断罪されて破滅する予定のピンクブロンドの義妹ですが、生き残るために頑張ります!

マンムート

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16 ピンクブロンドは忘れない。

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「いい加減にしなさい!
 いいじゃないの結婚してるって言うんだからそのままにしてしまえば!
 そうすればアンタは貴族の――」

 見苦しくわめきだしたかあちゃんをアタシは冷ややかに遮った。

「あの男は、このモンブラン侯爵家に婿として入ることになってたのよ。
 婿として入るんだから、この家を継ぐわけじゃないの。
 婿として入れなければ、三男坊ですから継ぐ爵位もないのよ。
 マカロンお嬢様と結婚しなければ、あの男は貴族になんかなれないってわけ。
 実家に戻って飼い殺しにされるか、今回みたいな下手うって籍からはずされるだけ」

「うそよ! 貴族なんだから貴族になれるに決まってるわ!
 なんで母親をバカにするようなことを言うのよ!」

 バカだからよ。

 アタシが生まれた頃から十数年ずっと娼館で生きていて、
 素っ裸のお貴族様を腐るほど見てきたはず。それこそ暑苦しくて弛んだケツまで。
 裸になれば平民と変わらない、いや、なまじ権力があるから尚更ゲスばっか。
 あいつらの変態プレイで殺された子だって何人もいた。
 そんな程度のものに幻想だの夢だの持ち続けられる方が、ちょっとおかしいと思う。

 が。
 それは言わない。
 残念ながら情があるからじゃない。
 アタシは既にこの人がどうなろうとどうでもいいからだ。

 ……そう思い切らないと破滅する。

「……かあちゃんが幾らわめいても無駄。
 あのバカがこの人と結婚しないと貴族でいられないのは、
 事実なんだから」

 かあちゃんは、救いを求めるように、すがる目でおっちゃんを見た。

「ウソよねアナタ! この子、なにか勘違いしてるのよね!」
「そ、そうだ! そうに決まっている!
 だって、そんな理屈が通るなら、俺だってここの当主じゃないってことに――え……?」

 おっさんの目におびえが浮かんだ。
 ようやく自分で気づいた。
 でも遅い。遅すぎる。

 アタシは溜息をついてから、告げた。

「だからそういうコト。
 さっきから言ってますけど、マカロンお嬢様は今日から18歳。
 18歳になれば、当主の権限が生じんのよ。
 そして、おっさんがモンブラン侯爵家当主だったことは一度もない。
 さっきの深夜の鐘までだってただの後見人だったのよ」
「う、うそだっ! 黙れ黙れアバズレ!
 そんなことありえないそんな戯言は聞きたくない!
 お、お前ら! この娼婦の娘と生意気な娘を黙らせろ!」

 奉公人達にわめいたが、誰も動かない。
 そりゃそうだ。こいつは当主じゃないんだから。

 マカロンお嬢様が静かな声で聞いて来た。

「……いつから知っていたのかしら?」
「家系をちょっと知りゃ判るでしょ。
 このおっさんは入り婿。
 お嬢様が18歳になって当主になるまでの後見人にすぎないって」

 ここも娼館と変わらない。
 奉公人達の噂話、ささやき、そういったものに聞き耳を立てて情報収集すればかなりのことが判る。

「うそだうそだうそだっ!
 畜生、この恩知らず! あんな汚物ダメから引き取ってやったのに!
 俺を侮辱しやがって!」

 もう頭では判ってしまっているくせに、現実を認められないおっさんは口から盛大につばを飛ばし激高して掴みかかってきた。
 自分の都合の悪いことは、相手の人格まで否定して認めないのね。ガキか。

 猪みたいに突っかかって来たのを、股間を蹴り上げてやった。

「うぎぃぃぃ」

 無様に転がるおっさんを見下ろして。

「都合が悪くなると自分の娘に掴みかかってくる父親とかいらないわ。
 おっさんには、この家の血は一滴も入ってないの。
 そして、この家の血が流れているのはマカロンお嬢様だけ。
 血筋が大事なお貴族様の世界だもの。どっちが当主か、明白でしょ」
「アンタなにを言ってるのよ!
 この人は立派な貴族よ! アンタも立派な貴族の娘!」

 判るわ。
 それにしがみついて、あんな場所でいらないプライドを守ってたんでしょうから。
 いつか、この冴えないおっさんが、王子様として迎えに来る、それだけを希望にして。

 でもね、夢は夢のままにしておけばまだしも、現実に引っ張り出されると消えてしまうのよ。

「おっさんは、実家から縁切られて、入り婿に入った男。
 マカロン嬢という後継者をこさえた時点で仕事は終わりよ。
 だから、家の仕事をすることもなく半ばほっぽっとかれてたんでしょう」
「ふっふざけるな! 俺は当主として!」
「おっさんが娼館に入り浸っていた間、誰が領地を経営してたの?
 アタシここに来てからだって、おっさんが仕事してるところ見たことないもん。
 それに金勘定を引き受けてたんだったら、かあちゃんから貢がせないよね」
「う、うるさい!
 俺だって……」

 おっさんの目が泳いだ。

「書類にサインくらいは……」
「書類にサインするだけで領地の経営ができるんだ。へー。
 それじゃあ、小さな子供でもできちゃうわね。
 しかも、詐欺にだって簡単に引っかかりそうだし。
 で、その書類を作ってるのは誰なの?」
「そ、それは……」

 アタシはマカロン嬢を見た。

「この人が、取引先と商談してるのは見たことあるけど」

 マカロンお嬢様のお母様がご存命の間は彼女が。
 亡くなったあとは、何もしない何も出来ない何の能力も誠実さもない後見人に代わって、マカロンお嬢様が。

「いい加減になさい!」

 かあちゃんがいきなりアタシの頬を平手打ちしてわめいた。
 痛い。
 でも、切り捨てるんだから、これくらいは甘んじましょう。

 凄い顔。
 目がつりあがって血走って、ピンクブロンドが逆立って。
 悪夢の底を這い回る化け物みたい。

 きっとこの顔と痛みは忘れない。

「そんなことあるわけないでしょ!
 このひとはね!
 ワタシとアンタのドレスや宝石のお金を全部払ってくれてたのよ!
 ちゃんと仕事してるのよ! このお屋敷の主なのよ!」

 いくら正当派ヒロインを虐げる悪役ポジだからって、ここまで律儀に罠にかかんなくてもいいんじゃない?
 今、かあちゃんがわめいた内容こそが、第三の罠なのよね。

 アタシは溜息をついた。
 溜息をつくたびに幸せは逃げていくそうで、かなり逃げてしまった気がする。

「それは全部、モンブラン侯爵家の資金の不正流用だから」

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