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サラは夜、自室で付呪具の点検をする。
付呪具とは、魔力を底上げしたり、状態異常の耐性を上げたりしてくれる防具である。
一般的には魔石や宝石を組み合わせ、小さなアクセサリーとして定着させる術式は、我が国の機密であった。分解したところで術式を解読することは不可能で、我が国の高い技術力を目の当たりにするのだった。
魔石が一つついたシンプルなピアスを手に取る。
これはパーティーメンバーと距離が離れていても会話ができるピアスであった。
冒険する時には必ずつけている。
付呪具は性能の良い物はとても高価だ。
ダンジョン産もあるが、大部分は我が国の職人の手によるものである。
日常生活を便利にする、小道具としての魔道具は平民でも買えるのだが、付呪具は高級品であった。
兄妹が所持しているものは、購入したものがほとんどである。
西国ウェスローは魔道具が得意であり、我が国サスランフォーヴは付呪を得意としていた。
冒険者の数が圧倒的に多く、魔石や水晶が手に入りやすいからだ。
需要が高く、供給がなかなか追いつかない程である。
前衛が装備する鎧にも防御力を上げる付呪が施されたものがあるが、非常に高額だ。
後衛用の装備はアクセサリーをベルトに通して吊るす、くらいしか付呪できない。布自身に付呪ができないか、というのが職人達の夢であった。
武器もそうである。
鉄や鋼鉄等の一般的に出回っている刃物には付呪ができない。
魔力を通す素材で、武器としての硬度を満たし、かつ付呪の術式が書き込めなければ意味がないのである。
かつてスタンピードで倒されたワイバーンロードの牙が、唯一確認された条件を満たす素材であったが、貴重に過ぎるため、名誉騎士から王家へと献上され、宝物庫に眠っている。
魔術師団が調査して付呪可能であることがわかったものの、おいそれと使えないのだった。
ワイバーンロード以上の強敵の素材ならば、もしかすれば。
そんな期待が、さらなるダンジョン攻略へと人々を駆り立てるのだった。
入学式当日、サラは新入生代表として壇上に立つことが決まっていた。
学園は貴族子女が通う場所であるが、学費を払えば平民も通うことができる。優秀な魔力や体力、頭脳を持つ平民は特待生として、学費免除制度もあった。
数はそれほど多くないが、今年の特待生は三名であるという話であった。
親が貴族家の次男や三男で、爵位はないものの貴族と縁があって金もある子息子女、豪商の子息子女も通っている。
兄妹は馬車に同乗して、学園へと向かった。
兄の学年は、王太子が主席、宰相の息子が次席、兄は三位、魔術師団長の息子は四位、ということだった。
「第二王女殿下は、西国ウェスローへ留学だったな」
「うん。マーガレット殿下がいたら私は次席だったと思うよ」
「王族は皆頭いいからなぁ」
「レイノルド殿下とイーディス殿下は入学からずっと主席なんでしょ?」
「ああ。レイノルド殿下はそれに加えて公務も冒険者としても活動しているからな。化け物だと思う」
「不敬極まりない!」
サラが窘めるが、兄は人差し指を唇に当て、ただ笑った。
「内緒だぞ」
「…私はお兄様もすごいと思うよ」
「何だ?褒めても何も出ないぞ?」
「お兄様は側近になるの?名誉騎士になるの?」
「名誉騎士はなりたいと望んでなれるものじゃないが…殿下は、両方を望んでおられる」
「わぁ、お兄様も化け物だね」
兄と同じように言えば、兄は苦笑する。
「嬉しくないな…ああ、そうそう。学園には上位貴族の子女がたくさんいるからな。今までは下位貴族との付き合いだけで済んでいたが、これからはそうもいかない。しっかり頑張るんだぞ」
「面倒だね…男爵令嬢として、出しゃばらないよう気をつけます」
