33 / 38
31、深夜の逢瀬
しおりを挟む「うーん……」
目を開けると周りは暗い。ベッドに寝かされていたフィリアは、先ほどのやり取りを思い出してそっと息を吐く。相変わらず身体は重く気だるいが、それでも随分ましになっているような気がする。
「フィリア様」
暗闇から声をかけられて――ぎゃあっと声を上げそうになる。開いた口は素早く塞がれた。白く柔らかい女の手だ。
明かりもない中そこにいたのは意外な人物だった。
「イ、イレーネ……?」
「お静かに願います。私たちはこちらに入る許可を得ていませんので」
困惑するフィリアの前に現れたのは、
「ダリル様……!」
「すまない。正面から入れてもらえなかったので、外から入らせて貰った」
窓からよじ登ったらしい。窓辺ではイレーネが侵入に使ったらしい縄をするすると回収していた。相変わらずこの侍女の素性は不明だが、ろくに話も出来ぬまま別れてしまったダリルとこうして顔を合わせることが出来たのだ。
ベッドサイドに寄ったダリルは、そっとフィリアの手を取った。
「……こうなったのは俺のせいだな」
「ど、どうしてダリル様が謝るんですか。私が無茶をしたせいですよ」
月明かりしかない中、闇夜に浮かぶダリルの顔は険しい。
「お前を娶るとなったときに、クライヴやウォーレン家との関係も調べさせてもらっていた。研究対象であるお前を取り上げれば、そのうちこちらの国に乗り込んでくるだろうと思っていたし、俺の方も魔法使いを二人抱え込めるという打算もあった」
だが、とダリルが言葉を切った。
「……あの男は、お前がこうなることを見越して来ていたんだな。すまない、俺のわがままで身体に負担をかけてしまった」
「そんな、私だって……その、変なところに嫁ぐより、魔法を使わせてくれるところに嫁げてラッキーとか思ってて……」
しかも一度断っているにも関わらず、ダリルはもう一度申し込んでくれた。
フィリアからしたら有り難い話だったが、魔法目当てだったのなら――フィリアが嫁ぐ意味はなくなる。ダリルが求めているような、彼の役に立てる存在ではなくなる。そのことがずしりと胸にのし掛かった。
「私、子供の頃から無茶ばっかりしてたんですよ。そのツケがきたなら仕方ないですよね」
重い空気をはね除けるように、あはは、と軽く笑って見せた。
「師匠がああ言うってことは、魔法を捨てるしかないんでしょうね。私も、命削ってまで魔法にしがみつかなくてもいいって分かってます。……師匠も、魔法使えなくなっても研究職を世話してやるとか言うし、なんとかなるかもって。えっと、だから」
私のことは忘れて、もっといい人と幸せになってください。
そう切り出す前に、フィリアの手がぎゅっと握られた。
「勝手に研究職になろうとするな。俺は、婚約を解消する気はない」
真剣なダリルの顔を見て息が詰まる。その視線に耐えきれずに、フィリアは顔を背けた。
「私、魔法使えなくなったらお役にたてませんよ。社交会でも上手く立ち居振る舞えないし、ダリル様の足を引っ張ってしまいます」
「だから俺がお前を追い出すとでも思っているのか? 言っておくが魔法目当てだけじゃなく、お前の性格も気に入った上で求婚してるんだぞ」
「性格……?」
「一度振ってるだろうが、俺を」
面倒そうだとすぐに断った縁談だ。バツが悪いフィリアは言葉に詰まる。
「おかしな話だが、断られてますますお前が気に入った。地位に釣られるような女じゃないと分かったから、王子という肩書きがなくても選んでもらえるような人間になろうと思ってな」
「会ったこともないのに、ですか?」
「会う前から断られたんだ。それだけの魅力が俺にはなかったんだろう」
簡単に断ってしまったフィリアの一言で――ダリルは剣の腕を磨き、王宮の警備にも乗り出したのだ。
ただの第五王子という存在から、誰にも代わりのきかないような人物として。他の誰かにくだらないと言われようとも、ダリルにはダリルの考えがある。
「実際にお前と会って、俺の判断は正しかったと思った。魔法使いだということを差し引いても、お前の考えは新鮮で面白い。無鉄砲なところもかわいいと思う」
「か、かわ……っ」
険しい顔と話している内容のギャップに頬が熱くなる。至極冷静なダリルの顔がずいっと迫ってきて、フィリアは動転した。
「か、顔怖いです」
「元からだ。この顔が嫌いか」
「いえ、嫌いなわけが……ってそうじゃなくてですね!」
ぎしっとベッドが軋む。身体を起こせないフィリアの顔の横に、ダリルの手がつく。フィリア、と囁く声は背中が泡立つほど甘い。
「魔法がなくても、俺の側にいてくれないか?」
「……せっかく……かっこよく身を引こうとしたんですけど……」
「身を引くくらいなら俺を振ってくれればいい。はじめに縁談を断った時のように」
「そんなの、もうできっこないですよ……」
近くにいて、ダリルという人となりを知ってしまったから。
そしてもっと――もっと知っていきたいと思う。楽しいことだけじゃなく、大変なことも。王宮のこと、領地に住む人のことをもっと一緒に考えていけたら、と。
「お側に置いてください。私……ダリル様と離ればなれになりたくないです」
「ああ、俺も。お前を手放すつもりなんてない」
近づく顔に瞳を閉じれば、ダリルの唇がそっと重なった。
***
途中で部屋を抜け出したイレーネは、足音を殺して人の気配を探る。
思った通り、開け放たれた部屋の窓辺に一人の男が佇んでいた。
「……どうせ見逃してもらえるのなら、正面から入れて下されば良かったのに」
「……フン。王子のお供がロイドじゃなくて、アンタが一緒の時点で勝手に入ってくる気マンマンだろ」
クライヴは手にしていた魔道書をぱたりと閉じた。その横顔はどこか切ない。
「……馬鹿ですね」
「ああ?」
「フィリア様のことがお好きなら、ダリル様を追い返せばよろしいのに」
「……ダリルに仕えてる女がそんなこと言っていいのかよ」
ハッとクライヴが笑う。確かに、臣下らしくない発言だと思う。しかしイレーネは妄信的にダリルに仕えているわけではない。
「ま、あんたからしたら、フィリアや俺は好きなタイプの人間じゃないだろ」
嫌いなんだろ、魔法使い。
そう言われて、イレーネの顔がぴくりとひきつった。
「……どうして?」
「なんとなく。魔法を見る目がそんな感じ。元暗殺者なら、さぞ今までに煮え湯を飲まされたんじゃねーかな、っていう想像」
「別に、フィリア様にお仕えするのに私情は挟んでいません」
思いがけずムキになった声に自分で驚く。クライヴのことをやり込めてやるつもりだったのに、イレーネの方が反撃されている。
やっぱりこの男は苦手だ、と思う。
イレーネには、クライヴやフィリアのように自由に生きる術を知らない。
こちらが死にもの狂いで身につけた攻撃を、たった一つの呪文で終わらせる。
魔法使いは自由で、身勝手で、ワガママ。そんな代表格のような男が、こと恋愛に関してはどうしてこんなに控えめなのか分からない。
「フィリア様がお好きだと言うことは否定なさらないんですね」
揶揄するような反撃に、クライヴは余裕の表情で返した。
「俺は一生口に出さないけどな」
「振られると分かっているから?」
「口に出さない方が幸せなこともあるから」
どういう意味ですか、と問いかけて帰ってきたのはほろ苦い笑みだった。
「……あんたも、人を好きになってみれば分かるさ」
0
お気に入りに追加
979
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる