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 宮瀬みやせ友也ともやは平凡で目立たない男子高校生だ。教室では常に一人でゲームをして過ごしている。
 そんな友也に声をかけてきたのが、同じクラスの一軍に位置する陽キャイケメンの野崎のざきだった。彼はゲーム好きらしく、友也が同じゲームで遊んでいると気づいて話かけてくるようになった。
 彼は気さくで話しやすく、陰キャの友也でも付き合いやすい相手だ。野崎とゲーム情報の交換をしたり感想を話し合うのは楽しかった。
 けれど、彼が友也と話していると必ず割って入ってくる人物がいる。同じクラスの桧山ひやま晴臣はるおみだ。
 彼は野崎の友達で、いつもつるんでいる。目付きが鋭く近寄りがたい雰囲気を纏っているが、容姿はとても整っていて野崎とはまた違ったタイプのイケメンだ。
 その晴臣が、野崎と友也がゲームの話で盛り上がっていると邪魔をするように間に割り込んでくる。晴臣はゲームをしないので、話に混ざるわけでもないのに。
 自分の友達が、冴えない陰キャと話しているのが気に食わないのかもしれない。
 そんな風に考えていた友也だが、ふと思った。ひょっとしたら、晴臣は野崎の事が好きなのではないかと。ゲームの話題に入っていけず、だから友也にヤキモチを焼いているのではないか。
 好きな人が自分の知らない話題で自分以外の誰かと楽しそうに話していたら、それは嫌な気持ちにもなるだろう。つい邪魔をしてやりたいと思ってしまうのではないか。
 最初は晴臣を苦手に感じていた友也だったが、そう考えると彼が可愛く思えた。なんだか応援したくなる。
 心の中で密かに、晴臣の恋が実る事を祈っていた。
 そんなある日。
 友也は滅多に人の来ない校内の隅の階段の踊り場で弁当を食べていた。教室は騒がしいので、どこか一人で静かに過ごせる場所を探して見つけたのがここだった。
 今日も喧騒の届かないこの場所で食事を済ませ、それからスマホでゲームをする。
 画面を操作していると、階段を上ってくる人の気配に気づいて顔を上げる。

「桧山くん……?」

 不機嫌そうな顔でこちらに近づいてくるのは晴臣だった。もともと目付きが鋭いので、実際機嫌が悪いのかどうかは判断がつかない。

「お前、いつもこんなとこで飯食ってんのか?」
「う、うん……」

 どうしたのだろう。彼が友也に絡んでくるのは、野崎と話している時だけなのに。

「一人だよ、僕」
「見りゃわかる」
「野崎くんなら、来てないよ」
「知ってる。俺がアイツと飯食ってたし」

 ムッと眉間に皺を寄せる彼の顔を見て、やはり彼は野崎の事が好きなのだと思った。
 友也が野崎の名前を出した事に腹を立てたに違いない。そして野崎は自分と一緒だったのだと、自慢してきてる。
 友也は野崎に好感を抱いてはいるが、恋愛対象としては全く見ていない。だから、友也を牽制する必要なんてないのだが。
 まだ何か文句でもあるのか、晴臣は友也の隣に座った。彼は友也よりもずっと体格もよくて、真横に来られると威圧感がある。

「またゲームやってんのか?」

 そう言って、友也のスマホの画面を覗き込んでくる。距離の近さにどぎまぎしてしまう。
 もしかして、ゲームの事を教えてほしいのだろうか。強がって言えないけど、本当は野崎とゲームをしたいのではないか。

「桧山くんって……好き、なんだよね……?」
「っ……」

 顔を見て問いかければ、彼は弾かれたようにバッと身を引いた。彼の顔は真っ赤に染まっている。顔だけでなく、耳まで赤くなっている。
 まさかこんなにわかりやすく反応するとは思わなくて、友也もビックリしてしまった。

「あ……えっと、ごめん、急に……」

 何の前触れもなく彼の気持ちを暴くような事を言うべきではなかった。

「へ、変なこと言って、ごめんね……」

 身を乗り出し謝れば、彼は赤く染まる顔を腕で隠し、目元だけ出した状態でこちらから視線を逸らしてポツリと言う。

「気持ち悪ぃって思ってんだろ」
「えっ!? そんな事、思わないよ!」

 友也は同性愛に特に偏見はない。晴臣と野崎なら美男美男でお似合いだと思うし、応援したいくらいだ。もし野崎との恋愛成就の為の協力を頼まれたら全力で力を貸す所存だ。

「ウソつけ。気持ち悪ぃって思ってるだろ、俺の事」
「思わないってば! 寧ろ好きだよ!」
「っ……」

 晴臣は驚愕の表情でこちらを見る。
 最初は苦手だった。でも、野崎の事が好きなんじゃないかと思いはじめてからは可愛く見えてきた。
 話をしているだけの友也にヤキモチを焼いて邪魔をしてきたり、一見怖そうな彼のそんな子供っぽい意外な一面を知って好感が持てた。
 いつもムスッとしたような表情を浮かべている彼が、こうして顔を赤くして動揺する姿も好印象だ。
 気持ち悪いと思われていると、そんな誤解はされたくなかった。そのせいで彼が恋を諦めてしまったら……そんなのは絶対に嫌だ。