上位貴族の子女、と聞いて真っ先に浮かんだご令嬢の顔に、サラは顔を顰めた。
「うん。うちは父上がちょっと特別だから、俺も上位貴族からたくさん声をかけられてな。身分的に断れない誘いもあると思うが、理不尽なものは断っていい。男爵ふぜいが、と言ってくる輩がいたら、報告しろ」
「はい」
名誉騎士が英雄であろうとも、爵位は男爵である。
実際に上の爵位を持つ貴族令嬢に茶会に呼ばれて赴いた際に、「調子に乗るな」と言われたことは何度もあった。
貴族社会とは絶対的な階級社会である。冒険者のランク制度と似ているが、冒険者は実力でランクを得るのに対し、爵位は代々継いでいくものである。
家同士の付き合いが必須となり、非常に面倒なのだった。
兄は席を立ち、サラの髪を撫でる。
ピンクブロンドの髪は母からもらったもので、アメジスト色の瞳は父からもらったものだ。
兄は逆で、翠の瞳を母から、黒髪を父から継いでいた。
緩やかなウェーブを描く美しい髪はするりと指先を滑り落ちていく。
「…まぁ、冒険者として培ってきた経験があるし、今更言わなくてもサラなら大丈夫かな」
「程々に頑張ります」
「うん、それがいい」
馬車を降り、初日だけは教室まで付き添ってくれるという兄の優しさに感謝しながら校舎へ向かう。
春の日差しは暖かく、木陰に入ると冷やりとするがそれもまた心地良い。
学園は貴族街の中にあり、平民街に住む者達は寮に住むことを推奨されているが、通うことももちろん可能だ。
煉瓦造りの校舎は歴史を感じさせ、整えられた庭園の緑と花の色彩が美しかった。
一年から三年まであるが、各学年ごとに校舎は分かれており、渡り廊下で繋がっている。
慣れるまでは迷子になりそうな広大な土地と校舎であり、ついて来てくれる兄に感謝した。
見えてきたエントランスには王太子と護衛が立っていて、そこへ駆け寄る侯爵家のご令嬢の姿が見えた。
青みがかった長い茶髪が風に揺れ、目を引く。
「レイノルド殿下!おはようございます!」
「ああ、おはよう。今年入学だったんだね」
隙のない完璧な微笑を浮かべ、王太子はご令嬢に応対していた。
「はい!ああ、こんな所でお会いできるなんて、光栄ですわ!」
「はは」
「入学式では、生徒会長として壇上に立たれますの?」
「そうだよ。さぁ、そろそろ教室に入った方がいいのではないかな」
中へと促す王太子はその場から動かない。
ご令嬢はもじもじと、両手を身体の前で組み合わせて恥ずかしそうにした。
「ええ!あ、あの、わたくし、教室がどこかよくわかっておりませんの…その、もしお時間があるようでしたら…」
ちらちらと上目遣いで見上げるご令嬢に対し、王太子は穏やかな笑みを崩さない。
「中に入ったら案内板があるから、大丈夫だよ。じゃあ気をつけて」
「…は、はい…では、失礼致します…」
軽く流され、ご令嬢は肩を落としため息をつきながら中へと入っていった。
サラはご令嬢と鉢合わせにならないよう距離を開けながら近付く。気づいた王太子は気さくに笑い、声をかけてきた。
「やぁおはよう二人とも。サラ嬢、入学おめでとう」
「ありがとうございます殿下。新入生のお出迎えをされているのですか?」
「まぁそれもあるけれど。君が迷子になるんじゃないかと思って」
王太子の言葉に、サラは兄と顔を見合わせた。
「私…ですか?兄が一緒に教室まで着いて来てくれるので、大丈夫だと思います」
「そうか。中に案内板もあるからね。帰りはどうするんだい?」
兄を見れば、首を傾げて考え込んだ。
「俺は生徒会に顔を出さないと」
「私もそうだ。サラ嬢、クリスと一緒に帰る予定なら、一緒に来るといい」
「ありがたいお話ですが、部外者が生徒会室に出入りするのは許されないのでは?」
「君、主席だろう?上位三名は強制入会だからね。説明をしたいし」
「えっ…」
知らなかった。兄を見れば、そういえばそうだったと、頷いた。
「じゃ、終わったら教室へ迎えに行く。待ってろよ」
「はい」
「ではまた放課後に」
王太子に一礼して中に入ろうと首を巡らせれば、案内板から目を離したご令嬢と目が合った。
憎々しげに睨みつけていた表情が、驚いたように見開かれる。
「あなた…サラ、だったかしら?どうしてここにいるの?この学園はとてもお金がかかるのよ?」
相変わらず貧しい平民だと思っているのだな、と、サラは思ったが、表情には出さず貴族令嬢として丁寧に一礼する。
「おはようございます。ここにいるということは、入学できたということですので、問題はないかと」
「よく入れたわね?ああ、特待生は学費免除だったわね。良かったじゃないの。しっかり学びなさいな」
貴族の礼を見ても思い込んでいるのだから、どうしようもないな、と思う。
「…何の話だ?サラ」
話が見えないクリスはサラを見下ろし、目が合う。
サラのどことなく嫌そうな表情を見て、話に聞いていた「関わり合いになりたくない侯爵令嬢」であると思い至る。
サラの肩を軽く叩き、庇うように一歩前に出て、クリスは侯爵令嬢に名乗って見せた。
「クリストファー・バートンと申します。父は男爵位を賜っておりますので、私も妹も平民ではありませんし、学費も払っております。以後、お見知り置きを」
にこりと笑顔を浮かべれば、侯爵令嬢は驚愕の表情を浮かべた。
「黒髪翠瞳…えっサポキャラ!!」
「…は…さぽ…?」
両手で口を覆って叫ばれた意味不明な単語に、兄妹はなんだこいつ、と互いの表情で語り合った。
他の生徒達が遠巻きにしており、案内板を見たくても近づけない様子が窺えた。
「えっ!?じゃぁあなた、ヒロイン…!?まさか…!あっ、でも、顔…!」
兄妹はさらにうんざりと見つめ合う。
関わってはいけないタイプだと、確認しあう。
迅速にその場を立ち去ろうと思ったのだが、背後から声をかけられた。
「何を騒いでいる?他の生徒に迷惑だ。さっさと教室へ移動したまえ」
上に立つ者の威厳を宿した冷徹な声は、先程まで笑顔でいた王太子であった。
「レイノルド殿下、申し訳ございません。すぐに移動します」
兄妹揃って頭を下げ、侯爵令嬢にも礼をしてさっさとその場を後にする。
ご令嬢は自分のことだと思わなかったのか、殿下に笑顔を向けていた。
「まぁ殿下、教室までご一緒して下さいますの?」
王太子は笑顔を消したまま、目を細めた。
「グレゴリー侯爵令嬢。彼らは他の生徒に迷惑をかけたと自覚して去ったわけだが、あなたは違うようだな?」
「は…?え、いえ、そんな、とんでもございませんわ…!」
「教室へ行きなさい。予鈴が鳴る」
「か、かしこまりました。失礼致します…」
「…サラの気持ちがわかった」
背後から聞こえて来る二人の会話を聞きながら廊下を曲がり、姿が見えなくなってから呟く兄に苦笑を返すサラだった。
Sクラスは成績上位者二十名が所属する。
基礎課程はこのクラスで学び、専門科目は魔法科、騎士科等多くある科の中から選択して受けることになる。
後から教室に入って来た侯爵令嬢が怒りの形相で睨みつけてくるが、サラはそちらを見ないようにした。
担任教師の挨拶があり、皆で講堂へ移動し、入学式が始まる。
学園長、生徒会長の挨拶があり、サラが新入生代表として立ち上がると、侯爵令嬢はぎょっとしたようにサラを見上げ、「不正…?」と呟いた。
しんとした講堂内にその声は驚く程良く響き、信じられない者を見るような視線がいくつも侯爵令嬢に突き刺さっていた。
不正をした証拠でもあるのか。
そもそも、この学園は不正を許容しているのか。
挨拶をした学園長と王太子である生徒会長すらも貶めかねない発言であることに、侯爵令嬢は気づいていないようだった。
