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第23話
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「それで、この女は誰なの」
震える声を隠そうとすると変な抑揚をしてしまう。
琴音は、自分が何故震えているのか分からなかった。
怒りか、悲しみか。はたまた両方か。
「...職場の」
「職場?」
口の中が渇き、上手く言葉が舌に乗らない。
智之は浅く深呼吸する。
「職場の子だよ」
「名前は?」
「…美沙」
「苗字も言いなさいよ。この期に及んで庇ってんの!?」
震えていたかと思いきや大声で怒鳴る。
琴音が大声を出そうが通常の声量で話そうが、智之にとって大差なかった。
声量を意識する程の余裕がない。
「五色美沙」
「同じ部署なの?」
「受付だよ」
受付の美沙という名の女。
琴音は覚えがあった。
智之のパパ活を知った時、携帯の中身をチェックした。連絡先に登録されてある女を片っ端からどういう関係か説明させた際に、あった名前。
確かメールをやりとりした履歴はなかったはずだ。
消していたのか。妻に知られないように、メールの履歴を消していたのだ。
なんていやらしい。
カッと頭に血が上る。
「この裏切り者!あんたね、私が今までどれだけ苦労してきたと思ってんの!?子育てに協力しないあんたを誰が支えてきたと思ってんの!?家のことは私に押し付けて自分はパパ活と浮気三昧?冗談じゃないわ!」
少し大声で怒鳴っただけで息切れがする。
はぁはぁ、と肩を大きく上下させて呼吸し、今までの苦労を踏みにじる智之の行為を責め立てる。
智之は未だ俯いたまま。
「どうして…」
智之が呟いた。
どうして。
どうして浮気がバレたのか。
そう言いたいのだと察し、琴音は鼻で笑った。
「浮気の確証はなかったけど、何かを隠していたのは前から気づいていたわ。この間、あんたが寝ている間にGPSアプリを携帯に入れて、どこにいるのかリアルタイムで把握してたの」
「GPS…」
「友人の息子に頼んで、ミラクルランドで尾行してもらったのよ。この写真も友人の息子が撮ったもの」
GPS。尾行。
まるで探偵だな、と冷え切った頭でどうでもいいことを思う。
「どうせこんなことだろうと思ったわ」
床に座り込んだままの智之を見下ろし、その顔を蹴飛ばしたくなる。
浮気の確証はなかった。けれど、浮気をしているだろうなという予感はしていた。
きっかけは些細なことだった。
仕事帰りの智之が玄関の扉を開けて、ただいまと言った。普段はリビングまで届かないその小さな声が、何故かその日に限って琴音は聞き取れた。そしてリビングに入ってもう一度、ただいまと言った。今までは玄関で呟く一度のみだったのに。
たったそれだけ。
それだけで、浮気でもしているのかと直感した。
女の勘だ。
何かおかしい、何か妙だ。そう思い始めると、次々に妙だと感じることが増えた。
ぶつぶつと文句を言わなくなった。僅かな反抗もしなくなった。リビングにいる時間が増えた。迅に構う時間が増えた。
思い過ごしかもしれない。しかし、目についてしまう。
変だ、妙だ。何が、と言われると分からない。変なのだ、妙なのだ。
その違和感がずっと琴音の中にあった。拭いきれない、目を逸らせない。
探偵を雇おうかと考えたが、世間体があるのでやめた。
友人に話すのも憚られた。旦那が浮気をしているかもしれない、と相談なんてできない。
そんな時間をずっと過ごした。
そしてパパ活が発覚した。
違和感はこれだったのか、と初めは思ったが違う。これじゃない。
パパ活は最近始めたもののようだが、琴音が抱えていた違和感はもっと前からだ。
一人ではもう抱えきれない。
限界に達し、実家の近所に住む友人に恥を忍んで相談した。
「そんなに心配なら探偵でも雇えば?」
「探偵は嫌よ。そんなこと人に知られたくないし」
「だったら、うちの息子とかどう?」
「息子?」
「今、大学四年生なんだけど就活は終わったし、卒論は順調みたいだし、暇そうなのよね。尾行くらいならやってくれると思うけど」
「い、いいのかしら」
「いいのいいの。どうせ暇なんだから。探偵に頼れないなら、身内に頼んだりできればいいけど…」
「み、身内は無理ね」
「弟さんはやってくれないの?」
「無理無理。そういうことは絶対にしないの」
「ふうん。なら、うちの息子を使うしかないわよ」
「そ、そうね。なんだか申し訳ないわ」
「こういうのは俊敏な若者の方が向いてると思うわ。うちの息子、陸上部だったから撒かれる心配はないわよ」
そう提案されて、探偵よりはマシだと思いお願いした。
さすがに無償で頼むのは図々しいので、依頼料として一万円を渡した。
GPSを見ると智之は隣県に入ったようだったので、急いで友人の息子に後を追うよう頼んだ。交通費と一万円の出費は痛かった。
翌日、ミラクルランドへ行っていることが分かり、夕方になる前には数枚の写真が送られてきた。智之と美沙が仲良くデートをしている写真だ。
裏切られた、と思ったがそれよりも先に、友人の息子に知られてしまったショックの方が大きかった。
言いふらさないよう、口止め料の一万円を追加した。
情けなかった。パパ活の際にあれだけ言ったのに、懲りずに浮気をしている。写真を見ると若い女だ。自分より若い女とお揃いでキャラクターの帽子を被り、年甲斐もなく浮ついている夫。
怒りが込み上げたが、それ以上に情けなかった。
こんな姿を友人の息子が写真に収め、友人と一緒に眺めている自分も情けなかった。恥ずかしかった。
旦那の浮気は決定的ね。やっぱり浮気相手は若い女なのね。琴音、負けちゃダメよ。慰謝料たっぷり貰わないと。
そんな友人の言葉が痛く突き刺さった。
震える声を隠そうとすると変な抑揚をしてしまう。
琴音は、自分が何故震えているのか分からなかった。
怒りか、悲しみか。はたまた両方か。
「...職場の」
「職場?」
口の中が渇き、上手く言葉が舌に乗らない。
智之は浅く深呼吸する。
「職場の子だよ」
「名前は?」
「…美沙」
「苗字も言いなさいよ。この期に及んで庇ってんの!?」
震えていたかと思いきや大声で怒鳴る。
琴音が大声を出そうが通常の声量で話そうが、智之にとって大差なかった。
声量を意識する程の余裕がない。
「五色美沙」
「同じ部署なの?」
「受付だよ」
受付の美沙という名の女。
琴音は覚えがあった。
智之のパパ活を知った時、携帯の中身をチェックした。連絡先に登録されてある女を片っ端からどういう関係か説明させた際に、あった名前。
確かメールをやりとりした履歴はなかったはずだ。
消していたのか。妻に知られないように、メールの履歴を消していたのだ。
なんていやらしい。
カッと頭に血が上る。
「この裏切り者!あんたね、私が今までどれだけ苦労してきたと思ってんの!?子育てに協力しないあんたを誰が支えてきたと思ってんの!?家のことは私に押し付けて自分はパパ活と浮気三昧?冗談じゃないわ!」
少し大声で怒鳴っただけで息切れがする。
はぁはぁ、と肩を大きく上下させて呼吸し、今までの苦労を踏みにじる智之の行為を責め立てる。
智之は未だ俯いたまま。
「どうして…」
智之が呟いた。
どうして。
どうして浮気がバレたのか。
そう言いたいのだと察し、琴音は鼻で笑った。
「浮気の確証はなかったけど、何かを隠していたのは前から気づいていたわ。この間、あんたが寝ている間にGPSアプリを携帯に入れて、どこにいるのかリアルタイムで把握してたの」
「GPS…」
