勘違いしちゃってお付き合いはじめることになりました

よしゆき

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 晴臣と恋人になって数週間が過ぎた。勘違いから付き合いはじめたあの日から、毎日一緒に登下校し、休み時間も昼休みも彼は友也の傍にいる。
 今日の昼休みも、人気のない踊り場で彼と二人で過ごしていた。食事を終え、友也はゲームをする。ピッタリと寄り添い、晴臣はそれを隣で見ていた。

「俺、ゲームの事は全然わかんねーけど宮瀬はマジで上手いよな」
「そんな事……」
「いや、上手いだろ」
「ゲームばっかりしてきたからだよ」

 野崎は晴臣はゲームが下手だと言っていた。でも、頑張って続ければ彼だって楽しめるようになるかもしれない。

「桧山くんもやってみる?」
「っ……」

 首を横に向けると、ぶつかりそうなほど近くに彼の顔があった。至近距離で目が合い、互いに息を呑む。二人の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「ご、ご、ごめ……っ」
「いや……べ、別に……」

 赤面し、友也も晴臣もうろうろと視線をさ迷わせる。
 暫し無言が続き、やがて意を決したように晴臣が口を開いた。

「なあ……宮瀬……」
「な、な、なに……?」
「……………………キス、しても、いいか……?」

 めちゃくちゃ小さい声だったが、友也の耳にはしっかりと届いた。

「ええっ!? あっ、やっ、その……っ」

 あたふたと狼狽える。どうすればいいかわからず口籠れば、晴臣はわかりやすく落ち込んだ。

「……嫌、か…………?」

 しゅんと肩を落とし、悲しみを湛えた瞳を伏せる。
 友也は彼のこの顔に弱かった。

「い、嫌じゃないよ、全然……っ」

 咄嗟に否定してしまう。
 そうすれば、晴臣は嬉しそうに瞳を輝かせた。頬を赤く染めて、子供のようにわかりやすく喜ぶ彼にもとことん弱かった。
 はじめてのキスなのに。勘違いで付き合っている相手としてしまっていいのか。
 悩んだところで、今更拒む事などできないけれど。

「宮瀬……」

 緊張の滲む声で名前を呼ばれ、彼と向かい合う。
 心臓が痛いくらい激しく脈打ち落ち着かなかったが、彼も同じなのだと思うと気持ちが少し楽になった。
 晴臣の手が頬に触れる。ゆっくりと顔が近づいてきて、心臓が飛び出るのではないかと思うくらい強く早鐘を打つ。
 友也はぎゅっと目を瞑った。
 晴臣の吐息が唇にかかる。
 少しの間をあけて、そっと唇に何かが触れる感触がした。
 ほんの少し触れただけで、すぐに離れていった。
 目を開ければ、耳まで真っ赤に染めた晴臣がいる。
 きっと自分も同じように赤くなっているのだろうと友也は思った。
 あの晴臣が、あんな、ちょっと唇が触れただけのキスをして、こんなに赤くなって照れている。
 やっぱり可愛い。
 嫌悪など感じるどころか、友也はきゅんと胸をときめかせていた。

「ぅ……その……もう一回、しても……いいか……?」

 どもりながら訊いてくるのも可愛い。

「ぅ、う、う、うん……。いい、よ……」

 そして友也も負けず劣らずどもりまくっていた。
 再び顔を寄せ合う。
 友也は目を閉じ、それからもう一度唇が重なった。今度はすぐに離れたりせず、ピッタリと唇が触れ合う。
 一度目は一瞬だったからよくわからなかったが、晴臣の唇は柔らかかった。少し厚めの彼の唇の感触がしっかりと伝わってくる。

「んっ……んっ、ふ……っ」

 緊張で固まる友也の体が、晴臣に抱き締められる。
 ふにふにと触れているのが晴臣の唇なのだと意識すると激しい羞恥に襲われた。
 今、自分はキスをしている。晴臣と、キスをしているのだ。
 弾けそうなくらい心臓がドキドキしている。密着している晴臣の胸からも、ドキドキと高鳴る鼓動が響いてくる。
 彼も同じようにドキドキしているのだと伝わってきて、それが嬉しいと感じていた。
 唇を離さないまま角度を変え、気づけば二人は夢中でキスを交わしていた。