サラは無視して壇上に上がり、宣誓を済ませる。生徒会長が満面の笑みで拍手をくれた。
侯爵令嬢の発言をなかったことにするかのようなそれに、会場中も習って割れんばかりの大喝采となり、サラは恥ずかしい思いを耐えながら席へと戻ったのだった。
オリエンテーションのみで終わった入学式は、教室にて解散となった。
侯爵令嬢はさっさとメイドと護衛を連れていなくなり、教室内は安堵の空気に包まれた。
顔見知りのギルドマスターの息子が寄ってきて、「学園でもアレに絡まれて可哀想に」と同情された。隣の席の伯爵令嬢は「名誉騎士様のご息女で、とても優秀な冒険者と伺っていますわ。もしよろしければ、お話を聞かせて頂けませんか?」と可憐な笑みを浮かべて友好的に接してくれ、子爵令嬢は「サラ様のお兄様、とっても素敵ですわ。王太子殿下と親友でいらっしゃるとか!」と好奇心を隠しもしない素直な様子に好感を持った。侯爵令息は「僕も少し前に冒険者を始めたけど、大変だよ…君、すごいね」と素直に感心されたり、伯爵令息には「名誉騎士様の強さはすごいんだ。剣術大会を見に行ったけど、桁違いで憧れる」と父への憧憬を語られたり、概ね友好的な印象であった為、サラは安堵した。
軽く挨拶を交わして、選択授業をどうしようか、と話している間に兄が迎えに来て、教室内はまたざわめいた。
兄は王太子の親友であり、将来の名誉騎士と目されており、冒険者としても優秀であることを知られている為、有名人であった。
ざわめきに兄は首を傾げて目を瞬いたが、サラを見つけて笑顔を見せた。
「サラ、迎えに来たぞ。ああ、次席と三位の生徒はまだ残っているだろうか?」
「あっはい!次席です!」
「三位です!」
「申し訳ないが少し時間をもらえないか?一緒に生徒会室へ来てほしい」
「は、はい!わかりました!」
次席はジャン・ランドルフ侯爵令息、三位はミリアム・ストラウス子爵令嬢であった。
「では皆様、また明日。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
兄と連れ立って生徒会室へ向かう。
各学年三名ずつ選出され、学園の行事などの取りまとめを行うのが生徒会の仕事であることを説明された。
二年の役員はイーディス王女殿下、ルーク・アーデン公爵令息、エドワード・フォスター辺境伯令息の三名であった。
ルークは外務大臣の息子である。
一年のジャンは内務大臣の息子、ミリアムは王宮侍女長の娘であった。
錚々たるメンバーに、サラは内心気後れした。
サラも兄も両親は英雄であるが、成り上がりの男爵であることを自覚している。
兄のクリストファーは王太子の側近と言う立場をすでに不動のものとしていたが、サラには何もない。
恐縮しきりのサラを、王太子と王女が笑顔を向けながら率先して受け入れてくれ、とても優秀だと褒めてくれた為、サラはなんとか笑顔でいることができたのだった。
「サラが一緒で嬉しいわ。わたくしと妹のマーガレットは幼い頃からサラと共に魔法の勉強をして来たの。サラのお母様は、本当に優秀な魔法使いの第一人者でいらっしゃるのよ」
「名誉騎士様とともに、英雄でいらっしゃるのですよね」
ミリアムの言葉に、イーディス王女は大きく頷いた。
「そうなの!とても厳しく、優しい師匠なの。最近はサラもわたくしも忙しくてなかなか会えなかったから、生徒会で一緒に過ごせて本当に嬉しいわ。またよろしくね、サラ」
「こちらこそ光栄です、イーディス殿下」
「皆、仲良くしましょうね!」
和やかな空気の生徒会に、サラは上手くやっていけそうだと安心したのだった。
付呪具とは、魔力を底上げしたり、状態異常の耐性を上げたりしてくれる防具である。
一般的には魔石や宝石を組み合わせ、小さなアクセサリーとして定着させる術式は、我が国の機密であった。分解したところで術式を解読することは不可能で、我が国の高い技術力を目の当たりにするのだった。
