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 週明けから、選択科目の授業が始まった。
 サラは魔法科の付呪を取っており、教室へ向かうと全学年から同じ講義を選んだ生徒が集まっていた。
 中講堂は百人程が座れ、教壇が一番低く、座席が一段ごとに高くなる。
 最後列が最も高い位置にあり、前列の生徒の後頭部を気にすることなく教師や黒板を見ることができた。
 サラは前から二段目、中央通路側端の席に陣取って、授業の用意をする。
 教師が入って来る頃には講堂が満席になっており、付呪の人気の高さを知った。
 この授業は付呪の基礎を教える講座で、一番難易度の高い授業では、自分で簡単な付呪が出来るようになるらしい。
 非常に楽しみであり、いずれは武器や鎧に自在に付呪ができるようになる為の一助にできたらいいと思うのだった。
「皆さん、魔道具と付呪具の違いは何か、ご存じでしょうか」
 そんな一言で始まった講義は、非常に有意義なものとなった。
「魔道具とは西国ウェスローで開発された、主に日常生活を補助する為の道具が有名です。手近なもので言えば…この教室を照らしている照明。バスルームで湯を出す蛇口。茶を飲むための湯を沸かせるポットなど。ここ最近の話ですと、転移装置が有名ですね」
 魔術師団から派遣されているという講師は、五十代くらいのにこやかな笑みを絶やさぬ男であった。白髪交じりの緑の髪に緑のあごひげ。丸眼鏡に白衣姿で狙い過ぎている感がある。
 うさんくさい感じはあるが、話はわかりやすかった。
「一方、付呪具といえば冒険者が身につける装飾品が主になります。これは我が国発祥の技術であり、ダンジョンと冒険者のおかげで発展しました。冒険者でない方には馴染みがないかもしれませんが、貴族向けの宝飾品店では魔除け、おまじないの類が売られています。これらは効果はないとは言いませんが、漠然とした内容であるので、効果があるかは持ち主の魔力との相性によります。…それでも安らぎを求めてか、人気商品ですので、今言ったことは他言無用にお願いします。お値段は手頃な物が多いので、ぼったくり、という程でもありませんからね」
 茶化すような言葉に、講堂内には笑みが漏れる。
「この二つに共通するのは、魔石を使う、ということです。魔道具は魔石を燃料として術を発動しますが、付呪具は魔石に術式を書き込んで、狙った効果を発動させます」
 講師は魔石を二つ両手のひらの上に乗せる。大きさは講師の拳よりも二回り程小さいくらいであった。
「この二つの魔石は、同種の魔獣から取り出したものです。レベル差もなく、魔石の魔力量も同じ。ではこの魔石で、魔道具と付呪具ならば何が出来るかを、説明しますね」
 魔石を教卓の上に置き、魔道具と指輪を取り出した。
「これは皆さんご存じ、携帯ランプです。昔は油を差し、少し前には蝋燭に火を点して使っていました。現在は魔石を使用した魔道具が一般的に普及していますね。携帯ランプは大抵夜、移動の際に使うくらいで、長時間使用は…冒険者が夜間の移動や野営で使うくらいでしょうか」
 講師が見回すと、何人かが頷いた。
「魔石を燃料として使うこのランプは、一般的な使用であれば一か月に一度、魔石を交換することで生涯使うことができます」
 貴族の子女は自分で使わないので知らないかもしれないが、平民や冒険者は知っていて当然の知識であった。
「一方こちらの指輪。リング部分に比べてこの魔石は、大きすぎますね。指輪としての体をなしていない。どうするのか?と、思われますよね」
 ぐるりと講師が見渡すと、全員が固唾を飲んで続きを待った。
 それが、学びたいことなのだった。
「この魔石に、付呪します。付呪の方法はまたいずれ。付呪すると、こうなります」
 完成品を手に持ち、皆に見えるように捧げ持つ。
 指輪の先に、小さなトパーズのような黄色い石がついていた。
「付呪すると、こんなに小さくなります。ちなみに付呪内容は、「体力が一ポイント増加する」です」
「一ポイント…?」
 誰かの呟きに、講師は頷いた。
