愛の交差

円寺える

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第7話

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 仕事が一段落終わった智之は休憩するため自動販売機で缶コーヒーを買うと、よく話す他部署の男と遭遇した。彼の手にも同じ缶コーヒーが握られている。仕事が落ち着いてきたというので、二人で立ち話をする流れになった。
 仕事で関わる男であるがプライベートの話もするような仲である。去年三人目の子どもが産まれたらしく、幸せな家庭を築いている。
 そんな男に、二人目の時のことをさりげなく聞いてみた。

「一人目を出産してから二年が経っていたので、そろそろかなっていう話をしましたけど。経済的にそこまで厳しいわけでもないし、成り行きですかね」
「成り行きか」
「二人目欲しいんですか?」
「いや、妻とは同い年なんだが身体が心配で俺はそこまで欲しいとは思っていないんだ。君の奥さんは何歳で最後に出産したんだ?」
「僕の妻は年下なので、三十一歳で三人目を出産しましたよ」
「三十一か。若いな。妻は三十五歳なんだが、やはり難しいかな」
「三十五歳か。僕の妻の四つ上ですね。うーん、確かに心配になりますね」
「そうなんだよ。芸能人は四十歳で出産することもあるだろうが、妻は一般人だからな」
「芸能人の財力には敵いませんからね。彼女たちは良い病院で良い環境を用意できそうですし」
「俺にはそんな環境を用意できない。まだ命を宿していない子どもよりも、妻が大切なんだ。どう言えば角が立たないと思う?」
「難しいですね。奥さんが子どもを欲しがっているなら、余計に難しいです」

 そうだよな、と肩を落とす。
 二人目は阻止したいが、それを上手く伝えられる自信がない。どう言っても逆鱗に触れるだろう。

「もしかして、レスですか?」
「な、なんでだ?」
「話が少し変わりますけど」

 急な質問に戸惑い、肯定も否定もできなかった。
 内緒ですよ、と前置きした後で秘密を喋るように声を潜めるので耳を寄せる。

「総務課の柳さん、奥さんとレスが原因で離婚したらしいんですよ」
「本当か?」
「はい。奥さんは子どもが欲しかったらしいんですけど、柳さんが拒んでいたみたいです。子どもが欲しくないというよりは、子づくりをしたくなかったみたいで」
「なるほど、レスがずっと続いていたのか」
「子どもが欲しい奥さんからしてみれば、レスは改善したいじゃないですか。それでも柳さんは頑なに拒否したみたいで、離婚に至ったらしいです」

 気持ちは分からなくもなかった。レスを改善しようにもその気がないのだから、どうしようもできない。
 自分もいつかそれが原因で離婚になるのでは、という不安を飲み込んだ。

「僕のところはもう三人も生まれたので、これ以上は欲しいと思いませんけど、授かりものなんで、できたらできたで嬉しいですよ」

 缶コーヒーを味わいながら幸せそうに笑う。
 子どもが三人もいる生活なんて耐えられない。美沙と会う暇がないじゃないか。

「うちは去年初めて女の子が生まれたんですけど、やっぱり女の子は可愛いですよ。いつか彼氏や結婚相手を紹介されるのかと思うと、複雑です」
「気が早いな」
「女の子が生まれたら分かりますよ。そうそう、今はパパ活っていうのが流行っているらしいじゃないですか。そういうのも気になり始めたんですよ。やっぱり女の子には危険がたくさんありますからね」
「パパ活?」
「あれ、知りませんか?」
「なんとなく聞いたことがある。お金を払って若い子とデートするんだろう?」
「そうです。でも、キャバクラや風俗と違って、パパ活をする子たちは店に所属していない子たちもいるみたいで、危ないですよねー」
「へえ、そりゃ危ないな」
「なんと僕の知り合いもやっているんですよ、パパ活」

 パパ活について詳しくは知らない。ニュースで少し耳にした程度だ。実際にしている人は身近にいないので、その発言に驚きを隠せない。

「そいつは既婚者なんですがね、妻に女の魅力を感じないからって自分の娘と同じくらい若い子とのパパ活ですよ。信じられないですよね」
「どんな神経してるんだ、そいつ」
「キャバクラよりも安いし、若いし、最高って言ってました」
「それは浮気じゃないのか?」

 自分で浮気と言っておいて、どきりとする。
 自分のことを棚に上げて他人の浮気を咎めることはできない。

「本人は浮気ではないって言い張っていますけどね。対価としてお金を払っているし、娘みたいなものらしいです」
「娘とデートするか?」
「奥さんからしてみれば浮気ですよ。娘からすれば気持ち悪い父親ですし」

 娘からしてみれば気持ち悪い。
 じゃあ、息子からして若い女と浮気をしている自分も気持ち悪いのだろうか。
 一瞬、迅の顔が頭を過る。
 いやいや、別に、迅と同い年の子と浮気しているわけではない。琴音よりも少し若い女だ。気持ち悪いと罵られる程ではない。

「じゃあ、僕そろそろ戻りますね」
「おう。引き留めて悪いな」
「いえ、また話しましょう」

 爽やかに去っていく後ろ姿を見て、幸せな家庭を持つ奴は悩みがなさそうでいいなと思った。
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