魔石が一つついたシンプルなピアスを手に取る。
これはパーティーメンバーと距離が離れていても会話ができるピアスであった。
冒険する時には必ずつけている。
付呪具は性能の良い物はとても高価だ。
ダンジョン産もあるが、大部分は我が国の職人の手によるものである。
日常生活を便利にする、小道具としての魔道具は平民でも買えるのだが、付呪具は高級品であった。
兄妹が所持しているものは、購入したものがほとんどである。
西国ウェスローは魔道具が得意であり、我が国サスランフォーヴは付呪を得意としていた。
冒険者の数が圧倒的に多く、魔石や水晶が手に入りやすいからだ。
需要が高く、供給がなかなか追いつかない程である。
前衛が装備する鎧にも防御力を上げる付呪が施されたものがあるが、非常に高額だ。
後衛用の装備はアクセサリーをベルトに通して吊るす、くらいしか付呪できない。布自身に付呪ができないか、というのが職人達の夢であった。
武器もそうである。
鉄や鋼鉄等の一般的に出回っている刃物には付呪ができない。
魔力を通す素材で、武器としての硬度を満たし、かつ付呪の術式が書き込めなければ意味がないのである。
かつてスタンピードで倒されたワイバーンロードの牙が、唯一確認された条件を満たす素材であったが、貴重に過ぎるため、名誉騎士から王家へと献上され、宝物庫に眠っている。
魔術師団が調査して付呪可能であることがわかったものの、おいそれと使えないのだった。
ワイバーンロード以上の強敵の素材ならば、もしかすれば。
そんな期待が、さらなるダンジョン攻略へと人々を駆り立てるのだった。
入学式当日、サラは新入生代表として壇上に立つことが決まっていた。
学園は貴族子女が通う場所であるが、学費を払えば平民も通うことができる。優秀な魔力や体力、頭脳を持つ平民は特待生として、学費免除制度もあった。
数はそれほど多くないが、今年の特待生は三名であるという話であった。
親が貴族家の次男や三男で、爵位はないものの貴族と縁があって金もある子息子女、豪商の子息子女も通っている。
兄妹は馬車に同乗して、学園へと向かった。
兄の学年は、王太子が主席、宰相の息子が次席、兄は三位、魔術師団長の息子は四位、ということだった。
「第二王女殿下は、西国ウェスローへ留学だったな」
「うん。マーガレット殿下がいたら私は次席だったと思うよ」
「王族は皆頭いいからなぁ」
「レイノルド殿下とイーディス殿下は入学からずっと主席なんでしょ?」
「ああ。レイノルド殿下はそれに加えて公務も冒険者としても活動しているからな。化け物だと思う」
「不敬極まりない!」
サラが窘めるが、兄は人差し指を唇に当て、ただ笑った。
「内緒だぞ」
「…私はお兄様もすごいと思うよ」
「何だ?褒めても何も出ないぞ?」
「お兄様は側近になるの?名誉騎士になるの?」
「名誉騎士はなりたいと望んでなれるものじゃないが…殿下は、両方を望んでおられる」
「わぁ、お兄様も化け物だね」
兄と同じように言えば、兄は苦笑する。
「嬉しくないな…ああ、そうそう。学園には上位貴族の子女がたくさんいるからな。今までは下位貴族との付き合いだけで済んでいたが、これからはそうもいかない。しっかり頑張るんだぞ」
「面倒だね…男爵令嬢として、出しゃばらないよう気をつけます」
上位貴族の子女、と聞いて真っ先に浮かんだご令嬢の顔に、サラは顔を顰めた。
「うん。うちは父上がちょっと特別だから、俺も上位貴族からたくさん声をかけられてな。身分的に断れない誘いもあると思うが、理不尽なものは断っていい。男爵ふぜいが、と言ってくる輩がいたら、報告しろ」
「はい」
名誉騎士が英雄であろうとも、爵位は男爵である。