「友人の息子に頼んで、ミラクルランドで尾行してもらったのよ。この写真も友人の息子が撮ったもの」
GPS。尾行。
まるで探偵だな、と冷え切った頭でどうでもいいことを思う。
「どうせこんなことだろうと思ったわ」
床に座り込んだままの智之を見下ろし、その顔を蹴飛ばしたくなる。
浮気の確証はなかった。けれど、浮気をしているだろうなという予感はしていた。
きっかけは些細なことだった。
仕事帰りの智之が玄関の扉を開けて、ただいまと言った。普段はリビングまで届かないその小さな声が、何故かその日に限って琴音は聞き取れた。そしてリビングに入ってもう一度、ただいまと言った。今までは玄関で呟く一度のみだったのに。
たったそれだけ。
それだけで、浮気でもしているのかと直感した。
女の勘だ。
何かおかしい、何か妙だ。そう思い始めると、次々に妙だと感じることが増えた。
ぶつぶつと文句を言わなくなった。僅かな反抗もしなくなった。リビングにいる時間が増えた。迅に構う時間が増えた。
思い過ごしかもしれない。しかし、目についてしまう。
変だ、妙だ。何が、と言われると分からない。変なのだ、妙なのだ。
その違和感がずっと琴音の中にあった。拭いきれない、目を逸らせない。
探偵を雇おうかと考えたが、世間体があるのでやめた。
友人に話すのも憚られた。旦那が浮気をしているかもしれない、と相談なんてできない。
そんな時間をずっと過ごした。
そしてパパ活が発覚した。
違和感はこれだったのか、と初めは思ったが違う。これじゃない。
パパ活は最近始めたもののようだが、琴音が抱えていた違和感はもっと前からだ。
一人ではもう抱えきれない。
限界に達し、実家の近所に住む友人に恥を忍んで相談した。
「そんなに心配なら探偵でも雇えば?」
「探偵は嫌よ。そんなこと人に知られたくないし」
「だったら、うちの息子とかどう?」
「息子?」
「今、大学四年生なんだけど就活は終わったし、卒論は順調みたいだし、暇そうなのよね。尾行くらいならやってくれると思うけど」
「い、いいのかしら」
「いいのいいの。どうせ暇なんだから。探偵に頼れないなら、身内に頼んだりできればいいけど…」
「み、身内は無理ね」
「弟さんはやってくれないの?」
「無理無理。そういうことは絶対にしないの」
「ふうん。なら、うちの息子を使うしかないわよ」
「そ、そうね。なんだか申し訳ないわ」
「こういうのは俊敏な若者の方が向いてると思うわ。うちの息子、陸上部だったから撒かれる心配はないわよ」
そう提案されて、探偵よりはマシだと思いお願いした。
さすがに無償で頼むのは図々しいので、依頼料として一万円を渡した。
GPSを見ると智之は隣県に入ったようだったので、急いで友人の息子に後を追うよう頼んだ。交通費と一万円の出費は痛かった。
翌日、ミラクルランドへ行っていることが分かり、夕方になる前には数枚の写真が送られてきた。智之と美沙が仲良くデートをしている写真だ。
裏切られた、と思ったがそれよりも先に、友人の息子に知られてしまったショックの方が大きかった。
言いふらさないよう、口止め料の一万円を追加した。
情けなかった。パパ活の際にあれだけ言ったのに、懲りずに浮気をしている。写真を見ると若い女だ。自分より若い女とお揃いでキャラクターの帽子を被り、年甲斐もなく浮ついている夫。
怒りが込み上げたが、それ以上に情けなかった。
こんな姿を友人の息子が写真に収め、友人と一緒に眺めている自分も情けなかった。恥ずかしかった。
旦那の浮気は決定的ね。やっぱり浮気相手は若い女なのね。琴音、負けちゃダメよ。慰謝料たっぷり貰わないと。
そんな友人の言葉が痛く突き刺さった。
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