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 大学に入学して暫く経った頃だった。
 長身で、綺麗に引き締まった体。美しく整った精悍な顔。彼を一目見た瞬間、油井ゆい蓮斗れんとは前世を思い出した。
 記憶が溢れ、鮮明に蘇る。そして、目に映る彼が自分の恋人だった事も。
 呆けたように遠くから彼の姿を見つめていると、誰かが彼に声をかけた。
壱岐いさき」、という名前を聞いてすぐに思い当たる。
 彼の名前は、壱岐駿しゅん。蓮斗と同級生で、その容姿から大学内では噂になっていた。今まで姿を見た事はなかったが、彼の名前は何度も耳にしていた。
 彼こそが壱岐駿だったのだ。
 前世で彼は王宮の騎士だった。強くて、勇敢で、美形で、今世と同じように周りの女性から憧れの眼差しを向けられていた。
 そして、蓮斗は一介のメイドだった。素朴で目立たない、大勢いるメイドの内の一人に過ぎなかった。
 前世で壱岐に助けられ、恋に落ちて、けれどその恋が叶う事などないと思っていた。あまりにも立場が違いすぎる。分不相応な恋だと諦めていた。
 国の王女も彼に好意を寄せていて、彼は王女と結婚するだろうと噂されていた。だから、伝える事もなく胸に秘めて終わるのだと思っていた。
 けれど、彼が好きだと言ってくれて。夢みたいに嬉しくて、自分も好きだと伝えて、そして恋人になった。
 身分が違うから、人目を避けて逢瀬を重ねた。それでも嬉しかった。少しの時間でも、彼と一緒に過ごせるだけで満たされた。言葉を交わし、微笑み合い、抱き締められ、キスをする。その一時がただただ幸せだった。
 けれど、その幸せは長くは続かなかった。
 多分、自分は毒殺されたのだと思う。はっきりとはわからないけれど、夕食を食べて、苦しんで、そのまま命を落とした筈だ。そこから先の記憶が全くないから、そういう事なのだろう。
 結局、彼と恋人でいられたのは一、二ヶ月だった。
 幸せだったけれど、あまりにも短い。
 もっと一緒にいたかったし、彼のお嫁さんになりたかった。ずっと傍にいてほしいと彼に望まれ、自分は頷いたのにその約束を果たす事ができなかった。
 前世を思い出せば、心残りしかなかった。
 彼に伝えたい。好きだと。心から愛してると。死んでしまってごめんなさいと。
 思わず彼の方へ足を踏み出そうとして、慌てて踏みとどまる。
 前世を思い出したのは自分だけで、彼は前世の事など微塵も覚えていないだろう。そんな状態で伝えたい事を伝えても彼には意味がわからないし、頭のおかしい奴だと気味悪がられるだけだ。
 しかも、前世では女だったが、今の自分は男だ。せめて女だったら、普通に告白して恋人になれたかもしれない。前世では叶わなかった、ずっと傍にいるという約束を守れたかもしれない。
 けれど男として生まれてきてしまった今の自分では、彼の恋人になれる可能性は低い。
 前世では女だったし顔も素朴ながらもそれなりに可愛らしい感じだったのに、今はその面影もなく、平凡そのものという顔だ。
 これでは、彼に相手にされる事などないだろう。
 地味で何の取り柄もない自分が、カースト上位にいる彼に声をかける事すら躊躇われる。
 もし、万が一に彼が前世の事を思い出したとしても、今の蓮斗に恋をする事はないだろう。
 そもそも、彼と恋仲でいられたのはほんの一、二ヶ月で、自分は死んで、その後の事は何も知らない。ひょっとしたら彼は、蓮斗が死んだ後、他の女性と結ばれ幸せになったのかもしれない。王女と結婚し、幸福な人生を送ったのかもしれない。
 だとすれば、彼の中では蓮斗の事などいい思い出として終わっているのだろう。
 前世の事を思い出して、彼と運命の再会を果たしたのかとうっかり舞い上がってしまった。けれど、全然運命とかじゃなかったのだ。少なくとも壱岐にとっての運命の相手は自分ではない。
 残酷な現実を突き付けられ、深く肩を落としつつ蓮斗はその場を離れた。壱岐を見ていたら泣いてしまいそうだ。
 やるせない気持ちを抱えながらも、次の講義を受ける為に教室へ向かった。






