神父と盗賊

よしゆき

文字の大きさ
上 下
9 / 9

9

しおりを挟む





 それから憲兵が白露とその部下を捕らえ、監禁されていた少女達は解放された。
 捕まっていた少女達の殆どが旅行者だった。観光などでこの街を訪れ、拐われた。旅行者ならば行方不明になっても街の住人は気づかない。いなくなったのが霞の姉一人だけならば、誰も連続誘拐事件が自分の暮らす街で起きていたなんて想像すらしていなかっただろう。
 夜が明け、事件が知れ渡り、街の中はちょっとした騒ぎになっていた。
 それを避けるように人の通らない路地裏にいた瑞樹に、やって来た榊が渡してきたのは褒賞金だ。
 瑞樹は榊を手伝い人身売買に携わる犯罪者を捕まえ、被害者の少女達を救った旅行者となっている。榊を盗賊から助け、成り行きで一緒に行動することになり、瑞樹も榊と一緒に領主の屋敷に招待されていたのだと、盗みの為に屋敷に侵入したことは伏せ、榊がうまく憲兵に説明してくれた。彼が色々と誤魔化してくれて、瑞樹は事情聴取も受けずに済んだ。

「盗賊が褒賞金って……」

 榊から受け取ったそれを、複雑な気持ちで見つめる。
 盗賊である瑞樹は立派な犯罪者で、言ってしまえば白露と同じ立場なのだ。盗みは働かなかったとはいえ、屋敷に忍び込んだだけでも罪を犯したことになる。それなのに、褒賞金を受け取ってしまってもいいのかと躊躇ってしまう。

「いいじゃないですか。どんな経緯であれ瑞樹さんが被害者達を助けたのは事実ですし」

 あっけらかんと榊は言う。
 本当に、神父とは思えない。本来なら白露達と一緒に瑞樹も憲兵に突き出すべきなのに、彼はそうしなかった。それどころか瑞樹を憲兵から遠ざけ、関わらないようにしてくれた。
 今思えば、盗賊達に絡まれている榊を助けたつもりだったが、彼はあれだけの身体能力を持っているのだ。瑞樹が助けなくても、自力で切り抜けられたのだろう。それなのに、助けた気になって恩を着せ、たらふくご飯を奢らせた自分が今となっては恥ずかしい。榊も榊だ。黙って奢らないで、いい気になってる瑞樹に文句の一つでも言ってくれればよかったのだ。なんて、つい彼に八つ当たりしたくなる。
 じろりと睨むが、瑞樹の心の内など知らない榊は穏やかに微笑むだけだった。
 そこでふと、瑞樹はポケットに入れたままの十字架の存在を思い出す。

「そうだ、これ。すっかり返すの忘れてた」

 取り出したそれを、榊に差し出す。

「危なく返しそびれるとこだった。悪かったな。神父のあんたにとっては大事なものなのに」

 しかし榊は、受け取らなかった。

「よければ、それは瑞樹さんが持っていてください」
「へ? オレが? でも、これ……」

 瑞樹は戸惑ったように榊と十字架を交互に見つめる。

「私はもう一つ持っていますから。それはあなたに差し上げます」
「いいのかよ、そんな簡単に……。オレが持ってたら、金に困って売り飛ばすかもしれねーんだぞ?」
「構いませんよ。それで瑞樹さんが飢えをしのげるのなら、寧ろそうしてくださった方が嬉しいです」

 真っ当な神父が聞いたら卒倒ものなのではないかというようなことを平然と言ってのけるこの男はやはり神父ではないのではないか。この十字架も、教会のものではない偽物なのではないか。
 疑惑の眼差しを向けつつ、瑞樹は十字架をポケットに戻した。

「まあ、邪魔になるわけでもないし、ありがたくもらっとく……」
「はい」

 そのとき、ぱたぱたとこちらに近づく足音が聞こえた。顔を向けると、笑顔で駆け寄ってくる霞の姿があった。

「神父様っ」
「霞さん」
「ああ、よかった、見つけられて……」
「どうしました?」

 霞は息を整え、それから改めて榊に向き直る。

「きちんとお礼を伝えたくて」

 そう言って、彼女は深く頭を下げた。

「姉を助けてくださって、本当にありがとうございますっ」
「いいえ。お姉さんが無事でよかったです」
「はいっ」

 霞は満面の笑みを浮かべる。
 姉が帰ってきて、すっかり元気を取り戻したようだ。
 霞は瑞樹へと顔を向ける。

「瑞樹さん……ですよね?」
「へ? あ、ああ……」
「瑞樹さんも、ありがとうございます」
「い、いや、オレは、別に……」
「姉が無事に帰ってきたのは、お二人のお陰です! 本当に、本当に、ありがとうございます!」
「あ、う、ああ……」