「んっ……ふぅっ……んんっ」

 晴臣の唇の感触が気持ちよくて、トロトロと思考が溶けていく。
 離したくない。このままずっと唇を触れ合わせていたい。いつしかそんな思いを抱き、友也からもちゅっちゅっと唇を押し付けていた。
 頭がくらくらして、心臓はバクバクで、体温がどんどん上昇していく。
 もっと、もっと……。
 彼とのキスにすっかり耽溺していた友也だが、遠くにパタパタと響く足音が耳に届き我に返った。反射的に晴臣の胸を押し唇を離した。
 唐突にキスを中断され、晴臣は気まずそうな顔で俯く。

「わ、悪ぃ……俺、夢中になっちまって……。嫌だったか……?」

 友也はぶんぶんと首を左右に振り立てる。

「違うよ! 嫌とかじゃなくて、学校なの思い出して……。ここって滅多に人は通らないけど、絶対来ないわけじゃないから……。もし誰か来て、見られたらまずいし……」

 実際、野崎がやって来た事もある。また彼がここに来る可能性もあるのだ。
 友也の説明に、彼は真面目な顔で頷いた。

「確かにそうだな。宮瀬のキスしてる顔、誰にも見せたくねーしな」
「そういう事じゃなくてっ」

 冗談なのか本気なのかわからない晴臣に、真っ赤な顔で突っ込む。
 それから、晴臣は何かを考えるように暫し黙り込んでいた。





 翌日。昼休みになると友也はいつもの踊り場へ行こうとしたが晴臣に止められた。ついてこいと言った彼が向かった先は、使われていない教室だった。
 普通にドアを開け入っていく彼に、友也は慌てた。

「えっ、勝手に入って大丈夫なの……?」
「大丈夫だろ。使われてねーんだから」

 彼は平然としているが、本当に大丈夫なのだろうか。

「ここなら、内側から鍵かけりゃ、誰も入って来れねーだろ」
「あ……あ、うん。そう、だね……」

 照れたように頬を染める晴臣につられ、友也もはにかむ。
 ここならば、キスしても誰かに見られる心配はない。昨日の今日でここに連れてきたという事は、そういう事だろう。

「こ、こんな場所、よく知ってたね、桧山くん」
「あー、授業サボって寝れる場所探してる時に見つけた」

 他愛ない会話をしながらも、互いに互いを意識しまくっていた。とりあえず、二人は一緒に食事をはじめた。
 椅子も机もないので並んで床に座り、友也は弁当を、晴臣はパンをそれぞれ食べる。
 食べ終わったら、またキスをするのだろうか。昨日触れた彼の唇の感触を思い出し、友也は食事をしながら頬を紅潮させていた。
 チラリと横目で晴臣を見ると、黙々とパンを食べながらも彼の耳も赤くなっている。
 友也と同じように昨日のキスを思い出しているのだろうか。また友也にキスをしたいと思ってくれているのだろうか。
 そうだとしたら、嬉しい。嬉しいなんて思うのはおかしいのに、嬉しいと感じてしまうのだ。
 友也は自分で自分の気持ちがわからない。
 でも、また彼とキスをしたいと望んでいるのは確かだった。

「んんっ……は、ぁ……んっ」

 示し合わせたように二人ともそそくさと食事を終え、言葉を交わす事もなくキスをする流れになっていた。
 互いに飽きる事なく唇を触れ合わせる。互いの唇の感触を堪能するかのように、角度を変えキスを続ける。

「んっ、んっ……」

 唇を重ねたまま晴臣の腕にぎゅっと掴まれば、強い力で抱き締められた。ピッタリと体をくっつけて、長い長い口づけを交わす。
 抱き締める晴臣の腕の力は強くて、窮屈なのに、それを嫌だと思わない。寧ろ心地よくて、このままこうしてくっついていたいとすら思う。
 彼の激しい心臓の音と体温が伝わってきて、じわじわと全身に熱が広がっていくような感覚がする。
 もっとしたい。このままずっとキスしていたい。
 まるで友也の思いが通じたように、更に抱き締める力が強くなる。
 しかし、室内に響き渡るチャイムの音に現実へと引き戻された。
 二人は顔を離し、真っ赤な顔で見つめ合う。

「……鳴ったな、予鈴」
「ぅ、うん……」
「戻るか、教室」

 友也はすぐに頷けなかった。
 まだ、もっとキスしていたいのに。時間なんて気にせず、ただ彼とキスしていたい。
 友也は無意識に晴臣を物欲しげな顔で見つめていた。その視線に晴臣は更に顔を赤くしつつ、友也の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「俺はサボってもいいけど、宮瀬は授業出たいだろ」

