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第1章 宿命の悪魔
ep.1-8 元帥
しおりを挟む組織の上に立つのは、必ずしも有能な人材ではない。
これは、どの時代も変わらない。
むしろ優秀な人材ほど、権力などというくだらないものに固執しない。
ここで言う『優秀な人材』とは、変化を恐れない者たちだ。何かの信念のもと己すら変容させてしまう故に、柔軟に変化し続けることができる者たち。彼らが起こす変化の波は、やがて世界の在り方すら変えてしまう。
ここで一つ間違えてはいけないのは、権力自体は時代によって姿や形を変える、ということだ。しかし権力を保持したがる者の多くは、その変化変容に対応できないのである。
つまるところ、権力の座に縋りついているものほど、無能、ということだ。
そういう無能な連中が、サラは嫌いだ。
悪魔と呼ばれていたものですら変容するのに、無能な連中は頑なに変化を恐れる。やれ規律がどうだの、やれ前例がないだの、やれ信用に値しないだの。相応の理由のように見せかけて、紐解いたその先にある彼らの本心は『変わりたくない』である。変容の世界にいて、不変を求めるなど、世界の法則に逆らうことと同義であり、不毛であることこの上ない。
全くもって馬鹿らしいことだな、と独り言ちながら、サラはリュゼの後ろから、緩やかな階段状になっている席に座している者たち――お飾りの老いぼれ共、約十名へ、意識を戻した。
「本当にその『理』は信頼できるのかね?」
伸びた白い顎鬚を撫でながら、大層な椅子にふんぞり返る様に座る老人が言った。老人の斜め後ろに視線をやれば、にやにやと嘲笑を浮かべた悪魔、もとい契理が立っている。
あの様子を見るに、サラの存在を知らない程度には無知であり、アチラの世界でも新米なのだろうという予想はついた。老人の隣に座っている初老の男の契理の方が、よほどサラのことを理解している。目を合わせないよう、ちらちらとこちらを伺いながら体を震わせていた。
「教会で保管されていた古文書に載っている召喚術式を使いましたので、その古文書が偽物でなければ信頼性はあるかと思います」
老人の言葉が安い挑発であることを理解しているのか、リュゼは泰然とした態度で言った。老人のバツの悪そうな咳払い返ってくる。相変わらず老人の契理の態度は最悪だ。
あーあ、面倒事を起こすなと言われていなかったら、一瞬で床に沈めてやったのに。そんなことを思いつつしかし、今サラ自身が行動することが、リュゼにとって不利益を被る可能性の方が高いことを理解しているから、実際にやりはしない。
別の咳払いが聞こえて、そちらに視線を向ける。
「まあまあ。古文書の召喚術式を使用したなら、信頼は出来るでしょう。――ただし、その契理の実力がどの程度のものなのかは定かではありませんがな」
明らかな侮辱に、数人の冷笑が場を満たした。その数人の契理までも冷笑を浴びせてくる始末。
全く。少し躾が必要か。
すう、と目を細くしたサラに気付いたのは、先ほど肩身が狭そうにしていた契理とその退魔師のみだ。しかし怒りを露わにしたのは、リュゼだった。目を丸くしている間に、リュゼが吠えるように言う。
「発言の撤回を求めます。オレだけならまだしも、彼に対する侮辱行為は断じて許さない。撤回しないなら総帥に報告します」
「はははっ、何をムキになっているのかね? それだけ憤るということは、心当たりがあると思われても仕方がないのでは?」
「このッ!」
噛み付こうとしたリュゼの肩を掴む。振り返った彼の瞳は、怒り一色に染まっている。自分のことを言われたのならまだしも、自分以外の、それも契理であるサラの為にこれだけ怒るなんて、全くもって変わった人間だ。
にんまりと笑ったまま、リュゼの脳へ交信する。
『ここはオレに任せておけ』
目を見開いているリュゼの肩を引いて、サラが一歩前に出る。
「なるほど。我に実力を示せ、と貴様らは言いたいのだな? 実力の有無を問うている、と」
「…………契理如きが出しゃばるな!」
さっきまで嘲笑を寄越していた老人が、唾を飛ばして怒鳴ってくる。
ハハッ、と笑い飛ばしてやった。口角が裂けそうなほど釣り上げて、わざとらしく人差し指を立てた右手を挙げながらサラは言った。
「よろしい! ではリクエストにお応えしよう。その身を以って、とくと思い知るが良い!」
ヒッと声を漏らしたのが、最初からサラの正体を知っている契理であることを認識しながら、手を振り下ろす。もちろんこの腕の動作に意味はない。ただ、ポーズ的にそれっぽく見えるだろう、と思って動作を取り入れただけだ。
人差し指が床と並行になった途端。
数名の老いぼれ共とその契理がすごい勢いで机にのめり込んだ。まるで後ろから誰かに後頭部を掴まれて、机にぶつけられたかのように。
尚も掛かり続ける圧力に、机は耐えられなかったらしい。けたたましく机が壊れる音と共に、床に老いぼれ達の顔が衝突した。
サラ! というリュゼの焦った声に、ふとその圧力は消え去り、静寂が訪れた。
うう、という呻き声が辺りに満ちて、机と床には赤い斑点が散っている。
「嗚呼、すまない! 人間が大概貧弱であることを忘れていた。……にしても、貴様ら命拾いしたなぁ。ゴシュジンサマが止めなければ死んでいたぞ?」
わざとらしく言ったサラの声は、床と一体化している者達の誰一人として聞こえていないだろう。サラの報復を免れた老いぼれ共は、体を震わせている者、青褪めている者、呆れている者、と反応は様々だ。
グッと肩を引かれて振り返れば、リュゼが焦ったような顔をしている。
「何してんだバカ!」
「何、とは? 我を侮辱したのだ。当然の報いだ」
話を合わせろ、という交信もきちんとキャッチしたらしく、リュゼは困惑したふうに表情を変える。
『始末書書くことになったらお前のせいだからな!』
返ってきた答えに、思わず吹き出しそうになった息を寸での所で止めた。
老いぼれ共の心配ではなく始末書の心配とは、全く。
そう思いはすれども、その前にトドメを刺すのを忘れてはいけない。
「これで我の能力は理解して貰えただろうか? 以後、侮辱などという馬鹿な真似は、少し考えてからにすると良い」
悪魔らしく口角を上げて、笑みと共に言っておく。これに懲りた連中は、余程のことがない限りリュゼに絡む事はないだろう。
「それでは、我たちはこれにて失礼する。ゆこう、ゴシュジンサマ?」
ニンマリと笑ってそう誘えば、リュゼは観念したように息を吐いて頷いた。
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