王宮の警備は万全です!

深見アキ

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31、深夜の逢瀬

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「うーん……」

 目を開けると周りは暗い。ベッドに寝かされていたフィリアは、先ほどのやり取りを思い出してそっと息を吐く。相変わらず身体は重く気だるいが、それでも随分ましになっているような気がする。

「フィリア様」

 暗闇から声をかけられて――ぎゃあっと声を上げそうになる。開いた口は素早く塞がれた。白く柔らかい女の手だ。
 明かりもない中そこにいたのは意外な人物だった。

「イ、イレーネ……?」
「お静かに願います。私たちはこちらに入る許可を得ていませんので」

 困惑するフィリアの前に現れたのは、

「ダリル様……!」
「すまない。正面から入れてもらえなかったので、外から入らせて貰った」

 窓からよじ登ったらしい。窓辺ではイレーネが侵入に使ったらしい縄をするすると回収していた。相変わらずこの侍女の素性は不明だが、ろくに話も出来ぬまま別れてしまったダリルとこうして顔を合わせることが出来たのだ。
 ベッドサイドに寄ったダリルは、そっとフィリアの手を取った。

「……こうなったのは俺のせいだな」
「ど、どうしてダリル様が謝るんですか。私が無茶をしたせいですよ」

 月明かりしかない中、闇夜に浮かぶダリルの顔は険しい。

「お前を娶るとなったときに、クライヴやウォーレン家との関係も調べさせてもらっていた。研究対象であるお前を取り上げれば、そのうちこちらの国に乗り込んでくるだろうと思っていたし、俺の方も魔法使いを二人抱え込めるという打算もあった」

 だが、とダリルが言葉を切った。

「……あの男は、お前がこうなることを見越して来ていたんだな。すまない、俺のわがままで身体に負担をかけてしまった」
「そんな、私だって……その、変なところに嫁ぐより、魔法を使わせてくれるところに嫁げてラッキーとか思ってて……」

 しかも一度断っているにも関わらず、ダリルはもう一度申し込んでくれた。
 フィリアからしたら有り難い話だったが、魔法目当てだったのなら――フィリアが嫁ぐ意味はなくなる。ダリルが求めているような、彼の役に立てる存在ではなくなる。そのことがずしりと胸にのし掛かった。

「私、子供の頃から無茶ばっかりしてたんですよ。そのツケがきたなら仕方ないですよね」

 重い空気をはね除けるように、あはは、と軽く笑って見せた。

「師匠がああ言うってことは、魔法を捨てるしかないんでしょうね。私も、命削ってまで魔法にしがみつかなくてもいいって分かってます。……師匠も、魔法使えなくなっても研究職を世話してやるとか言うし、なんとかなるかもって。えっと、だから」

 私のことは忘れて、もっといい人と幸せになってください。
 そう切り出す前に、フィリアの手がぎゅっと握られた。

「勝手に研究職になろうとするな。俺は、婚約を解消する気はない」

 真剣なダリルの顔を見て息が詰まる。その視線に耐えきれずに、フィリアは顔を背けた。

「私、魔法使えなくなったらお役にたてませんよ。社交会でも上手く立ち居振る舞えないし、ダリル様の足を引っ張ってしまいます」
「だから俺がお前を追い出すとでも思っているのか? 言っておくが魔法目当てだけじゃなく、お前の性格も気に入った上で求婚してるんだぞ」
「性格……?」
「一度振ってるだろうが、俺を」

 面倒そうだとすぐに断った縁談だ。バツが悪いフィリアは言葉に詰まる。

「おかしな話だが、断られてますますお前が気に入った。地位に釣られるような女じゃないと分かったから、王子という肩書きがなくても選んでもらえるような人間になろうと思ってな」
「会ったこともないのに、ですか?」
「会う前から断られたんだ。それだけの魅力が俺にはなかったんだろう」

