悪役令嬢を演じるのは難しい

よしゆき

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 今日もまた、ラウラを見かけてはさりげなさを装って近づき、自分から近づいたくせにさも相手の方から目の前に現れたかのように振る舞う。

「よくも何度も私の前に姿を見せられるわね。恥ずかしくないのかしら」

 不愉快そうに眉を顰め、わざとらしく溜め息を吐いた。相手を傷つけるような言動は、何度しても慣れないし慣れたくもない。
 立場的に貴族であるトゥーリに言い返すことのできないラウラは泣きそうな顔で耐えている。

「そんな顔を見せて、そうやってエドヴァルド殿下の同情を引いているのね。平民のくせに馴れ馴れしく殿下に近づいて、本当に目障りな人。自分が殿下の隣に立つに相応しいとでも思っているのかしら。自分の立場を弁えず、図々しいったらないわね」

 完全に自分の事を棚に上げたふてぶてしい発言に、内心身悶える。厚かましいのはトゥーリの方だ。エドヴァルド殿下と何の関係もないトゥーリにラウラを責める権利などないというのに。
 心の内でのたうち回りながら、厚顔無恥な高慢な令嬢を演じる。

「そ、そんな、私は、そんなこと……。エドヴァルド殿下とは、魔法について色々とお話をさせて頂いているだけで……」
「それが図々しいと言っているのよ! エドヴァルド殿下に近づくことすら烏滸がましいというのに、あなたにはそれがわからないの!?」

 チラリと視線を走らせ、階段の下にレヴィが現れたのを確認する。そのタイミングに合わせ、トゥーリはラウラを突き飛ばした。
 こういう嫌がらせは本当にひやひやして心臓に悪い。窓から鉢植えを落としたり。一歩間違えれば命を奪いかねないのだ。キリキリと胃を痛めながら、慎重に遂行する。
 トゥーリに押されバランスを崩したラウラは階段の上から落ち、そして偶然のように上手く階下にいたレヴィに受け止められた。
 深く胸を撫で下ろしつつ、それを表情には出さずトゥーリは階上から二人を見下ろす。

「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ。怪我はないかしら?」

 手が滑るって何だ、とトゥーリは自分で言っていて思った。

「ひ、ひどい、です……。今、わざと……」

 ラウラは肩を震わせ涙ぐむ。
 嘲笑を浮かべ、トゥーリはゆっくりと階段を下りた。

「わざと? 私を疑っているの? 私は手が滑ったと言っているのに、わざと突き飛ばしたとでも? あなたの方が酷いじゃない。私は謝っているのに、疑うだなんて」
「そ、そんな……」
「これだから卑しい平民は嫌なのよ。貴族を目の敵にして、被害者ぶって。そうして私を悪者にして、回りから同情を引いて楽しいのかしら」
「違っ……私、そんなつもりじゃ……」
「ああ、嫌だわ。これ以上関わったら、またどんな言いがかりをつけられるかわかったものじゃないわね」

 言いがかりをつけているのはトゥーリの方だというのに、理不尽にラウラを責め立てその場を立ち去ろうとする。
 ラウラとレヴィの前を通り過ぎようとした時、手首を掴まれた。
 ビックリして足を止め、振り返るとこちらをじっと見つめるレヴィと目が合った。
 かなり近い距離で彼と見つめ合う形になり、トゥーリの心臓がドッと跳ねる。
 しかも手首を掴んでいるのはレヴィだ。レヴィに触られているのだ。
 認識した途端、心臓が信じられない速さでドコドコと早鐘を打つ。

「んなっぁ、にを……っ!?」

 驚きと感動に声が裏返った。
 こんなに近くで見つめられたら、胸がきゅんきゅんしてしまう。
 ときめきに身悶えそうになるのを耐え、トゥーリはレヴィを睨めつける。

「き、気安く触らないでちょうだい!」

 懸命に声を上げるが、上擦り震えてしまっている。
 これでは動揺しているのが丸わかりだ。
 まるで心を覗き込むかのように瞳を見つめられ、顔が熱くなる。絶対に赤くなってしまっている。
 大丈夫だ。これは怒りで赤くなっていると思わせればいいのだ。

「いいい、いい加減、放しなさい!! あな、あなたみたいな平民が、わわわわわ私に触れることが許されるとでも思っているの!?」

 どうにか大声を上げて虚勢を張る。
 ラウラは傍らでハラハラと成り行きを見守っていた。
 レヴィは無表情で、何を考えているのかわからない。
 彼からトゥーリに何か行動を起こす事などなかったはずなのに。さりげなくラウラを助けつつ、トゥーリが何を言おうと平然と聞き流しクールな態度を崩さない。それがレヴィだ。
 全く相手にされず、そんなレヴィが悪役令嬢のトゥーリはとにかく気にくわないのだ。
 さておき、トゥーリの事など眼中にないはずのレヴィが、どうして自らトゥーリに関わってきたのか理由がわからない。ゲームでも、こんな展開はなかったはずなのだが。
 しかし心の内で狼狽えまくっているトゥーリに冷静に考える余裕などない。

「ははっ、はっ、放しなさいと言っているでしょう!? あなたのような平民に触られるなんて不愉快だわ……!!」

 そんな言葉を吐き捨てながら、心の中ではレヴィのかっこ良さにメロメロだ。このまま見つめられたらときめきで心臓が爆発してしまうのではないかと思うほどきゅんきゅんしていた。
 らめぇえお願いもう許してこれ以上見つめられたら私おかしくなっちゃうからぁぁ!! と口には出さずに叫ぶ。
 しかしレヴィは手を放すどころか、もう片方の手まで伸ばしてきた。

「んひぃい!?」

 するりと頬を撫でられ、すっとんきょうな声が漏れた。

「んにゃっ、にゃっ、にゃにをををを……!?」
「トゥーリ」
「んぁぎゃっ……!?」

 じっと目を見つめながら名前を呼ばれ、トゥーリは顔から火を噴いた。
 ときめきで死にそうになりながら、それでも必死に悪役令嬢を演じ続ける。

「ああああ、なななななにをを、な、な、馴れ馴れしく名前を呼ばないでちょうだいい!! ああああなたにそんなよよよ呼び方を許した覚えはなくってよ!!」

 無表情にこちらを見るレヴィの感情はわからない。何の意図があるのかも。
 だが、とにかく今は一刻も早く逃げなくてはボロが出てしまう。

「ははは放せと言っているでしょう!!」

 渾身の力を振り絞り、レヴィの手を払った。

「ももももももう二度と私に近づかないでちょうだい!! わかったわね!?」

 トゥーリは逃げるようにその場から走り去った。
 心臓が破裂しそうなほど高鳴り、顔だけでなく耳まで真っ赤になっている。
 かなり挙動不審だったが、変に思われなかっただろうか。怒りのあまり動転していたと解釈してもらえているといいのだが。レヴィが好きだなんて事はバレていないと思うけれど。
 トゥーリは誰もいない校舎の片隅で心頭滅却し、どうにか心を落ち着けた。
 そして放課後になると白猫を連れ、防音室へと駆け込んだ。
 準備を整え、思い切り叫ぶ。

「んあああああああしゅきいいいいい!!」

 ごろんごろんと床の上を転げ回る。

「カッコいいカッコいいカッコいいカッコいい!! もうたまらんでしょ何あのカッコよさ!! あんな見つめられたら死んじゃうからー!! 殺す気なの!? 殺されてもいいけど!! 寧ろ本望ですけど!!」

 キレ気味に叫び、白猫のお腹に顔を埋めて深呼吸する。そしてまた暴れだす。

「もう何あれ何あれ何あれ何あれー!! レヴィと見つめ合っちゃったんですけどー!! 手首掴まれたんですけどー!! ほっぺ触られたんですけどー!! 名前呼ばれたんですけどー!!」

 制服が乱れるのも構わず床の上で暴れ回る。

「レヴィに!! あのレヴィに!! 名前呼ばれちゃったあああありがとうございますううう!! もう死んでもいいいいい!!」

 頭の中でレヴィの「トゥーリ」をリピートし、感動に胸を打ち震わせる。
 これ以上の喜びなどない。もし明日断罪されたとしても悔いはない。推しに名前を呼ばれたのだ。この喜びだけでこの先生きていけるだろう。
 因みにトゥーリは断罪後は修道院行きとなる。プライドが高く甘やかされて育ってきたわがまま令嬢にはものすごい屈辱らしいが、前世の記憶を思い出した今のトゥーリにとってはそれほど悲惨な未来ではない。レヴィとの思い出を胸にひっそりと生きていけるならそれで充分だ。
 レヴィに触られ名前を呼ばれ、いつもより興奮していたトゥーリは加減を忘れた。ぐったりと床に伏せ、痛む喉に苦しむ。
 震える手でポケットに常備しているジャーキーを取り出し、今日も根気よく付き合ってくれた白猫に与える。
 美味しそうにジャーキーを貪る白猫に癒されつつ体力を回復した。
 何のサービスかわからないが、レヴィに生きる糧を与えてもらった。ほぼストレスしかないこの学園生活も、彼のお陰でまだ頑張れそうだ。
 気持ちを落ち着け心を切り替え、トゥーリは再び悪役令嬢として振る舞い続けるのだった。




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