 大学を出て、蓮斗はまっすぐバイト先へ向かう。徒歩圏内にあるカフェで、大学に入学してすぐに働きはじめた。できる仕事も増え、大分慣れてきたところだ。
 常連の客の顔もすっかり覚えた。中には親しげに声をかけてくれる人もいる。
 従業員も皆親切で、蓮斗にとって働きやすい環境だった。
 バイトを終え、店を出る。外は薄暗く、けれど男である蓮斗は特に警戒する事もなく人気のない路地を歩いていた。
 いつもの帰り道。自宅に向かってまっすぐ足を進めていたが、後ろから声をかけられて立ち止まる。

「蓮斗くん」
「っえ……?」

 振り返れば、そこにいたのはバイト先の常連客の男だ。名前は吉田よしだで、年齢は恐らく三十代。どんな仕事をしているのかは知らないが、店にはいつもスーツ姿でやってくる。
 今日も店に来て、その時に顔を合わせていた。

「吉田さん、どうしたんです?」

 彼が店を出てから結構時間が経っている。今まで帰らずに、店の近くにいたのだろうか。

「蓮斗くんと色々話したくて……。店の中じゃ、落ち着いて話せないからね。君は仕事中なわけだし」
「はあ……」

 蓮斗は困惑する。彼とは特別親しいわけでもない。年齢も離れているし、共通の話題など思い付かない。店の外でわざわざ話す事などあるだろうか。
 自分へのクレームかもしれないと、蓮斗は不安になる。こちらを気遣って、店の中ではなく外で注意するつもりなのではないか。

「あの、クレーム、とかでしたら、俺、ちゃんと店で聞きます……」
「え? ……ああ……ははっ、違うよ。クレームじゃないから安心して」

 ビクビクと申し出れば、吉田はおかしそうに笑った。
 ホッと胸を撫で下ろすが、ならば話とはなんだという疑問が再び沸き上がる。

「じゃあ、俺に話っていうのは……」

 吉田はどこかうっとりとしたような顔で微笑んだ。

「実は、蓮斗くんを一目見た時から、君の事が頭から離れなくなって……」
「え……?」
「毎日毎日、君の事を考えて……そして気づいたんだ。君は、僕の前世の恋人だって」
「…………は?」
「ああ、わかってるよ。もちろん、君は前世の事は何も覚えてないだろう? 大丈夫、気にしてないよ。それが普通だから、君は何も悪くないからね」
「え……ぁ……いや……」

 瞳に狂気を滲ませて、吉田がこちらににじり寄ってくる。

「でもね、僕達は心から愛し合っていた。それは紛れもない事実なんだよ」

 彼が近づいてくる分、蓮斗は後退る。じりじりと後ろへ下がり、やがて背中がビルの壁に触れそれ以上動けなくなる。

「今は思い出せなくても、きっとすぐに思い出すよ。前世と同じように、毎日たくさん愛し合えばね」
「ひっ……」

 手を伸ばされて、思わず引きつった声が漏れる。
 怖い。気持ち悪い。
 咄嗟に横に逃げようとして、けれど腕を掴んで阻まれる。

「こら。どうして逃げようとするんだい?」
「や、やめっ……放して、ください……っ」

 腕を振りほどこうとするけれど、相手の方が力が強くてかなわない。

「全く……。あんまり聞き分けがないと少し乱暴にしちゃうよ?」
「わっ……うっ!?」

 その場に押し倒され、背中を地面に打ち付けた。痛みに顔を顰める蓮斗の上に、吉田が覆い被さってくる。

「大丈夫、君を傷つけるような事はしないよ。ただ、気持ちいい事をするだけ」

 粘ついた声を耳に吹き込まれ、ぞわっと悪寒が走り抜ける。

「すぐに気持ちよくなるからね。前世でも、君はいつも快感に溺れて……可愛かったなぁ……」

 クスクスと笑みを零す吉田に本気で怯えた。逃げたいのに体は思うように動かず、助けを求める声も出ない。
 このままでは、この男にいいようにされてしまう。
 そう思った時。

