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ノエル 1-1
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シャッと思い切りカーテンが開けられた音が耳を突く。
まだ起きたくなくて布団に潜り込もうとすれば、その布団さえも奪い取られて外気の冷たさにぶるりと体を震わせた。
「起きて下さい、ノエルさん。朝です」
低い声が頭上から落ちてきても、目を開けずに丸くなる。手を伸ばして布団を手探りでさがすのに、全く見当たらなくてすぐに止めた。丸くした体の中に手を隠してぼそりと一言。
「うるさいまだねる」
はあ、と大きな溜息を吐いたのは、ノエルの後輩であるジークという男だ。竜殺しの英雄から取った名前だ、といつかの食事の時に言っていたが、まさに慈悲のない行動をする。まだ眠っていたいのに、先輩の布団を剥ぐとは何事か。うるさい、ともう一度言えば、呆れたような声が振ってくる。
「寝てる場合じゃないですよ先輩」
「なんでだよ今日はなにもないだろ」
「本当に?」
なんだその見透かしたような声は。しずしずと瞼を持ち上げて、カレンダーを見遣る。今日は何日だっけ。逡巡した思考が日付を割り出す。その日付にはドデカい赤丸。目にした途端、バッと起き上がった。
「招集!」
「正解」
バタバタとベッドから降りて、クローゼットを開ける。ずらりと並んだスリーピースは全てノエルのお気に入りだ。その中から招集に一番相応しいものを手に取って、全身鏡の前へ立つ。鏡の向こうで、また溜息を吐いているジークに向かって声を上げる。
「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!」
「人聞きの悪い。起こしましたよ三回も」
「はいはいそうですね! お前は優秀な後輩だもんね!」
「なんで怒ってるんですか。褒めるならもっと心を込めて褒めて下さいよ」
口角を片方だけ吊り上げて言うジークに舌を出してぱっぱと寝間着を脱いでいく。
空気を読んだジークは背を向けてベッドメイキングをしているから、本当に優秀である。彼を盗み見ると既にきっちりと紺のスリーピーススーツを着込んでいる上に、アッシュグレーに染められた髪もきちんとワックスでハーフアップされている。
流石ボスが選んだ後輩。時々口うるさくてむかつくけど。
感心と罵倒をしながらもさっさと手を動かして、アイロンでぴしりと伸びたシャツに腕を通し、ボタンを留めていく。皺一つないグレーのジャケットを身に纏ってから、お気に入りのシルバーにサファイアの埋め込まれたネクタイピンとカフスでアクセントを付けたら、あとは髪だけだ。
アッシュグレーが似合うジークとは違い、少しだけ癖のあるノエルの髪は闇を映したような黒である。ここでは珍しい毛色に、好奇の目に晒されることもあるがもう慣れてしまった。少なくとも、ノエルはこの容姿を最大限に生かして生活しているのだから、文句を言う事はない。でもほんの少しだけ、ジークのような遊べる髪色に憧れることもあるのだけれど。
「何ぼーっとしてるんですか。時間なくなりますよ」
くるりとこちらを向いたジークと鏡越しに目が合う。半眼を向けてくる彼に、同じような顔をしてやった。
「お前ホント口うるさいな。どんな髪型にしようか迷ってるんだよ」
「そのままでも良いじゃないですか。可愛らしくて」
「お前が言うと全くそう聞こえないからな。自覚あるか?」
「俺はいつだって本心しか言いませんよ」
「あーはいはいそうですね、先輩思いの後輩くんだもんね」
「よく解ってるじゃないですか」
「皮肉だよ! なに感心したような顔してるんだよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながら手に少しのワックスをとって、全体に馴染ませる。軽く形を整えてから、前髪を左に流して余った分は耳へ。逆側の髪も耳へと掛ければ、とりあえずは完成。あとは、と棚を見ようとしたところで、横から差し出された手。急になんだよ、と漏れた不満は、その手のひらの上に乗っていたものが帳消しにしてくれた。
ネクタイピンやカフスと同じ、シンプルなデザインのサファイアのピアスだ。
「さんきゅ。気が利くなぁ」
受け取ったそれを右耳にぽつりと開いた穴に差し込んで、キャッチで留める。
鏡の中の自分が見つめ返してくる。その横に立つジークからも視線を感じて、鏡越しに目を合わせる。睨み付けているような印象を与える鋭い目。色素の薄い瞳が熱心にノエルに注がれている。その瞳に隠している身を焼くような想いに気付かない程バカではない。ニコリと笑みを返して、視線を外す。僅かにジャケットに寄っている皺を指の背で直して、ポンと後輩の肩を叩く。