「好き……なのか? 俺の事……」
「うん、好きだよ」

 呆然と、呟くように訊かれ、友也は大きく頷いた。晴臣の恋心は気持ち悪いものなんかじゃない。そう伝えたくて、まっすぐに彼を見つめる。

「本当か……?」
「ウソじゃない、本当だよ」

 彼の目を見てはっきりと言った。
 すると次の瞬間、友也は彼の腕の中にいた。

「っ……!?」

 驚き過ぎて声も出ず、友也は硬直した。何故自分は晴臣に抱き締められているのだろう。

「マジかよ……スゲー嬉しい」

 晴臣が感嘆の溜め息と共に囁きを漏らす。

「お前も、俺の事好きだったなんて……」
「!?」

 彼の言葉に友也はギョッとした。
 ひょっとして自分は、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
 頭が真っ白になって、何も言葉が出てこない。晴臣にぎゅうっと抱き締められても抵抗もできない。
 体が密着して気づいた。晴臣の心臓の音がスゴい。バクバクと早鐘を打つ心臓の鼓動が伝わってくる。
 無愛想で、言動がぶっきらぼうなあの晴臣が、友也を抱き締めてこんなにドキドキしているなんて。
 そんな場合じゃないのに、可愛い……と思ってしまう。

「あ、桧山、こんなとこにいた」

 階下から聞こえてきた声に、友也はビクッと肩を竦ませる。
 抱き締められたまま顔を向けると、階段を上ってくる野崎の姿があった。

「ひ、桧山くん、離して……っ」
「なんでだよ」
「だって、野崎くんが……。は、恥ずかしいよ……」

 おろおろする友也を見兼ねたように晴臣は体を離してくれた。でも友也の隣にピッタリと寄り添ったままだ。
 野崎はニヤニヤと唇を歪め、友也と晴臣を見据える。

「こんな人気のないとこで抱き合ってるとか……もしかして上手くいったの?」
「おう。宮瀬はもう俺の恋人だから、気安く話しかけんなよ」
「ええっ!?」

 晴臣の口からさらりと飛び出した言葉に驚愕の声を上げる。

「なんだよ」

 突然大声を上げた友也に、晴臣は不思議そうだ。自分の発言が友也を驚かせた事に気づいていないのだろうか。

「え……えっと……恋人、に……なったの、僕達……?」
「そうだろ」

 当たり前の事のように晴臣は言う。けれど、友也にとってはそうじゃない。彼と恋人になるなんて、望んでいたわけじゃないのだ。
 晴臣が好きなのは野崎だと勘違いしていて。でも実際晴臣が好きだったのは友也だったようで。それを知らずに人として好感が持てるという意味で「好き」だと言っただけで。だから、晴臣と自分が恋人関係になるなんて間違っている。
 けれど。

「…………嫌、なのか……?」

 晴臣は悲しげに顔を曇らせ友也を見つめる。捨てられた子犬のようなその表情は、見ているこちらが胸を切なく締め付けられた。
 本当の事を言って彼を傷つけたくない。

「嫌じゃないよ、もちろん」

 気づけば友也はそう言っていた。
 すると晴臣は本当に嬉しそうに笑った。子供のように顔をくしゃりと綻ばせる。
 その顔に、友也の胸はきゅん……とときめく。
 いや、ときめいている場合ではない。うっかり彼と恋人になってしまった。誤解なのに。
 しかし、今更本当の事は言えない。言ったらどれだけ彼を傷つける事になるのか。怒って、友也が殴られて済むならそれでいい。でも、彼を悲しませたくはない。
 友也の心中は複雑だった。
 こちらの心の内など知らず、野崎は手放しに祝福する。

「良かったな、桧山。いや、ホント良かったよ」

 野崎は桧山を指差し、友也に言ってくる。

「コイツ、ずっと宮瀬の事好きだったんだよ」
「えっ……そ、そうなの……?」
「そうそう。だから、俺が宮瀬と話してたら必ず邪魔してきただろ」
「う、うん……」

 それを友也は、晴臣は野崎が好きなのだ、と勘違いしてしまったのだ。

「話に入りたいけど、桧山、めっちゃゲーム下手で全然できないんだよ。それで悔しいからって話の邪魔ばっかりしてさー」
「そ、そうだったんだ……」
「おい、野崎! 宮瀬にペラペラ勝手なこと喋んな!」

 晴臣は顔を真っ赤にして抗議する。野崎の言った事は図星らしい。知らなかったが、晴臣は表情豊かでとてもわかりやすいタイプだったようだ。

「宮瀬、コイツの言う事信用するなよ!」
「えっ、ウソなの……?」
「っ…………いや、ウソじゃねーけど……」

 晴臣は赤面し、目線を逸らしてボソッと言う。
 駄目だ。やっぱり可愛い。目付きが悪くて厳ついこの男が可愛くて仕方がない。
 本当はちゃんと誤解を解かなきゃ駄目なのに、友也にはどうしてもできなかった。
 でも、大丈夫だろうと楽観的に考えていた。自分は地味で平凡で、何の面白味もない人間だ。晴臣は、きっとすぐに飽きる。飽きられてフラれ、それで終わりだ。
 晴臣との恋人関係が長く続く事などない。だから、まあいいか。
 友也はそんな風に考えていた。





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