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グレゴリー侯爵は王からの呼び出しで王宮へとやって来ていた。
内容は「名誉騎士の娘のランク不正疑惑について」であった。
侯爵は内心飛び上がって喜んだ。
我が子と同い年という娘、ランクだけは高く、優秀な我が子がとても気にしている相手であり、正直に言って目の上のたんこぶであった。
男爵家のくせに、靡かない。
娘が歩み寄っても、歩み寄って来ないというではないか。
許せなかった。
貴族の上下関係とは絶対のものである。
それを壊そうとする者は、滅べばいいとすら思う。
絡め手で準備をしてはいるが、このような形で好機が訪れるとは。
最大限に利用しなければ、と侯爵は意気込んでいた。
応接室に入ると、冒険者ギルドのギルドマスターと、名誉騎士の息子がおり、立ち上がって挨拶をしてくるので鷹揚に返す。
ソファに腰掛けしばらくして、王太子がやって来た。
侯爵は一人掛けのソファ、王太子は向かいの一人掛けのソファ、末席にギルドマスターと名誉騎士の息子が座る。
誰も彼もが難しい顔をして一言も発さず、重苦しい沈黙が落ちていたが、扉が開き、王と名誉騎士が入って来てその空気は霧散する。
「良い、頭を上げて、かけてくれ。さっそく話を始めよう」
上座に王が座り、名誉騎士は王の背後に立って控えた。
「さてギルドマスターよ。名誉騎士の娘がランクの不正に関わっていると訴えがあった。それはこのグレゴリー侯爵の娘からである。証拠はない。調査は済んだか」
「はい」
答えて、ギルドマスターは立ち上がった。
「サラ嬢がBランクに昇級したのは二月一日です。四十階のボスを討伐したのも同日であり、同行したメンバーの特定も済んでおります。不正はなかったと断言致します」
答えて、ギルドマスターは腰掛けた。
王は頷き、侯爵へと視線を向けた。
「侯爵。不正はなかった。候の娘は何を持ってサラ嬢が不正を働いたと申したのか」
「…畏れながら陛下。サラ嬢は娘と同い年でありながら、すでにBランク。かなりの開きがございます。我が娘はメイドや護衛を多数連れ、十分安全に配慮した上で冒険者活動をしておりますが、サラ嬢は男爵令嬢。今までも一人で活動していることが多く、不特定多数の男と行動を共にしていたと伺っております」
「侯爵。言葉を慎め。不特定多数の男とは具体的に誰を指すのか」
王太子が口を挟み、侯爵は一瞬詰まる。
「これは異なことを。不特定多数の男とは、冒険者のことでございます。貴族令嬢でありながら、単独で家族以外の男と行動を共にするとは、ふしだらだとは思われませんかな」
「冒険者を不審者扱いとは、大きく出たものだ。それで?何がふしだらだと?」
「ですから、家族以外の男と行動を共にすることです」
「候が雇う護衛や下男は、すべて女性なのか」
王太子とは思えぬ稚拙な発言に、侯爵は笑いを堪える。
「…いいえ。そういうことではございません、殿下。護衛や下男は我が家の厳しい審査を経て、仕えておるのです。サラ嬢と一緒にしないで頂きたい」
「同じことだ。冒険者を不審者のように扱わないでもらいたい。サラ嬢は侯爵の言う、「不特定多数の男」とやらとのみ行動したことはないようだが?」
「…何故言い切れるのです?」
「知らないのか。サラ嬢は掲示板での募集に応募する形で、パーティーに参加していた。掲示板で募集する時には、冒険者ギルドを通すのだ」
「…それが一体何だというのです」
「冒険者ギルドには募集内容と、受けたメンバーが全て保管されている。サラ嬢が参加したパーティー、全て明らかにしたぞ。筆頭侯爵家の娘が不正だなんだと騒ぐのでな。名誉騎士も、魔術師団顧問も、喜んで疑惑を晴らす為に協力をしてくれた」
ギルドマスターから受け取った書類を、侯爵の前に放り投げる。
小さな文字がぎっしりと並んだ十枚程の紙が、テーブルを滑った。
「確認するがいい。サラ嬢は女性もいるパーティーにしか参加したことはないし、他人とパーティーを組む時には日帰りでしか受けていない」
「……」
「不特定多数の男と行動を共にしていた、等という不確定かつ不名誉な発言は取り消してもらおう」
王太子の言葉は強かった。
侯爵は書類をめくり、全てが複数人のパーティーであり、女がいることを確認した。
唇を噛み、侯爵は思考を巡らせる。
「掲示板を通さず、直接パーティーを組んで行動していたかも知れないではありませんか」
王太子は鼻で笑い飛ばした。
「は、ならばそなたがそれを証明して見せよ」
「…な、何故わたくしがそんなことを」
「疑惑を向けるのならば、疑惑を明らかにするのはそちらであろう。こちらは潔白であると証拠を持ってきた。そなたは口だけでなく、証拠を持って証明せよ。…できぬのならば、薄汚い放言は慎むことだ。陛下の御前である」
「……」
ぐ、と、侯爵は口を噤む。
王太子は続けて言った。
「それで?侯爵の言う、「貴族令嬢らしからぬ行動をしているから不正をしている」という妄言の、根拠を示してくれたまえ」
「…も、妄言などと、殿下、わたくしを侮辱なさるのですか」
「サラ嬢を侮辱しているのはそなたと、そなたの娘であるのだがな。その自覚はないと見える。最初からギルドマスターが言っている。不正はなかったと。何故それで納得せぬのか」
「共に戦ったメンバーが、庇っているかもしれないではないですか!」
「ほう?どのように?」
「そんなことは知りませんよ!どうせ金で雇って、入れ替わりでもしたんでしょう!」
「そなたが娘の為に斡旋したようにか?」
「な…なんですと…!?」
侯爵の一瞬の動揺等意に介さず、王太子はギルドマスターを見た。
「…ギルドマスター、サラ嬢が当日組んでいたパーティーは何人だ?」
「三人です、殿下」
「侯爵、四十階のボスの討伐条件を知っているか」
「知りません」
「Bランクメンバー二名と、対象者一名の三名が定員だ」
「…パーティーメンバー以外に、他の者がいたかもしれないでしょう」
「また妄想か?」
「も、妄想などと…!」
「よほどサラ嬢がBランクであることが気に入らぬと見える。まぁ当然か。侯爵の娘も息子も、揃って不正を働いてCランクを剥奪されたばかりだからな」
「な…!殿下、いくら王族の方と言えど、建国以来の名家である、我が侯爵家へのこれ以上の侮辱は許しませぬぞ…!」
侯爵が腰を浮かせて激怒するが、王太子は足を組んで涼しげな表情で一蹴した。
「陛下、お聞きになりましたか。グレゴリー侯爵家は王族を脅せる程に偉いらしい」
「グレゴリー侯は太古の時代を生きているのだろうなぁ」
ははは、と軽く笑い飛ばす王に毒気を抜かれ、侯爵は口を閉ざす。
「不本意ながらも、貴族の機嫌を取らねばならない時代もありましたからね」
王太子の言には冷気が籠っていた。
「候の娘と息子が建国以来の名家とやらに泥を塗ったわけだが、そこに思うところはないのか」
王の痛烈な皮肉に、侯爵は顔を顰めて黙り込む。
そのままソファに沈み込んだ。
「おまけに他家の娘に不正の濡れ衣まで着せようとは。建国以来の名家とは何なのだろうか。王太子よ、どう思う」
「時代の流れは残酷ですね、陛下」
王太子もまた、軽やかに応じていた。
侯爵は唇を噛み締める。
このままでは、終われなかった。
「サラ嬢のBランクの試験を、もう一度するわけには参りますまいか」
侯爵が辛うじて呟けば、王太子が目を細める。
「まだ言うか」
