上 下
19 / 31

18.

しおりを挟む
 翌日、ダンジョンへ入ったエレミアは、リオンと冒険者一行の強さにただ驚くことになった。
 彼らは着いて早々最下層と呼ばれる地下九十一階へと転移装置を使って降り、慣れた様子で戦闘を始めた。
 「好きに攻撃して良い」と言われて戸惑うエレミアの護衛としてついてくれたのは、最高ランクの冒険者の一人、回復役の女性だった。
 ジェーンと名乗り、今まさに戦闘しているロイという名の戦士と結婚していると言い、子供が一人いて今は両親が見てくれているらしい。
「結婚して子供が出来てから、泊まり込みの依頼は滅多に受けられなくなっちゃってね、ほら、やっぱ子供心配じゃん?だから日帰りできる護衛とか、次期元首サマがダンジョンでストレス発散したい時に便乗して、戦利品もらったりとかで稼いでてね~!あ、もちろん国からの正式な依頼とか来ちゃったらね~、報酬次第で泊まりの依頼も受けるけどね。他国にも出向くよ~!でもエレミアちゃんの国はダンジョンないし、冒険者があの国行ってもなんていうか、ものすごく余所者感半端なくてさ~!仕事もないし、観光がてら一回行ったらもういいかなって感じで。…あっ!悪く思わないでね!エレミアちゃんの出身国だからって、エレミアちゃんを悪く言ってるわけじゃなくて、えーっとぉ…」
「あの、大丈夫ですわ。わかっておりますし、皆様とてもお強くて立派な冒険者でいらっしゃいますもの」
「あっそう言ってくれると助かる~!」
 怒濤の勢いで話をしながらも、戦闘しているメンバーの回復はしっかりしつつ、強化魔法まで使っている。
 エレミアもまた、リオンを始めメンバーが戦っている後方から、徐々に魔法の威力を上げて、どの程度敵に通用するかを確認作業中である。
 横から立て板に水の如く話しかけられ、なかなか集中する事が難しい。

 最高ランクの冒険者って、すごいのね。
 尊敬する。

 そんな中に混じっているリオンとは一体何者なのか。
 最高ランク冒険者はこの回復役の女性を含めて五人。
 聖王国の聖騎士団は、数十人単位で戦闘し、交代要員も大量に引き連れてダンジョンの最深部の維持管理をしているというのに。
 リオンを加えて六人で最深部へと到達しようというのだった。
 しかも日帰りで。
 エレミアはおまけのようなものなので、人数には含んでいない。
「皆様は、勇者の血を引いていらっしゃったり…?」
「え、いやぁ、うちの旦那は勇者の末裔らしいよ。帝国出身なんだけどね。お祖父さんは皇族の一人だったとかなんとか」
「ああ、どうりでとてもお強いと思いました」
「でっしょ~?私もね~、聖女様の末裔なんだ~」
「えっ」
「といっても、遠い遠いご先祖様に、王族のご落胤がいたとかなんとか。今では末端の貴族なんだけど~!貴族っていっても下手したら平民より貧乏なんじゃ?って感じでさ、だから冒険者なんてやってるんだけどね!」
「そ、そうなんですね…」
「オレグは魔導王国出身だし、イワンは皇国出身でさ、ビリーは私と同じ聖王国出身だけどみんなてんでバラバラなの。でもかつての魔王討伐の時の勇者パーティーの末裔っていうのは共通してるんだ。不思議でしょ~?」
「よくそんな方々と出会って、パーティーを組めましたね?」
「元々は皆、別のパーティーだったんだ。それをさ、次期元首サマが「一緒にダンジョン潜らないか、稼がせてやる」って声かけてくれて~」
「彼が?」
「そーそー。彼曰く、うちらは冒険者として抜きんでた能力を持っているのに、今のパーティーじゃその能力を発揮できずに力の持ち腐れだぞ、機会損失だ、とかなんとか言っちゃってさ。最初はうさんくさー!って思ったんだけど~、まぁほら、冒険者も毎日やってるわけじゃないじゃん?試しに、って参加してみたら、今のメンバーがいて、ホント皆なんか、他の連中と違ったんだよね~。うーん、光るモノがあったっていうの?自分で言うのも恥ずかしいけどね!」
「彼の見る目があったんですね」
「そうそう、おまけに本人めちゃ強じゃん?何だよ~勇者の生まれ変わりか、魔王の生まれ変わりかよー!って」
「え、そういうの、わかるんですか?」
「いや全然わかんないけど。けどうちら今最高ランクじゃん?最高ランクって、すごいってことじゃん?そんなすごいうちらを見出してくれた同じくらい強い次期元首サマだって、タダ者じゃないと思うんだよね~」
「な、なるほど、確かにそうですね~」
「でしょ~?不思議なんだけどさ、次期元首サマと一緒に行動してるとなんつーの、ものすごい優秀な指揮官に指揮されてる感あるっていうかぁ」
「あぁ、わかります~」
「お、マジで~!?話わかるぅ~!」
 思わずつられて語尾が伸びてしまったが、なるほど彼らの戦いはリオンを中心に回っていた。
 普段は戦士ロイがリーダーらしいのだが、明らかにリオンを立てて指示を聞いており、そして上手く回っていた。

 リオンはいつの間にこれだけの強さを手に入れていたのだろう。

 我が公爵家の人間は、初代の力のおかげか、皆魔力量は豊富であり剣も魔法も得意である。女性はあまり積極的に剣の稽古はしないけれども、運動神経は良く、困ることはない。男性陣は鍛えれば鍛えるだけ強くなれるので、歴代の直系男子で努力した者は、出身によらず己の実力のみで他国の騎士団長や将軍になることすら可能だった。次兄レヴィも、将来の聖騎士団長であると目されており、実力は聖騎士団一である。
 リオンは人間であり、公爵家の血が入っているとはいえ、勇者の血筋であるとか、そんな由来はないはずだ。
 たまたま公爵家の血が濃く出たのだろうか。
 ともに活動している勇者パーティーの末裔だという、彼らのように。
 実力も勇者達の末裔と変わりないように見えるのが、恐ろしいところだ。
 おかげで商業国家のダンジョンは、リオンと最高ランクの冒険者を中心として維持管理がなされている為、冒険者達にとって、「冒険者」という職業が憧れのものであるという。
 いいことだと思う。
「それにしてもエレミアちゃんってホント美人すぎない?エレミアちゃんが今まで見た人間の中で一番美人だと思う。あ、次期元首サマも美人だけど~、でもなんていうか次期元首サマは美人っていうか強すぎて格好いいって言わなきゃいけない気になるよね。だから除外。でもエレミアちゃんと同じく人外って感じがする~!親戚なんだっけ?」
「血は少し遠いですけれど」
「あー美人の家系かー!うっらやましぃ~!」
 「憧れの冒険者」のイメージが崩れそうな喋り具合に、エレミアは苦笑混じりになる。
「おそらく、勇者の末裔と呼ばれる皆様にも、我が家の血は入っているんじゃないかと思います」
「えっ?そーなの?」
「はい。我が家は初代の時からずっと、各国の王族や上位貴族と血縁関係がありますので」
「ま、マジかー!知らなかったぁー!えっじゃぁ何で私、美人じゃないのかな?あっでも可愛いとは言われるよ!ねっ」
「あ、はい」
「血が遠いからかなぁ。あーでもちょっと希望が見えてきたかな。子供がほら、もしかしたら奇跡が起こって美人になるかもしれないじゃんね?」
「そうですね」
 おそらく今最高ランクとして活躍している彼らが、「勇者の末裔」としての血と能力を色濃く継いでいる人達であるから、いつかは公爵家の血を濃く反映する者が生まれてもおかしくはないかもしれない。
 そんな話をしながらも順調に攻略は進んで行く。
 信じられないかもしれないが、最深部を目指しているパーティーなのだった。
 移動や休憩の時にはリオンがやって来て、気遣ってくれる。
 メンバー達も皆親切で、今日参加出来て本当に良かったと思った。
 エレミアの魔法の威力は、おそらくチートと言われる類のものではないかと思う。
 冒険者は経験を積み、レベルを上げて行く。
 魔法の威力も初心者魔道士であれば、たいしたことはない。仮に最上級魔法を知っていたとしても、魔力が足りず、経験が足りずに発動することすら不可能だ。
 だがエレミアは最初から最上級魔法を唱えることができた。
 もちろん慣れるまでは威力を最小限に抑え、攻撃範囲も狭く設定して誤爆を防ぐことに尽力したが、魔法の詠唱から発動までを何度も繰り返すうちに、コツがわかってきたのだった。
 最深部である百階に到達する頃には、知っている魔法は過不足なく唱えることが出来るようになっていた。おそらく初代の加護を持つ、虹色の瞳持ちだからこそだろうと思われたが、誰もツッコミを入れてくることはなかった。
 次期元首の連れ、ということで気にしないでいてくれるのかもしれない。
 リオンの強さは最高ランクの冒険者と遜色ないもので、最深部に到達してなお余裕があるのが恐ろしい。
「今日は楽しかったよ~!ありがと~次期元首サマー!エレミアちゃんもありがとねー!」
 戦利品の山を魔道具のバッグに片づけ、見かけは軽装に見える冒険者達の表情は明るかった。最深部のボスまで倒し、分配しても数か月は暮らしていける程の稼ぎになったと大喜びである。
「こちらこそ、一緒に連れて行って下さってありがとうございました」
「エレミアちゃんったら最初はめっちゃ遠慮してたでしょー?最後らへんはぶっぱできて良かったねー!」
「ぶっぱ…?あ、ええ、ぶっ放しできて、楽しかったです」
「ふふーん!こっちこそたくさん稼がせてくれてありがとね!皆も大満足ー!」
「ありがとうございました」
「お疲れ。明日からはまた護衛を頼む」
 リオンの言葉に皆は元気良く頷いていた。
「了解ー!明日は旦那とー、オレグが行くからよろしくね!」
「ああ」
 転移装置前で別れ、リオンと二人で元首邸へと戻る。
 今日の護衛役であったイワンとビリーも今日は終了ということで別れた。
「疲れてないか?一日移動しっぱなしの戦いっぱなしだったろう。辛そうな様子がなかったからいつものように進んでしまったが…」
「大丈夫。魔法をたくさん使って精神的には疲れているけれど、体力的には回復しながら移動していたから平気」
「ああ…無理しなくて良かったのに」
「いいえ、とても楽しくて充実した一日だった。本当にありがとうリオン兄様!」
 笑顔を向ければ、苦笑された。
「そうか。ならいいが。明日も少し出かけようと思うんだが、平気かな?」
「もちろん。リオン兄様が強くて本当に驚いたわ。どうして隠していたの?」
「隠していたつもりはないが…見せる機会がなかったから、かな。でもエレミアがこの国に来るなら、またダンジョンに行こう」
「とても魅力的なお誘いね」
「それは良かった」
「じゃあ、今日はこれで帰るわね。本当にありがとう。リオン兄様がいたからダンジョンも楽しく過ごすことができたわ」
「嬉しいことを言ってくれるね。また明日」
「ええ、また明日」
 元首邸に設置されている転移装置で自宅へと戻るエレミアの足取りは軽かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】『婚約破棄』『廃嫡』『追放』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~

いな@
恋愛
婚約者である王子と血の繋がった家族に、身体中をボロボロにされた公爵令嬢のレアーは、穏やかな生活を手に入れるため計画を実行します。 誤字報告いつもありがとうございます。 ※以前に書いた短編の連載版です。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

