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「お祭りがあるんですよ。ツバキ様、行ってみませんか?」

 フクにそう言われたのは、ツバキがここへ来て一月が過ぎた頃だった。
 ハクと顔を合わせたのはあの庭での一度きり。彼との関係はなんの進展もなく、相変わらずツバキは疎外感に苛まれていた。

「お祭り……? お祭りなんて、近くであるんですか……?」
「ええ。と言っても、現世のお祭りではなくこちら側のお祭りですけどね」
「それって……」
「ああ、ご心配なく。現世のお祭りと内容は変わりませんよ。参加しているのが人間ではないだけで」
「……そんなお祭りに、人間の私が行っても大丈夫なんでしょうか……?」
「もちろんですよ。ツバキ様はハク様のお嫁様ですから」
「…………」

 にっこり微笑まれ、ツバキはなんと返せばいいのかわからなかった。フクが嫌味でそんな風に言ったわけではないとわかるから、余計に。

「お祭り、ですか……」
「ずっと御屋敷の中にいては退屈でしょう?」

 退屈とは思わないけれど。でも、折角提案してくれたのだから断るのは申し訳ない。

「行ってみたいです、お祭り……」

 正直不安もあったけれど、ツバキはそう伝えた。






 その翌日。ツバキはフクの案内で祭りの会場へ向かった。陽は落ち、暗い森の中の道をフクが提灯で照らして進む。

「ああ、見えましたよ」

 フクの言葉に顔を向けると、提灯の灯りが列を成していた。賑やかな声が聞こえてくる。

「では、行ってらっしゃいませ」

 祭りの入り口でフクは足を止めた。

「これは、ハク様から。こちらで使える通貨です。これで好きなものを買って下さい」

 チャラリと音の鳴る巾着を差し出される。

「そんな……頂けません」
「遠慮しないで、受け取って下さい。折角のお祭りですから、楽しんできてほしいとハク様が望んでいるんです」
「ハク様、が……」

 ハクのツバキに対する態度を見る限り、そんな風には思えない。だからといって突っぱねる事もできるはずはなく、ツバキは大人しくそれを受け取った。

「ありがとうございます……」
「お帰りの際はこの鈴を鳴らして下さい。すぐに迎えに参りますので」

 紐のついた小さな鈴を手渡し、フクは去っていった。
 正直、一人で回るのは非常に心細い。けれど、一緒にいてほしいとわがままは言えなかった。フクにはやる事があるかもしれないのに、自分に付き合わせるなんてできない。
 ここまで連れてきてもらったのだ。しっかり見て回ろう。
 ツバキはゆっくりと足を進めた。
 祭りに来るのははじめてだ。
 沢山の出店。楽しそうな声。
 なんだか夢の中にいるような気分だった。
 フクが言っていた通り、人間はいない。
 動物や植物の姿をしている者、表現できないような斬新な姿の者。様々な姿形の生き物が思い思いに祭りを楽しんでいる。
 夢心地で周囲を見回していたツバキは、とある出店を見て視線をとめた。
 それはお面屋だった。色んなお面が並んでいる。
 ツバキは店に近づいた。
 ふと思う。
 お面で顔を隠せば、ハクはツバキを見てくれるのではないかと。
 彼はツバキの顔を見ようとはしなかった。ツバキが美しくないから。だから顔を合わせたくないのかもしれない。
 それならば、この不快な顔を隠せば。そうすれば、少しはツバキと会ってくれるのではないか。少しなら会話をしてもいいと思ってくれるのではないか。
 そんな風に考えて、ツバキはお面を買った。
 狐のお面で顔を覆う。
 あいた穴から周りを見る。
 楽しそうに祭りを見て回る者達で溢れている。
 楽しそうに言葉を交わし、楽しそうに笑顔を見せ合い、楽しそうに色んなものを食べ、手を繋いで、はしゃいでいる。
 ツバキのように一人でいる者はいなかった。
 お面の中できゅっと唇を噛む。
 もしツバキが守り神様に相応しい身も心も美しい人間だったのなら、ハクは一緒にいてくれたのだろうか。
 ツバキなんかが隣を歩いたら、ハクに恥ずかしい思いをさせてしまうことだろう。
 だから、自分は一人でいいのだ。
 お面をつけたまま、ツバキは再び歩き出す。
 ふと目にとまったのは、飴を売っている出店だった。色んな形の鮮やかな飴細工が並べられている。
 綺麗で繊細な飴に目を奪われ、引き寄せられるように店に近づく。
 花や動物などの美しく色づいた飴にほう……と感嘆の溜め息を吐き出した。

「あ……」

 小さく声を漏らしたツバキの視線の先には、椿の花の飴細工があった。
 輝く紅色が美しい。
 逡巡の末、ツバキは飴細工を二つ購入した。
 ハクには椿の花、フクには小鳥。二人へのお土産に。
 自分にはべっこう飴を買って、それを舐めた。蕩けるように甘くて美味しいそれに、ツバキは感動する。
 ふとした瞬間に感じる寂しさ。
 美味しいものを食べるのなら、一人ではなくそれを誰かと一緒に味わいたい。味わってみたい。美味しいと笑い合ってみたい。
 そんな贅沢な事を考えてしまう。
 一人きりでいるのには慣れているはずなのに、虚しい気持ちが溢れてくるのは、周りが楽しそうな空気で満たされているからだろうか。
 どんどん沈んでいきそうになり、ツバキはかぶりを振って暗澹とした気持ちを振り払う。
 祭りは楽しむものなのに、暗い気持ちで見て回るなんて祭りに失礼だ。
 それからツバキは一通り祭りを見て回り、入り口へと戻った。鈴を鳴らせば、フクはすぐにやってきた。
 フクに先導され、御屋敷に帰ってくる。




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