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63.

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 九月、後期が始まり、サラは兄と共に学園へと登校した。
 教室へ入り挨拶をすると、エリザベスとミラが笑顔で挨拶を返してくれた。
「サラ様、お久しぶりでございます!」
「一ヶ月ぶりですわね、エリザベス様」
「またお話させて下さいましね」
「こちらこそよろしくお願いします」
 自分の席へと向かう際、グレゴリー侯爵令嬢の後ろを通るので会釈をする。
 侯爵令嬢はこちらを見もしないので、こちらから声をかけることはない。
 席に着けば、アイラが話しかけてくれるので挨拶を返し、ミリアム達にも挨拶をする。
 担任がやって来て、後期のスケジュールと選択科目の提出期間の説明をした。
 後期は九月末に、王都の森林公園で一泊の林間学校があるとのことだった。
 男子学生は冒険者活動が必須とされている為、救済措置の一つと思われる。かつてサラや兄がキャンプ場で両親から習ったように、たき火の熾し方から料理の仕方、テントの立て方等の基礎を学び、騎士団監修の元で実践的な剣や魔法を使って戦うこともできるということだった。
 実戦訓練は女子は希望制ということだが、後方支援で必要となる救護方法や回復魔法の基礎を学べるようになっていた。冒険者ではなくとも、領地のある貴族令嬢は可能な限り参加するように、との指示がある。
 一年と二年が参加するが、実施場所は離れている為会うことはないだろう。
 三年は先輩として見守り役で参加するとのことだった。
 卒業後、領地でいざという事態が起こった時にも冷静に指導や指揮ができるように、練習の為だそうだ。
「ありがたい研修ですわ」
 アイラが呟き、サラは微笑む。
 辺境伯令息と話をした結果、魔法科で魔法の基礎を勉強するのはいいが、冒険者として活動するのは反対されたということだった。
 戦闘訓練をしたいということなら、自分が共に行動し、森林で弱い魔獣を倒す所から始めればいい、と言われ、アイラは頷いたのだという。
 戦闘訓練を受けていない令嬢がいきなり冒険者になるよりはよほど良い、とサラも思う。令息も同じように心配したのだろう。気持ちは良く理解できた。
「楽しみですね」
 サラが言えば、アイラも微笑む。
 月末といえば、それほど日程に余裕はない。
 貴族子女の一泊旅行と言うことで、その日だけはメイドや従者等の世話をする者を一人、連れて行っても良いことになっていた。
 テントは性別ごと、グループごとに別れるが、一人一つというわけではないのがこの林間学校の狙いの一つでもあるらしい。
 貴族子女といえば一人一部屋どころではない場合がほとんどである。居室があり、メイドの控え室があり、寝室があり、衣装部屋があり、バスルームがあり…。
 それを、テントの中で複数人で過ごす不便を経験することで交流を深め、互いを思いやる心を育むことも目的なのだという。
 後期初日は午前中で終え、林間学校が楽しみだと言う話と、エリザベス達のダンジョン攻略の進み具合について少し話をして生徒会室へと行き、後期またよろしくお願いしますと挨拶をして、帰路に着いた。
「林間学校か~。正直しょぼいが、まぁ友達との思い出作りと思えば楽しめるんじゃないか?」
 帰りの馬車の中、兄が笑いながら言う。
「王太子殿下や王女殿下も参加なさったの?」
「無論。ただ王族だから、両殿下ともテントは個別で、侍女や侍従、護衛騎士はついていたよ」
「そうだよね。さすがに王族は別だよね」
「もし何かあったら困るからな。…今年は俺達の学年が指導役か。面倒くさいな」
「一年と二年でそれぞれ分担するの?」
「そうだな。各クラス半分に分けて、一年と二年に別れることになるかな」
「そうなんだ」
「林間学校は学園と騎士団の管轄だから生徒会はノータッチ。その点は楽だな」
「そっか。じゃぁ私は楽しめばいいってことだね」
「うん、そうだな。…あ、そういえばクラスメートのダンジョン攻略はどうなった?進めるって話だったけど」
「うん。エリザベス様が野営は許してもらえないみたいだから、日帰りでこつこつ頑張ってるみたい。これからも週末に続けて行くって」
「侯爵令嬢がダンジョン攻略を真面目にこなすってすごいな」
「ふふ、そうだね。元々エリザベス様は、領地の為に冒険者のことを知り、戦い方を学びたい、とおっしゃっていて。すごく前向きな方だと思う」
 それに比べてグレゴリー侯爵令嬢は…と考えかけて、サラはやめた。
 エリザベスの取り組み姿勢が、サラにとっては尊敬に値する素晴らしいものだというだけの話なのだ。
「へぇ。…あ、そういえばサラ」
 兄が思い出したように話題を変えるので、サラは首を傾げる。
「はい?」
「マッケンジー公爵令嬢と知り合いだったな」
「うん。王女殿下のご友人でいらっしゃって、お茶会にも呼んで頂いたよ」
