泡になれない人魚姫

円寺える

文字の大きさ
上 下
22 / 43

第21話

しおりを挟む
 一華は名残惜しさを感じながら魔女の森から下山し、子どもたちから聞いた駄菓子屋に向かった。
 駄菓子屋の話を一華と子どもたちがしている最中、流星は翔真と一華の幼い頃を想像していた。一華たちと知り合ったのは高校からであるため、昔の二人を知らない。一華が翔真の手を引き、駄菓子屋へ行く。そこで翔真はたくさんの菓子を選び一華に怒られる。そんな図がすぐに浮かんだ。
 考えないようにしているが、どうしても考えてしまう。
 今は自分が一華と一緒にいるのだから、翔真のことを考えても仕方がない。
 頭の中から翔真を追い出すように、後頭部を軽く叩いた。

「この村の駄菓子って近所の駄菓子と品物一緒かな?」
「さぁ、どうだろう。この村だけで売ってるものがあるといいね」
「そうだよね。麗奈、駄菓子好きかな?」
「嫌いではないと思うよ。昔よく食べてたから」
「じゃあ麗奈にも買って帰ろう」
「…翔真には?」
「翔真にも、買って帰ろう」

 流星と一緒に会いに行く。
 ただ心配なのは、自分たちだけが楽しんだと思われないだろうかということだった。土産なんて買って、俺は足が動かないのに二人だけで楽しんで来たんだと、嫌味に受け取られないだろうか。怪我を負った翔真とまだ一言も話していないが、病室の外で話を聞く限りそんなことは思わないだろう。けれど、翔真だって人間だ。本当は嫌かもしれない。
 けれど、一応買って帰ろう。渡すか渡さないかはその時に考えよう。

 甲斐丁村へ来る前と比べ、ほんの少しずつ前向きになっていると自分で感じる。きっと流星が一緒にいてくれたからだ。
 一華を責めることなく、隣に寄り添ってくれる流星は、一華の中で麗奈と同じくらい大切な人になっていた。

「この辺なんだけどな。似た建物が多くて迷うな」

 流星はスマートフォンを片手に持ち、子どもが描いた地図と景色を見比べながら歩を進めるが、立ち並ぶ建物が似ており、どの建物なのか迷っていた。
 子どもは「なんかでかい屋根の家だから、すぐ分かるよ。お店って感じじゃなくて普通の家だから、屋根で見分けるんだよ」と言っていた。しかし、そんな建物は見当たらない。道を間違えたのか。

「どれどれ」

 一華は流星のスマートフォンを覗き込もうとするが、身長差により一華からは見えない。
 流星はきょろきょろと「でかい屋根の家」を探しているため、一華の行動は視界に入っていなかった。
 顔を忙しなく動かしている流星の邪魔をしないよう、スマートフォンを持つ片手を一華の両手が掴み、見える位置まで流星の片手を下げる。
 流星は突然下がった腕の方へ上半身もつられて傾く。

「うわっ」

 まさか流星の体が動くとは思わなかった一華は、一瞬にして近くなった流星に驚く。
 流星も一華が触れてくるとは思わなかったので、このまま腕をまわせば抱きしめることができる程の距離に慌てる。

「一華ちゃん、どうしたの」

 一瞬で縮まった距離は一瞬で元に戻った。
 心臓がばくばくと音を立て、首と耳がむずむずと熱い。悟られないよう至って普通を装って一華に問う。

「わ、私も地図が見たかったから。ごめん」
「いや、いいよ。一緒に見よう」

 もしかしたら流星は、人との距離を一定に保っていたいタイプなのかもしれない。パーソナルスペースは人それぞれだ。偏見だが、流星は潔癖のようなイメージがある。あまり距離は詰めない方がいいのではないか。一華はそう結論を出した。

 流星は必死に心音を戻すため、旅行前に予習したこの村の歴史を呪文のように心の中で唱える。
 落ち着きを取り戻した頃、一華はうろうろと行ったり来たりを繰り返し、「でかい屋根の家」を見つけようと動いていた。
 自分も一緒に動かなければと、一華の後を急ぎ足で追う。

「ねぇ、見つけたかもしれない」
「え?」
「あの屋根のことじゃない?」

 一華が指す数軒先の家を見上げると、確かに他の建物と比べて屋根は大きく見えるが、「でかい屋根の家」と言う程ではない。
 本当だ、と返すことができず流星が黙り込むと、一華はその家の前まで行き、流星を呼びつけた。

「やっぱりここだよ、扉に書いてあるもん」

 一軒家の引き戸に「だがしや」と書かれた紙が貼ってある。どうやら正解のようだが、流星は腑に落ちない。あの子どもは誇張しすぎやしないか。
 一華は戸を引き、中へと入る。
 近所にある駄菓子屋と似ており、手前には駄菓子売り場があって奥には畳の部屋が見える。
 戸が開いたことで奥から私服の女性が現れた。