七光りのわがまま聖女を支えるのは疲れました。私はやめさせていただきます。

木山楽斗
恋愛
幼少期から魔法使いとしての才覚を見せていたラムーナは、王国における魔法使い最高峰の役職である聖女に就任するはずだった。 しかし、王国が聖女に選んだのは第一王女であるロメリアであった。彼女は父親である国王から溺愛されており、親の七光りで聖女に就任したのである。 ラムーナは、そんなロメリアを支える聖女補佐を任せられた。それは実質的に聖女としての役割を彼女が担うということだった。ロメリアには魔法使いの才能などまったくなかったのである。 色々と腑に落ちないラムーナだったが、それでも好待遇ではあったためその話を受け入れた。補佐として聖女を支えていこう。彼女はそのように考えていたのだ。 だが、彼女はその考えをすぐに改めることになった。なぜなら、聖女となったアナリアはとてもわがままな女性だったからである。 彼女は、才覚がまったくないにも関わらず上から目線でラムーナに命令してきた。ラムーナに支えられなければ何もできないはずなのに、ロメリアはとても偉そうだったのだ。 そんな彼女の態度に辟易としたラムーナは、聖女補佐の役目を下りることにした。王国側は特に彼女を止めることもなかった。ラムーナの代わりはいくらでもいると考えていたからである。 しかし彼女が去ったことによって、王国は未曽有の危機に晒されることになった。聖女補佐としてのラムーナは、とても有能な人間だったのだ。

転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。

柚木ゆず
恋愛
 前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。  だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。  信用していたのに……。  酷い……。  許せない……!。  サーシャの復讐が、今幕を開ける――。

【完結】家族から虐げられていた私、実は世界で唯一精霊を操れる治癒精霊術師でした〜王都で癒しの聖女と呼ばれ、聖騎士団長様に溺愛されています〜

津ヶ谷
恋愛
「アリーセ、お前を男爵家から勘当する!」  理不尽に厳しい家系に生まれたアリーセは常に虐げられて来た。 身内からの暴力や暴言は絶えることが無かった。  そして16歳の誕生日にアリーセは男爵家を勘当された。 アリーセは思った。 「これでようやく好きな様に生きられる!」  アリーセには特別な力があった。 癒しの力が人より強かったのだ。  そして、聖騎士ダイス・エステールと出会い、なぜか溺愛されて行く。 ずっと勉強してきた医学の知識と治癒力で、世界の医療技術を革命的に進歩させる。  これは虐げられてきた令嬢が医学と治癒魔法で人々を救い、幸せになる物語。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  カチュアは返事しなかった。  いや、返事することができなかった。  下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほどなぐられるのだ。  その表現も正しくはない。  返事をしなくて殴られる。  何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。  マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。  とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。  今の母親は後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。  そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。  食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。  王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。  無限地獄のような生活が、ネーラが後妻に入ってから続いていた。  何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。  そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑いながら見ていた。  だがそんあ生き地獄も終わるときがやってきた。  マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。  だが極悪非道なネーラが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。  カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。  ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。  絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何のしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。

【完結】悪女扱いした上に婚約破棄したいですって?

冬月光輝
恋愛
 私ことアレクトロン皇国の公爵令嬢、グレイス=アルティメシアは婚約者であるグラインシュバイツ皇太子殿下に呼び出され、平民の中で【聖女】と呼ばれているクラリスという女性との「真実の愛」について長々と聞かされた挙句、婚約破棄を迫られました。  この国では有責側から婚約破棄することが出来ないと理性的に話をしましたが、頭がお花畑の皇太子は激高し、私を悪女扱いして制裁を加えると宣い、あげく暴力を奮ってきたのです。  この瞬間、私は決意しました。必ずや強い女になり、この男にどちらが制裁を受ける側なのか教えようということを――。  一人娘の私は今まで自由に生きたいという感情を殺して家のために、良い縁談を得る為にひたすら努力をして生きていました。  それが無駄に終わった今日からは自分の為に戦いましょう。どちらかが灰になるまで――。  しかし、頭の悪い皇太子はともかく誰からも愛され、都合の良い展開に持っていく、まるで【物語のヒロイン】のような体質をもったクラリスは思った以上の強敵だったのです。

処理中です...