3 / 6
3
しおりを挟むそして遂にその日はやって来た。
うまくいけばユリウスは、今日開かれるパーティーでヒロインであるシルヴィエと出会う。
「マリナは人見知りだし、人がたくさんいる場所は苦手だろう? 大勢の人が集まるパーティーに参加するのは、マリナにはまだ早いと思うんだ。もう少し大人になってからの方がいいよ」
と、ユリウスに社交界デビューを遅らされているマリナは参加できないのだが。
マリナは自分が人見知りだと意識したことはなかったのだが、言われてみると確かに今まで人と接する機会も少なかったし、いきなり人が大勢集まるパーティーに参加したら精神的に負担が大きいのかもしれない。そう思って、素直に彼の言葉に従った。ゲームのマリナは既に社交界デビューを果たしていたのだが、マリナはゲームのマリナとは違う。ユリウスもゲームより少し過保護になっているのだろう。
ゲームと現実は違う。多少流れが変わることもあるだろうと、あまり気にしなかった。
「お義兄さま、絶対中庭に出てみてくださいねっ」
マリナはユリウスの幸せを望んでいる。シルヴィエと結ばれるのが、ユリウスにとって一番の幸せだろう。そのためには、今日ユリウスとシルヴィエは出会わなくてはならないのだ。
貧乏貴族のシルヴィエはパーティー中に心ない陰口に傷つき、中庭で一人ひっそりと涙を流すことになる。そこへユリウスが現れ、慰められ、二人の関係はそこからはじまるのだ。
だから絶対にユリウスには中庭に行ってもらわなくてはならない。
これからパーティーに向かうユリウスに、マリナは何度も念を押す。
「絶対、絶対ですよっ」
「わかったよ、マリナ。ちゃんと見てくるから」
「約束ですよっ」
パーティー会場の中庭が綺麗で有名だからしっかり見て感想を聞かせてほしいと適当な理由を作り上げ、マリナはユリウスに中庭に行くように頼んだ。
マリナも参加できれば二人の出会いを見守ることもできたのだが、仕方ない。
マリナはパーティーに向かうユリウスを見送り、彼が帰ってくるのをおとなしく待っていた。
数時間後。ユリウスはいつもと変わらぬ様子で帰ってきた。普段と全く態度が変わらない。運命の出会いを果たせたのか、見ただけではわからなかった。
「お帰りなさい、お義兄さまっ」
「ただいま、マリナ」
「ど、どうでしたか、中庭は!?」
思わず身を乗り出して尋ねてしまう。
ユリウスはにこっと微笑んだ。
「うん、とても綺麗だったよ。ライトと月明かりに照らされて、薔薇の花がキラキラ輝いて」
ユリウスは丁寧に説明してくれるが、マリナが聞きたいのはそんなことではない。
「そ、それで、その、そんな素敵な中庭で、なにか素敵なこととか起きたりしませんでしたか!?」
「素敵なこと?」
「ええ! そんなロマンチックな場所ですから! なにか素敵なこととか起きてもおかしくないじゃないですか!」
「うーん……残念ながら、素敵なことはなかったかなぁ」
「ええ!?」
シルヴィエと会わなかったのだろうか。それとも隠しているのか。ユリウスの表情からは判断できない。
「ほ、ほんとに? なにもなかったのですか!?」
「どうしたの、マリナ。そんなに必死になって」
「えっ……」
気になるあまり、ぐいぐいいきすぎてしまった。これ以上しつこく食い下がると不審に思われてしまう。
マリナはサッと身を引いた。
「す、すみません、そんな綺麗なお庭、私も見てみたくて……。お義兄さまと二人で歩けたら素敵だなぁって考えて、つい……」
「マリナ……」
ユリウスはハッとしたように息を呑む。マリナの苦しい言い訳をすんなり信じてくれたようだ。
「ごめんね、マリナ」
「お、お義兄さま……?」
ふわりと優しく抱き締められ、マリナは戸惑った。
「マリナの気持ちも考えないで、デビューを遅らせて……マリナをここに置き去りにして……」
「え? いえ、そんな……」
「僕も、マリナと二人で見たかった」
「はあ……」
「今度は、二人で見に行こう」
咄嗟に出た誤魔化しの言葉はどうやらユリウスの心の琴線に触れたようで、それからマリナはすぐに社交界デビューを果たすこととなった。
それからマリナはユリウスとパーティーに参加した。デビューを果たしてから二度目のパーティーだ。
飲み物を飲みながらユリウスと話をしていると、片手を上げながら一人の青年が近づいてきた。
「よお、ユリウス」
ニカッと人懐こそうな笑みを浮かべるその青年に、マリナは見覚えがあった。といっても、見たのはゲームの中でだが。
ラドヴァンというその青年は、ユリウスと同じくゲームの攻略対象者の一人だ。
ユリウス以外の攻略対象者にはじめて生で会えたことで、マリナのテンションは上がった。
ヒーローの一人というだけあって、彼もとても整った容姿をしている。
思わずじっと顔を見つめ、握手してもらえないだろうか、なんて考えていると、ユリウスと話していたラドヴァンがこちらに顔を向けた。
「やぁ、はじめまして、マリナちゃん。君のことはユリウスから聞いていたよ」
「はっ、あ、そ、そうなのですか……っ?」
「はは、緊張しちゃって可愛い。はじめましての記念に踊っていただけませんか?」
差し出された手に、是非! と手を重ねようとして、突き刺さるユリウスの視線に気づいた。
彼に言われていたことを思い出す。
ダンスの先生には完璧だと褒められたのだが、ユリウスにはパーティーで初対面の相手と踊るのはまだ早いからやめた方がいいと言われていたのだ。緊張してステップを間違えれば、相手に恥をかかせることになるから、まだユリウス以外の男性と踊ってはいけない、と。
穏やかな笑みを浮かべつつ、ユリウスの視線は厳しくマリナをとらえている。
ここでラドヴァンからの誘いを受ければ、後で叱られてしまうだろう。
マリナはしょんぼりと肩を落とし、ダンスを断った。
「申し訳ありません……。まだうまく踊れないので、お断りさせていただきます……」
「そんなの気にしないのに」
「いえ、みっともない姿をお見せするわけにはいきませんので……」
「じゃあ、もっとマリナちゃんのダンスが上達したらまた誘うから、そのときは踊ってくれる?」
「は、はいっ、もちろんです!」
ただの社交辞令だろうが、マリナは笑顔で頷いた。
その後もマリナはユリウスと過ごした。
会場内にシルヴィエの姿を見つけたが、ユリウスが彼女に声をかけることはなかった。
やはり、シルヴィエと出会わなかったのだろうか。ユリウスルートへ進むのを失敗してしまったのか。
そう思っていたとき。
「お久しぶりです、ユリウス様」
シルヴィエの方からユリウスに声をかけてきた。
二人は運命の出会いを果たしていたのだ。
当事者でもないのにマリナの気持ちは舞い上がった。
「ああ、はい、お久しぶりです、シルヴィエ嬢」
しかし、当のユリウスは全く嬉しそうではなかった。ヒロインに声をかけられたというのに、喜ぶどころか寧ろよそよそしい態度で、笑顔も完全に愛想笑いだ。
いや、照れているだけかもしれない。マリナが傍にいるから、平静を装っているのではないか。
「お義兄さま、私、少し庭を見てきますね」
気を遣ってそう言ったら、
「それなら僕も行くよ」
と言って、シルヴィエをほったらかして何故かユリウスも庭についてきた。
おかしい。二人は確実に出会っているはずなのに、全然恋に発展しそうな雰囲気ではない。特にユリウスが。出会いさえすれば、そのまま順調に恋愛へと進展していくと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
自分の考えの甘さを反省していると、不意にユリウスに手を取られた。
「お義兄さま?」
「踊ろうか、マリナ」
会場内の音楽は、ここにも流れてきている。
マリナはユリウスに促されるまま、ステップを踏みはじめた。
庭には、ユリウスとマリナの二人しかいない。
「なんだか贅沢な気分ですね。こんな綺麗な花に囲まれて、二人だけで踊るなんて」
微笑むマリナを、ユリウスはじっと見つめる。
「踊りたかった?」
「え?」
「ラドヴァンと」
「いいえ、こうしてお義兄さまと踊れるだけで充分です」
「誘われて、嬉しそうだったね」
確かに嬉しかった。けれどそれは、有名人に会えたファンの心境と同じだ。
ラドヴァンに対して恋愛感情は一切抱いていない。それははっきりとわかった。だって、ユリウスを前にしたときのような心のときめきは全く感じなかった。
「お義兄さまと踊れることが、私はなによりも嬉しいです」
「マリナ……」
僅かに瞠目するユリウスに、マリナはにっこり微笑んだ。
ユリウスをどれだけ好きになろうと、その気持ちが報われることはない。
だからあくまで妹として、家族として接しようと思っていたのに。
自分はとっくに恋に落ちていたのだろう。
たとえユリウスがシルヴィエと結ばれなかったとしても、ユリウスがマリナを妹としか見ていないという現実は変わらない。
マリナはユリウスの妹にしかなれない。
せめてゲームのマリナみたいにならないよう、この気持ちは心に秘めたまま、彼の幸せを願おう。
───────────────
読んでくださってありがとうございます。
123
お気に入りに追加
4,161
あなたにおすすめの小説
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】婚約者には必ずオマケの義姉がついてくる
春野オカリナ
恋愛
幼い頃からの婚約者とお出掛けすると必ず彼の義姉が付いてきた。
でも、そろそろ姉から卒業して欲しい私は
「そろそろお義姉様から離れて、一人立ちしたら」
すると彼は
「義姉と一緒に婿に行く事にしたんだ」
とんでもないことを事を言う彼に私は愛想がつきた。
さて、どうやって別れようかな?
感情が色で見えてしまう伯爵令嬢は、好きな人に女として見られたい。
鯖
恋愛
伯爵令嬢のソフィアは、子供の頃から、自分へ向けられる感情が何故か色で見えてしまう。黄色やオレンジ色、朱色は親愛の色。青色は嫌悪の色。ソフィアが成長し、昔は見えなかった色が見える様になった。
それは、紫色。性的に興味のある時に見える色だ。豊満な身体つきのソフィアを見て、大抵の男性には紫色が見えてしまう。家族以外で親愛の色が見える男性は、兄の友人で、昔から本当の兄の様に慕っているアンドリューだった。
アンドリューのことが、好きだと気づいたソフィアは、アンドリューから女性として見られたいと願う様になる。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。
しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。
そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。
王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。
断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。
閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で……
ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる