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しおりを挟むそれから憲兵が白露とその部下を捕らえ、監禁されていた少女達は解放された。
捕まっていた少女達の殆どが旅行者だった。観光などでこの街を訪れ、拐われた。旅行者ならば行方不明になっても街の住人は気づかない。いなくなったのが霞の姉一人だけならば、誰も連続誘拐事件が自分の暮らす街で起きていたなんて想像すらしていなかっただろう。
夜が明け、事件が知れ渡り、街の中はちょっとした騒ぎになっていた。
それを避けるように人の通らない路地裏にいた瑞樹に、やって来た榊が渡してきたのは褒賞金だ。
瑞樹は榊を手伝い人身売買に携わる犯罪者を捕まえ、被害者の少女達を救った旅行者となっている。榊を盗賊から助け、成り行きで一緒に行動することになり、瑞樹も榊と一緒に領主の屋敷に招待されていたのだと、盗みの為に屋敷に侵入したことは伏せ、榊がうまく憲兵に説明してくれた。彼が色々と誤魔化してくれて、瑞樹は事情聴取も受けずに済んだ。
「盗賊が褒賞金って……」
榊から受け取ったそれを、複雑な気持ちで見つめる。
盗賊である瑞樹は立派な犯罪者で、言ってしまえば白露と同じ立場なのだ。盗みは働かなかったとはいえ、屋敷に忍び込んだだけでも罪を犯したことになる。それなのに、褒賞金を受け取ってしまってもいいのかと躊躇ってしまう。
「いいじゃないですか。どんな経緯であれ瑞樹さんが被害者達を助けたのは事実ですし」
あっけらかんと榊は言う。
本当に、神父とは思えない。本来なら白露達と一緒に瑞樹も憲兵に突き出すべきなのに、彼はそうしなかった。それどころか瑞樹を憲兵から遠ざけ、関わらないようにしてくれた。
今思えば、盗賊達に絡まれている榊を助けたつもりだったが、彼はあれだけの身体能力を持っているのだ。瑞樹が助けなくても、自力で切り抜けられたのだろう。それなのに、助けた気になって恩を着せ、たらふくご飯を奢らせた自分が今となっては恥ずかしい。榊も榊だ。黙って奢らないで、いい気になってる瑞樹に文句の一つでも言ってくれればよかったのだ。なんて、つい彼に八つ当たりしたくなる。
じろりと睨むが、瑞樹の心の内など知らない榊は穏やかに微笑むだけだった。
そこでふと、瑞樹はポケットに入れたままの十字架の存在を思い出す。
「そうだ、これ。すっかり返すの忘れてた」
取り出したそれを、榊に差し出す。
「危なく返しそびれるとこだった。悪かったな。神父のあんたにとっては大事なものなのに」
しかし榊は、受け取らなかった。
「よければ、それは瑞樹さんが持っていてください」
「へ? オレが? でも、これ……」
瑞樹は戸惑ったように榊と十字架を交互に見つめる。
「私はもう一つ持っていますから。それはあなたに差し上げます」
「いいのかよ、そんな簡単に……。オレが持ってたら、金に困って売り飛ばすかもしれねーんだぞ?」
「構いませんよ。それで瑞樹さんが飢えをしのげるのなら、寧ろそうしてくださった方が嬉しいです」
真っ当な神父が聞いたら卒倒ものなのではないかというようなことを平然と言ってのけるこの男はやはり神父ではないのではないか。この十字架も、教会のものではない偽物なのではないか。
疑惑の眼差しを向けつつ、瑞樹は十字架をポケットに戻した。
「まあ、邪魔になるわけでもないし、ありがたくもらっとく……」
「はい」
そのとき、ぱたぱたとこちらに近づく足音が聞こえた。顔を向けると、笑顔で駆け寄ってくる霞の姿があった。
「神父様っ」
「霞さん」
「ああ、よかった、見つけられて……」
「どうしました?」
霞は息を整え、それから改めて榊に向き直る。
「きちんとお礼を伝えたくて」
そう言って、彼女は深く頭を下げた。
「姉を助けてくださって、本当にありがとうございますっ」
「いいえ。お姉さんが無事でよかったです」
「はいっ」
霞は満面の笑みを浮かべる。
姉が帰ってきて、すっかり元気を取り戻したようだ。
霞は瑞樹へと顔を向ける。
「瑞樹さん……ですよね?」
「へ? あ、ああ……」
「瑞樹さんも、ありがとうございます」
「い、いや、オレは、別に……」
「姉が無事に帰ってきたのは、お二人のお陰です! 本当に、本当に、ありがとうございます!」
「あ、う、ああ……」
普段善行とは無縁の生活を送っているため、感謝されることに慣れていない瑞樹はどうしていいかわからず戸惑った。おろおろする瑞樹を榊が微笑ましそうに見ているのにイラついたが、霞の前なので怒鳴り付けるのは我慢した。
「是非、お二人にお礼をさせてくださいっ」
身を乗り出して言う霞に、榊は緩く首を振った。
「感謝の言葉だけで充分です。それよりも、今はお姉さんの傍にいてあげてください」
「でも……」
榊と瑞樹を交互に見つめる霞に、瑞樹は頷いた。褒賞金を貰って、この上彼女にまでなにかをされるのは盗賊の瑞樹としては大変気が引ける。
「せっかく再会できたんだから、オレ達のことは気にせず二人でゆっくり過ごせよ」
それでも霞は食い下がろうとしたが、榊と二人で彼女を宥め、漸く諦めた霞は何度も頭を下げ、何度も礼を言いながら去っていった。
彼女の姿が見えなくなり、瑞樹はほっと息をつく。
感謝されて別に悪い気はしないのだが、どうにも落ち着かない。盗賊の瑞樹は罵倒される方がしっくり来る。
また榊と二人きりになり、瑞樹は彼を見上げた。
「言いそびれてたけど、助けてくれてありがとな」
「え……?」
「あんたがあそこで動かなきゃ、オレは殺されてたかもしれねーし」
ピストルを向けられた状態で反撃に出るなんて誰もが躊躇うようなことを、彼は危険を顧みず行ったのだ。下手をすれば撃たれて殺されていたかもしれないのに。そして榊が行動を起こしてくれたからこそ、瑞樹も今、こうしてここに無事でいられるのだ。
「そんな……。そもそも、私が瑞樹さんを巻き込んでしまったのに……」
「巻き込まれてねーよ。オレは自分の意思で動いたんだからな。あんたは逃げろって言ったのに、オレが自分でついていくことを選んだんだ」
たとえ殺されていたとしても、瑞樹はそれを榊のせいだとは欠片も思わなかっただろう。
「つまり、オレはあんたに命を助けられたんだ」
「はあ」
「オレは借りはきっちり返さないと気が済まないんだ。だから、お礼に飯を奢ってやる。いらないってのはなしだぞ。これはもう決定事項だ!」
瑞樹は胸を張って言った。
「どの店に行く? 好きな店を選んでいいぞ」
「…………そうですか」
榊は顎に手を当て、暫し考える素振りを見せる。
それから、瑞樹を見つめ微笑んだ。
「では、それは隣街でお願いします」
「は? なんでだよ」
「……瑞樹さんと一緒に隣街へ行きたいんです」
「隣街にとびきり美味い飯屋でもあるのか?」
「…………つまり、まだ瑞樹さんと一緒にいたいと……」
「まさか、オレが油断したところで憲兵に突き出すつもりか!?」
「………………そうだろうとは思ってましたが、鈍い人ですね」
「あ! 今オレをバカにしただろ!」
「いいえ。可愛らしいと思っただけです」
「ウソつけ! 絶対バカにしてるだろ!」
「してませんよ。さあ、行きましょう」
「なんで手ぇ掴むんだよっ」
「握ってると言ってください」
「同じだろっ」
同意していないのに、いつの間にか一緒に隣街に行くことになっていたことにぎゃあぎゃあ騒いでいた瑞樹は気づかなかった。
うまく言いくるめられ、なんだかよくわからない内にこの神父と長い旅をすることになるのだが、このときの瑞樹はまだそれを知らない。
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