実際に上の爵位を持つ貴族令嬢に茶会に呼ばれて赴いた際に、「調子に乗るな」と言われたことは何度もあった。
貴族社会とは絶対的な階級社会である。冒険者のランク制度と似ているが、冒険者は実力でランクを得るのに対し、爵位は代々継いでいくものである。
家同士の付き合いが必須となり、非常に面倒なのだった。
兄は席を立ち、サラの髪を撫でる。
ピンクブロンドの髪は母からもらったもので、アメジスト色の瞳は父からもらったものだ。
兄は逆で、翠の瞳を母から、黒髪を父から継いでいた。
緩やかなウェーブを描く美しい髪はするりと指先を滑り落ちていく。
「…まぁ、冒険者として培ってきた経験があるし、今更言わなくてもサラなら大丈夫かな」
「程々に頑張ります」
「うん、それがいい」
馬車を降り、初日だけは教室まで付き添ってくれるという兄の優しさに感謝しながら校舎へ向かう。
春の日差しは暖かく、木陰に入ると冷やりとするがそれもまた心地良い。
学園は貴族街の中にあり、平民街に住む者達は寮に住むことを推奨されているが、通うことももちろん可能だ。
煉瓦造りの校舎は歴史を感じさせ、整えられた庭園の緑と花の色彩が美しかった。
一年から三年まであるが、各学年ごとに校舎は分かれており、渡り廊下で繋がっている。
慣れるまでは迷子になりそうな広大な土地と校舎であり、ついて来てくれる兄に感謝した。
見えてきたエントランスには王太子と護衛が立っていて、そこへ駆け寄る侯爵家のご令嬢の姿が見えた。
青みがかった長い茶髪が風に揺れ、目を引く。
「レイノルド殿下!おはようございます!」
「ああ、おはよう。今年入学だったんだね」
隙のない完璧な微笑を浮かべ、王太子はご令嬢に応対していた。
「はい!ああ、こんな所でお会いできるなんて、光栄ですわ!」
「はは」
「入学式では、生徒会長として壇上に立たれますの?」
「そうだよ。さぁ、そろそろ教室に入った方がいいのではないかな」
中へと促す王太子はその場から動かない。
ご令嬢はもじもじと、両手を身体の前で組み合わせて恥ずかしそうにした。
「ええ!あ、あの、わたくし、教室がどこかよくわかっておりませんの…その、もしお時間があるようでしたら…」
ちらちらと上目遣いで見上げるご令嬢に対し、王太子は穏やかな笑みを崩さない。
「中に入ったら案内板があるから、大丈夫だよ。じゃあ気をつけて」
「…は、はい…では、失礼致します…」
軽く流され、ご令嬢は肩を落としため息をつきながら中へと入っていった。
サラはご令嬢と鉢合わせにならないよう距離を開けながら近付く。気づいた王太子は気さくに笑い、声をかけてきた。
「やぁおはよう二人とも。サラ嬢、入学おめでとう」
「ありがとうございます殿下。新入生のお出迎えをされているのですか?」
「まぁそれもあるけれど。君が迷子になるんじゃないかと思って」
王太子の言葉に、サラは兄と顔を見合わせた。
「私…ですか?兄が一緒に教室まで着いて来てくれるので、大丈夫だと思います」
「そうか。中に案内板もあるからね。帰りはどうするんだい?」
兄を見れば、首を傾げて考え込んだ。
「俺は生徒会に顔を出さないと」
「私もそうだ。サラ嬢、クリスと一緒に帰る予定なら、一緒に来るといい」
「ありがたいお話ですが、部外者が生徒会室に出入りするのは許されないのでは?」
「君、主席だろう?上位三名は強制入会だからね。説明をしたいし」
「えっ…」
知らなかった。兄を見れば、そういえばそうだったと、頷いた。
「じゃ、終わったら教室へ迎えに行く。待ってろよ」
「はい」
「ではまた放課後に」
王太子に一礼して中に入ろうと首を巡らせれば、案内板から目を離したご令嬢と目が合った。
憎々しげに睨みつけていた表情が、驚いたように見開かれる。
「あなた…サラ、だったかしら?どうしてここにいるの?この学園はとてもお金がかかるのよ?」