「何してる……!」

 こちらに駆け寄る足音と共に怒りの滲む声が聞こえた。そして、蓮斗の上にのし掛かる吉田が後ろへと引っ張られる。
 襟首を掴まれ、吉田は苦しげな声を漏らした。

「っぐ、う……な、なにをする……っ」
「それはこっちのセリフだ」

 脅すような低い声は決して大きくはなく、寧ろ平坦な響きなのに、相手を萎縮させるほど凄みを帯びていた。
 蓮斗は顔を上げ、声の主が壱岐である事に気づく。瞠目し、声も出せずただ目の前の状況を見据える。
 壱岐は吉田の胸ぐらを掴み、ゾッとするほど冷ややかな顔を向けていた。

「油井に何をしていた?」
「っ、な、なに、って……別に、なにも……」
「何も? 嫌がる油井を押し倒して、無理やり迫っていただろうが」
「そ、そんな、事……っ」
「油井が怯えていたのがわからないのか? お前は油井を怖がらせて、痛みを与えた」
「ぐっ、く、苦しっ……はなっ……し……っ」
「お前にも同じように恐怖と痛みを与えてやろうか?」
「やめっ……やめて、くれ……っ」
「だったら、二度と油井に近づくな」

 吐き捨てるように言って、壱岐は吉田から手を離した。
 顔面蒼白の吉田は、震える足をもたつかせながらもその場から逃げていった。
 彼の姿が見えなくなると、壱岐は蓮斗へ手を伸ばした。

「大丈夫だったか?」

 彼の声も、瞳も、吉田に向けられたものとはまるで違う。優しく労りに満ちていた。
 暫し呆けていた蓮斗だが、我に返り、慌てて彼の手を取って立ち上がる。

「あ、ありがとう……」
「いや。怪我はないか?」
「うん。大丈夫……」

 彼の問いかけに答えながらも、頭の中は混乱していた。

「あの、壱岐……」
「俺の事を知っているのか?」

 はじめてその名前を口にすれば、呼ばれた彼は僅かに目を見開く。

「だって、有名、だし……」

 顔を見たのは今日がはじめてだが、名前は前から知っていた。

「壱岐の方こそ、何で俺の名前……」
「同じ大学に通ってるんだ。別に知っててもおかしくはないだろう」

 さらりとそう言われて、確かにそうかもしれない、と納得する。特別おかしな事ではないのかもしれない。現に蓮斗は彼の名前を知っていた。まあ、それは彼が目立つ容姿の大学の有名人だからだけれど。
 彼はたまたま大学内で蓮斗を見つけ、その時に一緒にいた誰かに名前を呼ばれていた。だから顔も名前も知っていた。
 そういう事はあるだろう。だったら別に不思議な事ではない。

「でも、壱岐がどうしてここに……?」
「偶然通りかかったんだ。何か揉め事かと思って近づいたら、同じ大学の学生が襲われてるような状況で、慌てて助けに入ったんだ」
「そうだったのか……」

 偶然に感謝しなければならない。壱岐が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか。

「壱岐が来てくれて、ホントに良かった……。助けてくれて、ありがとう」
「気にしなくていい。油井が無事なら、俺はそれで充分だ」

 壱岐は穏やかに微笑む。
 前世でも、彼は蓮斗を助けてくれた。蓮斗の身を案じ、気遣い、優しい言葉をかけてくれた。
 そして自分はそんな彼に恋をした。
 壱岐は覚えてないかもしれないけど、俺達は前世で恋人だったんだ。前世でも、壱岐は俺を助けてくれたんだよ。
 なんて、そんな事を口にすれば、蓮斗も吉田と同じ頭のおかしい異常者だと思われて終わるのだろう。
 彼の中で蓮斗は気持ちの悪いヤバい奴だと認識され、そしてこんな奴助けるんじゃなかったと、そんな風に思われてしまうかもしれない。
 彼に伝えたい気持ちはたくさんあったが、蓮斗はそれらを全て飲み込んだ。 