「そうか。今日帰りに大声で話しかけられてな、「サラ様、Aランクおめでとうございます!」って」
「まぁ…」
 ディアナ様、ついに自分から行動することになさったのだな、とサラは思い、微笑んだ。
「いきなりサラ様って呼びかけられても、俺サラじゃないしって思わずツッコミそうになってしまったのは内緒だぞ…」
「お兄様…」
「殿下は笑うし、俺は笑うにも笑えないし、公爵令嬢は真っ赤になって「あわわ」とか言い出すしどうしようかと…」
「ちゃんとお礼を言ってくれた?」
「もちろん。ちゃんと「ありがとうございます。妹に伝えておきますね」って返したぞ」
「良かった」
「伝えたからな」
 兄の反応は淡白である。
 何となく、サラは手助けをしたくなった。
「…ディアナ様、素敵な方だよ」
「そうなのか」
「うん。機会があったら、お話してみてね」
「公爵令嬢と話す機会なんてないけどな…わかったよ」
 兄は立場が違いすぎる相手であるから、全く意識もしていないようだ、と感じる。
 ディアナのことを意識する日が来たら何か変わるかな、と思いながらも、サラは不思議に思う。
 サラがAランクになったことは表沙汰にしていないのに、冒険者ではない公爵令嬢が何故知っているのだろうと。
「どうしてディアナ様が私のランクのことをご存じなのかしら?」
「殿下がイーディス殿下に報告して、公爵令嬢に話したらしいよ」
「なるほど~」
「今日のことで、一気に学園中に広まるかもな」
「そ、そうか…そうだね…」
「何か言ってくる輩がいても、気にするなよ。おまえはちゃんと実力でAランクになったんだからな」
「うん」
 結局冒険者の話になってしまったな、と思いながら、これからのダンジョン攻略のことや、学園のこと等を話しながら時間は過ぎていくのだった。
 ディアナがうっかりサラがAランクになったことを学園内で周知してしまったことで、次の日にはグレゴリー侯爵令嬢以外のクラスメートから祝福の言葉をもらい、通りすがりにも「最年少記録おめでとう!」と祝われて照れくさい思いをした。
 幸いなことに否定的な言葉を直接言われることはなかったが、グレゴリー侯爵令嬢のように表立って言わないだけの人々がいるだろうことは、承知しておかなければならないと思う。
 それに、サラ一人の力でAランクになったわけでもない。
 感謝を忘れずにいたいと思うのだった。
 週末になると、ダンジョン前広場に赴く。
 リアムはいつも先に来ており、兄妹は合流する形となるのだった。
「おはようございます、リアムさん」
「おはようございます、お二人とも。…おや、サラさん、装備を新調されたのですね。とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます!Aランクになれたので、ふさわしい装備に変えようと思ったんです」
「剣とも合っていますね。合わせて作られたのですか?」
 そうなのだ。
 できた防具を着てみると、まるで剣と合わせて作ったかのようにぴったりとハマっていて、サラ自身も驚いたのだった。
 サラは兄を見て、リアムを見る。
「この防具のコンセプトは兄が。私はあまりデザインの好みはないので…」
 その言葉を聞いて、リアムは兄を見、サラの装備を見て、納得したように頷いた。
「なるほど…そういうことですか」
「わかっちゃいました?」
 兄が肩を竦めて笑うのに合わせ、リアムもまた笑う。
「ええ、ここまで露骨だと清々しいと思います」
「でしょ。喜んでくれるといいんですけどねぇ」
「喜んで下さると思いますよ」
「そうでなかったら怒ります」
「??」
 頭上で交わされる会話にサラは首を傾げるが、二人が揃って「サラ以上にその装備を着こなせる人はいない」と言ってくれるので、安堵した。
 しばらくすると王太子とカイル達がやって来たので、挨拶をすれば王太子が固まった。
「…殿下?」
 サラが首を傾げると、王太子は目を瞬く。
 隣でカイルとリディアはにやにやと笑っており、リディアが兄の脇腹を小突いて嫌がられていた。
「サラ、新装備似合うじゃねぇか!てか、めちゃめちゃ凝ってんな。とんでもなく高かったんじゃねぇの?」
「ホント、すごく素敵よサラ!可愛いし、綺麗だし、防御力もすっごく高そう」
 手放しで褒めてもらえ、サラは嬉しくなった。
「ありがとうございます。昔からお世話になっている店のオーナーにデザインして頂いて。素材は兄もたくさん提供してくれたんです」
「へぇ、どこの防具屋?この国にこんなに腕のいい職人がいるなんて知らなかった!」
「普段は貴族向けのドレス等を作ってらっしゃるんですけど、積極的に冒険者向けの装備も作りたい、とおっしゃっていて。良かったらお店、お教えしますよ」
「わ、ホント!?ぜひお願いしたい!そろそろ装備新調しようかなって思ってたの!」
「オーナー、喜ぶと思います」
「私も後で教えて頂いていいですか?」