相変わらず貧しい平民だと思っているのだな、と、サラは思ったが、表情には出さず貴族令嬢として丁寧に一礼する。
「おはようございます。ここにいるということは、入学できたということですので、問題はないかと」
「よく入れたわね?ああ、特待生は学費免除だったわね。良かったじゃないの。しっかり学びなさいな」
貴族の礼を見ても思い込んでいるのだから、どうしようもないな、と思う。
「…何の話だ?サラ」
話が見えないクリスはサラを見下ろし、目が合う。
サラのどことなく嫌そうな表情を見て、話に聞いていた「関わり合いになりたくない侯爵令嬢」であると思い至る。
サラの肩を軽く叩き、庇うように一歩前に出て、クリスは侯爵令嬢に名乗って見せた。
「クリストファー・バートンと申します。父は男爵位を賜っておりますので、私も妹も平民ではありませんし、学費も払っております。以後、お見知り置きを」
にこりと笑顔を浮かべれば、侯爵令嬢は驚愕の表情を浮かべた。
「黒髪翠瞳…えっサポキャラ!!」
「…は…さぽ…?」
両手で口を覆って叫ばれた意味不明な単語に、兄妹はなんだこいつ、と互いの表情で語り合った。
他の生徒達が遠巻きにしており、案内板を見たくても近づけない様子が窺えた。
「えっ!?じゃぁあなた、ヒロイン…!?まさか…!あっ、でも、顔…!」
兄妹はさらにうんざりと見つめ合う。
関わってはいけないタイプだと、確認しあう。
迅速にその場を立ち去ろうと思ったのだが、背後から声をかけられた。
「何を騒いでいる?他の生徒に迷惑だ。さっさと教室へ移動したまえ」
上に立つ者の威厳を宿した冷徹な声は、先程まで笑顔でいた王太子であった。
「レイノルド殿下、申し訳ございません。すぐに移動します」
兄妹揃って頭を下げ、侯爵令嬢にも礼をしてさっさとその場を後にする。
ご令嬢は自分のことだと思わなかったのか、殿下に笑顔を向けていた。
「まぁ殿下、教室までご一緒して下さいますの?」
王太子は笑顔を消したまま、目を細めた。
「グレゴリー侯爵令嬢。彼らは他の生徒に迷惑をかけたと自覚して去ったわけだが、あなたは違うようだな?」
「は…?え、いえ、そんな、とんでもございませんわ…!」
「教室へ行きなさい。予鈴が鳴る」
「か、かしこまりました。失礼致します…」
「…サラの気持ちがわかった」
背後から聞こえて来る二人の会話を聞きながら廊下を曲がり、姿が見えなくなってから呟く兄に苦笑を返すサラだった。
Sクラスは成績上位者二十名が所属する。
基礎課程はこのクラスで学び、専門科目は魔法科、騎士科等多くある科の中から選択して受けることになる。
後から教室に入って来た侯爵令嬢が怒りの形相で睨みつけてくるが、サラはそちらを見ないようにした。
担任教師の挨拶があり、皆で講堂へ移動し、入学式が始まる。
学園長、生徒会長の挨拶があり、サラが新入生代表として立ち上がると、侯爵令嬢はぎょっとしたようにサラを見上げ、「不正…?」と呟いた。
しんとした講堂内にその声は驚く程良く響き、信じられない者を見るような視線がいくつも侯爵令嬢に突き刺さっていた。
不正をした証拠でもあるのか。
そもそも、この学園は不正を許容しているのか。
挨拶をした学園長と王太子である生徒会長すらも貶めかねない発言であることに、侯爵令嬢は気づいていないようだった。
サラは無視して壇上に上がり、宣誓を済ませる。生徒会長が満面の笑みで拍手をくれた。
侯爵令嬢の発言をなかったことにするかのようなそれに、会場中も習って割れんばかりの大喝采となり、サラは恥ずかしい思いを耐えながら席へと戻ったのだった。
オリエンテーションのみで終わった入学式は、教室にて解散となった。
侯爵令嬢はさっさとメイドと護衛を連れていなくなり、教室内は安堵の空気に包まれた。
