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しおりを挟むそれから、蒼に対するテオドールの態度は変わった。無口でそっけなくて常に蒼を傍に置くのは変わらないけれど。変わったのは主にベッドの上での態度だ。
蒼を見る瞳は優しくて、触れ方も、蒼の快感を引き出すように丁寧だ。そして、最中に蒼の名前を呼ぶ。熱っぽく、心を込めるように。
まるで恋人を抱くような甘い触れ合いに、勘違いしそうになる。
この行為はただの性欲処理で、自惚れてはいけないのに。
テオドールが飽きれば、蒼などすぐに見向きもされなくなる。
明日にだって、テオドールに好きな人ができるかもしれない。可愛い女の子か美しい女性と運命の出会いを果たし、恋に落ちるかもしれない。
そうなれば、蒼はあっさり元の世界へ帰されるのだ。
蒼は元の世界に帰り、もう二度と彼に会えない。
わかっていたはずなのに、これ以上彼の傍にいると離れ難くなりそうで怖かった。いや、もう充分なっているのだ。
だって、そんな想像をしただけで胸が苦しくて、じくじくと痛んだ。
早く帰りたいと、少なくとも最初はそう思ってたはずだ。
でも今は、少しでも長く彼の傍にいたいと願っている。
ずっと傍にいることはできない。だから、ほんの少しでいいから傍にいられる時間を伸ばしたい。
蒼は心からそう思っていた。
街から街への長い道のり。その道中で、勇者一行は魔物を倒すため道を外れた森に足を踏み入れていた。
もちろん蒼は馬車の中で待機している。馬車の窓から、固唾を呑んで皆の戦闘を見守っていた。
大精霊に選ばれたメンバーだけあって、その辺にいる魔物相手に手こずることはない。彼らはわらわらと現れる魔物を順調に倒していった。
皆の強さはよくわかっているけれど、やはり蒼はハラハラしてしまう。
全員の無事を祈りながら、彼らから片時も目を離さない。
魔法を使って魔物を倒すカミルの首には、首輪が嵌められていた。ユリアルマが作って嵌めたのだ。よこしまな思いを抱いて蒼に触れると電気が流れる首輪だ。
テオドールがユリアルマに頼んでくれたらしい。 大精霊ユリアルマが作ったものなので、カミルの魔法では無効化できない。外すことも壊すことも不可能な首輪だ。
その首輪を嵌めている限り、もうカミルに襲われる心配はない。
蒼はユリアルマに深く感謝した。
テオドールの気遣いが嬉しかった。ほんの少しでも彼に気にかけてもらえているのだと思うと、それだけで幸せな気持ちになる。
気づけば、蒼はテオドールだけを見つめていた。
なんとなく、これ以上彼に心を傾けてはいけないのだと自分でもわかっている。
踏み留まらなければならないのだと。
これ以上は危険だ。取り返しがつかなくなる。傷つくのは蒼だ。
無理やりテオドールから視線を引き剥がす。
そして、彼らから離れた場所に小さな人影を見つけた。
子供がいる。へたりこみ、動けなくなっているようだ。あの子は自力であの場から逃げ出せない。しかしあのままあそこにいるのは危険だ。いつ魔物に見つかり、襲われるかわからない。見つかる前に安全な馬車の中まで連れてこなければ。
蒼は馬車を飛び出した。こっそり、素早く、子供を抱いて馬車まで戻る。それだけを考えて行動した。
魔物達は勇者一行の相手で手一杯だ。こちらに意識を向けることはないだろう。
テオドール達に助けを求めた方がいいのかもしれないが、そうすることで魔物達の意識が子供に向き、危険に晒してしまう可能性もある。それに、魔物を倒すことに集中している彼らの気を逸らせるのも危険かもしれない。
自由に動ける蒼が行くべきだ。そう判断した。
こそこそと子供に近づき、そっと声をかける。
「君……」
「ヒッ……!?」
びくんっと肩を跳ねさせ、男の子が振り返った。顔は青ざめ、半泣きになっている。
「驚かせてごめんね。ここは危ないから、僕と一緒に向こうに行こう。あそこに馬車があるよね。あの中は安全だから、あそこまで行こう」
「ううっ、うっ……」
男の子はこくこくと頷いた。
「君の名前を教えて」
「ま、マルク……」
「マルク、行こう」
マルクを抱き上げようとしたとき、背後から足音が聞こえた。
反射的に振り返ると、こちらに獣型の魔物が一匹近づいてくるのが目に入った。狼に似た姿で、狼よりも遥かに大きいその巨体が駆けてくる。
逃げられない。
咄嗟にそう判断した蒼はマルクを抱き締めた。魔物に背を向けて、自分の身で魔物からマルクを庇う。それくらいしかできなかった。
マルクの叫び声が響く。
次の瞬間、背中に焼けるような痛みが走った。魔物の爪に引き裂かれたのだ。
激痛に歯を食い縛り、マルクを抱き締める腕に力を込める。
「アオ……!!」
名前を呼ぶテオドールの声が聞こえた。
顔を向けると、彼が魔物に向かって剣を振り下ろすところだった。
背後で、魔物の断末魔の叫びが響く。
傷つけられた背中が熱い。
腕の中で震えるマルクの頭を撫でる。
この子を守れてよかった。
ほっと胸を撫で下ろし、助けてもらったお礼を言おうとテオドールを顔を上げると、彼は鋭い眼光でこちらを見下ろしていた。射殺されるのではないかと恐怖を感じるほどの視線に、蒼は声を出せなくなる。