「油井は帰るところだったのか?」
「うん」
「なら、家まで送っていく」
「えっ、いや、それはいいよ……そこまでしてもらうなんて、悪いし……」
「まださっきの男が近くにいるかもしれないだろ。俺が心配だから、送らせてくれ」

 そんな言い方をされたら断りにくい。蓮斗はお言葉に甘えて送ってもらう事になった。
 壱岐と並んで、帰り道を歩く。たったそれだけの事にとてもドキドキした。前世ではほんの短い時間、隠れてこっそり会うという事しかできなかった。デートだってした事はないし、こうして二人で並んで歩くという事すら叶わなかったのだ。
 だから蓮斗にとってこの時間はとても貴重で、幸せだった。

「ところで、さっきの男は誰なんだ? 油井の知り合いだったのか?」
「あ、うん。バイト先の常連の人で……」
「バイト先?」
「俺、あの近くのカフェでバイトしてて」
「なるほど。その店の客だったのか」
「うん……。でも、ホントに壱岐はすごいな」
「すごい?」
「ああいう場面に遭遇しても、なかなか助けになんて入れないよ」

 親しい相手ならまだしも、蓮斗は彼にとってただ顔と名前を知っているだけの他人だ。そんな相手を助けるなんて、そうそうできる事ではない。
 前世でもそうだった。彼は勇敢で、強く、誰もが憧れる存在だった。

「ホントにすごいよ。きっと俺だったら、隠れて警察呼ぶくらいしかできない」
「いや、それが普通じゃないか? 俺は考えるよりも先に体が動いただけだ。相手がナイフとか持ってる可能性もあるんだ。割って入るのは危険だし、無謀でしかない」
「それがすごいよ。自分の危険を顧みないで、助けに入っていける事が」

 やはり助けたくても、自分に危険が及ぶかもしれないと思うと躊躇ってしまうものだろう。それなのに壱岐は、迷わず蓮斗を助けようと動いてくれたのだから。

「壱岐はすごい。尊敬するよ」

 心からそう伝えれば、彼は照れたように目を伏せた。

「そんなにまっすぐに褒められると、むず痒いな……」

 そう言って照れ臭そうに微笑む彼に、胸がときめいた。
 壱岐とこうして言葉を交わし、顔を見ていると、どうしても前世の記憶が脳裏を過る。彼の恋人だった頃の気持ちに戻ってしまう。
 胸をきゅんきゅんさせていた蓮斗だが、もうすぐ自宅のアパートに辿り着くというところで現実を思い出す。
 噂で聞いたのだが、壱岐は綺麗で広くてとにかく高いマンションに住んでいるらしい。
 対して蓮斗は、決して綺麗とは言えない狭くて安い二階建てのアパートで暮らしている。
 その違いに現実を突きつけられた。
 前世では身分違いの恋だった。今世でも、きっと彼とは住んでいる世界が違うのだ。
 自分なんかでは、到底彼には釣り合わない。友人にすら相応しくない。
 自分の住んでいるアパートを彼に見られるのが無性に恥ずかしく思えて、蓮斗は慌てて声を上げた。

「も、もう、ここでいい! すぐそこだから、もう一人で帰れるよっ」
「すぐそこなら、家の前まで……」
「ホントに大丈夫だから!」

 彼の言葉を遮り、必死に捲し立てる。

「今日はホントにありがとう! もしよかったら、今度お礼させて。ホントにホントにありがとう! じゃあ、また……!」

 何か言いたそうな壱岐に言葉を挟む隙を与えず、蓮斗は強引に別れの流れに持っていく。そして逃げるように彼の前から走り去った。
 とても失礼な態度をとってしまった。自覚はあるが、どうしても壱岐に家を見られたくなかったのだ。






