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サラは水晶龍が自由に動き回るようになってから、陣の展開をやめていた。
本来の力を発揮し始め、今や猛攻モードの有様である。
ヘイトが滅茶苦茶であり、盾役が機能していない。
前衛と後衛、何人も死んでいた。
Aランク冒険者の被害は甚大だった。
リアムも、ステラも、ディランも、三人組の後衛―キャリーも死んでいた。
Sランク冒険者の死者はまだいないが、時間の問題と思われた。
今水晶龍は執拗に後衛を狙い始めていた。
おそらく回復要員を潰そうとしているのだった。
物理も魔法も通じにくくなっており、Aランク冒険者達のダメージはもはや期待できない。
本来であればSランク冒険者に攻撃してもらい、Aランク冒険者は支援に回るのが正しいあり方である。
だがあの龍はヘイト通りに動かない。
やはり侯爵令嬢が動いているようにしか、思えなかった。
Sランク後衛はよく耐えていた。
レベルが高いだけあって、龍の攻撃を食らっても生きている。
サラも王太子も、兄も回復に回って支え、名誉騎士は攻撃に回っているが、前衛が近づくと振り向いて攻撃をして来るのだった。
「クソがぁ!」
カイルが吹っ飛ばされて、起き上がる。
「最初のアレはなんだったんだよ!大人しく死んどけやぁ!」
「盾役が盾の役割を果たせん時点で破綻しておる。ジリ貧だぞ」
「親父殿のダメージの通りはどうなってんだ」
「八割カット」
「俺は全然ダメだ。やっぱSランクに攻撃してもらわねぇと話にならねぇ」
どうしようもない。
このまま少しずつ、削っていくしかないのか。
王太子は動揺を悟られぬよう頬を流れ落ちる汗を拭いながら、あくまでも冷静に指示を出す。
「…後衛を狙って来るのは回復要員潰しだろう。Sランク後衛二名が盾代わりになってくれている間、Aランクは回復に、Sランクは攻撃に回るしかないな。Aランク前衛は後衛を守れる位置に」
「了解」
カイルはリディアの元へと走った。
その間にもエルフ族の後衛と、魔法省長官は狙われ続けていた。
魔術省長官は身体を二つに裂かれても即死しなかった為、回復が間に合った。
復帰してからは攻撃魔法を打ち込んでおり、三人組で残ったアーノルドが護衛についた。
「クソ、即死じゃ助けてやれねぇじゃねぇか…」
仲間であったキャリーを亡くした男の言葉に、誰もが沈痛な思いを抱く。
「姉さん…」
もう一人の仲間、ヘンリーの悲痛な呟きに、姉弟だったことを知った。
サラ達も、リアムとステラ、ディランを失った。
リアムとステラは心臓に直撃しており、即死であった。
ディランはボディプレスに耐え切れず、力尽きてしまった。
たくさんお世話になった。
本当に、お世話になったのだ。
リアムとは歳の離れた兄のように接してきたし、向こうも妹のように接してくれたのだった。
初めて会ったのは兄と共にダンジョン攻略を始めてすぐの頃だった。
どうしてこんなに強くてまともな人がソロで行動しているのかと疑問だった。
修行の為に色々なパーティーに参加しているという話であり、サラのランク上げにもずっと協力してくれたのだ。
サラは右手中指に嵌まった指輪を見る。
五十階ボスから、リアムが得てくれた国宝級の付呪具だった。
Aランクに上がってからは、王太子達と共にパーティーとして戦ってきた。
大切な、メンバーだった。
返しきれない恩があった。
サラは涙で滲む目を擦るが、次から次へと溢れて来て視界が歪むのを止められない。
今すぐ駆け寄りたい。
今すぐ縋りつきたい。
でも戦況がそれを許してくれない。
息が詰まり、呼吸が苦しい。
ひどい、と泣き叫びたかった。
怒りと悲しみで、杖を握る手が震えて仕方がない。