 授業よりも晴臣とキスをしていたい。そう思ったけれど、根が真面目な友也は授業をサボるという選択肢は選べなかった。





 授業が終わり放課後になった。友也はすっかり晴臣と一緒に帰宅するのが習慣になっていた。

「…………今日、ウチに寄ってかねーか?」

 帰り道、晴臣が顔を真っ赤にして小さい声でそう言ってきた。

「えっ!?」
「…………嫌なら、別にいーけどよ」

 驚く友也に、晴臣は気まずそうに、フイッと顔を逸らす。

「嫌じゃないよ!」

 友也も同じくらい顔を赤くして否定し、ぼしょぼしょと言葉を続ける。

「……その、ご迷惑じゃなければ、お邪魔させて頂きます」
「そ、そうかよ……」

 相槌はそっけないが、晴臣の表情は明らかに嬉しそうだった。
 二人は緊張にギクシャクと足を動かしながら晴臣の家に向かう。
 家に着き、彼の部屋に案内された。室内は意外にも綺麗に片付いていた。というか、物が少なかった。
 晴臣は親切に飲み物を用意してくれる。

「あー……っと……映画でも、観るか……?」
「うん……」

 二人並んでテレビの対面に座り、映画を観る。
 友也は晴臣の事が気になって全く映画に集中していなかった。そしてそれは晴臣も同じだった。
 ふと、二人の指先が触れ合う。テレビから視線を外し、二人は見つめ合った。
 気づけば二人はキスをしていた。映画は流れ続けているが、既に二人の意識の外だった。

「んっ……ふぅ、んっ……」

 友也は掠れた吐息を漏らし、柔らかな彼の唇の感触に耽溺する。
 いつの間にか友也は床に押し倒された状態で、覆い被さる晴臣に抱きつきキスを続けた。
 晴臣がはむはむと友也の唇を食む。恥ずかしくて、でも気持ちよくて、友也も同じように彼の唇を食んだ。
 開いた唇の隙間から、晴臣の舌がそっと入ってきた。

「ぁっ……んんっ……」

 ビックリしたけれど、友也はそれを拒まなかった。差し込まれる彼の舌を抵抗もせず受け入れる。
 はじめてのキスだけでなく、ディープキスまで晴臣としてしまった。
 しかしやはり嫌悪感はなく、寧ろ更に夢中になっていった。
 経験がないから、やり方なんてわからない。拙い動きで互いの舌を絡め合い、探り探りキスを交わす。

「ふぁっ……は、んっんっ……」

 くちゅくちゅと濡れた音が聞こえて、羞恥と興奮が高まる。
 忙しない手付きで友也の頬を撫でる彼の掌は熱くて、同じように興奮しているのだと思うと喜びに胸が高鳴った。

「っは……宮瀬……」
「ふっ……ぁ……桧山、く……んんっ」

 舌が擦れ合う感触が気持ちいい。
 すごく恥ずかしいキスをしてしまっている。友也にとって晴臣はただのクラスメイトでしかないのに、そんな相手とこんないやらしい事をしてしまっている。
 それなのに、嫌だとか、そんな感情は全く込み上げてこない。
 頭がふわふわして、全身がじんじんと熱を持ち、ひたすらに気持ちよくて、このまま彼とキスしていたいと、ただそんな気持ちで口づけを交わし続けた。
 一体どれだけの時間キスをしていたのか。気づけば外は暗くなって、流れていたはずの映画は終わっていた。
 晴臣が、名残惜しむようにゆっくりと唇を離す。彼の唇も友也の唇も互いの唾液でべとべとに濡れていた。
 はあはあと、二人の熱の籠った息遣いが部屋を満たす。
 やがて、晴臣は体を起こした。

「わり……また夢中になっちまった……。そろそろ帰らないとマズイだろ」

 言いながら、力の入らない友也の体も起こしてくれる。

「そ、そう、だね……。もう、帰るよ……」

 友也は真っ赤な顔で呼吸を整える。
 家に遊びに来て、結局ほぼキスしかしていない。その事実に気づいて無性に恥ずかしくなった。

「立てるか?」
「う、うん、なんとか……」
「送ってく」
「えっ、大丈夫だよ。僕、男だし……」
「俺が送りたいんだよ。…………そしたら、まだ一緒にいれるだろ」

 晴臣は顔を赤くして、照れたように言ってくる。
 きゅうぅんっと友也の胸が締め付けられた。彼は人をときめかせる天才なのかもしれない。
 怖くて近寄りがたい苦手なタイプだと思っていた頃が懐かしい。今では彼の言動全てが可愛く思える。
 しっかり家の前まで送ってもらったのはいいが、長く一緒にいればいるほど、離れがたいと感じてしまうのだった。





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