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2 金狼
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「見事なものだな。婿殿は。
王ではなく戦士としてでしかないがな」
丘から戦場を見下ろして男がつぶやく。
彼こそは北の民の長。十万を数える馬の民の長だ。
北の大汗。
齢五十を過ぎ髪に白いものが多くなったとは言え、豪奢な黒い衣装の下に贅肉はない。
見事な葦毛の馬にまたがり辺りを睥睨する姿は、まさに長だ。
「まだ婿ではありません」
口答えしたのは、隣で白馬にまたがる凛とした美しい女だ。
腰まで波打つ黄金の髪。細い腰。長くしなやかな腕と脚。
彼女は大汗の娘。
武勇に優れ、つい三日前まで男に負けた事なき、誇り高き狼。
駆け比べで、刀で、槍で、組み討ちで、弓で負けたことがなかった。
二十になるまで、あらゆる求婚者を、大汗があてがおうとした男を、はねのけて来た娘。
大汗は、どこか忌々しげに、
「そうだったな。都を落としお前と祝言をあげるまではな。
全く、女の癖にお前が生意気にも弓などよく使うから手間取ってしまったではないか。
おとなしく奴卑になっておれば、速やかに片付いたものを」
女は俯き、父である大汗に聞こえぬ呟きをもらす。
ちがう。あれは向こうがわざと手を抜いたのだ。
大汗が婚姻を命じた時、女は抗った。
大汗は、同時に命じたのだ。
閨で男の相手をして隙を見て、殺せと。
それは誰よりも速く駆け、誰よりも刀槍を巧みにふるい、誰よりも弓を当てる女にとって屈辱だった。
女は狼の誇りをかけて抗った。
自分をありとあらゆる武で破る男でない限り、嫁にはならぬと。
大汗は叱責したが、大王の息子はそれを受けた。あっさりと受けた。
「面白い」と。
だが、それだけでは興がない。
もしも、全てで俺が勝てば、この女は俺の奴卑にするがいいかと?
大汗は、娘は差し上げるつもりですから、と笑った。
女の誇りは、父親にとって何の意味もないものだった。
馬と共に生まれ育った馬の民の女は、どんな男にも負けなかった女は、狼たる誇りをかけて戦った。
駆け比べは鼻の差で負け、刀で3本のうち3本負け、槍で3本のうち3本負けた。彼女は初めて負けた。
最後は弓の勝負。
2人は馬に乗り、並んで駆け、それぞれ7つの並んだ的を射た。
男は6の的の中心を射貫き。女は5つの的の中心を射貫き、1つの的の中心を僅かに外して射貫いた。
女は終わったと覚悟した。あの男が外すわけがない。
それでも最後の的の中心を射貫いた。
振り返ると、男の弓が最後の的を掠めながらも外したところだった。
男は笑った。
「大汗の娘よ。最後だけはお前が勝った。
俺の勝利は完全ではなかった。
であれば、お前を奴卑には出来ぬ。
王都を落とした暁にこそ、お前を妃に迎えよう」と。
こうして二人の婚約は成った。
大汗は娘に告げた。
「覚悟するのだな。お前は所詮女。狼にはなれぬ。
閨に入って男を楽しませることでのみ役に立つのだ。
女は女にふさわしい方法で戦え」
王ではなく戦士としてでしかないがな」
丘から戦場を見下ろして男がつぶやく。
彼こそは北の民の長。十万を数える馬の民の長だ。
北の大汗。
齢五十を過ぎ髪に白いものが多くなったとは言え、豪奢な黒い衣装の下に贅肉はない。
見事な葦毛の馬にまたがり辺りを睥睨する姿は、まさに長だ。
「まだ婿ではありません」
口答えしたのは、隣で白馬にまたがる凛とした美しい女だ。
腰まで波打つ黄金の髪。細い腰。長くしなやかな腕と脚。
彼女は大汗の娘。
武勇に優れ、つい三日前まで男に負けた事なき、誇り高き狼。
駆け比べで、刀で、槍で、組み討ちで、弓で負けたことがなかった。
二十になるまで、あらゆる求婚者を、大汗があてがおうとした男を、はねのけて来た娘。
大汗は、どこか忌々しげに、
「そうだったな。都を落としお前と祝言をあげるまではな。
全く、女の癖にお前が生意気にも弓などよく使うから手間取ってしまったではないか。
おとなしく奴卑になっておれば、速やかに片付いたものを」
女は俯き、父である大汗に聞こえぬ呟きをもらす。
ちがう。あれは向こうがわざと手を抜いたのだ。
大汗が婚姻を命じた時、女は抗った。
大汗は、同時に命じたのだ。
閨で男の相手をして隙を見て、殺せと。
それは誰よりも速く駆け、誰よりも刀槍を巧みにふるい、誰よりも弓を当てる女にとって屈辱だった。
女は狼の誇りをかけて抗った。
自分をありとあらゆる武で破る男でない限り、嫁にはならぬと。
大汗は叱責したが、大王の息子はそれを受けた。あっさりと受けた。
「面白い」と。
だが、それだけでは興がない。
もしも、全てで俺が勝てば、この女は俺の奴卑にするがいいかと?
大汗は、娘は差し上げるつもりですから、と笑った。
女の誇りは、父親にとって何の意味もないものだった。
馬と共に生まれ育った馬の民の女は、どんな男にも負けなかった女は、狼たる誇りをかけて戦った。
駆け比べは鼻の差で負け、刀で3本のうち3本負け、槍で3本のうち3本負けた。彼女は初めて負けた。
最後は弓の勝負。
2人は馬に乗り、並んで駆け、それぞれ7つの並んだ的を射た。
男は6の的の中心を射貫き。女は5つの的の中心を射貫き、1つの的の中心を僅かに外して射貫いた。
女は終わったと覚悟した。あの男が外すわけがない。
それでも最後の的の中心を射貫いた。
振り返ると、男の弓が最後の的を掠めながらも外したところだった。
男は笑った。
「大汗の娘よ。最後だけはお前が勝った。
俺の勝利は完全ではなかった。
であれば、お前を奴卑には出来ぬ。
王都を落とした暁にこそ、お前を妃に迎えよう」と。
こうして二人の婚約は成った。
大汗は娘に告げた。
「覚悟するのだな。お前は所詮女。狼にはなれぬ。
閨に入って男を楽しませることでのみ役に立つのだ。
女は女にふさわしい方法で戦え」
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