「しょっぱい効果でしょう?でも、たったそれだけの効果を付呪するだけで、拳大の魔石がこんなに小さな石になってしまう。付呪をする労力も膨大なものです。しかも、効果は永続ではない。魔道具と同じように、効果が発動すれば魔石内の魔力を消費しますので、定期的に魔力を補充しなければなりません。こんなに小さな石ですので、消費スピードも早いです。この「体力を一ポイント増加させる指輪」を装備し続けるとすると、一日に一回くらいのペースで補充しなければなりませんね」
「一ポイントの為に…?」
「そう、一ポイントの為に、です。この指輪だと、そうですね。でも、効果の高い付呪具であったら?例えば永続的に体力を回復し続けてくれる、というような素晴らしい効果であれば、喜んで魔力の補充もするでしょう?」
 頷く生徒達を見て、講師は満足そうに頷いた。
「これが、付呪です。有用な効果のある付呪具であればあるほど、魔力を食うし、術式も大変になります。補充のための魔力はもちろんですが、付呪する為の元になる魔石の質も、上質なものを求められます。くず石に、効果の高い付呪は不可能なのです。冒険者が欲しがる付呪具は、とても高価ですが、その意味がおわかり頂けたと思います」
 真剣な面持ちの生徒達を見回し、講師は再度頷く。
「前期講義は付呪具の歴史を学びながら、魔石の魔力量と相性、実際に付呪した時の結果の把握まで。後期では、実際に術式を書き込んで付呪する所まで、を考えています。本格的に付呪師になりたいと思ったら、就職先は魔術師団なのでよろしくお願いします。では、本日の講義はこれまで」
 楽しい講義だったと、サラは思った。
 午後からは騎士科の魔剣の講義がある。
 先日兄が言っていた、魔法剣の実践講義であった。
 貴族はほとんどが魔力を持っている為、魔法騎士は己の魔力を無駄なく使って身体強化をしたり、剣や鎧を強化したりして、戦闘をする。
 ただ魔法も自在に使える必要があるので、騎士の中でも魔法剣士は地位が高い。
 父や兄に教えてもらい、使えはするのだが、やはり基礎から専門の教師について、学んでおきたいと思うのだった。
 講堂を出た所で、後ろから追いかけてくる足音が聞こえ、名を呼ばれて振り向いた。
 肩下までの黒髪を三つ編みにして一つにまとめて左肩に流しているが、動くたびに跳ねるのが可愛らしい。碧の瞳はくるりと大きく、そばかすが愛嬌を添える男爵令嬢である。
「ジョナス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、サラ様。付呪の講義、取っていたのね!」
「興味あったからね。ジョナスも?」
「ええ!父の商会、魔道具と付呪具のおかげで大きくなって国に認めて頂いて、爵位まで賜ったのよ。商会の将来を背負って立つのは私だからね!魔道具と付呪具についてはしっかり勉強しなきゃ」
 ジョナスの母は、西国ウェスローの男爵家の娘であったが、頭が良く、魔道具の職人になったのだった。
 名誉騎士である父の兄と同じ工房に勤めており、そこはかつてウェスローの王家に嫁いだ精霊王国の王女が出資し、作り上げた由緒ある工房であった。
 そこにサスランフォーヴの商人であるジョナスの父が、付呪具と上質な魔石を持ち込み、商売を持ちかけたことで縁ができたのだという。
 低階層のボスは、よく付呪具をドロップした。
 効果は「魔力が十ポイント上がる」だとか、「体力が五ポイント上がる」だとかでたいしたことはない為、値段としては手頃である。
 低ランクの冒険者にとってはいい小遣い稼ぎになるので、十階、二十階あたりのボスは乱獲状態だ。それをウェスローに持ち込んだのが、ジョナスの父であった。
 上質な魔石は高ランク冒険者が相手にするような強い魔獣しかドロップしない。
 当時はドロップしたとしても、使い道がなかった。
 日用品の魔道具に上質な魔石は強すぎて壊してしまう。
 付呪の技術もまだなかった。
 通常の魔石とたいして変わらない値段で取り引きされていたそれを、ジョナスの父はウェスローへと持ち込んだのだった。
 平民で商人の家系であった父に魔力はなかったが、すらりとした体躯と甘いマスクは女性客から人気があった。