味方が次々と攻撃され、しかも序盤とは比べ物にならぬ程の大ダメージを負ってしまう為、泣いている暇などない。
絶え間なく回復魔法を唱え、強化魔法を唱え、攻撃範囲から避けなければならなかった。
ひどい。
やる瀬なく、胸の奥底から湧き上がって来る激情を吐き出してしまいたいのに、そんな余裕も与えてくれない。
どうしてこんなことができるの。
頬を伝う涙を拭い、龍を睨みつける。
リアムとは歳の離れた兄のように接してきたし、向こうも妹のように接してくれた。
初めて会ったのは兄と共にダンジョン攻略を始めてすぐの頃だった。
どうしてこんなに強くてまともな人がソロで行動しているのかと疑問だった。
修行の為に色々なパーティーに参加しているという話であり、サラのランク上げにもずっと協力してくれたのだ。
サラは右手中指に嵌まった指輪を見る。
五十階ボスから、リアムが得てくれた国宝級の付呪具だった。
Aランクに上がってからは、王太子達と共にパーティーとして戦ってきた。
大切な、メンバーだった。
返しきれない恩があった。
本当に親切にしてくれて、ずっとずっと、一緒にパーティーメンバーとして活動して行きたかった。
兄を失ったようで、心にぽっかりと穴が開いたような気がする。
元の所属パーティーに戻るという理由での、円満な別れは想像していた。
でも、こんな別れって、ない。
誰もが、大切なメンバーを失っていた。
あれが本当に侯爵令嬢かどうかはわからない。
だが意識はあるように思える。
向こうがどういうつもりで戦っているのかわからないが、倒さなければ、終わらないのだ。
父を筆頭にSランク前衛が必死にターゲットを向けようと攻撃しているが、龍は全く意に介さない。うっとうしそうに払い、衝撃波で全体にダメージを与える。 だが狙いは後衛二人に絞られていた。
ダメージを食らって回復をして、の繰り返しであったが、エルフ族の後衛がついに疲労の限界を迎えたのか、膝をついた。
今まで二人でヘイトとダメージを分散していたのが、無理になったのである。
とどめをさす為、龍が光の槍を放つが、一足早く動いた名誉騎士がエルフ族の男を担いで飛び退いた。
龍は怒り狂ったように暴れ出し、体中から光の槍を連射し始めた。
四方八方に飛んでくるそれをサラ達はかわすが、龍はさらに土の柱を至る所から突き上げ始める。
柱が突き立つ寸前に、魔法の痕跡である陣が一瞬光る為、かわすこと自体は可能であるが、光の槍もある。
かわしきれず槍が身体を掠めていけば、焼けるような臭いと痛みが突き抜けるのだった。
回復をする暇もなく、永遠と思われる程の時間それは続いた。
実際には数分であったのだろうが、Aランクにとってそれは生死を分ける程の大事である。
すぐさま回復を唱えている間に、龍は魔法省長官に近づいてボディプレスから手を振り回して吹っ飛ばしていた。
瀕死のダメージを負ったのだろう長官は血を吐き、装備はぼろぼろになっていた。
王太子がすかさず回復魔法を飛ばし、エルフ族の男を置いた名誉騎士が龍の眼前に躍り出て、目に剣を突き刺した。
今までに聞いたこともない、大絶叫というべき咆哮を上げながら、名誉騎士の身体を掴む。
「父上!!」
「お父様!!」
兄が飛び出し、龍の腕に剣を突き立てるが、ダメージは与えられなかった。
将軍が駆け寄って、離させようと腕を殴りつけるが、暴れて振り回す手足に邪魔され集中できない。
胴体を捕まれた名誉騎士は剣を突き立てようとするが、握り込まれる力が強く上手くできないようだった。
振り回されながらミシミシと力を込められ、名誉騎士が血を吐く。
まさか、という恐怖に、サラは足が竦んだ。
兄が父に回復魔法を唱える。
「離せぇえええ!!」
将軍が叫びながら、胴体へと攻撃している。
カイルもまた駆け寄って、将軍と共に攻撃をしていた。
リディアは目を狙って攻撃魔法を撃ち、魔術省長官もまた攻撃魔法を撃っていた。
回復され起き上がった魔法省長官は名誉騎士に強化魔法をかけ、王太子もまた回復に加わっている。
他前衛も、生き残っている後衛も、必死だった。
名誉騎士は、要であった。
英雄であった。
人々の、希望であった。
いつでも父が最前線に立ち、メンバーを引っ張っていた。
ダンジョン攻略でも、以前のスタンピードでも。
どんなに危険なことがあっても、必ず生き残ってきた。
名誉騎士に救われた者は数知れない。
国も立場も全く違う者達が、パーティーとして一つにまとまることがどれだけ大変なことであるか、共に行動していたメンバー達は知っている。
それをまとめてきたのが名誉騎士だったのだ。
特別な加護があるわけではない。
特別な種族であるわけでもない。
ただの人間でしかなかったが、それでも名誉騎士はリーダーなのだった。
「やめろぉおおお!!!」
兄が叫ぶ。
王太子が、将軍が、カイルが、皆が、叫ぶ。
サラは声が出なかった。
涙が溢れる。
全身が震えた。
やめて。
やめて。
ころさないで。
龍は一際大きな咆哮を上げた。
ぐしゃりと、掴んでいた名誉騎士を、握り潰した。
音が消えた気がした。
誰もが、動きを止めた。
今見ているものが、信じられなかった。
サラは回復魔法を唱える。
…何の手応えもなかった。
何の反応も、なかった。
まるでゴミのように、龍は名誉騎士を遠くへと投げ捨てた。
回復魔法のおかげで、身体だけは綺麗である。傷もない。
だが、人形のように転がった名誉騎士は動かない。
立ち上がらない。
そのままの姿勢で、横たわっていた。
「ああぁあああぁああああ!!」
悲鳴が、己のものだとサラは認識できなかった。
我が国最強の騎士が、死ぬはずがないのだ。
呆然と立ち尽くした面々を、龍はこともなげに払いのけた。
口から血を吐き、ドワーフ族の前衛が動かなくなった。
よろよろと起き上がるSランク前衛達は、全員が気の抜けたような表情をしていた。
おそらく、残ったAランクの者達も同じような顔をしているだろう。
どうすればいいのか。
名誉騎士を失って、勝てるのか。
呆然とする面々を放置して、龍はサラを見た。
目が合ったその瞳に、勝ち誇ったような感情を見た気がした。
気のせいかもしれない。
被害妄想かもしれない。
だがサラには伝わった。
殺意と共に、確かに龍は嘲笑ったのだった。
サラは涙を拭い、龍を睨み上げた。
リアムから借りた魔法書にあった魔法を、唱える。
それは、即発動できる代物だった。
隻眼となった龍の残った目を、業火で焼き潰す。
痛みを感じていないのか、しばらく動きを止めていた龍だったが、視界が潰れていることに気づいたのだろう、咆哮を上げながら暴れ出した。
「…殿下、お兄様、離れて下さい。アレは私を狙っています」
許さない。
決して。
サラは今まで人を憎んだことがなかった。
好きにはなれなくとも、嫌いだなと思っても、殺したい程憎んだことはなかった。
初めて、殺したいと思う。
残念だと思った。
こんな風に思わせる存在に出会ってしまったことが。
咆哮を上げ続ける龍の口の中に、業火を撃ち込む。
外郭は堅く耐性に優れた鱗に覆われているが、口の中はそうではないようだった。
仰け反るように喉を上げ、尻尾を振り回し暴れ出す。
サラは回復陣を唱えた。
少しでも体力が保てばそれで良い。
飛んできた尻尾を、兄と王太子の剣が受け止め、弾いた。
サラの前に二人して立ち、兄は攻撃陣を唱え、王太子は三人分の強化魔法を唱えた。
「…危ないです。死にますよ」
早く逃げて欲しかった。
だが周囲を見れば、誰も逃げていなかった。
耐性によってほとんどダメージが通らなくとも、攻撃をやめることはない。
攻撃を食らっても、止まることはなかった。
