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「ここをまっすぐ進みゃいい。あとは一人で行けるだろ」

 そっけなく言い放ち、男はツバキの返事も聞かずにさっさと来た道を引き返していく。
 振り返る事もなく去っていく背中を悲しい気持ちで見送った後、視線を前へと戻した。
 道なき道を進んだ森の奥に、ツバキの行くべき場所はある。
 ゆっくりと森の中へ足を踏み入れた。
 どれくらい時間が経過しているのかもわからないまま、何も考えずただひたすら歩き続ける。
 やがて開けた場所に出た。
 視界いっぱいに入ってきたのはそれはそれは立派な御屋敷だった。
 気後れしながらも屋敷に近づいていく。すると、門の内側から誰かが姿を現した。

「いらっしゃいませ、お嫁様」

 そう言ってにっこり微笑むのは少女にも少年にも見える、見目の美しい子供だった。思わず目が奪われたのは美しいからだけでなく、その頭にはつんと尖った狐の耳が、腰の向こうにはフサフサの尻尾が覗いていたからだ。

「私はハク様にお仕えしているフクと申します。私がお嫁様のお世話をさせて頂きますね」
「はっ、はじめまして……私は、ツバキです。よろしく、お願いします……っ」

 ツバキは体を折り曲げる勢いで深く頭を下げた。
 そんなツバキに、フクは笑みを漏らす。

「私相手にそんなに畏まらなくてもいいですよ」
「はっ、はい……っ」
「では、お嫁様のお部屋へ案内しますのでついてきて下さい」
「はいっ」

 フサフサの尻尾に視線をとらわれそうになりながら、ツバキはフクの後ろ姿を追った。
 御屋敷の中は迷子になりそうなほど広い。きょろきょろと見回してしまいそうになるのを我慢して、廊下を進む。
 やがてフクは足を止め、辿り着いた部屋の襖を開けた。

「ここがお嫁様のお部屋ですよ」

 与えられた部屋は、ツバキには不相応な広い部屋だった。

「わ、私が、こんな立派なお部屋を使わせて頂くわけには……」
「なにをおっしゃるんですか。お嫁様の為のお部屋なのですから、遠慮は無用ですよ」

 フクは部屋の中に入り、障子を開ける。

「ほら、見て下さい」
「っ……!」

 障子の向こうには庭が広がっていた。その素晴らしい景色にツバキは息を呑む。
 色とりどりの花が咲き、鮮やかで幻想的な光景が目の前に広がっていた。
 呆然と見惚れるツバキにフクはにこりと笑う。

「お気に召して頂けましたか? この部屋から庭が一番よく見えるんです」

 そうならば、やはりツバキにはこの部屋は勿体なさ過ぎる。しかしツバキにと用意された部屋を拒否するのは、それはそれで失礼なのだろう。

「……ありがとう、ございます」
「すぐに食事の用意をしますね。お疲れでしょう? ゆっくり休んでいて下さい」

 フクが部屋を出ていき、ツバキは部屋の中にポツンと取り残される。
 ぼんやりと、美しく彩られた庭を見つめた。
 ここが今日から自分の部屋だなんてとても信じられない気持ちだった。





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