「パーティーを組んでいた者が、二人で倒したかもしれぬではありませんか。Bランク二名が加わっていたのでしょう。ならばサラ嬢は見ていただけかもしれません。戦闘を見ていた者はいないのですから!」
改心の反撃だ、と侯爵は思ったが、王太子はまたしても鼻で笑い飛ばした。
「万が一そうだったとしても、討伐条件は満たしているから不正には当たらないのだがな。…まぁいい。クリスよ。聞いたか」
「はい、殿下」
名誉騎士の息子は怒りを隠そうとして失敗し、憎悪に燃える瞳で侯爵を睨みつけた。
「な、なんだその目は!貴様、私を誰だと思っているのだ!」
「見苦しい、やめよ侯爵。私とクリスは、サラ嬢と共に戦ったメンバーなのだ」
「……、……は…?」
侯爵の表情が抜け落ちた。
王太子は、もう一度繰り返す。
「私とクリスが、サラ嬢の試験で共に戦ったメンバーだ。…つまり、そなたが不正を疑う者だ。理解したか?」
「な…、そ、そんなこと、聞いておりません…!」
「…で?それを聞いてなお、不正を疑うと言うのだな?」
「そ、それは、しかし、殿下と名誉騎士殿の子息殿とは親友と聞きます。その妹の試験となれば、手心を加えることも、あるやもしれぬではないですか」
食い下がる侯爵に、王太子より先に王が口を開いた。
「侯爵の覚悟を汲んでやるがよい、王太子よ」
「か、覚悟…?」
侯爵の問いは、無視された。
「陛下…ではついに?」
「サラ嬢は不正ではないのだろう?」
「当然です」
即答する王太子に、王は苦笑しながら頷いた。
「わかったわかった。では望み通り、証明してやるがよい」
「……」
王太子はちらりとクリスを見た。
クリスは頷き、王を見る。
王は鷹揚に発言を許可した。
「良い、思うことを述べよ」
「はい。では陛下。当日は不正だのと不愉快なことを言われる余地を残さず、証明したいと存じます。つきましては、グレゴリー侯爵令嬢とそのご一行に、一時的に三十一階へと転移する許可を頂きたく」
「証人だな」
「はい。証明された暁には、謝罪を要求致します」
「な…!男爵家ふぜいが何を…!」
侯爵が言い掛けたが、王が手を挙げて発言を止める。
「貴族家を貶めようとした罪は重い。相手が男爵だろうが公爵だろうが罪は罪。そなたの娘は、不正の疑惑が晴れた暁にはサラ嬢に謝罪するように。…クラスメートに謝れないとは言わぬな、侯爵」
「…!」
納得しがたいものを感じながらも、侯爵は頷いた。
「ならばギルドマスターよ。許可を出すゆえ、良きに計らってくれるか。監視には誰をつけるのがよいか」
前半はギルドマスターに、後半は王太子へと顔を向け、王は問う。
王太子は考えることなく、即答した。
「私とクリスは当事者として共に参ります。監視役は、今回グレゴリー侯爵令嬢の監視と情報を持って来てくれたAランク冒険者に、予定を聞いてみたいと思います」
「そうか。それが一番収まりが良いな」
「御意。無理でも相応の冒険者に頼みます」
「うむ。ではそのように。解散して良し」
王の一声で、侯爵とギルドマスターは退室した。
王太子とクリス、名誉騎士と王が残ったが、王は再び苦笑した。
「名誉騎士とそなたの息子の殺気が痛い」
「…申し訳ございません」
謝罪したのは、名誉騎士だった。
「ずっと目を閉じていても、駄目だったか」
「…即殺しそうになるのを抑えるのが精一杯でした」
「気持ちはわかる。わかるが、落ち着け」
「二人の殺気がすごいから、私は冷静になってしまった…全く」
王太子もまた、苦笑した。
「これに気づかないのだから、あの侯爵は駄目だな…おっと失礼、陛下の重臣でいらっしゃいましたね」
「嫌味はやめよ。…所詮古い貴族なのだ。淘汰されるべき時期が来たのだろう」
「陛下がそのようにお考えならば、こちらとしても問題なく」
「名誉騎士よ。我が息子を見よ、この可愛げのなさ。翻ってそなたの息子は…」
ため息交じりの王に対し、名誉騎士は僅かに笑みを浮かべた。
「レイノルド殿下は素晴らしい王になられることでしょう。我が息子が可愛いのは当然ですので今更でございます」
「やめ、やめてください父上!」
赤くなればいいのか、青くなればいいのか混乱した様子で叫ぶクリスに、王と王太子が同時に笑う。
「そなたの息子は良い騎士になろう。我が息子は本当に良い友を得た。…サラ嬢のこと、頼むぞ」
王の言葉に、王太子とクリスは頷いた。
「テスト期間の最終日に予定を入れます。金曜日だな。そうすれば土日はまた、ダンジョン攻略ができるだろう?」
クリスに問えば、クリスは頭を下げた。
「ご配慮感謝致します」
「うん。Aランクに上がってもらわないと困るからな。妙なことにいつまでも煩わされるのはごめんだ」
「はい」
「では陛下、これで失礼致します」
「うむ」
王太子とクリスが立ち上がって礼をして、退室する。
「おまえはすぐ帰るか?」
廊下を歩きながらの王太子の問いに、クリスは首を傾げた。
「何かありますか?」
「いや、特には。…陛下はあと二十年くらいは現役で頑張ってくれそうだが、そろそろ大掃除が必要だと思わないか」
「思います。我が家もそろそろ大掃除の季節なので」
「お?…そうなのか。それは知らなかったな。助けは必要か?」
「名誉騎士と魔術師団顧問が総力を挙げておりますので、残念ながら出番はないかと」
「なんだ、つまらないな。…あの侯爵周辺は騒がしくなる。関わり合いになるなよ」
「…頼まれてもなりたくありませんよ」
「だよな。私もそうだ」
大げさなため息をつく王太子に「何かあったんですか?」と問えば、うんざりしたように肩を竦めた。
「この土曜日に王妃主催の茶会があってな」
「…はぁ」
「王妃主催ということは、私の相手探しということなのだ」
「ほう。それはそれは、羨ましいお話で」
庭園を見ながら呟くクリスを、王太子は睨みつける。
「興味を持て。棒読みになってるぞ。上位貴族の令嬢達を呼ぶのだが、あの娘が参加するのだ」
「ご愁傷様ですと返すべきなのか、おめでとうございますと言うべきなのか」
「他人事だと思って適当なことを言ってるな。あしらっているのだが、通じなくてな。…定期的に開催されるうち、私にその気がないと気づいている他のご令嬢は、もはや義務として参加しているだけなのだが、王妃殿下とあの娘だけは理解できていないらしい」
「はっきり申し上げたらいいのでは?」
「王妃殿下にとってあの茶会は、私への愛情表現なのだそうだ。言い切られてしまっては、いらぬとは言い辛いし、そもそもあの方はそれ以外で私に関わって来ないので、まぁいいかという諦めもある。…無理矢理相手を宛がおうとして来ない所が唯一の妥協点だ」
「…王族の方の家族関係は、私には理解不能です」
「おまえの家は全員本当に仲が良いらしいな。家族団欒の時間だっけ?私もそこに混ざりたい」
「それはちょっと遠慮します」
「私は結婚したら家族団欒を所望するぞ」
「ご立派な決意でいらっしゃいます」
「おまえ本当に適当に言っているな」
東宮への分岐に出て、王太子はクリスの肩を叩いた。
「サラ嬢が気にしないよう、フォローは頼むぞ」
「かしこまりました」
「完膚なきまでに叩き潰してやれ」
言えば、クリスはにやりと口角を引き上げた。
「…当然です」
そこにある怒りの感情は、王太子と共有するものだった。
内容は「名誉騎士の娘のランク不正疑惑について」であった。
侯爵は内心飛び上がって喜んだ。
我が子と同い年という娘、ランクだけは高く、優秀な我が子がとても気にしている相手であり、正直に言って目の上のたんこぶであった。
男爵家のくせに、靡かない。
