泡になれない人魚姫

円寺える

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第6話

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 仮病含め四日が経過すると、登校するよう祖母に促された。
 いっそのこと治らなければよかったと思いながら、祖母に追い出されるようにして家を出た。
 いつも一緒に登校していた翔真はいない。
 二人で歩いた道を今日は一人で歩いた。

 教室に入ると皆いつも通りで、静まり返っていなかった。葬式の雰囲気だったらどうしようと考えていたが、杞憂だった。
 翔真が怪我をしたことを、皆知らないのだろうか。

 コートを畳んでロッカーに入れ、机に鞄を置き俯いたまま席についた。
 前には麗奈と流星が着席しており、一華を凝視していた。
 気まずい沈黙が三人の間に流れていると、他クラスの女子が麗奈を呼んだ。
 一華をちらちらと見ながら呼ばれた方へと足を動かし、教室から出て行った。

 二人になると流星は口を開いた。

「今日、翔真のお見舞いに行く?」

 きっと流星は翔真の状態を知っているのだろう。
 何も知らない一華は、どうすべきか悩んでいた。
 一華の心情が分からないでもない流星は少し悩み、なるべく責めていないような言葉遣いを選ぶ。

「昨日の夜には目が覚めたみたいだよ。今日は麗奈が見舞いに行く気満々だったから、一華ちゃんさえ良ければ一緒にどうかな。難しかったら、また今度行こう」

 落ち着いた声で優しい言葉をかけてくれる流星に、涙が出そうだった。
 翔真の目が覚めたと聞いて、漸く張りつめていた緊張が緩んだ。

「麗奈はホームルームが終わってすぐに行きたいみたい。一華ちゃんが今日行けるなら、俺と二人でゆっくり行こうか」

 何も聞いてこない流星は、翔真と違った優しさがあった。
 その優しさに甘えるように一華は小さく頷いた。
 一華の頭が動いたのを確認し、麗奈にメールをする。
 聞きたいことは色々あったが、二人の命があって何よりだ。それが流星と麗奈が抱いた感想だった。

 朝のホームルームが始まるニ分前に麗奈は席に戻った。
 頭を垂れて小さくなっている一華が目に入ると、胸が痛かったが、かける言葉はなく迷った末に教壇に立った担任の方を向いた。
 流星はきっと、上手に声をかけたのだろう。自分は何を言えばいいのか、言葉を考えたが正解が見当たらず、もどかしかった。

 夕方のホームルームが終わるまで、二人は一華と話すことができなかった。


 放課後になると麗奈は走って教室を出て行った。
 クラスメイトをかき分けて一人駆ける麗奈の後ろ姿は、一華に寂しさを与えた。

 翔真に会いに駆ける麗奈と、翔真に会いたくない自分は対照的だった。
 翔真の事故に自分が無関係ならば、麗奈のように一目散に病院へ駆けて行くだろう。

「一華ちゃん、準備できた?」

 鞄を用意し、下校する準備ができている流星は、鞄を机に乗せている一華に声をかけた。
 見舞いに行く準備はできているが、心の準備はまだできていなかった。
 まだ行きたくない。そんなことは言えないので、黙り込む。
 そんな一華を察し、席を立とうとしない流星。

 このままずっと迷惑をかけるわけにもいかず、きりきりと痛む胃と心に鞭を打って立ち上がった。
 鞄を持ち準備ができていることをアピールすると、流星も席を立ち、無言のまま学校から立ち去った。

 朝のホームルームにて、話の流れで担任が翔真の入院について話していた。
 入院していることだけ触れていたので、どんな状態なのかは分からない。
 酷い怪我ではないといいが、流星と麗奈は何も言わなかった。
 「翔真の怪我大したことなかったよ」や「ちょっと骨折しただけだったよ」とは言われなかった。一華を安心させる言葉を言えないということは、つまり、状態は良くないということだ。

 朝からずっと俯いたままでいる一華の背中を軽く叩き、流星は口を開いたが、「大丈夫だよ」とは簡単に言えなかった。

「大町病院に入院してるから、あそこのバス停からバスに乗って行こう」

 遠くに見えるバス停を指すが、大町病院と聞いて一華は喉を鳴らした。
 この辺りで一番大きなその病院は救急外来があり、夜間でも患者を受け入れている。重症を負った患者が搬送される先は、大体が大町病院だった。
 そんな病院に入院していて、一華を安心させる一言が言えない。見舞いに行った際、どんな悪い結果を聞かされるのだろう。
 負の方へと考え始めると、隣で流星が何かを言っても一華には聞こえていなかった。
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