 リアムも話に入り、盛り上がる。
「はい!」
「……」
 言葉を発せず黙ったままだった王太子が、カイルに背中を叩かれて正気に返った。
「…痛いんだが?」
「見惚れすぎ」
「ぐっ…!」
「クリスの計らいだとよ。おまえの色じゃん、良かったな」
「うっ…」
「ちゃんとサラもクリスも褒めてやれよ」
「わ、わかってる…!」
 カイルは笑いながら離れ、サラ達へ出発の合図をしていた。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ!今日も金策だ~!」
「お~!」
 カイルの号令に、リディアが拳を突き上げて答える。
「…レベル上げって言って欲しいなあ」
 とクリスがぼやき、リアムは笑っている。
 さっさと歩き出すカイルとリディアについて行こうとして、サラが立ち止まったままの王太子を振り返る。
「殿下、どうかなさいましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ。…サラ嬢、とてもよく似合っているよ」
「ありがとうございます!」
 サラの隣に並び、歩き出す。
 サラはドルムキマイラの外套を、ブルーワイバーンの革と同じ色に染めていた。
 ホワイトワイバーンの革をメインに、基本デザインは騎士服のようになっていた。ベストとその上に羽織るコートは白の軍服のようであり、飾り紐は金と青、ボタンは青、パンツは白でサイドのラインは青、ベルトはブラックワイバーンの革。ブーツはブルーワイバーンの革を使用しており、全体的に白と青で構成された、まるでサラにプレゼントした剣に込めた、己の想いを具現化したような姿に、王太子は言葉を忘れた。
 
 自分の色を、ずっと持っていて欲しい。
 
 ここまで実行に移されてしまうともはや、クリスを褒める以外に言葉はない。
 六十一階に飛び、クリスが最後尾につこうと下がった所を、腕を捕まえ引き寄せた。
「…よくやった。おまえ、嫌そうにしていたくせに、なんだあれは。私を殺す気か…!?」
「…感謝して下さいね。死ぬ気で頑張って下さい」
「わかった。死ぬ気で頑張ろう」
 クリスの表情は素直に応援するというには複雑な色を乗せてはいたが、妹の幸せを願っていることだけは確かであった。
 その気持ちに応える為、決意を込めて頷く。
「爆死したら屍は拾って差し上げます」
「やめろおまえなんて不吉なことを言うんだ…!」
 聞いていたリアムが吹き出していた。
 サラはカイルとリディアと話していたのだが、リアムの反応に振り返る。
 王太子は慌ててクリスの腕を放し、定位置へと戻った。
「リアムさん、どうしました?」
 口を両手で押さえてぶるぶると震えている男には、いつもの冷静な様子がない。
 サラが心配になって問うが、片手を上げてなんでもない、とジェスチャーをするだけだった。
「あの?」
 なんとなく察したカイルとリディアは触れることなく歩いて行き、王太子とクリスは何食わぬ顔でサラへと笑顔を向けた。
「ほら行くよ、サラ嬢」
「今日も頑張ろうな~サラ!」
「えっあ、はい!」
 そしてリアムの背中を二人揃って音がするほど叩き、「うっ」と呻いたリアムが深呼吸をして立ち直るまではすぐだった。
 通常の進行を心がけて攻略するが、さすが六十階層は敵が強くスムーズにはいかなかった。
 八月の後半を集中して攻略に当てたにも関わらず、六十六階までしか進めていない。
 六十六階からは光球を頭上に浮かべて進む為、「わんさか敵がやって来る」との言の通り、本当に少し進むたびに「わんさか敵がやって来る」のである。
 光のせいで感知されやすくなっているのは明らかで、カイルがうっかり進み過ぎてしまうと二グループ、三グループがまとめてやって来る。
 危うく犠牲者が出ていたかも、という有様になった時には、さすがに王太子が「慣れるまでは少しずつ進もう。カイル、気持ちはわかるが」と窘め、カイルは素直に「すまん」と謝罪した。
 獣人といえども、今のレベルでこの階層の敵を三グループまとめて引きつけるのは無謀だった。
 身体強化をしてもしても、見る見る体力が削られる。
 他種族であればおそらく即死していただろう。
 リアムだけでなくサラも回復に専念し、間断なく交互にかけ続けなければ、一瞬でも間が空くとカイルが瀕死になるのだった。
 この時ほど肝を冷やしたことはない、と、サラは思う。
 カイルを絶対に死なせないという思いだけで乗り切ったが、もし盾役のカイルが死んでいたら、他メンバーも危なかったことは想像に難くない。
 彼が一人で全ての敵のヘイトを受け持ってくれたおかげで、アタッカーは雑魚の数を減らすことだけに専念することができたのだから。
 さすがに戦闘終了後には全員が疲労のピークでその場にしゃがみ込み、護衛騎士が慌てて駆けつけて来る、という事態になったのだった。
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