娘が歩み寄っても、歩み寄って来ないというではないか。
許せなかった。
貴族の上下関係とは絶対のものである。
それを壊そうとする者は、滅べばいいとすら思う。
絡め手で準備をしてはいるが、このような形で好機が訪れるとは。
最大限に利用しなければ、と侯爵は意気込んでいた。
応接室に入ると、冒険者ギルドのギルドマスターと、名誉騎士の息子がおり、立ち上がって挨拶をしてくるので鷹揚に返す。
ソファに腰掛けしばらくして、王太子がやって来た。
侯爵は一人掛けのソファ、王太子は向かいの一人掛けのソファ、末席にギルドマスターと名誉騎士の息子が座る。
誰も彼もが難しい顔をして一言も発さず、重苦しい沈黙が落ちていたが、扉が開き、王と名誉騎士が入って来てその空気は霧散する。
「良い、頭を上げて、かけてくれ。さっそく話を始めよう」
上座に王が座り、名誉騎士は王の背後に立って控えた。
「さてギルドマスターよ。名誉騎士の娘がランクの不正に関わっていると訴えがあった。それはこのグレゴリー侯爵の娘からである。証拠はない。調査は済んだか」
「はい」
答えて、ギルドマスターは立ち上がった。
「サラ嬢がBランクに昇級したのは二月一日です。四十階のボスを討伐したのも同日であり、同行したメンバーの特定も済んでおります。不正はなかったと断言致します」
答えて、ギルドマスターは腰掛けた。
王は頷き、侯爵へと視線を向けた。
「侯爵。不正はなかった。候の娘は何を持ってサラ嬢が不正を働いたと申したのか」
「…畏れながら陛下。サラ嬢は娘と同い年でありながら、すでにBランク。かなりの開きがございます。我が娘はメイドや護衛を多数連れ、十分安全に配慮した上で冒険者活動をしておりますが、サラ嬢は男爵令嬢。今までも一人で活動していることが多く、不特定多数の男と行動を共にしていたと伺っております」
「侯爵。言葉を慎め。不特定多数の男とは具体的に誰を指すのか」
王太子が口を挟み、侯爵は一瞬詰まる。
「これは異なことを。不特定多数の男とは、冒険者のことでございます。貴族令嬢でありながら、単独で家族以外の男と行動を共にするとは、ふしだらだとは思われませんかな」
「冒険者を不審者扱いとは、大きく出たものだ。それで?何がふしだらだと?」
「ですから、家族以外の男と行動を共にすることです」
「候が雇う護衛や下男は、すべて女性なのか」
王太子とは思えぬ稚拙な発言に、侯爵は笑いを堪える。
「…いいえ。そういうことではございません、殿下。護衛や下男は我が家の厳しい審査を経て、仕えておるのです。サラ嬢と一緒にしないで頂きたい」
「同じことだ。冒険者を不審者のように扱わないでもらいたい。サラ嬢は侯爵の言う、「不特定多数の男」とやらとのみ行動したことはないようだが?」
「…何故言い切れるのです?」
「知らないのか。サラ嬢は掲示板での募集に応募する形で、パーティーに参加していた。掲示板で募集する時には、冒険者ギルドを通すのだ」
「…それが一体何だというのです」
「冒険者ギルドには募集内容と、受けたメンバーが全て保管されている。サラ嬢が参加したパーティー、全て明らかにしたぞ。筆頭侯爵家の娘が不正だなんだと騒ぐのでな。名誉騎士も、魔術師団顧問も、喜んで疑惑を晴らす為に協力をしてくれた」
ギルドマスターから受け取った書類を、侯爵の前に放り投げる。
小さな文字がぎっしりと並んだ十枚程の紙が、テーブルを滑った。
「確認するがいい。サラ嬢は女性もいるパーティーにしか参加したことはないし、他人とパーティーを組む時には日帰りでしか受けていない」
「……」
「不特定多数の男と行動を共にしていた、等という不確定かつ不名誉な発言は取り消してもらおう」
王太子の言葉は強かった。
