王宮の警備は万全です!

深見アキ

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23、葡萄は甘くも酸っぱくもなる

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「では、ダリル様とフィリア様はここをお願い出来ますか」

 翌日、予定通り葡萄畑に出ると、作業をしていた住人たちに明るく迎え入れられた。
 気負いのないやり取りに、改めてダリルがこの地に馴染んでいるのだと知った。実際、ダリルの手つきはこなれたもので、鋏を渡した葡萄農家も「よろしくお願いします!」と安心した様子でその場を離れていった。

「フィリア。俺が切っていくから、箱に詰めていってくれるか」
「はい」

 頷いてダリルと共に作業に入る。ちらりとダリルの横顔を見上げると、いつも通りの表情だ。
 昨夜はダリル様も酔ってたのかな、と額に一瞬触れた出来事にはなんとなく触れられない。というか、婚約者なんだからああいうことをするのは多分普通のことで――じゃあ、いずれはダリル様ともっとそれ以上のことをするのかと思い至って頭が沸騰した。

「どうかしたか?」
「いえっ、何でもありませんっ」

 邪な想像を頭から追い出して笑顔を作る。ダリルは悪い方向に受け取ったらしい。

「……何かあるんなら言えよ? 後から知らされるほうがよっぽど辛い」

 ぱちん、と鋏が入る小気味いい音がする。手渡された葡萄は、鮮やかな薄緑の皮にはち切れそうなほどの瑞々しさを蓄えている。爽やかないい匂いがした。

「……あの、この間はすみませんでした。それから、ここに連れて来ていただいてありがとうございます。気分転換になってすごく楽しかったです」
「お前のためだけじゃない 。俺が一緒に来たかったからだ」

 ダリルの視線は葡萄に注がれたまま、

「……お前は、何かといえばクライヴあの男を頼るだろう。スカイレッドとの噂だって、ただの噂だと分かっていたがいい気はしなかった」
「そ、そうですよね。外聞が悪いですよね」
「そうじゃない。ただの嫉妬だ」

 お前にははっきり言わないと伝わらないと学んだ、と開き直ったようにダリルが言う。

「お前を独占したかった。好きな女に頼られたいと思うのは当たり前のことだろう」
「好き……なんですか? 私のこと」
「俺は好きでもない女に口付けたりしない」

 恥ずかしいことを口にしているのはダリルのはずなのに、どうしてこんなに堂々としているんだろう。ペースをとられてフィリアは狼狽える。何か言おうと口を開いたフィリアは、五感に伝わってくる感覚に意識をとられた。

「雨」
「何?」
「雨が来ます!」

 空にいつの間にか雲が流れ、空気中の水分量が増している。一粒、雫が落ちると瞬く間に地面を濡らしていく。
 作業を辞め、駆け出す人々と共に、物置小屋の軒下に駆け込んだ。

「フィリア、大丈夫か」
「はい。ダリル様も濡れてしまいましたね」
「ああ、驚いた」
「急な雨でしたねぇ」

 口々に声を上げる農家のそばで、手伝いをしていた女の子が「くしゅん!」と冷えた体を擦る。フィリアは温風を出すと彼女の服を乾かした。

「わあ、すごい! おねえちゃんありがとう!」
「こらっ、“オフィーリア様”でしょ。すみません」

 恐縮する母親に、フィリアでいいですよと声をかけ、順番に服を乾かしていく。気温差が激しい土地だと聞いていただけあって、濡れた服だと風邪を引いてしまいそうだ。

「おお、これはありがたい」
「すごいわ、魔法って便利ねぇ」
「本当に。こんな田舎で魔法を見ることが出来るなんてなかなか無いわ」

 口々に褒められてなんだか面映ゆい。
 アルカディアではごく普通のことだったのに、ところ変われば魔法とは貴重なものなのだ。
 私の良いところなんて、魔法が使えることくらいなのに――好きだと言ってくれたダリルの方をちらりと窺う。もし、魔法が使えないただの伯爵令嬢だったとしても、ダリルは自分のことを好きになっていただろうか。

(いや、そもそも出会ってないか)

 珍しい令嬢だからこそ、隣国にも噂が届いていたのだろうから。

「いやー、魔法使いがいたら、畑の管理も楽なんでしょうなぁ」
「うーん、どうでしょう。管理は出来ても品質は保証出来ませんよ。私からしたら、皆さんが魔法使いみたいです」
「わたしが、魔法使い?」

 女の子がきょとんとフィリアを見上げる。

「この葡萄が形を変えてワインになるなんてすごいことだわ。果汁をとって、発酵させて、熟成させて、長い時間をかけて葡萄一粒一粒に魔法をかけていくのね」

 今ある魔法でもそんなことは不可能だ。フィリアたちは自然の力を借りているに過ぎず、無から有を生み出すことは出来ない。

「ここは元々はあまり重要視されていなかった土地なんだ。周りは山だし、葉物野菜なんかは旨いが、王都で売るには近郊の農家に鮮度で負けてしまうしな」
「ああ、なるほど。加工品のワインなら日持ちの心配もなく王都に卸せますもんね」
「ダリル様が予算をつけて下さったおかげですよ! この街も、この十年で随分と発展しました」

 にこにこ笑う住人たちの姿を見て、ダリルの表情もほんの少し柔らかく見える。
 ダリルの好意に報えるか分からないけれど、フィリアはフィリアなりに役に立てるように頑張ろうと決意する。
 たとえば農業の役に立つようなマジックアイテムを考えられないだろうか。あるいは、遠い土地にまで流通するような安価な品があると便利かもしれない。

 魔法の新しい可能性を感じてわくわくする自分は根っからの魔法好きなのだろう。さっそく王宮に帰ったら考えてみなくちゃ、と拳を握った。


 *


「……出来た」

 ふう、と息を吐き出したクライヴは手を止めて大きく伸びをする。師匠師匠!と駆け込んでくるフィリアがいないと、クライヴの自室は実に静かなものである。
 机の上には魔術書とクライヴのメモ書きの山。それから、たった今作り終えたマジックアイテム――女性もののブレスレットだ。

 発火装置について調べた。
 王宮にいる火の魔法使いも調べた。
 第一・第二王子も調べているのに未だにわからないのは、王宮内で手引きしているものがいるか、複数の魔法の使い手二刀流であることを隠している魔法使いがいるからだ。
 あとクライヴが出来るのは、いざというときのために対処することくらいだ。その“いざというとき”が起こらないことを願うばかりだが。

 ――クライヴの専門は、全ての魔法を扱ったかつての大魔法使いについて。
 アルカディアではただのおとぎ話のように伝えられているその話は、彼の魔法使いの末路について正確には語り継がれていない。

 オフィーリア・ウォーレンというのは、素晴らしい研究対象だった。魔法の先生などという面倒事を引き受けたのはフィリアに根負けしたからだが、自分の研究のデータをとるのにちょうどいいという思いもあったからだ。

 それが今、遠い隣国の地まで追いかけてきてしまっているなど、過去の自分が見たら「どうかしてしまったのか」と笑うことだろう。随分とあの娘に絆されている。

 ブレスレットをポケットに忍ばせる。
 手のかかる弟子のために作ってやったそれには、複雑な魔法を編み込んであった。
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