悪役令嬢を演じるのは難しい

よしゆき

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 それから、トゥーリはできるだけレヴィを避けるようになった。
 レヴィとラウラをくっつけるには、当て馬であるトゥーリが積極的に関わらなくてはならない。しかし現状は捨て台詞のようにラウラに嫌味を言うことしかできない。レヴィの見ている前でラウラに嫌な事を言って、すぐに走り去るのだ。
 こんなんでいいのだろうか。これでちゃんと悪役令嬢の役目を果たせているのだろうか。トゥーリは物凄く不安だった。
 そんな日々を過ごしていたある日、レヴィに捕まってしまった。

「お前、俺のこと避けてるだろ」

 人のいない校舎の隅で、壁際に追い詰められたトゥーリは懸命に動揺を押し隠す。

「はああ? そそそんなわけないでしょう? 言っておくけれど、あなたのことなど眼中にないのよ。気にも留めていない存在を避けるだなんて、なぜ私がそんな真似をしなくてはならないのかしら」
「避けてるだろ。前は俺にも散々嫌味言ってきたくせに、今は何も言わないで逃げていくじゃねーか」
「にっ、逃げてなどないわよ……っ」
「だったら、ちゃんと俺の顔を見ろ」

 レヴィが壁に両手をつき、身を寄せてくる。
 彼の腕に囲われるような形になり、二人の距離がぐっと縮まった。

「ひぃぃあああああ!? ななななになになに大声出すわよ!!」
「もう出してんだろ」

 壁とレヴィに挟まれ、トゥーリはパニック寸前だ。
 ヒロインしか体験できないはずの距離感に、心臓はばっくんばっくん脈打ち顔からは湯気が噴き出す。
 断罪される前にときめきで心臓が止まってしまうのではないかと思った。

「やめやめやめやめやめなさい、ははは離れて!! わわ、私にこんなことして許されると思っているの!?」

 威勢よく大声を張り上げながらも、トゥーリは思い切り顔を背けたままだ。こんな至近距離でレヴィを見たら心臓が止まってしまうかもしれない。

「こっち見ろよ、トゥーリ」
「っ、っ、っ……!!」

 レヴィの低い声が、囁くように名前を呼ぶ。
 それはズルい。
 大好きな人にそんなこと言われたら、ときめかずにはいられないではないか。
 だいしゅきレヴィもう好きにしてえぇぇ!! と叫んで抱きつきたくなるが、それを必死に堪える。

「だだっ、だからっ、馴れ馴れしく名前を呼ぶなと言っているでしょう!?」
「呼ばれたかったんだろ、俺に、名前」
「はっ、はあ!? ななななななななななにをふざけたことを!! そんなこと! 断じて! あるわけないでしょう!?」
「トゥーリ」
「んひゃぁああああ!!」

 耳元に唇を寄せられ、低く掠れた声に名前を呼ばれトゥーリは絶叫する。

「名前呼んだくらいで動揺し過ぎだろ。そんなに嬉しいのか?」
「ちっ、ちっ、ちっ、ちちち違うわよ!! 私は怒り狂っているのよ!!」
「トゥーリ」
「きゃひぃいいいいい!!」

 動揺してはいけないとわかってはいても、大好きな人に耳元で名前を呼ばれたら飛び上がらんばかりに歓喜してしまう。レヴィの声が無駄にセクシーなのもよくない。

「ももももうやめやめやめ……っ」
「耳まで赤くして、目ぇ潤ませて、ぶるぶる震えて、怒り狂ってるって?」
「そそそそうそうそうよ!! 怒りのあまりこんなことになっているのよ!! ここここここここれ以上私を怒らせる前にとっとと離れなさい!!」
「嫌だ」
「なななななななななななななんですって!?」

 きっぱり拒否され、トゥーリは思わずレヴィの方へと顔を向けてしまう。
 するともう少しで触れ合いそうなほど近くに彼の顔があった。
 熱の籠った彼の双眸が、まっすぐにトゥーリを見つめている。

「お前のその可愛い顔、もっと見たいから」
「ひんぎゃああああああああ!!」

 トゥーリの悲鳴が廊下中に響き渡る。

「おい、なんかさっきからすごい声が聞こえてこないか?」
「ああ。向こうから聞こえてきたな」

 遠くから足音と共に声が聞こえてくる。
 レヴィがそちらを振り返ったその隙に、トゥーリは目にもとまらぬ速さで逃げ出した。

「あっ、逃げるな、トゥーリ……っ」

 レヴィの呼び止める声を無視し、トゥーリは廊下を全力疾走する。
 廊下を駆け抜けながらも、トゥーリの心の内は荒れ狂っていた。
 可愛いって!! レヴィが可愛いって言った!! 何あれ何あれ何あれ!! 何のご褒美!? ストレスから来る幻聴!? 幻聴でもいい、脳内で永遠リピートし続ける!! ていうかもうこの世に思い残すことなんてない!! 神様私をこの世界に転生させてくれてありがとうございます!! 生きてて良かった!! 産まれてきて良かった!! 悪役令嬢サイコー!!
 ひゃっほー!! と心の中ではしゃぎまくっていたトゥーリは前からやってきたエドヴァルドに気づかずぶつかりそうになってしまう。

「ひゃっ、す、すみません、エドヴァルド殿下……っ」
「いや……こちらこそすまなかったね。大丈夫かい?」
「はい。申し訳ありません、エドヴァルド殿下」
「……トゥーリ嬢、顔がとても赤くなっているけれど」
「ひぇっ!?」

 顔を覗き込まれ、トゥーリは慌てて頬を両手で押さえる。

「……もしかして、何かあったのかな?」
「いっ、いいいいえええ! な、何もありません! 何も! 決して!」
「…………」

 キラキラ輝く王子様フェイスにじっと見つめられ、トゥーリはどぎまぎしながら言い訳をする。

「あああの、きっと、走ったせいです! 走ったから、顔が赤くなってしまったんです!」
「なぜ走っていたの? そんなに急いで一体どうしたんだい?」
「そそそれはその、あれです! お花を摘みに行きたくて!」
「…………」
「それでは私は失礼します!」

 まるで尋問を受けているような気分になり、トゥーリは慌ててエドヴァルドからも逃げ出した。
 何故だか逃げてばかりだ。




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