侯爵は書類をめくり、全てが複数人のパーティーであり、女がいることを確認した。
唇を噛み、侯爵は思考を巡らせる。
「掲示板を通さず、直接パーティーを組んで行動していたかも知れないではありませんか」
王太子は鼻で笑い飛ばした。
「は、ならばそなたがそれを証明して見せよ」
「…な、何故わたくしがそんなことを」
「疑惑を向けるのならば、疑惑を明らかにするのはそちらであろう。こちらは潔白であると証拠を持ってきた。そなたは口だけでなく、証拠を持って証明せよ。…できぬのならば、薄汚い放言は慎むことだ。陛下の御前である」
「……」
ぐ、と、侯爵は口を噤む。
王太子は続けて言った。
「それで?侯爵の言う、「貴族令嬢らしからぬ行動をしているから不正をしている」という妄言の、根拠を示してくれたまえ」
「…も、妄言などと、殿下、わたくしを侮辱なさるのですか」
「サラ嬢を侮辱しているのはそなたと、そなたの娘であるのだがな。その自覚はないと見える。最初からギルドマスターが言っている。不正はなかったと。何故それで納得せぬのか」
「共に戦ったメンバーが、庇っているかもしれないではないですか!」
「ほう?どのように?」
「そんなことは知りませんよ!どうせ金で雇って、入れ替わりでもしたんでしょう!」
「そなたが娘の為に斡旋したようにか?」
「な…なんですと…!?」
侯爵の一瞬の動揺等意に介さず、王太子はギルドマスターを見た。
「…ギルドマスター、サラ嬢が当日組んでいたパーティーは何人だ?」
「三人です、殿下」
「侯爵、四十階のボスの討伐条件を知っているか」
「知りません」
「Bランクメンバー二名と、対象者一名の三名が定員だ」
「…パーティーメンバー以外に、他の者がいたかもしれないでしょう」
「また妄想か?」
「も、妄想などと…!」
「よほどサラ嬢がBランクであることが気に入らぬと見える。まぁ当然か。侯爵の娘も息子も、揃って不正を働いてCランクを剥奪されたばかりだからな」
「な…!殿下、いくら王族の方と言えど、建国以来の名家である、我が侯爵家へのこれ以上の侮辱は許しませぬぞ…!」
侯爵が腰を浮かせて激怒するが、王太子は足を組んで涼しげな表情で一蹴した。
「陛下、お聞きになりましたか。グレゴリー侯爵家は王族を脅せる程に偉いらしい」
「グレゴリー侯は太古の時代を生きているのだろうなぁ」
ははは、と軽く笑い飛ばす王に毒気を抜かれ、侯爵は口を閉ざす。
「不本意ながらも、貴族の機嫌を取らねばならない時代もありましたからね」
王太子の言には冷気が籠っていた。
「候の娘と息子が建国以来の名家とやらに泥を塗ったわけだが、そこに思うところはないのか」
王の痛烈な皮肉に、侯爵は顔を顰めて黙り込む。
そのままソファに沈み込んだ。
「おまけに他家の娘に不正の濡れ衣まで着せようとは。建国以来の名家とは何なのだろうか。王太子よ、どう思う」
「時代の流れは残酷ですね、陛下」
王太子もまた、軽やかに応じていた。
侯爵は唇を噛み締める。
このままでは、終われなかった。
「サラ嬢のBランクの試験を、もう一度するわけには参りますまいか」
侯爵が辛うじて呟けば、王太子が目を細める。
「まだ言うか」
「パーティーを組んでいた者が、二人で倒したかもしれぬではありませんか。Bランク二名が加わっていたのでしょう。ならばサラ嬢は見ていただけかもしれません。戦闘を見ていた者はいないのですから!」
改心の反撃だ、と侯爵は思ったが、王太子はまたしても鼻で笑い飛ばした。
「万が一そうだったとしても、討伐条件は満たしているから不正には当たらないのだがな。…まぁいい。クリスよ。聞いたか」
「はい、殿下」
名誉騎士の息子は怒りを隠そうとして失敗し、憎悪に燃える瞳で侯爵を睨みつけた。