残った後衛は回復をしながら、余裕を見て攻撃をしていた。
誰も諦めなかった。
呆然とした瞬間から立ち直り、覚悟を決めた瞳をしていた。
無言で歯を食いしばりながら、戦っていた。
サラは頬を涙が滑り落ちていくのを自覚した。
体力は削れていない。
後少しなのに。
その後少しが、削れなかった。
戦力を失い過ぎており、このままでは疲労の限界を迎えた者から死んでいく。
全滅を、覚悟するしかなかった。
せめて王太子には逃げて欲しかった。
だが、言えない。
共に戦ってくれていることが、ここにいて、サラを守ってくれることが、嬉しかった。
私は失格だ。
王太子の相手としては、ふさわしくない。
誰よりも王族の存続を望み、真っ先に犠牲になるべき臣下であるのに、守られている。
そしてそれに、喜んでしまっている。
死がすぐそこに迫っていた。
王太子も兄も、サラの前に立ち、覚悟を決めたようだった。
「殿下、お兄様、ありがとうございます…!」
「…守りきれなくてごめんな」
「まだ早い。まだ、諦めるな!」
「はい…!」
王太子の言葉は勇気をくれた。
作戦等もはや立てようもない。
それでも王太子たる存在は、最後まで諦めてはいけないのだった。
リディアを庇って、カイルが大量の血をまき散らしながら吹っ飛んだ。
リディアの悲鳴が聞こえ、将軍が息子を呼ぶ悲痛な叫びが聞こえた。
回復魔法を唱えるが、カイルは立ち上がらなかった。
一人、また一人と倒れていく。
狂乱モードともいうべき激しさに、もはや為す術はなかった。
ドン、と、力を入れて龍が足踏みをした。
地面にめり込む足の爪が、土を掴む。
龍の全身が震え出し、爆発寸前のように力を貯め込み始めた。
もはや逃げられない。
龍はこちらを向いていた。
両目が潰れた状態で、だが確かにサラを見ていた。
王太子と兄が庇うように前に立つ。
ああ、終わりだ。
だが目は閉じない。
最期まで、見届けよう。
本来の力を発揮し始め、今や猛攻モードの有様である。
ヘイトが滅茶苦茶であり、盾役が機能していない。
前衛と後衛、何人も死んでいた。
Aランク冒険者の被害は甚大だった。
リアムも、ステラも、ディランも、三人組の後衛―キャリーも死んでいた。
Sランク冒険者の死者はまだいないが、時間の問題と思われた。
今水晶龍は執拗に後衛を狙い始めていた。
おそらく回復要員を潰そうとしているのだった。
物理も魔法も通じにくくなっており、Aランク冒険者達のダメージはもはや期待できない。
本来であればSランク冒険者に攻撃してもらい、Aランク冒険者は支援に回るのが正しいあり方である。
だがあの龍はヘイト通りに動かない。
やはり侯爵令嬢が動いているようにしか、思えなかった。
Sランク後衛はよく耐えていた。
レベルが高いだけあって、龍の攻撃を食らっても生きている。
サラも王太子も、兄も回復に回って支え、名誉騎士は攻撃に回っているが、前衛が近づくと振り向いて攻撃をして来るのだった。
「クソがぁ!」
カイルが吹っ飛ばされて、起き上がる。
「最初のアレはなんだったんだよ!大人しく死んどけやぁ!」
「盾役が盾の役割を果たせん時点で破綻しておる。ジリ貧だぞ」
「親父殿のダメージの通りはどうなってんだ」
「八割カット」
「俺は全然ダメだ。やっぱSランクに攻撃してもらわねぇと話にならねぇ」
どうしようもない。
このまま少しずつ、削っていくしかないのか。
王太子は動揺を悟られぬよう頬を流れ落ちる汗を拭いながら、あくまでも冷静に指示を出す。
「…後衛を狙って来るのは回復要員潰しだろう。Sランク後衛二名が盾代わりになってくれている間、Aランクは回復に、Sランクは攻撃に回るしかないな。Aランク前衛は後衛を守れる位置に」
「了解」
カイルはリディアの元へと走った。
