ」
「ま、そういうことにしておこうか。
 なかなか面白いものも見せてもらったからね。
 とりあえずボクへの謝礼はそれで十分かな」


 ある程度は判ってしまっている。


 小間使いとして学園を走り回っていた時に、偶然見たのだ。
 学長がコイツにペコペコしている所を。

 学長は伯爵。つまり伯爵が頭を下げる相手。
 しかも一般の先生は普通に接してるってことは……上の方しか知らないってこと。

 少なくとも訳ありの高位貴族の子弟ぼっちゃんではあるんでしょうね。

 だけどアタシはそれ以上、考えるのをやめた。
 ヤバイ香りがしたからだ。
 考えるのを途中で止めるのは、アタシの特技だしね。

「それに。あの淑女が君が提示した線で妥協すれば、これ以上ボクの出番もないしね」
「そう願うわ」

 あの人は、頭がいい。
 であるなら、これ以上お互い関わると面倒だと判るはず。
 判ってくれるはず。

 だけど、ニヤニヤ少年は、人の心をザワザワさせる嫌な嗤いを浮かべて言った。

「だけど、ね。
 もし、彼女を破滅させたくないなら、ボクが何者かをあの場で言わせるべきだったよ
 なんせ彼女は淑女の中の淑女……芯まで貴族だからね」

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