 簡単に断ってしまったフィリアの一言で――ダリルは剣の腕を磨き、王宮の警備にも乗り出したのだ。
 ただの第五王子という存在から、誰にも代わりのきかないような人物として。他の誰かにくだらないと言われようとも、ダリルにはダリルの考えがある。

「実際にお前と会って、俺の判断は正しかったと思った。魔法使いだということを差し引いても、お前の考えは新鮮で面白い。無鉄砲なところもかわいいと思う」
「か、かわ……っ」

 険しい顔と話している内容のギャップに頬が熱くなる。至極冷静なダリルの顔がずいっと迫ってきて、フィリアは動転した。

「か、顔怖いです」
「元からだ。この顔が嫌いか」
「いえ、嫌いなわけが……ってそうじゃなくてですね!」

 ぎしっとベッドが軋む。身体を起こせないフィリアの顔の横に、ダリルの手がつく。フィリア、と囁く声は背中が泡立つほど甘い。



「魔法がなくても、俺の側にいてくれないか?」



「……せっかく……かっこよく身を引こうとしたんですけど……」
「身を引くくらいなら俺を振ってくれればいい。はじめに縁談を断った時のように」
「そんなの、もうできっこないですよ……」

 近くにいて、ダリルという人となりを知ってしまったから。
 そしてもっと――もっと知っていきたいと思う。楽しいことだけじゃなく、大変なことも。王宮のこと、領地に住む人のことをもっと一緒に考えていけたら、と。

「お側に置いてください。私……ダリル様と離ればなれになりたくないです」
「ああ、俺も。お前を手放すつもりなんてない」

 近づく顔に瞳を閉じれば、ダリルの唇がそっと重なった。



 ***



 途中で部屋を抜け出したイレーネは、足音を殺して人の気配を探る。
 思った通り、開け放たれた部屋の窓辺に一人の男が佇んでいた。

「……どうせ見逃してもらえるのなら、正面から入れて下されば良かったのに」
「……フン。王子のお供がロイドおぼっちゃんじゃなくて、アンタが一緒の時点で勝手に入ってくる気マンマンだろ」

 クライヴは手にしていた魔道書をぱたりと閉じた。その横顔はどこか切ない。

「……馬鹿ですね」
「ああ?」
「フィリア様のことがお好きなら、ダリル様を追い返せばよろしいのに」
「……ダリルに仕えてる女がそんなこと言っていいのかよ」

 ハッとクライヴが笑う。確かに、臣下らしくない発言だと思う。しかしイレーネは妄信的にダリルに仕えているわけではない。

「ま、あんたからしたら、フィリアや俺は好きなタイプの人間じゃないだろ」

 嫌いなんだろ、魔法使い。
 そう言われて、イレーネの顔がぴくりとひきつった。

「……どうして?」
「なんとなく。魔法を見る目がそんな感じ。元暗殺者なら、さぞ今までに煮え湯を飲まされたんじゃねーかな、っていう想像」
「別に、フィリア様にお仕えするのに私情は挟んでいません」

 思いがけずムキになった声に自分で驚く。クライヴのことをやり込めてやるつもりだったのに、イレーネの方が反撃されている。

 やっぱりこの男は苦手だ、と思う。

 イレーネには、クライヴやフィリアのように自由に生きる術を知らない。
 こちらが死にもの狂いで身につけた攻撃を、たった一つの呪文で終わらせる。

 魔法使いは自由で、身勝手で、ワガママ。そんな代表格のような男が、こと恋愛に関してはどうしてこんなに控えめなのか分からない。

「フィリア様がお好きだと言うことは否定なさらないんですね」

 揶揄するような反撃に、クライヴは余裕の表情で返した。

「俺は一生口に出さないけどな」
「振られると分かっているから?」
「口に出さない方が幸せなこともあるから」

 どういう意味ですか、と問いかけて帰ってきたのはほろ苦い笑みだった。

「……あんたも、人を好きになってみれば分かるさ」
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