その間にもエルフ族の後衛と、魔法省長官は狙われ続けていた。
魔術省長官は身体を二つに裂かれても即死しなかった為、回復が間に合った。
復帰してからは攻撃魔法を打ち込んでおり、三人組で残ったアーノルドが護衛についた。
「クソ、即死じゃ助けてやれねぇじゃねぇか…」
仲間であったキャリーを亡くした男の言葉に、誰もが沈痛な思いを抱く。
「姉さん…」
もう一人の仲間、ヘンリーの悲痛な呟きに、姉弟だったことを知った。
サラ達も、リアムとステラ、ディランを失った。
リアムとステラは心臓に直撃しており、即死であった。
ディランはボディプレスに耐え切れず、力尽きてしまった。
たくさんお世話になった。
本当に、お世話になったのだ。
リアムとは歳の離れた兄のように接してきたし、向こうも妹のように接してくれたのだった。
初めて会ったのは兄と共にダンジョン攻略を始めてすぐの頃だった。
どうしてこんなに強くてまともな人がソロで行動しているのかと疑問だった。
修行の為に色々なパーティーに参加しているという話であり、サラのランク上げにもずっと協力してくれたのだ。
サラは右手中指に嵌まった指輪を見る。
五十階ボスから、リアムが得てくれた国宝級の付呪具だった。
Aランクに上がってからは、王太子達と共にパーティーとして戦ってきた。
大切な、メンバーだった。
返しきれない恩があった。
サラは涙で滲む目を擦るが、次から次へと溢れて来て視界が歪むのを止められない。
今すぐ駆け寄りたい。
今すぐ縋りつきたい。
でも戦況がそれを許してくれない。
息が詰まり、呼吸が苦しい。
ひどい、と泣き叫びたかった。
怒りと悲しみで、杖を握る手が震えて仕方がない。
味方が次々と攻撃され、しかも序盤とは比べ物にならぬ程の大ダメージを負ってしまう為、泣いている暇などない。
絶え間なく回復魔法を唱え、強化魔法を唱え、攻撃範囲から避けなければならなかった。
ひどい。
やる瀬なく、胸の奥底から湧き上がって来る激情を吐き出してしまいたいのに、そんな余裕も与えてくれない。
どうしてこんなことができるの。
頬を伝う涙を拭い、龍を睨みつける。
リアムとは歳の離れた兄のように接してきたし、向こうも妹のように接してくれた。
初めて会ったのは兄と共にダンジョン攻略を始めてすぐの頃だった。
どうしてこんなに強くてまともな人がソロで行動しているのかと疑問だった。
修行の為に色々なパーティーに参加しているという話であり、サラのランク上げにもずっと協力してくれたのだ。
サラは右手中指に嵌まった指輪を見る。
五十階ボスから、リアムが得てくれた国宝級の付呪具だった。
Aランクに上がってからは、王太子達と共にパーティーとして戦ってきた。
大切な、メンバーだった。
返しきれない恩があった。
本当に親切にしてくれて、ずっとずっと、一緒にパーティーメンバーとして活動して行きたかった。
兄を失ったようで、心にぽっかりと穴が開いたような気がする。
元の所属パーティーに戻るという理由での、円満な別れは想像していた。
でも、こんな別れって、ない。
誰もが、大切なメンバーを失っていた。
あれが本当に侯爵令嬢かどうかはわからない。
だが意識はあるように思える。
向こうがどういうつもりで戦っているのかわからないが、倒さなければ、終わらないのだ。
父を筆頭にSランク前衛が必死にターゲットを向けようと攻撃しているが、龍は全く意に介さない。うっとうしそうに払い、衝撃波で全体にダメージを与える。 だが狙いは後衛二人に絞られていた。
ダメージを食らって回復をして、の繰り返しであったが、エルフ族の後衛がついに疲労の限界を迎えたのか、膝をついた。
今まで二人でヘイトとダメージを分散していたのが、無理になったのである。