「お前、ここでなにしてんだ!」
「ぁ……」
「こんなとこにノコノコ出てきて、どういうつもりだ!?」
辺りに響き渡るくらいの声量で怒鳴られ、蒼は体を竦める。マルクも怒鳴り声に怯えていた。
「なんの力もねーくせに、何してやがる!!」
彼の言う通り、蒼は無力だ。子供を助けなくてはと、それだけに意識がとらわれ馬車から出てきてしまったが、確かに無謀だった。テオドールが助けてくれなければ、蒼もマルクも殺されていた。蒼はテオドール達に助けを求めるべきだった。
自分の浅はかな行動に蒼白になり、蒼は掠れた声で謝罪する。
「ご、ごめ……」
「一歩間違ってたら、殺されてたかもしれねーんだぞ!!」
「落ち着いてください、テオドール!!」
ユリアルマが現れ、テオドールを宥める。
テオドールはユリアルマを睨めつけるが、彼女はその程度では怯まない。落ち着いた声で彼を諭す。
「今は蒼さんを怒鳴っている場合ではありません。魔物との戦闘はまだ続いているんですよ。貴方は戻ってください。私は蒼さんの怪我を治して、馬車まで連れていきますから」
テオドールはまだ怒りがおさまらないようだったが、それ以上なにも言わず、戦闘に戻った。
ユリアルマはすぐに蒼に向き直る。
「蒼さん、今治しますからね」
「あ、ありがとう……」
ユリアルマが蒼の背中に手を翳す。光が溢れ、蒼の引き裂かれた肌を癒した。肌だけでなく、衣服も元通りになる。
すっかり痛みはなくなり、蒼は体から力を抜いた。
「ありがとう、ユリアルマ」
「いいえー、礼には及びませんよ。さあ、馬車に戻りましょう」
蒼はマルクを抱えて立ち上がる。
蒼を馬車まで送ったユリアルマは、テオドール達のもとへ戻っていった。
椅子に座り、しがみついて離れないマルクの背中を優しく撫でる。
「怖い思いさせてごめんね。もう大丈夫だから」
涙を流して震えるマルクを安心させたくて、声をかけ続けた。
「大丈夫だよ。ちゃんとお家に帰れるからね」
徐々にマルクの体の震えはおさまっていった。涙も止まり、蒼の声に反応するようになった。
蒼は濡らした布で彼の顔を拭ってあげる。それから果実水を飲ませた。
それから暫くしてテオドール達が戻ってくる。その頃には、マルクもすっかり落ち着いていた。
馬車の扉が乱暴に開かれる。顔を向けると、憤りを隠しもせず、物凄い形相で蒼を睨み付けるテオドールが立っていた。
まだ怒りはおさまっていないようだ。
掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り声を上げようとしたテオドールを、ローベルトが止めた。テオドールの肩を掴み、後ろに下がらせる。
テオドールは怒りのままにローベルトに悪態をついた。
「テメー、なにすんだ。引っ込んでろよ」
「やめておけ。子供が怯える」
ローベルトの言葉通り、マルクはテオドールの様子に怖がりまた蒼にしがみついていた。
「気持ちはわからんでもないが、少し冷静になれ。怒鳴り散らしたところでどうにもならんだろう」
ローベルトに諭され、テオドールは舌打ちを漏らしつつ、御者席へと向かった。
馬車の中にエリーゼとローベルトとカミルが入ってくる。
エリーゼがマルクにどこから来たのかを聞き出した。エリーゼの穏やかな雰囲気にマルクは安心したようで、辿々しくも答える。
マルクは母親の誕生日プレゼントに花を贈ろうと、ここまで一人で摘みにきたらしい。
勇者一行を乗せた馬車は来た道を戻り、途中で花を摘むために森に入り、花を手に入れて喜ぶマルクの笑顔と共に、今朝出てきたばかりの街へ引き返した。
街の入り口には一組の夫婦がいて、今にもそこから駆け出そうとしていた。マルクの両親で、彼の不在に気づいて捜しに行こうとしているところだったようだ。
馬車を降りたマルクは、走って両親のもとへ向かっていく。両親はしっかりとマルクを抱き止めた。
蒼達は感動の親子の再会を離れた場所から見守る。
それからマルクと彼の両親に何度も感謝の言葉をかけられつつ、馬車は再び目的地へ向けて出発した。
その間、蒼は一度もテオドールと顔を合わせられなかった。マルクが花を摘んでいるとき、蒼から声をかけようとしたがローベルトに止められた。
「今は頭を冷やしている最中だから、そっとしておいた方がいい」
そう言われて、彼への謝罪はもう少し時間を置いてからすることにした。
未だ御者席にいるテオドールの姿は、馬車の中にいる蒼には見えない。
次の街に着いたら。宿屋の部屋で話をしよう。
自分の非を認めて、きちんと彼に謝ろう。
蒼はそう心に決めていた。
彼が許してくれるまで、何度でも、誠意を込めて謝るつもりだった。
彼の怒りは相当なものだ。
簡単には許してもらえないかもしれない。それでも、時間がかかっても、許しを請うつもりだった。
まさかあんなことを言われるだなんて、このときの蒼は夢にも思っていなかったのだ。
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