王宮の警備は万全です!

深見アキ

文字の大きさ
上 下
31 / 38

29、ウェントゥス・レーニス

しおりを挟む
 
「フィリアお嬢さんの様子はどうだ」
「……変わらない」
「そうか……。あれからもう三日か」

 耳に入る話し声。
 一人はよく知っているクライヴの声。もう一人は聞いたことがあるけれど、誰だったか思い出せない。
 ぼそぼそと交わされている会話に耳を立てながら、フィリアは自分の意識がクリアになっていくのを感じた。そして気付く。

(え、なんで起き上がれないの?)

 意識を取り戻しても、フィリアの身体はぴくりとも動かない。閉じている瞼一つ上がらないのだ。

 ……魔力切れ?
 でも、こんな風になったことなんてない。

 意識を失う直前に、無理矢理魔法を使ったことを思いだし、ダリルとブラントンは無事なのだろうかと不安になる。そもそもフィリアが今居るのは一体どこなのだろう。

 動かない身体を誰かに抱えあげられる。ベッドらしき場所を離れて、ふわりと身体が浮き上がる感覚――これは、クライヴの魔法だ。
 数分の浮遊の後、フィリアが下ろされたのはどこかの芝生の上だった。
 不思議なことにベッドよりも居心地が良く、身体がぽかぽかと温まってくる。ぬるい湯に浸かっているような心地だ。
 ため息を吐いたクライヴがどかりと側に腰を下ろし、フィリアはうとうとと微睡んだ。

 長い間二人の静かな時間が流れる。その時間は、遠くから馬で駆けてくる人物の音で終わりを告げた。

「……やっと来たか」
「ふざけるな。いきなり行方不明になりやがって……! 一体何がどうなっているんだ」

 怒気を孕んだダリルの声。無事だったんだ、とほっとする。おそらく、クライヴとフィリアがいなくなり、ダリルが後処理に追われていたのだろう。

 ブラントンやサラは大丈夫なのか。王宮はどうなったんだろうか。聞きたいことは山のようにある。
 先程よりも幾分か軽くなった身体に力を入れると、なんとか瞼がぐぐっと持ち上がった。首は動かないため、視界いっぱいに夕焼けの光を感じて目が眩む。

「ダ、リル、様……」
「フィリア……」

 心配そうなダリルの顔と、険しいクライヴの顔。ダリルはフィリアの側に膝をついた。

「火事……どうなりました?」
「お前のおかげで王宮は焼け落ちずに済んだ。ブラントンも無事だ。発火装置を仕掛けた犯人はおそらくブラントン付きの魔法使いだが、騒ぎに紛れて逃げたようだ」

 端的な説明だが、とりあえずは心配ないと言った。逃げた魔法使いの捜索は王宮の人間が当たっているらしい。

「え、と。私……どうなってるんですか」
「……一時的な魔力切れみたいなものだ。普通は寝てれば治る。が、お前の場合はそうはいかないからアルカディアに戻ってきたんだ」

 クライヴの説明に納得する。先程彼が話していたのはここの所長だ。フィリアも面識がある。

「ああ、ここアルカディアなんですね……。研究所の庭かどこかですか」
「研究所が管理している場所ではある。ウェントゥス・レーニスの墓だ」

 墓って。
 一体どこに寝かせてるんですか、と抗議したくなったが、聞き覚えのある名前に思考を巡らせる。
 ダリルは初めて聞く名前だからか、「ウェントゥス・レーニス?」とクライヴに聞き返した。
 ウェントゥス・レーニス。それは――

「アルカディアはじまりの“伝説の魔法使い”だ。他国でも名前くらいはどこかの文献に残っているはずだと思うけどな」
「……伝説の魔法使いは実在したのか?」

 フィリアもおとぎ話だと思っていた。
 墓があることも知らなかった。アルカディアの国民もほとんどが知らないのではないだろうか。

「俺の研究は、表向きは複数の魔法を扱える人間について。あんたが掴んでいる情報も、俺の研究対象がフィリアだってことくらいだろう。……正しくは、全ての属性の魔法が扱えたレーニスについて」 
「……ちょっと待って下さいよ。師匠まで私のことを伝説の魔法使いの生まれ変わりとかいうんじゃないですよね」

 まるで伝説の魔法使いのようね、と。
 子供のころから言われた言葉は、あくまで褒め言葉として受け取ってきた。

「俺は転生説はそもそも信じない。だが、お前とレーニスに共通点が多いことは確かだ」

 全ての属性の魔法を生まれながらに扱えること。
 有する魔力が膨大であること。
 大きな魔法を使ったあとは身体に負担がかかること。そして。

「ウェントゥス・レーニスは短命だった。俺の仮説だが、魔力は使えば使うほど生命力を削るんだ。普通の人間が扱う魔力は微々たるもんだが、お前が大きな魔法を使えばその反動は大きい」
「そ、んなこと……師匠、言ったことないじゃないですか」
「まだ仮説レベルの話だ。確証もないのに、魔法が好きだったお前から魔法を取り上げられるわけないだろーが」

 頭を使え。魔力を節約しろ。
 昔から言われた言葉が妙にすとんと落ちる。マジックアイテムの研究に関わらせてくれたことも、むやみやたらに魔法を使いたがったフィリアのためを思ってのことだったんだろう。

「では、先日の水の魔法の反動が、今フィリアの身体に跳ね返ってきてるということか?」
「ああ。コイツがやらかさないように首輪ブレスレットを着けておいたつもりだったんだがな」
「だって、そんなの……知らなかったですし」
「分かってる。俺が悪かった」

 素直に謝る師匠なんて気持ち悪い。そう言い返したいのに、鼻の奥がツンとした。

「アルカディアに帰ってきたのには意味があるのか?」
「この地には、ウェントゥス・レーニスの魔力が残っていると言われている。フィリアの身体に少しでも足しになるかと思ったんだ」
「……そう、ですね。ここにいると身体があったかいです」

 クライヴの考えが正しかったということなのだろう。
 未だに動かせない身体だが、ほんの少しずつ魔力が戻ってきているように感じる。

「ここにいれば、私の魔力は回復するんですか?」
「回復はするだろうが、お前が短命であることには変わりない。今後全く使わなくても、大きな魔力はお前の生命力を削っていくだろう」

 だから、とクライヴは言葉を切る。まるで医者に良くない病気を言われるかのようだ。
 身構えるフィリアの手に、ダリルが自身の手を重ねた。
 クライヴの表情は逆光で翳る。



「――フィリア。お前、魔法を捨てろ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...