 蓮斗から壱岐に近づくような事はできなかった。お礼はしたかったけれど、声をかけるのも気が引けた。
 彼と話せば嬉しくなるけれど、それ以上に悲しくなるだろう。
 自分はどうして前世を思い出してしまったのだろう。
 そもそも、これは本当に前世の記憶なのかと怪しく思えてくる。ただの自分の妄想なのではないか。吉田のように、妄想を前世だと思い込んでいるだけなのではないか。
 壱岐を一目見た瞬間にそんな妄想が頭を埋め尽くすなんてあり得ないとは思うけれど、この記憶が前世だという確証もないのだ。
 本当に前世だったとしても、前世は前世。今の蓮斗と壱岐には何の関係もない。前世はただの思い出として、胸にしまっておくべきなのだろう。
 蓮斗はもう壱岐に関わるつもりはなかった。けれど、壱岐に助けられた二日後、大学内で彼の方から声をかけてきた。

「油井に話があるんだ」

 彼はそう言った。話の内容に全く見当がつかず戸惑う。
 助けてもらったお礼はしたいので、蓮斗は言われるまま、大学を出て彼についていった。
 着いた先はとにかく高いマンションだった。階数も高く金額的にも高そうな、綺麗なマンション。彼がここに住んでいるのだとしたら、やはり自分の暮らしているアパートを見られなくてよかったと心から思った。
 エレベーターを上がり、部屋の中へと招き入れられる。

「上がってくれ」
「ま、待って……」

 蓮斗は玄関で足を止めた。
 どうしてここに連れてこられたのかわからない。話をするだけなら、大学でだってよかったのではないか。
 室内がモデルルームのように洗練されていて、あまりにも広くて、自分が酷く場違いのように思えた。自分なんかがのこのこと靴を脱いで部屋に上がるのが躊躇われた。

「壱岐の話って何なんだ? どうして俺をここに……?」
「俺は今、ここで一人で暮らしてるんだが」

 壱岐は無理に中へ入れようとはせず、説明をはじめた。

「見ての通り広くて、困ってるんだ。掃除が大変で」
「はあ……。まあ、そうだろうな」
「ハウスキーパーを雇う事も考えたんだが、他人を家に入れるのはあまり気が進まなくてな」
「そうなんだ」
「だから、油井に頼めないかと思って」
「……は? ……え?」

 さらりと言われた彼の言葉を理解できず、蓮斗は間抜けな声を上げた。
 ポカンとする蓮斗に構わず、壱岐は話を続ける。

「バイトしないか? 油井にはこの部屋の掃除をしてほしいんだ」
「バイトって……。いや、俺はもう……」
「カフェでのバイトは辞めないか?」
「えっ? な、何で……」
「バイト先の客に襲われたんだろう? このまま働き続けるのは危険じゃないか?」
「それは……」

 そうなのだろうか。蓮斗は辞めるだなんて、全く考えてなかった。給料にも満足しているし、通いやすいし、大学在学中はずっと働く気でいた。

「俺は、辞めるつもりはないから……」
「でも、また同じ事が起きるかもしれないんだぞ? 変な客に目をつけられて、既に狙われてるかもしれない」
「いやいやいや、それはないって」

 壱岐は真剣な顔で言ってくるが、蓮斗はその可能性は全くないと思っている。

「壱岐みたいに顔がスゴいよかったらそういう危険は日常的にあるかもしれないけど、俺みたいなフツーのヤツにはあんな事そうそう起こんないから」
「だが、現にあっただろう」
「あれはホントに奇跡的っていうか……。多分、最初で最後だよ。あんな事、もう二度とないよ」

 自分が何度も狙われるなんてあり得ない。強盗目的とか、そういう別の意味で狙われる事はあるだろうが。あんな風に変な目で蓮斗を見るなんて、きっと吉田だけだ。

「俺の事、心配してくれたんだよな。ありがとう、壱岐」

 蓮斗はニコッと微笑みかけた。
 彼の気遣いは純粋に嬉しい。けれどその優しさに甘えるつもりはない。

「でも、俺は本当に大丈夫だから」
「…………」

 納得できていないような表情の壱岐を説得し、丁重にお断りして蓮斗はマンションを後にした。
 それにしても、壱岐は本当に優しく困っている人を放っておけない質なのだろう。でなければ、一度関わった事があるだけの蓮斗にあんな話を持ち掛けたりはしない。
 前世でも、戦う事で人々を助ける立派な人物だった。生まれ変わっても本質は変わらないのだ。




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