 おまけに、イケメンにありがちな軽薄な所もなく、堅実な商売と、誠実な人柄で販路を広げ、西国の有名工房へも繋ぎを得たのである。
 その時、ジョナスの父は四十歳。
 商売に真面目になるあまり多忙を極めて、婚期を逃していた。
 弟も、その子供もいるし、まぁいいか、と考えていた矢先、ジョナスの母と出会ったのである。
 母は当時二十三歳。父に一目惚れであったという。
 母の熱烈なアピールに絆され、こんなおじさんでもいいのなら、と結婚をした。
 上質な魔石を使った転移装置が完成し、ウェスローの王家からも信頼を得た父は転移装置の販売権を獲得したのである。
 サスランフォーヴの王家へも繋ぎを得て、転移装置輸入の功績を買われて、男爵位を賜った。
 サラの家よりは古いが、パーカー家も新興貴族なのだった。
 付呪具の取り扱いも豊富で、魔術師団から卸される付呪具の販売権も持っていた。
 ジョナスのパーカー商会は貴族だけでなく平民や冒険者まで分け隔てなく、金さえ出せば物を売ってくれるのに対し、他に販売権を持つ上位貴族達は、上位貴族や高ランクの冒険者しか相手にしない等、選民思想がひどい。
 棲み分けが出来ている、と言えば聞こえはいいが、サラは男爵令嬢である為上位貴族向けの商会には相手にされず、悔しい思いをしたこともあった。
 ジョナスの商会に出会って、ようやく質のいい付呪具を手に入れることが出来るようになったのである。
 サラが将来有望で、かつ金を持った冒険者であることを知った商会は、求める高品質の付呪具が入れば、取り置きをして融通してくれるようにもなった。
 同い年の令嬢がいたこともあり、商会とは仲良くしているのだ。
「これからの時代、付呪具はますます重要になってくると思う。ダンジョンの攻略が進めば進む程、難易度が上がっていくからね」
「そうだよね。サラも、もっと高品質な付呪具、欲しいんでしょ?」
「そりゃぁ欲しいよ。それで生存率が上がるんだよ。命綱といっても過言じゃないね」
「わぁ、さすが現役冒険者。実感こもってる~」
「でしょう」
「ね、ランチ、行かない?誰かと約束してる?」
「ううん。嬉しい、ぜひ一緒にお願いします!」
「やったー!私午後から淑女科取ってるの。サラは?」
「私は騎士科」
 昔からの付き合いであるせいか、新興貴族であるからか、二人で話していると貴族令嬢らしさはふっ飛んでしまう。
 互いが気にしないからまぁいいよね、という暗黙の了解があった。
「さすがサラ!うち、母が貴族といっても父は平民だから。男爵になってもイマイチ平民感覚が抜けないと言うか。商会の人達もみんな平民だし。だからちゃんとした淑女教育って受けてないんだよね」
「淑女科は確か、上位貴族の作法を教えてくれるんでしょう?」
「そうなの。今後上位貴族の顧客も増やしていきたいし、平民の作法じゃ、相手にしてくれなさそうじゃない?私がしっかり学んでいかないと!」
「将来のこと、ちゃんと考えてるの偉いと思う」
「ふふふ、そうでしょう?我が家は女ばっかり三人だから、長女の私がしっかりしないといけないの!」
 明るくしっかりしたジョナスは、楽しい友人だった。
 レストランに向かって歩く生徒達の背中について行きながら、色々なことを話す。
「あ、そうそう。魔石、大量に売ってくれてありがとね。低層のくず石じゃなくて、そこそこ品質のいい魔石って、需要がすごいのよ。汎用性が高いからね」
「良かった。定期的にダンジョンへは行く予定だから、またよろしくね」
「こちらこそ、いつもご贔屓にして下さって、ありがとうございます!」
「売るのは魔石だけで良かった?他にも色々引き取ってくれることは知ってるんだけど、少しでも高く買ってくれる所に分散して売っているの。もし必要な素材があるようだったら、言ってくれたらジョナスの所に売るよ」
「えっ本当!?そうねぇ…今すぐには思いつかないから、次に会うときまでの宿題にしてもいいかしら?」
「ええ、もちろん」
「嬉しいわ。サラと友達になれて私は幸せ者ね。いい付呪具情報が回ってきたら教えるからね」
「それはこちらこそよ。ありがと、ジョナス」
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