とどめをさす為、龍が光の槍を放つが、一足早く動いた名誉騎士がエルフ族の男を担いで飛び退いた。
龍は怒り狂ったように暴れ出し、体中から光の槍を連射し始めた。
四方八方に飛んでくるそれをサラ達はかわすが、龍はさらに土の柱を至る所から突き上げ始める。
柱が突き立つ寸前に、魔法の痕跡である陣が一瞬光る為、かわすこと自体は可能であるが、光の槍もある。
かわしきれず槍が身体を掠めていけば、焼けるような臭いと痛みが突き抜けるのだった。
回復をする暇もなく、永遠と思われる程の時間それは続いた。
実際には数分であったのだろうが、Aランクにとってそれは生死を分ける程の大事である。
すぐさま回復を唱えている間に、龍は魔法省長官に近づいてボディプレスから手を振り回して吹っ飛ばしていた。
瀕死のダメージを負ったのだろう長官は血を吐き、装備はぼろぼろになっていた。
王太子がすかさず回復魔法を飛ばし、エルフ族の男を置いた名誉騎士が龍の眼前に躍り出て、目に剣を突き刺した。
今までに聞いたこともない、大絶叫というべき咆哮を上げながら、名誉騎士の身体を掴む。
「父上!!」
「お父様!!」
兄が飛び出し、龍の腕に剣を突き立てるが、ダメージは与えられなかった。
将軍が駆け寄って、離させようと腕を殴りつけるが、暴れて振り回す手足に邪魔され集中できない。
胴体を捕まれた名誉騎士は剣を突き立てようとするが、握り込まれる力が強く上手くできないようだった。
振り回されながらミシミシと力を込められ、名誉騎士が血を吐く。
まさか、という恐怖に、サラは足が竦んだ。
兄が父に回復魔法を唱える。
「離せぇえええ!!」
将軍が叫びながら、胴体へと攻撃している。
カイルもまた駆け寄って、将軍と共に攻撃をしていた。
リディアは目を狙って攻撃魔法を撃ち、魔術省長官もまた攻撃魔法を撃っていた。
回復され起き上がった魔法省長官は名誉騎士に強化魔法をかけ、王太子もまた回復に加わっている。
他前衛も、生き残っている後衛も、必死だった。
名誉騎士は、要であった。
英雄であった。
人々の、希望であった。
いつでも父が最前線に立ち、メンバーを引っ張っていた。
ダンジョン攻略でも、以前のスタンピードでも。
どんなに危険なことがあっても、必ず生き残ってきた。
名誉騎士に救われた者は数知れない。
国も立場も全く違う者達が、パーティーとして一つにまとまることがどれだけ大変なことであるか、共に行動していたメンバー達は知っている。
それをまとめてきたのが名誉騎士だったのだ。
特別な加護があるわけではない。
特別な種族であるわけでもない。
ただの人間でしかなかったが、それでも名誉騎士はリーダーなのだった。
「やめろぉおおお!!!」
兄が叫ぶ。
王太子が、将軍が、カイルが、皆が、叫ぶ。
サラは声が出なかった。
涙が溢れる。
全身が震えた。
やめて。
やめて。
ころさないで。
龍は一際大きな咆哮を上げた。
ぐしゃりと、掴んでいた名誉騎士を、握り潰した。
音が消えた気がした。
誰もが、動きを止めた。
今見ているものが、信じられなかった。
サラは回復魔法を唱える。
…何の手応えもなかった。
何の反応も、なかった。
まるでゴミのように、龍は名誉騎士を遠くへと投げ捨てた。
回復魔法のおかげで、身体だけは綺麗である。傷もない。
だが、人形のように転がった名誉騎士は動かない。
立ち上がらない。
そのままの姿勢で、横たわっていた。
「ああぁあああぁああああ!!」
悲鳴が、己のものだとサラは認識できなかった。
我が国最強の騎士が、死ぬはずがないのだ。
呆然と立ち尽くした面々を、龍はこともなげに払いのけた。
口から血を吐き、ドワーフ族の前衛が動かなくなった。
よろよろと起き上がるSランク前衛達は、全員が気の抜けたような表情をしていた。
おそらく、残ったAランクの者達も同じような顔をしているだろう。