「な、なんだその目は!貴様、私を誰だと思っているのだ!」
「見苦しい、やめよ侯爵。私とクリスは、サラ嬢と共に戦ったメンバーなのだ」
「……、……は…?」
侯爵の表情が抜け落ちた。
王太子は、もう一度繰り返す。
「私とクリスが、サラ嬢の試験で共に戦ったメンバーだ。…つまり、そなたが不正を疑う者だ。理解したか?」
「な…、そ、そんなこと、聞いておりません…!」
「…で?それを聞いてなお、不正を疑うと言うのだな?」
「そ、それは、しかし、殿下と名誉騎士殿の子息殿とは親友と聞きます。その妹の試験となれば、手心を加えることも、あるやもしれぬではないですか」
食い下がる侯爵に、王太子より先に王が口を開いた。
「侯爵の覚悟を汲んでやるがよい、王太子よ」
「か、覚悟…?」
侯爵の問いは、無視された。
「陛下…ではついに?」
「サラ嬢は不正ではないのだろう?」
「当然です」
即答する王太子に、王は苦笑しながら頷いた。
「わかったわかった。では望み通り、証明してやるがよい」
「……」
王太子はちらりとクリスを見た。
クリスは頷き、王を見る。
王は鷹揚に発言を許可した。
「良い、思うことを述べよ」
「はい。では陛下。当日は不正だのと不愉快なことを言われる余地を残さず、証明したいと存じます。つきましては、グレゴリー侯爵令嬢とそのご一行に、一時的に三十一階へと転移する許可を頂きたく」
「証人だな」
「はい。証明された暁には、謝罪を要求致します」
「な…!男爵家ふぜいが何を…!」
侯爵が言い掛けたが、王が手を挙げて発言を止める。
「貴族家を貶めようとした罪は重い。相手が男爵だろうが公爵だろうが罪は罪。そなたの娘は、不正の疑惑が晴れた暁にはサラ嬢に謝罪するように。…クラスメートに謝れないとは言わぬな、侯爵」
「…!」
納得しがたいものを感じながらも、侯爵は頷いた。
「ならばギルドマスターよ。許可を出すゆえ、良きに計らってくれるか。監視には誰をつけるのがよいか」
前半はギルドマスターに、後半は王太子へと顔を向け、王は問う。
王太子は考えることなく、即答した。
「私とクリスは当事者として共に参ります。監視役は、今回グレゴリー侯爵令嬢の監視と情報を持って来てくれたAランク冒険者に、予定を聞いてみたいと思います」
「そうか。それが一番収まりが良いな」
「御意。無理でも相応の冒険者に頼みます」
「うむ。ではそのように。解散して良し」
王の一声で、侯爵とギルドマスターは退室した。
王太子とクリス、名誉騎士と王が残ったが、王は再び苦笑した。
「名誉騎士とそなたの息子の殺気が痛い」
「…申し訳ございません」
謝罪したのは、名誉騎士だった。
「ずっと目を閉じていても、駄目だったか」
「…即殺しそうになるのを抑えるのが精一杯でした」
「気持ちはわかる。わかるが、落ち着け」
「二人の殺気がすごいから、私は冷静になってしまった…全く」
王太子もまた、苦笑した。
「これに気づかないのだから、あの侯爵は駄目だな…おっと失礼、陛下の重臣でいらっしゃいましたね」
「嫌味はやめよ。…所詮古い貴族なのだ。淘汰されるべき時期が来たのだろう」
「陛下がそのようにお考えならば、こちらとしても問題なく」
「名誉騎士よ。我が息子を見よ、この可愛げのなさ。翻ってそなたの息子は…」
ため息交じりの王に対し、名誉騎士は僅かに笑みを浮かべた。
「レイノルド殿下は素晴らしい王になられることでしょう。我が息子が可愛いのは当然ですので今更でございます」
「やめ、やめてください父上!」
赤くなればいいのか、青くなればいいのか混乱した様子で叫ぶクリスに、王と王太子が同時に笑う。
「そなたの息子は良い騎士になろう。我が息子は本当に良い友を得た。…サラ嬢のこと、頼むぞ」
王の言葉に、王太子とクリスは頷いた。
