1 / 12
1
しおりを挟む「ここをまっすぐ進みゃいい。あとは一人で行けるだろ」
そっけなく言い放ち、男はツバキの返事も聞かずにさっさと来た道を引き返していく。
振り返る事もなく去っていく背中を悲しい気持ちで見送った後、視線を前へと戻した。
道なき道を進んだ森の奥に、ツバキの行くべき場所はある。
ゆっくりと森の中へ足を踏み入れた。
どれくらい時間が経過しているのかもわからないまま、何も考えずただひたすら歩き続ける。
やがて開けた場所に出た。
視界いっぱいに入ってきたのはそれはそれは立派な御屋敷だった。
気後れしながらも屋敷に近づいていく。すると、門の内側から誰かが姿を現した。
「いらっしゃいませ、お嫁様」
そう言ってにっこり微笑むのは少女にも少年にも見える、見目の美しい子供だった。思わず目が奪われたのは美しいからだけでなく、その頭にはつんと尖った狐の耳が、腰の向こうにはフサフサの尻尾が覗いていたからだ。
「私はハク様にお仕えしているフクと申します。私がお嫁様のお世話をさせて頂きますね」
「はっ、はじめまして……私は、ツバキです。よろしく、お願いします……っ」
ツバキは体を折り曲げる勢いで深く頭を下げた。
そんなツバキに、フクは笑みを漏らす。
「私相手にそんなに畏まらなくてもいいですよ」
「はっ、はい……っ」
「では、お嫁様のお部屋へ案内しますのでついてきて下さい」
「はいっ」
フサフサの尻尾に視線をとらわれそうになりながら、ツバキはフクの後ろ姿を追った。
御屋敷の中は迷子になりそうなほど広い。きょろきょろと見回してしまいそうになるのを我慢して、廊下を進む。
やがてフクは足を止め、辿り着いた部屋の襖を開けた。
「ここがお嫁様のお部屋ですよ」
与えられた部屋は、ツバキには不相応な広い部屋だった。
「わ、私が、こんな立派なお部屋を使わせて頂くわけには……」
「なにをおっしゃるんですか。お嫁様の為のお部屋なのですから、遠慮は無用ですよ」
フクは部屋の中に入り、障子を開ける。
「ほら、見て下さい」
「っ……!」
障子の向こうには庭が広がっていた。その素晴らしい景色にツバキは息を呑む。
色とりどりの花が咲き、鮮やかで幻想的な光景が目の前に広がっていた。
呆然と見惚れるツバキにフクはにこりと笑う。
「お気に召して頂けましたか? この部屋から庭が一番よく見えるんです」
そうならば、やはりツバキにはこの部屋は勿体なさ過ぎる。しかしツバキにと用意された部屋を拒否するのは、それはそれで失礼なのだろう。
「……ありがとう、ございます」
「すぐに食事の用意をしますね。お疲れでしょう? ゆっくり休んでいて下さい」
フクが部屋を出ていき、ツバキは部屋の中にポツンと取り残される。
ぼんやりと、美しく彩られた庭を見つめた。
ここが今日から自分の部屋だなんてとても信じられない気持ちだった。
0
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
【完結】大学で人気の爽やかイケメンはヤンデレ気味のストーカーでした
あさリ23
恋愛
大学で人気の爽やかイケメンはなぜか私によく話しかけてくる。
しまいにはバイト先の常連になってるし、専属になって欲しいとお金をチラつかせて誘ってきた。
お金が欲しくて考えなしに了承したのが、最後。
私は用意されていた蜘蛛の糸にまんまと引っかかった。
【この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません】
ーーーーー
小説家になろうで投稿している短編です。あちらでブックマークが多かった作品をこちらで投稿しました。
内容は題名通りなのですが、作者的にもヒーローがやっちゃいけない一線を超えてんなぁと思っています。
ヤンデレ?サイコ?イケメンでも怖いよ。が
作者の感想です|ω・`)
また場面で名前が変わるので気を付けてください
ワケあってこっそり歩いていた王宮で愛妾にされました。
しゃーりん
恋愛
ルーチェは夫を亡くして実家に戻り、気持ち的に肩身の狭い思いをしていた。
そこに、王宮から仕事を依頼したいと言われ、実家から出られるのであればと安易に引き受けてしまった。
王宮を訪れたルーチェに指示された仕事とは、第二王子殿下の閨教育だった。
断りきれず、ルーチェは一度限りという条件で了承することになった。
閨教育の夜、第二王子殿下のもとへ向かう途中のルーチェを連れ去ったのは王太子殿下で……
ルーチェを逃がさないように愛妾にした王太子殿下のお話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる