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しおりを挟む翌日。ツバキはいつものように縁側から庭を眺めていた。殆ど眠れていないので、頭がぼうっとする。
ツバキの気持ちとは裏腹に、空は清々しく晴れ渡っていた。
ぼんやりと、これからの事を考える。
自分はここから出ていくべきなのだろう。御屋敷を抜け出せばいいのだろうか。もちろん連れ戻されることはないはずだ。ハクが嫁が逃げたと訴えれば、村人達は新たな花嫁を差し出すだろう。
ツバキは村へは帰れない。帰れば捕まって強制的に再びここへ戻されるだけだ。
ツバキの行ける場所などない。
だからここを出たらとにかく森の中を歩き続けて、それで──。
突然耳に入った草を踏む音に、ツバキは現実へと引き戻される。
顔を向けると、子狐がいた。
小首を傾げてこちらを見る愛らしい姿に、すりきれていた心が癒される。
「ふふ……。こんにちは」
小さく微笑めば、子狐はツバキの傍へやってきた。
「もう会えなくなっちゃいますね……」
膝に乗る子狐の背中を撫でた。
ぽかぽかと温もりが伝わってきて、心までじんわりと温かくなる。
ふと、甘い香りが鼻を掠めた。花の匂いとは違う。
なんの匂いだろうと疑問に思うけれど、すぐに思考は霞んでいく。
頭がぼんやりする。寝不足のせいだろうか。
こちらへ顔を向けた子狐と目が合う。
じっと視線が絡み合い、気づけばツバキは口を開いていた。
「私……私、ここからいなくなった方がいいんですよね……?」
なんでこんなことを口にしているのだろう。たとえ独り言だって、自分の気持ちを吐き出したりなんてしたことなどないのに。
何故か思っていることが口をついて出る。
「ハク様は、きっと私に村に帰ってほしいって思ってる……。だから、私はここにいない方がいいんですよね……。ハク様は、私なんかがお嫁にきて迷惑に思ってる、から……私が消えて、私なんかより綺麗でハク様のお嫁さんに相応しい人に来てほしいって、そう思ってて……」
言いながら、涙がぽろぽろ零れだす。
「わ、私なんか、ハク様のお嫁さんに、なれるわけ、ないのにっ……」
涙も言葉も止められない。
「顔も合わせたくないって、思われてるくらい嫌われてるのに、いつまでも、ここに居座って、迷惑、かけて……っ」
子狐は黙って膝に座ってツバキを見ている。
「私が、こんな、醜くなかったら……もっと綺麗で、なんでもできて、お嫁さんに相応しかったら……きっとお祭りも、一緒に見て回ってもらえたのに……。ここに来たのが私じゃなければ、ハク様は、お嫁さんと、楽しく過ごせてたかもしれないのに……」
ぽたぽたと、涙が頬を伝って落ちていく。
「私がこんなに醜くなかったら、ちゃんと顔を見て、お話、してもらえたのに……。毎日顔を見て、一緒に食事もして……家族に、なれたかもしれないのに……。私なんかが、来て、すみません……。もっと早く、いなくなるべき、でした……。すみません……すみません、ハク様……っ」
両手で顔を覆い、泣きじゃくる。
泣きながら何度も何度も繰り返し謝った。
寝不足のせいもあり、やがてツバキは泣き疲れて眠ってしまう。
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