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しおりを挟む自分の行動が裏目に出てしまってから、マリナは二度と彼らのやり取りに口を挟むまいと心に決めた。きっとマリナがなにもしない方がユリウスとシルヴィエはうまくいくのだ。よかれと思ってしたことも、それは二人の邪魔になりかねない。余計なことをしなくたって、二人は結ばれるのだ。マリナはただ、それを見守っていればいい。
そう心に刻み、迎えたお茶会。
広い庭園では、招待客が紅茶やお茶菓子を口にしながら楽しそうに会話をしている。
マリナは隅っこで一人紅茶を飲んでいた。
自分は関係ないのに、緊張に足が竦む。
このお茶会では、重要なイベントが発生するのだ。
シルヴィエはユリウスと一緒にこの庭を見て回る。するとそこに毒蛇が現れる。シルヴィエはユリウスを庇い、毒蛇に咬まれる。毒に侵され苦しむシルヴィエを付きっきりで看病するユリウス。毒が抜けてシルヴィエの体調は順調に回復する。
この出来事で二人の関係はぐっと親密になるのだ。絶対に外せないイベントである。
だからこそ、部外者でありながらマリナは前日からずっとそわそわして落ち着かなかった。
紅茶を飲んで昂る気持ちを沈めているのだが、徐々に焦りを感じはじめる。
シルヴィエが現れないのだ。気づかない内にやって来たのかとくまなく視線を走らせるが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
そんなはずはないと、何度も何度も、一人一人招待客の顔を確認していく。だが、何度確認しても、シルヴィエを見つけることができない。
マリナが見つけられないだけなのか、参加していないのか、なんらかの事情があって遅れているだけなのか。
考えたところでわかるはずもなく、ただ焦りだけが募っていく。
そのとき、視界の隅に捉えていたユリウスが動いた。
本来ならシルヴィエと一緒に行動するはずなのに、彼は一人で移動しようとしている。
マリナはそっと彼のあとを追いかけた。
ユリウスは一人で、やはりシルヴィエの姿はない。
これではイベントが発生しない。
このイベントが発生しなければ、どうなるのだろう。
そう考えて、サーッと血の気が引いていく。
最悪の結末を想像し、どうして、と心の中で繰り返す。
シルヴィエとユリウスは出会って、何度も顔を合わせ、確実に仲を深めていった。
そのはずなのに。
それなのに、どうしてここにシルヴィエがいないのだ。
こんなのはおかしい。
どうして。どうして。
混乱して、馬鹿みたいにそれだけが頭の中を占めていた。
パニックに陥りかけながらも、一人でお茶会の会場から離れていくユリウスを尾行する。
シルヴィエがいなければ、イベントは発生しないはずだ。ならば、毒蛇も現れないのだろうか。
やがて、ユリウスはその場所に辿り着く。
庭園の隅に位置するこの場所で、茂みから毒蛇が近づいてくるのだ。
シルヴィエがいないのなら、毒蛇だって現れないはず。
そう考えながらもマリナは忙しなく視線を動かし、ユリウスに危険が迫っていないか警戒していた。ドレスが汚れるのも構わずしゃがみこみ、茂みに目を凝らす。
そして、視界にそれが映った瞬間、走り出していた。
「ユリウス……!」
「っ……マリナ?」
咄嗟のことに、マリナは彼を名前で呼んでいた。
ユリウスは弾かれたようにこちらを振り返る。
マリナは彼の腕を掴んだ。
「ここから離れて! 蛇がいるの!」
「え? 蛇……?」
マリナの必死な様子に、ユリウスもただ事ではないと感じたのだろう。
彼はその場から動こうとした。
そのとき、マリナのふくらはぎに激痛が走った。
「あうっ……!」
痛みに、思わずその場に蹲る。
「マリナ……!?」
「逃げて、ユリウス、早くここから離れて……っ」
ふくらはぎが痛くて、燃えているかのように熱い。
頭がくらくらして、視界がぶれる。
それでも、必死にユリウスをここから遠ざけようとした。
ここにいたら、彼も危ない。
それなのに、ユリウスはマリナの傍から離れようとしなかった。
「マリナ、マリナ……!!」
「お願い、ユリウス、早く……っ」
眩暈が強くなる。意識を保っていられない。
最後までユリウスの身を心配しながら、マリナは彼の腕の中で気絶した。
マリナは毒に侵され、高熱にうなされる日々を送った。
酷い痛みと熱に襲われ起きていられず、ベッドの上で悶え苦しんだ。
時折ふと目を覚ますが、意識は朦朧としていた。
目を覚ますたびに、マリナは同じ言葉を繰り返す。
「ユリウス、ユリウスは無事っ……?」
ただユリウスのことだけを心配していた。
「ええ、ユリウス様は無事ですよ」
傍に控える医者の言葉に安心して、マリナはまた気を失う。
それはマリナが無意識に口にしていたことで、彼女の記憶には一切残っていなかった。
何度もユリウスの名前を口にしていたことも、それを部屋の中にいたユリウスに聞かれていたことも、マリナは知らない。
毒が抜け、熱も引き、マリナの体調は回復したが、暫くは寝たきりの生活が続いた。
ユリウスは毎日のように部屋に来た。心から心配し、体調を気遣う言葉をかけてくる彼に、マリナは今までと変わらずそっけない態度を崩さなかった。
そんなある日、ユリウスはマリナに問いかけた。
「マリナ、どうして僕を助けてくれたの?」
それは当然の疑問だろう。
マリナは今までユリウスを突き放すように冷たく接してきた。そのマリナが、何故自分を助けたのか。ユリウスが不思議に思うのも無理はない。
マリナは動じることなく、用意していた言葉を口にする。
「お義兄さまが、この家にとって必要な人間だからです」
「…………」
「お義兄さまは侯爵家の大切な跡取りですもの。助けるのは当然のことです」
「それだけ? この家の為だけに僕を助けたの?」
「ええ、そうです。それ以上の理由はありません」
「そう……」
つん、と顔を背けて断言するマリナを、ユリウスは感情の読めない表情で見ていた。
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