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 7 出撃

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 廃墟の大路を夜が疾走する。

 いや、夜ではない。不吉な夜を切り抜いた黒い馬だ。

 馬の背には大王の最後の息子。武器は帯剣と脇にたばさんだ長槍のみ。

 背後に続くは四十七騎の狂犬ども。

「王よ。戦うので」

 副官が併走してくる。

「去る者は止めぬ。今までよくつきあってくれた。今のうちに礼を言っておく」

「我らは戦場でしか生きられぬ者。狂犬の頭に従い血を流すしか知らぬ狂犬。

 狂犬の王が死に花を咲かせるなら、その傍らで散りましょうぞ」


 それ以上、言葉はいらぬ。


 一団は大路を駆け抜け、都の大門を駆け抜け、夜の平原を駆け抜けていく。

「お待ちください! 私も宴に加わりとうございます!」

 背後からの声に、誰も振り返らない。

 狂犬の一人が声だけを背後に投げた。


 ならば追いつく事だ! これに追いつけぬなら、血の宴には加わる資格なし!


 狂犬達はいずれも手練れ。追い越せるのは狂犬の王のみ。

 だが、馬蹄はたちまち彼らの背後に迫る。


 彼らは見た。


 見事なる白馬。それにまたがる婚礼衣装を着た麗人を。大汗ハーンの娘を。

 長かった金髪を思い切りよく切り落とした戦士を。

 大きな矢筒を背負う見事なる射手を。


 狂犬の一人がつぶやいた。

 見事。まさに見事なり。狂犬の王に相応しき金狼。


 麗人は男と併走する。

「お前は俺の婚約者でも妻でもないぞ」

 女は誇らしげに告げた。

「私は北辺の戦士。ただの戦士で御座いますゆえ。戦場は自分で選びとう御座います」 

「お前は誇り高い狼だ。狂犬と共に駆けるのは似合わぬ」

「ならば私も狂犬なので御座いましょう。狂犬に魅せられたのですから」

 狂犬達が笑った。副官が一同を代弁した。

「王よ。よいではありませんか。この者は北辺の戦士。

 自らの意志で王の馬前に馳せ参じた者。

 我らと同じく狂犬に魅入られた者」

 女は澄まして、

「王は先ほど、好きに生きろと仰いました。その言葉通りにするまでのこと」

「お前は本当に速く駆ける。俺に追いついたのはお前が初めてだ。

 こいつらですら速度を緩めねば追いつく事は出来ぬと言うのに」

「馬の民の戦士であります故」

 男は笑った。

「ははっ。俺は間違っていなかったようだ」

「なにがです」

「俺はわざと的を外したのではない。お前を見て初めて、俺は何かを欲したのだ。

 戦しか知らぬ狂犬の俺がな」

 彼らの周囲を、夜が平原が矢のごとき速さで流れていく。

「だからか、少し気負ってしまって的を外してしまったのだ」

「ならば王よ。貴男は的を外して的を射貫いたのです。私と言う的を」

「ならば俺は、お前にこの戦を捧げよう。俺の俺達の最後の宴をな」

 副官が問うた。

「さてこの婚礼の宴、どう運ぶおつもりで」

 西、南、東。大軍の翳す松明の群れが三方から迫ってくる。

「西から片付ける。次は南。最後が東だ」

「東が一番手強いかと。あの大王がただ一人称賛の言葉を贈った敵将にて」


 東の国の将軍は常敗の男。大王と干戈を交えること二十五戦にして二十五敗。

 だが大王に敗れ続けた事こそが彼の勲章。

 ひとたび大王と戦えば、将は討たれ、軍は霧散し、国は滅びるが常。

 ただひとりの例外は常敗の男のみ。


 大王は幾度となく常敗の男を打ち破った。

 野で山で湖畔で街道で王都の郊外で打ち破った。

 その度に、常敗の男は整然と退いた。

 その隙のなさは、大王の追撃を許さなかった。

 大王が本国へ引き返せば、どこからともかく現れて、大王の配下を散々に破った。

 粘り強く戦い続けた男。彼こそは不屈の男。

 大王が東の国を完全には制せなかった元凶。

「なればこそ最後にとっておこうではないか。あの大王さえもが討てなかったという男を」

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