「いらっしゃい。あら、観光で来られた方?」
「はい。子どもたちに教えてもらったので、来ました」
「あらあら、ゆっくりして行ってね」

 黒縁眼鏡をかけ、髪をすべて後ろで結んでいる五十代くらいの女性だった。
 女性は二人から見える位置に座り、内職なのか紙を折り始めた。

「一華ちゃん、これに入れようよ」

 流星は戸の横に積み上げられていたプラスチックの小さな籠を持ち、怪獣の形をしたグミを一つ入れた。

「でかい流星が小さい籠を持ってるの、なんか笑える」
「僕子どもだからわかんない」
「あはは」

 童心に返り、一華も小さな籠を持って流星の後に続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

聖女は妹ではありません。本物の聖女は、私の方です

光子
恋愛
私の双子の妹の《エミル》は、聖女として産まれた。 特別な力を持ち、心優しく、いつも愛を囁く妹は、何の力も持たない、出来損ないの双子の姉である私にも優しかった。 「《ユウナ》お姉様、大好きです。ずっと、仲良しの姉妹でいましょうね」 傍から見れば、エミルは姉想いの可愛い妹で、『あんな素敵な妹がいて良かったわね』なんて、皆から声を掛けられた。 でも違う、私と同じ顔をした双子の妹は、私を好きと言いながら、執着に近い感情を向けて、私を独り占めしようと、全てを私に似せ、奪い、閉じ込めた。 冷たく突き放せば、妹はシクシクと泣き、聖女である妹を溺愛する両親、婚約者、町の人達に、酷い姉だと責められる。 私は妹が大嫌いだった。 でも、それでも家族だから、たった一人の、双子の片割れだからと、ずっと我慢してきた。 「ユウナお姉様、私、ユウナお姉様の婚約者を好きになってしまいました。《ルキ》様は、私の想いに応えて、ユウナお姉様よりも私を好きだと言ってくれました。だから、ユウナお姉様の婚約者を、私に下さいね。ユウナお姉様、大好きです」  ――――ずっと我慢してたけど、もう限界。 好きって言えば何でも許される免罪符じゃないのよ? 今まで家族だからって、双子の片割れだからって我慢してたけど、もう無理。 丁度良いことに、両親から家を出て行けと追い出されたので、このまま家を出ることにします。 さようなら、もう二度と貴女達を家族だなんて思わない。 泣いて助けを求めて来ても、絶対に助けてあげない。 本物の聖女は私の方なのに、馬鹿な人達。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

子爵令嬢マーゴットは学園で無双する〜喋るミノカサゴ、最強商人の男爵令嬢キャスリーヌ、時々神様とお兄様も一緒

かざみはら まなか
ファンタジー
相棒の喋るミノカサゴ。 友人兼側近の男爵令嬢キャスリーヌと、国を出て、魔法立国と評判のニンデリー王立学園へ入学した12歳の子爵令嬢マーゴットが主人公。 国を出る前に、学園への案内を申し出てきた学校のOBに利用されそうになり、OBの妹の伯爵令嬢を味方に引き入れ、OBを撃退。 ニンデリー王国に着いてみると、寮の部屋を横取りされていた。 初登校日。 学生寮の問題で揉めたために平民クラスになったら、先生がトラブル解決を押し付けようとしてくる。 入学前に聞いた学校の評判と違いすぎるのは、なぜ? マーゴットは、キャスリーヌと共に、勃発するトラブル、策略に毅然と立ち向かう。 ニンデリー王立学園の評判が実際と違うのは、ニンデリー王国に何か原因がある? 剣と魔法と呪術があり、神も霊も、ミノカサゴも含めて人外は豊富。 ジュゴンが、学園で先生をしていたりする。 マーゴットは、コーハ王国のガラン子爵家当主の末っ子長女。上に4人の兄がいる。 学園でのマーゴットは、特注品の鞄にミノカサゴを入れて持ち歩いている。 最初、喋るミノカサゴの出番は少ない。 ※ニンデリー王立学園は、学生1人1人が好きな科目を選択して受講し、各自の専門を深めたり、研究に邁進する授業スタイル。 ※転生者は、同級生を含めて複数いる。 ※主人公マーゴットは、最強。 ※主人公マーゴットと幼馴染みのキャスリーヌは、学園で恋愛をしない。 ※学校の中でも外でも活躍。

【完結】今更告白されても困ります!

夜船 紡
恋愛
少女は生まれてまもなく王子の婚約者として選ばれた。 いつかはこの国の王妃として生きるはずだった。 しかし、王子はとある伯爵令嬢に一目惚れ。 婚約を白紙に戻したいと申し出る。 少女は「わかりました」と受け入れた。 しかし、家に帰ると父は激怒して彼女を殺してしまったのだ。 そんな中で彼女は願う。 ーーもし、生まれ変われるのならば、柵のない平民に生まれたい。もし叶うのならば、今度は自由に・・・ その願いは聞き届けられ、少女は平民の娘ジェンヌとなった。 しかし、貴族に生まれ変わった王子に見つかり求愛される。 「君を失って、ようやく自分の本当の気持ちがわかった。それで、追いかけてきたんだ」

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

処理中です...