 普段善行とは無縁の生活を送っているため、感謝されることに慣れていない瑞樹はどうしていいかわからず戸惑った。おろおろする瑞樹を榊が微笑ましそうに見ているのにイラついたが、霞の前なので怒鳴り付けるのは我慢した。

「是非、お二人にお礼をさせてくださいっ」

 身を乗り出して言う霞に、榊は緩く首を振った。

「感謝の言葉だけで充分です。それよりも、今はお姉さんの傍にいてあげてください」
「でも……」

 榊と瑞樹を交互に見つめる霞に、瑞樹は頷いた。褒賞金を貰って、この上彼女にまでなにかをされるのは盗賊の瑞樹としては大変気が引ける。

「せっかく再会できたんだから、オレ達のことは気にせず二人でゆっくり過ごせよ」

 それでも霞は食い下がろうとしたが、榊と二人で彼女を宥め、漸く諦めた霞は何度も頭を下げ、何度も礼を言いながら去っていった。
 彼女の姿が見えなくなり、瑞樹はほっと息をつく。
 感謝されて別に悪い気はしないのだが、どうにも落ち着かない。盗賊の瑞樹は罵倒される方がしっくり来る。
 また榊と二人きりになり、瑞樹は彼を見上げた。

「言いそびれてたけど、助けてくれてありがとな」
「え……?」
「あんたがあそこで動かなきゃ、オレは殺されてたかもしれねーし」

 ピストルを向けられた状態で反撃に出るなんて誰もが躊躇うようなことを、彼は危険を顧みず行ったのだ。下手をすれば撃たれて殺されていたかもしれないのに。そして榊が行動を起こしてくれたからこそ、瑞樹も今、こうしてここに無事でいられるのだ。

「そんな……。そもそも、私が瑞樹さんを巻き込んでしまったのに……」
「巻き込まれてねーよ。オレは自分の意思で動いたんだからな。あんたは逃げろって言ったのに、オレが自分でついていくことを選んだんだ」

 たとえ殺されていたとしても、瑞樹はそれを榊のせいだとは欠片も思わなかっただろう。

「つまり、オレはあんたに命を助けられたんだ」
「はあ」
「オレは借りはきっちり返さないと気が済まないんだ。だから、お礼に飯を奢ってやる。いらないってのはなしだぞ。これはもう決定事項だ!」

 瑞樹は胸を張って言った。

「どの店に行く? 好きな店を選んでいいぞ」
「…………そうですか」

 榊は顎に手を当て、暫し考える素振りを見せる。
 それから、瑞樹を見つめ微笑んだ。

「では、それは隣街でお願いします」
「は? なんでだよ」
「……瑞樹さんと一緒に隣街へ行きたいんです」
「隣街にとびきり美味い飯屋でもあるのか?」
「…………つまり、まだ瑞樹さんと一緒にいたいと……」
「まさか、オレが油断したところで憲兵に突き出すつもりか!?」
「………………そうだろうとは思ってましたが、鈍い人ですね」
「あ! 今オレをバカにしただろ!」
「いいえ。可愛らしいと思っただけです」
「ウソつけ! 絶対バカにしてるだろ!」
「してませんよ。さあ、行きましょう」
「なんで手ぇ掴むんだよっ」
「握ってると言ってください」
「同じだろっ」

 同意していないのに、いつの間にか一緒に隣街に行くことになっていたことにぎゃあぎゃあ騒いでいた瑞樹は気づかなかった。
 うまく言いくるめられ、なんだかよくわからない内にこの神父と長い旅をすることになるのだが、このときの瑞樹はまだそれを知らない。




─────────────



 読んでくださってありがとうございます。



しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします

tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。 だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。 「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」 悪役令嬢っぷりを発揮します!!!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...