王宮の警備は万全です!

深見アキ

文字の大きさ
上 下
14 / 38

14、第二王子・スカイレッド

しおりを挟む
 
「なんだ、そんなに疲れたのか?」

 ダリルに拾われたフィリアは疲労困憊だった。……主に精神的に。

「ええ、まあ……。事前に聞いていた通りの方ですね。物腰が柔らかそうですけど隙がないというか」
「少し休むか? と言いたいところだが、そうもいかないようだな」

 ダリルが見ている方向に視線を向けると、黒髪でやや険のある第二王子がやってくるところだった。うう、次から次へと……と思いつつも背筋を伸ばす。

「久しぶりだな、ダリル。そちらがオフィーリア・ウォーレン嬢か」
「ええ。兄上、俺の婚約者のオフィーリアです」
「はじめまして、スカイレッド様」
「スカイレッド・アッシュフィールドだ」

 スカートをつまんで挨拶したフィリアに対し、居丈高に名前を名乗る。
 ――スカイレッド・アッシュフィールド第二王子。第一王子フォルセに次ぐ王位継承者で、その座を虎視眈々と狙っている。やや傲慢で好戦的ところがあるものの、それくらい野心家でなければ国を引っ張っていく力はないと支持する者は多い。
 フォルセが貴族を中心に支持を固めているのに対し、スカイレッドは軍国主義者からの支持層が厚いそうだ。
 ダリルとは母親も同じなため容姿もよく似ている。この人もいわゆる悪役顔だ。

「俺の婚約者のサラだ」
「はじめましてオフィーリア様。ダリル様もお久しぶりでございます」

 スカイレッドの影に隠れていたのが、彼の婚約者のサラ――少々意外でフィリアは驚く。プライドの高そうなスカイレッドのことだから、物凄い美女でも連れているのかと思った。
 小柄なサラ嬢はよく言えば控えめ、悪く言えばやや地味な女性だった。淡いグリーンの瞳に、白を基調にしたドレス姿はさながらスズランのようだ。

「オフィーリア様、慣れない土地で大変でしょう? 何かありましたら遠慮なく聞いてくださいね」
「ありがとうございます、サラ様」

 にこりと笑う姿は可憐で可愛らしい。
 差し出された手をとってフィリアも微笑んだ。

「ダリルと一緒に夜な夜な出歩いているそうだな。魔力が強いのは結構なことだが、女が兵たちと一緒になって戦うなど、少々慎みに欠けるのではないか」
「兄上、俺がオフィーリアに頼んで協力してもらっているのです」

 フィリアへの批判は予測していたので特に驚かない。

「王子の婚約者という立場からしたら軽率かもしれません。ですが、私に出来ることがあるのなら、この力を役立てたいと思っています」
「弟の婚約者に頼らねばならないほど、この王宮の兵たちは弱くない」
「スカイレッド様。オフィーリア様は私たちに危険が及ばないように心配してくださっているんですのよ」

 サラのおっとりとした嗜めに、スカイレッドは面白くなさそうな顔をしたものの矛先をおさめた。亭主関白かと思ったらそうでもないのかな、なんて感想を内心で抱く。

「フン、まあいい。ああ、フォルセには気をつけろよ。あいつの外面に騙されると足元掬われるぞ」

「行くぞ、サラ」と声をかけたスカイレッドに、サラはフィリアたちにお辞儀をして立ち去った。

「フィリア様」

 入れ替わるようにスッとフィリアの背後にイレーネが現れた。

「お怪我をされています」

 さりげなく周りの視線を遮るようにダリルが立つ。イレーネが指したのはフィリアの手袋についた血だ。ひじまである長い手袋にじわりと丸く血が浮かんでいる。

「本当。……でもいつの間に? 特に痛みはなかったわよ」

 手袋をまくるとやはりフィリアの肌に傷ついたところはないものの、手袋から染みた血液が肌を汚していた。

「嫌がらせの一貫か? 血ではなくインクかもしれん。すれ違いざまに気がつかないうちにやられたか」
「替えの手袋を用意致しましょう」
「え。いいわよ、手袋を外してしまえばいいことだし」

 わざわざ付け替えなくても気にならない。だがイレーネは短く黙ると、ダリルの方をちらりと見た。

「いえ……一応、替えをお持ちします」

 そう言うと大広間を後にした。

「そんな、わざわざ良かったのに……」
「ともかく、その血を落とさなくてはならないな。中庭の噴水に行くか」

 中庭に続く扉を開けてそっと外に出る。甘い香水の匂いが漂っていた会場から離れると新鮮な空気が肺に滑り込んだ。
 外には見張りの兵が立っており、彼らの前を横切って噴水の方へと歩く。噴水のベンチの前には小柄な少年がぽつんと座っていた。

   * 

 もっとも警備が厳しい大広間を離れると、人の姿はまばらだ。王子たちの居住区画の兵も、今日は大多数が身辺警護に割かれている。
 イレーネは敢えて兵を避ける道を選んで歩く。豪奢な絨毯から、使用人しか通らないそっけない廊下に立つ。

 気配を済ませば、隠しきれない殺気がひとつ、ふたつ、みっつ。

「……そろそろ出ていらしたらどうです?」

 イレーネが振り返ると、刃物を持った暗殺者たちが音もなく現れた。
 それでも彼女の表情はいつも通り。驚いた素振りは見せない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

処理中です...