錦織りなす明星よ

晴なつ暎ふゆ

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第一章

1.皇宮からの使者

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 空中に桃色の花弁が舞っている。
 壺庭にある満開の桜は次々と花弁を落とすのに、桃色の花びらが尽きる様子はない。

 桜の花びらが一枚、風に導かれて円窓へと入っていく。窓から入って来たその花びらが、手元に落ちたのを見て、ふっと男は息を零して星図から顔を上げた。
 青みがかった長い黒髪。その前髪を束ねて、水晶で出来た椿の髪飾りでまとめ上げ、残りは全て純白の衣に揺蕩うように後ろへ流している。肩に乗っていた一房の髪が、前に垂れたのを見て、男は指先でちょいと摘まんで後ろへと追いやった。

「気持ちの良い季節だ」

 深い青の瞳を細めて笑うその男は、国随一の星詠みである。
 名を蘭憂炎と言った。

 皇都でも名高い星を詠む腕を持っているのに、彼が幼少期から過ごしている朱龍仙山にその身を置くのは、風の良く通る静かな場所を好んでいるからである。
 いくらでも出す、と貴族に皇都に住むように進言されても、一切首を縦に振ることはない。
 穏やかで面倒見が良い性格が故に、弟子も絶えず訪れる。今代で最も実力を持ちながら、教えを乞う者には余すこと無くその技術を説く。故に、多くの星詠みを排出しているのも、朱龍仙山である。代々朱龍仙山には優秀な者が多くいるが、蘭憂炎の代は特に優秀だ、ともっぱら評判だった。

「おおおおお師匠様ぁあ!」

 春の麗らかな午後に浸っていた蘭憂炎の鼓膜に、弟子の大きな声が飛び込んできた。
 何事だ、と視線をやれば、弟子が丁度曲がり角を曲がってきた所が見えた。とんでもなく大きな声を出したらしい。ははっ、と思わず笑ってしまった。彼は少し大袈裟なきらいがある。

「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「たたたた大変なんですぅう!」

 足音荒く駆け込んで来た弟子は、拱手礼も忘れて膝に手を付いて肩で息をしている。慌ただしさに笑いながら、体ごと弟子に向き直る。

「私は逃げないのだから、ゆっくり話してみなさい」
「それがっ、あのっ、皇都の、いや皇都じゃなくて、皇宮の方が!」

 しどろもどろになりながら飛んできた、皇宮、という言葉に目を丸くする。
 蘭憂炎がこの仙山の取締役――総監になってから皇宮からの使者が来たことは一度も無い。長い歴史を持つが故に勿論例外はあるのだが『朱龍仙山は積極的には政に関わらない』というのが代々貫いてきた体制であった。
 だというのに、皇宮が一体何故。

「確かに只ごとじゃないみたいだな」

 緩んでいた口元を引き締めて、蘭憂炎は重い腰をゆっくりと持ち上げたのだった。



 弟子に案内された客間に辿り着くと、そこには光沢のある黒地に金の刺繍が施された衣を身に纏った男が座していた。恐る恐る見上げてくる弟子にそこで待つように伝えて、蘭憂炎は気を引き締めてからその敷居を跨いだ。

「お待たせして申し訳ございません」

 声を掛けると、皇宮から来たという男は静かに立ち上がって、蘭憂炎を拱手礼で迎えた。
 蘭憂炎も同様に礼を返す。

「このような辺鄙な場所にようこそおいで下さいました。私、この朱龍仙山の総監を務めております、蘭憂炎と申します」
「貴方様が。……申し遅れました、私は皇宮から参りました、名を青嵐と申します」

 神妙に頷いた青嵐と名乗った男は、随分と整った顔立ちをしていた。
 切れ長の瞳が、涼やかでありながら背筋が伸びるような緊張感をもたらしてくれる。
 彼に腰を下ろすように促して、小さな机を挟むように蘭憂炎も座す。
 既に机に乗った湯呑みからは、緩やかな湯気が立ち上っていた。
 
「して、皇宮の方が何故なにゆえこのような場所へおいでに?」
「とある御方から、書状を貴方様へと仰せつかりました故」
「……書状、ですか?」
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