神父と盗賊

よしゆき

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 街と街を繋ぐ川沿いの街道。細く長いその道のりを、瑞樹みずきは鼻歌交じりに歩いていた。
 馬車を使えばもっと速く辿り着けるが、瑞樹の移動手段は専ら徒歩だ。贅沢ができるほど手持ちのお金に余裕があるわけではない。たとえお金があったとしても瑞樹は徒歩を選んだだろうが。歩けない距離ではないのだから、歩いた方が得だ。そんな考え方が、瑞樹にはしっかりと染み付いていた。

「あつ……」

 降り注ぐ日差しに目を細め、ぽつりと呟く。
 街道の脇には太陽の光を和らげてくれるような大きな樹木もなく、ツンツンと跳び跳ねる黒髪は直接日光を吸収してしまう。時折頬を撫でる風が心地よかった。
 軽い足取りで道を進んでいると、前方から話し声が聞こえてきた。なんとなく不穏な空気が流れているのを察知し、瑞樹は鼻歌を止める。
 しかし足は止めず、そのままずんずん歩いてゆく。やがて遠くに、数人の人影が見えた。

「いーから金出せっつってんだろッ」

 男の怒鳴り声が瑞樹のところまで聞こえてくる。
 その一言で、瞬時に状況を把握することができた。どうやら誰かがカツアゲに遭っているようだ。

(さて、どうするかな……)

 考えを巡らせながら、歩調を緩めずにそちらへと近づいていく。徐々に人数や彼らの風体が明らかになる。
 盗賊とおぼしき粗末な格好をした男が三人。襲われているであろう男は、真っ黒い修道服に身を包んでいた。

(神父か……)

 神父ならば、お金は持っている。
 相手は三人。

(イケるな)

 そう判断し、瑞樹は駆け出した。
 近づいてくる足音に気づいた盗賊達が、揃ってこちらを振り返る。

「なんだぁ、クソガ……キ!?」

 言い終える前に、瑞樹は男の顔面に飛び蹴りを入れる。不意打ちを食らった男は、避けることもかなわず呻き声を上げて後ろに吹っ飛んだ。

「なにしやがる、てめえッ!!」

 もう一人の男が、瑞樹に向かって襲いかかってくる。
 その攻撃を素早く避け、瑞樹は男の顎を目掛けて足を振り上げる。

「がっ……!?」

 見事にヒットし、男は地面に倒れた。

「な、あ……」

 最後の一人は、突然のことに動けずにいた。唖然とした表情で、地面に転がる仲間と瑞樹を交互に見ている。
 相手が呆けている隙に一気に距離を縮め、瑞樹は男に向かって膝蹴りを入れた。

「ぐはっ……」

 瑞樹の膝が鳩尾にめり込み、男はその場にくずおれる。瑞樹が離れれば、パタリと倒れた。

「ふう……」

 瑞樹は額に浮かぶ汗を拭い、小さく息を吐いた。それから、神父の方を振り返る。

(うわ、でかっ)

 改めて見た神父の背の高さに、瑞樹はぎょっとした。瑞樹より優に二十センチ以上はあるだろう。その身長差は、瑞樹の背が平均よりも低いせいでもあるのだが。
 驚いたのは身長だけではなかった。彼は息を呑むほど綺麗な容貌をしていた。琥珀色の髪に、同色の瞳。透き通るような美しさを醸し出している。歳は瑞樹よりも上で、恐らく二十歳半ばだろう。
 まるで新種の動物を見るような目で無遠慮に眺めていると、神父はふ、と顔を綻ばせた。笑うと、柔和な顔立ちが更に柔らかくなる。

「助けていただいて、ありがとうございます」

 澄んだ声音に、声も綺麗なんだな、と瑞樹は思った。しかし相手がいくら美人でも、当初の目的を忘れる瑞樹ではない。

「礼は言わなくていい。その代わり、飯おごってくれよ」
「はい?」

 キョトンとする神父を、瑞樹はぎろりと睥睨する。

「まさか、助けてもらって『ありがとう』だけで済ますつもりじゃないだろーな」

 明らかに脅しを孕んだ口調。
 神父を盗賊達から救ったのは確かだが、瑞樹のやっていることは盗賊達とあまり変わらない。

「なるほど、そうですね。ではお礼に、ご飯をご馳走させてください」

 しかし神父は怒ることなく怯えることもなく、さらりとそう言った。
 あっさりと納得されると思っていなかった瑞樹は、少々面食らう。だが、ご飯をおごってもらえるのならそれでよかった。

「じゃ、さっさと街に行こーぜ」
「はい」

 気絶した盗賊達をそのままに、二人で街へと続く道を歩きはじめた。
 少し進んだところで、神父が思い出したように口を開く。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はさかき・ハーウェントです。あなたの名前をお訊きしてもよろしいですか?」
「瑞樹」
「瑞樹さん、ですか。ひょっとして、盗賊でいらっしゃるんですか?」
「っ……」

 そこで言葉を詰まらせたのは失敗だった。これでは、彼の言葉を肯定しているようなものだ。
 まるで「ご趣味はなんですか?」と訊くように自然に問い掛けられ、まんまと引っ掛かってしまった。

(このやろう……)

 瑞樹は心の中で悪態を吐いた。
 温厚そうな顔をして、実はとんでもない切れ者なのではないだろうか。

「…………どうしてわかったんだよ」

 苦々しく尋ねると、榊は「勘ですよ」と笑って言った。
 ますます腹が立ち、瑞樹は開き直ったように吐き捨てる。

「そんで? 神父サマが説教でもたれてくれるわけか? それとも、憲兵に突き出そうってのか?」

 そうなる前に逃げるけれど。ご飯をおごってもらう計画は失敗だ。
 こんなことなら助けなければよかったと後悔していると、榊はそれをあっさりと否定する。

「そんなことはしませんよ?」
「は?」

 不思議そうな表情を浮かべる榊に、瑞樹は眉を顰めた。
 胡乱げな瑞樹の顔を見て、榊は朗らかに微笑む。

「恩人であるあなたに、恩を仇で返すような真似はしませんよ。ただ、先程の瑞樹さんの身のこなしがとても素晴らしかったので、どのように身に付けたのか興味をそそられて。もしかして、盗賊として生活されているのかと思って尋ねてみただけなんです」
「別に、素晴らしいなんて言われるようなもんじゃねーよ」
「そんなことはありません。女性の身であそこまでの体術を身につけているなんて、誇っていいことです」
「…………」

 瑞樹は驚きのあまり声も出なかった。目を見開き、隣を歩く男の顔をじっと見つめる。

(なんで……)

 どうして、女だとわかったのだ。
 自慢ではないが、瑞樹は今まで初対面の相手に女として見られたことがない。確実に男と間違われてきた。
 自分から性別をばらさなければ、誰もが瑞樹を少年と思い込む。それは瑞樹の言葉遣いのせいでもあるし、外見のせいでもある。
 髪は短く、体つきは華奢だが、女性的ではない。十七歳になるのに胸はぺたんこで、男物の服を着ているので見た目は完全に男だと、瑞樹自身思っていた。
 別にわざと男に見られようとしているわけではなく、育ってきた環境の中でこんな風になってしまったのだ。言葉遣いは男に囲まれて育った影響で自然と身に付いた。髪は長いと邪魔なので短くしているだけだ。男物の服を着ているのは動きやすいから。体型に至っては瑞樹が自分の意思で成長をとどめているわけではない。
 自他共に認める「男らしい」瑞樹を、どうして彼は女だとわかったのだろう。疑問に思ったが、納得できる答えはもらえない気がしたので尋ねるのはやめた。

(きっとこいつの目はおかしいんだ)

 勝手にそう結論付けておいた。

「街が見えてきましたよ」

 榊の言葉に、瑞樹は顔を上げる。
 続く道の向こうに、街の姿が見えていた。




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 読んでくださってありがとうございます。


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