「じゃあ運転よろしく、後輩くん」
まだ起きたくなくて布団に潜り込もうとすれば、その布団さえも奪い取られて外気の冷たさにぶるりと体を震わせた。
「起きて下さい、ノエルさん。朝です」
低い声が頭上から落ちてきても、目を開けずに丸くなる。手を伸ばして布団を手探りでさがすのに、全く見当たらなくてすぐに止めた。丸くした体の中に手を隠してぼそりと一言。
「うるさいまだねる」
はあ、と大きな溜息を吐いたのは、ノエルの後輩であるジークという男だ。竜殺しの英雄から取った名前だ、といつかの食事の時に言っていたが、まさに慈悲のない行動をする。まだ眠っていたいのに、先輩の布団を剥ぐとは何事か。うるさい、ともう一度言えば、呆れたような声が振ってくる。
「寝てる場合じゃないですよ先輩」
「なんでだよ今日はなにもないだろ」
「本当に?」
なんだその見透かしたような声は。しずしずと瞼を持ち上げて、カレンダーを見遣る。今日は何日だっけ。逡巡した思考が日付を割り出す。その日付にはドデカい赤丸。目にした途端、バッと起き上がった。
「招集!」
「正解」
バタバタとベッドから降りて、クローゼットを開ける。ずらりと並んだスリーピースは全てノエルのお気に入りだ。その中から招集に一番相応しいものを手に取って、全身鏡の前へ立つ。鏡の向こうで、また溜息を吐いているジークに向かって声を上げる。
「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!」
「人聞きの悪い。起こしましたよ三回も」
「はいはいそうですね! お前は優秀な後輩だもんね!」
「なんで怒ってるんですか。褒めるならもっと心を込めて褒めて下さいよ」
口角を片方だけ吊り上げて言うジークに舌を出してぱっぱと寝間着を脱いでいく。
空気を読んだジークは背を向けてベッドメイキングをしているから、本当に優秀である。彼を盗み見ると既にきっちりと紺のスリーピーススーツを着込んでいる上に、アッシュグレーに染められた髪もきちんとワックスでハーフアップされている。
流石ボスが選んだ後輩。時々口うるさくてむかつくけど。
感心と罵倒をしながらもさっさと手を動かして、アイロンでぴしりと伸びたシャツに腕を通し、ボタンを留めていく。皺一つないグレーのジャケットを身に纏ってから、お気に入りのシルバーにサファイアの埋め込まれたネクタイピンとカフスでアクセントを付けたら、あとは髪だけだ。
アッシュグレーが似合うジークとは違い、少しだけ癖のあるノエルの髪は闇を映したような黒である。ここでは珍しい毛色に、好奇の目に晒されることもあるがもう慣れてしまった。少なくとも、ノエルはこの容姿を最大限に生かして生活しているのだから、文句を言う事はない。でもほんの少しだけ、ジークのような遊べる髪色に憧れることもあるのだけれど。
「何ぼーっとしてるんですか。時間なくなりますよ」
くるりとこちらを向いたジークと鏡越しに目が合う。半眼を向けてくる彼に、同じような顔をしてやった。
「お前ホント口うるさいな。どんな髪型にしようか迷ってるんだよ」
「そのままでも良いじゃないですか。可愛らしくて」
「お前が言うと全くそう聞こえないからな。自覚あるか?」
「俺はいつだって本心しか言いませんよ」
「あーはいはいそうですね、先輩思いの後輩くんだもんね」
「よく解ってるじゃないですか」
「皮肉だよ! なに感心したような顔してるんだよ!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながら手に少しのワックスをとって、全体に馴染ませる。軽く形を整えてから、前髪を左に流して余った分は耳へ。逆側の髪も耳へと掛ければ、とりあえずは完成。あとは、と棚を見ようとしたところで、横から差し出された手。急になんだよ、と漏れた不満は、その手のひらの上に乗っていたものが帳消しにしてくれた。
ネクタイピンやカフスと同じ、シンプルなデザインのサファイアのピアスだ。
「さんきゅ。気が利くなぁ」
受け取ったそれを右耳にぽつりと開いた穴に差し込んで、キャッチで留める。
鏡の中の自分が見つめ返してくる。その横に立つジークからも視線を感じて、鏡越しに目を合わせる。睨み付けているような印象を与える鋭い目。色素の薄い瞳が熱心にノエルに注がれている。その瞳に隠している身を焼くような想いに気付かない程バカではない。ニコリと笑みを返して、視線を外す。僅かにジャケットに寄っている皺を指の背で直して、ポンと後輩の肩を叩く。
「じゃあ運転よろしく、後輩くん」
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