どうすればいいのか。
名誉騎士を失って、勝てるのか。
呆然とする面々を放置して、龍はサラを見た。
目が合ったその瞳に、勝ち誇ったような感情を見た気がした。
気のせいかもしれない。
被害妄想かもしれない。
だがサラには伝わった。
殺意と共に、確かに龍は嘲笑ったのだった。
サラは涙を拭い、龍を睨み上げた。
リアムから借りた魔法書にあった魔法を、唱える。
それは、即発動できる代物だった。
隻眼となった龍の残った目を、業火で焼き潰す。
痛みを感じていないのか、しばらく動きを止めていた龍だったが、視界が潰れていることに気づいたのだろう、咆哮を上げながら暴れ出した。
「…殿下、お兄様、離れて下さい。アレは私を狙っています」
許さない。
決して。
サラは今まで人を憎んだことがなかった。
好きにはなれなくとも、嫌いだなと思っても、殺したい程憎んだことはなかった。
初めて、殺したいと思う。
残念だと思った。
こんな風に思わせる存在に出会ってしまったことが。
咆哮を上げ続ける龍の口の中に、業火を撃ち込む。
外郭は堅く耐性に優れた鱗に覆われているが、口の中はそうではないようだった。
仰け反るように喉を上げ、尻尾を振り回し暴れ出す。
サラは回復陣を唱えた。
少しでも体力が保てばそれで良い。
飛んできた尻尾を、兄と王太子の剣が受け止め、弾いた。
サラの前に二人して立ち、兄は攻撃陣を唱え、王太子は三人分の強化魔法を唱えた。
「…危ないです。死にますよ」
早く逃げて欲しかった。
だが周囲を見れば、誰も逃げていなかった。
耐性によってほとんどダメージが通らなくとも、攻撃をやめることはない。
攻撃を食らっても、止まることはなかった。
残った後衛は回復をしながら、余裕を見て攻撃をしていた。
誰も諦めなかった。
呆然とした瞬間から立ち直り、覚悟を決めた瞳をしていた。
無言で歯を食いしばりながら、戦っていた。
サラは頬を涙が滑り落ちていくのを自覚した。
体力は削れていない。
後少しなのに。
その後少しが、削れなかった。
戦力を失い過ぎており、このままでは疲労の限界を迎えた者から死んでいく。
全滅を、覚悟するしかなかった。
せめて王太子には逃げて欲しかった。
だが、言えない。
共に戦ってくれていることが、ここにいて、サラを守ってくれることが、嬉しかった。
私は失格だ。
王太子の相手としては、ふさわしくない。
誰よりも王族の存続を望み、真っ先に犠牲になるべき臣下であるのに、守られている。
そしてそれに、喜んでしまっている。
死がすぐそこに迫っていた。
王太子も兄も、サラの前に立ち、覚悟を決めたようだった。
「殿下、お兄様、ありがとうございます…!」
「…守りきれなくてごめんな」
「まだ早い。まだ、諦めるな!」
「はい…!」
王太子の言葉は勇気をくれた。
作戦等もはや立てようもない。
それでも王太子たる存在は、最後まで諦めてはいけないのだった。
リディアを庇って、カイルが大量の血をまき散らしながら吹っ飛んだ。
リディアの悲鳴が聞こえ、将軍が息子を呼ぶ悲痛な叫びが聞こえた。
回復魔法を唱えるが、カイルは立ち上がらなかった。
一人、また一人と倒れていく。
狂乱モードともいうべき激しさに、もはや為す術はなかった。
ドン、と、力を入れて龍が足踏みをした。
地面にめり込む足の爪が、土を掴む。
龍の全身が震え出し、爆発寸前のように力を貯め込み始めた。
もはや逃げられない。
龍はこちらを向いていた。
両目が潰れた状態で、だが確かにサラを見ていた。
王太子と兄が庇うように前に立つ。
ああ、終わりだ。
だが目は閉じない。
最期まで、見届けよう。
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