「テスト期間の最終日に予定を入れます。金曜日だな。そうすれば土日はまた、ダンジョン攻略ができるだろう?」
クリスに問えば、クリスは頭を下げた。
「ご配慮感謝致します」
「うん。Aランクに上がってもらわないと困るからな。妙なことにいつまでも煩わされるのはごめんだ」
「はい」
「では陛下、これで失礼致します」
「うむ」
王太子とクリスが立ち上がって礼をして、退室する。
「おまえはすぐ帰るか?」
廊下を歩きながらの王太子の問いに、クリスは首を傾げた。
「何かありますか?」
「いや、特には。…陛下はあと二十年くらいは現役で頑張ってくれそうだが、そろそろ大掃除が必要だと思わないか」
「思います。我が家もそろそろ大掃除の季節なので」
「お?…そうなのか。それは知らなかったな。助けは必要か?」
「名誉騎士と魔術師団顧問が総力を挙げておりますので、残念ながら出番はないかと」
「なんだ、つまらないな。…あの侯爵周辺は騒がしくなる。関わり合いになるなよ」
「…頼まれてもなりたくありませんよ」
「だよな。私もそうだ」
大げさなため息をつく王太子に「何かあったんですか?」と問えば、うんざりしたように肩を竦めた。
「この土曜日に王妃主催の茶会があってな」
「…はぁ」
「王妃主催ということは、私の相手探しということなのだ」
「ほう。それはそれは、羨ましいお話で」
庭園を見ながら呟くクリスを、王太子は睨みつける。
「興味を持て。棒読みになってるぞ。上位貴族の令嬢達を呼ぶのだが、あの娘が参加するのだ」
「ご愁傷様ですと返すべきなのか、おめでとうございますと言うべきなのか」
「他人事だと思って適当なことを言ってるな。あしらっているのだが、通じなくてな。…定期的に開催されるうち、私にその気がないと気づいている他のご令嬢は、もはや義務として参加しているだけなのだが、王妃殿下とあの娘だけは理解できていないらしい」
「はっきり申し上げたらいいのでは?」
「王妃殿下にとってあの茶会は、私への愛情表現なのだそうだ。言い切られてしまっては、いらぬとは言い辛いし、そもそもあの方はそれ以外で私に関わって来ないので、まぁいいかという諦めもある。…無理矢理相手を宛がおうとして来ない所が唯一の妥協点だ」
「…王族の方の家族関係は、私には理解不能です」
「おまえの家は全員本当に仲が良いらしいな。家族団欒の時間だっけ?私もそこに混ざりたい」
「それはちょっと遠慮します」
「私は結婚したら家族団欒を所望するぞ」
「ご立派な決意でいらっしゃいます」
「おまえ本当に適当に言っているな」
東宮への分岐に出て、王太子はクリスの肩を叩いた。
「サラ嬢が気にしないよう、フォローは頼むぞ」
「かしこまりました」
「完膚なきまでに叩き潰してやれ」
言えば、クリスはにやりと口角を引き上げた。
「…当然です」
そこにある怒りの感情は、王太子と共有するものだった。
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リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
異世界転生 勝手やらせていただきます
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珂里
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追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
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