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29、ウェントゥス・レーニス
しおりを挟む「フィリアお嬢さんの様子はどうだ」
「……変わらない」
「そうか……。あれからもう三日か」
耳に入る話し声。
一人はよく知っているクライヴの声。もう一人は聞いたことがあるけれど、誰だったか思い出せない。
ぼそぼそと交わされている会話に耳を立てながら、フィリアは自分の意識がクリアになっていくのを感じた。そして気付く。
(え、なんで起き上がれないの?)
意識を取り戻しても、フィリアの身体はぴくりとも動かない。閉じている瞼一つ上がらないのだ。
……魔力切れ?
でも、こんな風になったことなんてない。
意識を失う直前に、無理矢理魔法を使ったことを思いだし、ダリルとブラントンは無事なのだろうかと不安になる。そもそもフィリアが今居るのは一体どこなのだろう。
動かない身体を誰かに抱えあげられる。ベッドらしき場所を離れて、ふわりと身体が浮き上がる感覚――これは、クライヴの魔法だ。
数分の浮遊の後、フィリアが下ろされたのはどこかの芝生の上だった。
不思議なことにベッドよりも居心地が良く、身体がぽかぽかと温まってくる。ぬるい湯に浸かっているような心地だ。
ため息を吐いたクライヴがどかりと側に腰を下ろし、フィリアはうとうとと微睡んだ。
長い間二人の静かな時間が流れる。その時間は、遠くから馬で駆けてくる人物の音で終わりを告げた。
「……やっと来たか」
「ふざけるな。いきなり行方不明になりやがって……! 一体何がどうなっているんだ」
怒気を孕んだダリルの声。無事だったんだ、とほっとする。おそらく、クライヴとフィリアがいなくなり、ダリルが後処理に追われていたのだろう。
ブラントンやサラは大丈夫なのか。王宮はどうなったんだろうか。聞きたいことは山のようにある。
先程よりも幾分か軽くなった身体に力を入れると、なんとか瞼がぐぐっと持ち上がった。首は動かないため、視界いっぱいに夕焼けの光を感じて目が眩む。
「ダ、リル、様……」
「フィリア……」
心配そうなダリルの顔と、険しいクライヴの顔。ダリルはフィリアの側に膝をついた。
「火事……どうなりました?」
「お前のおかげで王宮は焼け落ちずに済んだ。ブラントンも無事だ。発火装置を仕掛けた犯人はおそらくブラントン付きの魔法使いだが、騒ぎに紛れて逃げたようだ」
端的な説明だが、とりあえずは心配ないと言った。逃げた魔法使いの捜索は王宮の人間が当たっているらしい。
「え、と。私……どうなってるんですか」
「……一時的な魔力切れみたいなものだ。普通は寝てれば治る。が、お前の場合はそうはいかないからアルカディアに戻ってきたんだ」
クライヴの説明に納得する。先程彼が話していたのはここの所長だ。フィリアも面識がある。
「ああ、ここアルカディアなんですね……。研究所の庭かどこかですか」
「研究所が管理している場所ではある。ウェントゥス・レーニスの墓だ」
墓って。
一体どこに寝かせてるんですか、と抗議したくなったが、聞き覚えのある名前に思考を巡らせる。
ダリルは初めて聞く名前だからか、「ウェントゥス・レーニス?」とクライヴに聞き返した。
ウェントゥス・レーニス。それは――
「アルカディアはじまりの“伝説の魔法使い”だ。他国でも名前くらいはどこかの文献に残っているはずだと思うけどな」
「……伝説の魔法使いは実在したのか?」
フィリアもおとぎ話だと思っていた。
墓があることも知らなかった。アルカディアの国民もほとんどが知らないのではないだろうか。
「俺の研究は、表向きは複数の魔法を扱える人間について。あんたが掴んでいる情報も、俺の研究対象がフィリアだってことくらいだろう。……正しくは、全ての属性の魔法が扱えたレーニスについて」
「……ちょっと待って下さいよ。師匠まで私のことを伝説の魔法使いの生まれ変わりとかいうんじゃないですよね」
まるで伝説の魔法使いのようね、と。
子供のころから言われた言葉は、あくまで褒め言葉として受け取ってきた。
「俺は転生説はそもそも信じない。だが、お前とレーニスに共通点が多いことは確かだ」
全ての属性の魔法を生まれながらに扱えること。
有する魔力が膨大であること。
大きな魔法を使ったあとは身体に負担がかかること。そして。
「ウェントゥス・レーニスは短命だった。俺の仮説だが、魔力は使えば使うほど生命力を削るんだ。普通の人間が扱う魔力は微々たるもんだが、お前が大きな魔法を使えばその反動は大きい」
「そ、んなこと……師匠、言ったことないじゃないですか」
「まだ仮説レベルの話だ。確証もないのに、魔法が好きだったお前から魔法を取り上げられるわけないだろーが」
頭を使え。魔力を節約しろ。
昔から言われた言葉が妙にすとんと落ちる。マジックアイテムの研究に関わらせてくれたことも、むやみやたらに魔法を使いたがったフィリアのためを思ってのことだったんだろう。
「では、先日の水の魔法の反動が、今フィリアの身体に跳ね返ってきてるということか?」
「ああ。コイツがやらかさないように首輪を着けておいたつもりだったんだがな」
「だって、そんなの……知らなかったですし」
「分かってる。俺が悪かった」
素直に謝る師匠なんて気持ち悪い。そう言い返したいのに、鼻の奥がツンとした。
「アルカディアに帰ってきたのには意味があるのか?」
「この地には、ウェントゥス・レーニスの魔力が残っていると言われている。フィリアの身体に少しでも足しになるかと思ったんだ」
「……そう、ですね。ここにいると身体があったかいです」
クライヴの考えが正しかったということなのだろう。
未だに動かせない身体だが、ほんの少しずつ魔力が戻ってきているように感じる。
「ここにいれば、私の魔力は回復するんですか?」
「回復はするだろうが、お前が短命であることには変わりない。今後全く使わなくても、大きな魔力はお前の生命力を削っていくだろう」
だから、とクライヴは言葉を切る。まるで医者に良くない病気を言われるかのようだ。
身構えるフィリアの手に、ダリルが自身の手を重ねた。
クライヴの表情は逆光で翳る。
「――フィリア。お前、魔法を捨てろ」
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