顔見知りのギルドマスターの息子が寄ってきて、「学園でもアレに絡まれて可哀想に」と同情された。隣の席の伯爵令嬢は「名誉騎士様のご息女で、とても優秀な冒険者と伺っていますわ。もしよろしければ、お話を聞かせて頂けませんか?」と可憐な笑みを浮かべて友好的に接してくれ、子爵令嬢は「サラ様のお兄様、とっても素敵ですわ。王太子殿下と親友でいらっしゃるとか!」と好奇心を隠しもしない素直な様子に好感を持った。侯爵令息は「僕も少し前に冒険者を始めたけど、大変だよ…君、すごいね」と素直に感心されたり、伯爵令息には「名誉騎士様の強さはすごいんだ。剣術大会を見に行ったけど、桁違いで憧れる」と父への憧憬を語られたり、概ね友好的な印象であった為、サラは安堵した。
軽く挨拶を交わして、選択授業をどうしようか、と話している間に兄が迎えに来て、教室内はまたざわめいた。
兄は王太子の親友であり、将来の名誉騎士と目されており、冒険者としても優秀であることを知られている為、有名人であった。
ざわめきに兄は首を傾げて目を瞬いたが、サラを見つけて笑顔を見せた。
「サラ、迎えに来たぞ。ああ、次席と三位の生徒はまだ残っているだろうか?」
「あっはい!次席です!」
「三位です!」
「申し訳ないが少し時間をもらえないか?一緒に生徒会室へ来てほしい」
「は、はい!わかりました!」
次席はジャン・ランドルフ侯爵令息、三位はミリアム・ストラウス子爵令嬢であった。
「では皆様、また明日。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
兄と連れ立って生徒会室へ向かう。
各学年三名ずつ選出され、学園の行事などの取りまとめを行うのが生徒会の仕事であることを説明された。
二年の役員はイーディス王女殿下、ルーク・アーデン公爵令息、エドワード・フォスター辺境伯令息の三名であった。
ルークは外務大臣の息子である。
一年のジャンは内務大臣の息子、ミリアムは王宮侍女長の娘であった。
錚々たるメンバーに、サラは内心気後れした。
サラも兄も両親は英雄であるが、成り上がりの男爵であることを自覚している。
兄のクリストファーは王太子の側近と言う立場をすでに不動のものとしていたが、サラには何もない。
恐縮しきりのサラを、王太子と王女が笑顔を向けながら率先して受け入れてくれ、とても優秀だと褒めてくれた為、サラはなんとか笑顔でいることができたのだった。
「サラが一緒で嬉しいわ。わたくしと妹のマーガレットは幼い頃からサラと共に魔法の勉強をして来たの。サラのお母様は、本当に優秀な魔法使いの第一人者でいらっしゃるのよ」
「名誉騎士様とともに、英雄でいらっしゃるのですよね」
ミリアムの言葉に、イーディス王女は大きく頷いた。
「そうなの!とても厳しく、優しい師匠なの。最近はサラもわたくしも忙しくてなかなか会えなかったから、生徒会で一緒に過ごせて本当に嬉しいわ。またよろしくね、サラ」
「こちらこそ光栄です、イーディス殿下」
「皆、仲良くしましょうね!」
和やかな空気の生徒会に、サラは上手くやっていけそうだと安心したのだった。
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リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
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【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
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