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14、第二王子・スカイレッド
しおりを挟む「なんだ、そんなに疲れたのか?」
ダリルに拾われたフィリアは疲労困憊だった。……主に精神的に。
「ええ、まあ……。事前に聞いていた通りの方ですね。物腰が柔らかそうですけど隙がないというか」
「少し休むか? と言いたいところだが、そうもいかないようだな」
ダリルが見ている方向に視線を向けると、黒髪でやや険のある第二王子がやってくるところだった。うう、次から次へと……と思いつつも背筋を伸ばす。
「久しぶりだな、ダリル。そちらがオフィーリア・ウォーレン嬢か」
「ええ。兄上、俺の婚約者のオフィーリアです」
「はじめまして、スカイレッド様」
「スカイレッド・アッシュフィールドだ」
スカートをつまんで挨拶したフィリアに対し、居丈高に名前を名乗る。
――スカイレッド・アッシュフィールド第二王子。第一王子フォルセに次ぐ王位継承者で、その座を虎視眈々と狙っている。やや傲慢で好戦的ところがあるものの、それくらい野心家でなければ国を引っ張っていく力はないと支持する者は多い。
フォルセが貴族を中心に支持を固めているのに対し、スカイレッドは軍国主義者からの支持層が厚いそうだ。
ダリルとは母親も同じなため容姿もよく似ている。この人もいわゆる悪役顔だ。
「俺の婚約者のサラだ」
「はじめましてオフィーリア様。ダリル様もお久しぶりでございます」
スカイレッドの影に隠れていたのが、彼の婚約者のサラ――少々意外でフィリアは驚く。プライドの高そうなスカイレッドのことだから、物凄い美女でも連れているのかと思った。
小柄なサラ嬢はよく言えば控えめ、悪く言えばやや地味な女性だった。淡いグリーンの瞳に、白を基調にしたドレス姿はさながらスズランのようだ。
「オフィーリア様、慣れない土地で大変でしょう? 何かありましたら遠慮なく聞いてくださいね」
「ありがとうございます、サラ様」
にこりと笑う姿は可憐で可愛らしい。
差し出された手をとってフィリアも微笑んだ。
「ダリルと一緒に夜な夜な出歩いているそうだな。魔力が強いのは結構なことだが、女が兵たちと一緒になって戦うなど、少々慎みに欠けるのではないか」
「兄上、俺がオフィーリアに頼んで協力してもらっているのです」
フィリアへの批判は予測していたので特に驚かない。
「王子の婚約者という立場からしたら軽率かもしれません。ですが、私に出来ることがあるのなら、この力を役立てたいと思っています」
「弟の婚約者に頼らねばならないほど、この王宮の兵たちは弱くない」
「スカイレッド様。オフィーリア様は私たちに危険が及ばないように心配してくださっているんですのよ」
サラのおっとりとした嗜めに、スカイレッドは面白くなさそうな顔をしたものの矛先をおさめた。亭主関白かと思ったらそうでもないのかな、なんて感想を内心で抱く。
「フン、まあいい。ああ、フォルセには気をつけろよ。あいつの外面に騙されると足元掬われるぞ」
「行くぞ、サラ」と声をかけたスカイレッドに、サラはフィリアたちにお辞儀をして立ち去った。
「フィリア様」
入れ替わるようにスッとフィリアの背後にイレーネが現れた。
「お怪我をされています」
さりげなく周りの視線を遮るようにダリルが立つ。イレーネが指したのはフィリアの手袋についた血だ。ひじまである長い手袋にじわりと丸く血が浮かんでいる。
「本当。……でもいつの間に? 特に痛みはなかったわよ」
手袋をまくるとやはりフィリアの肌に傷ついたところはないものの、手袋から染みた血液が肌を汚していた。
「嫌がらせの一貫か? 血ではなくインクかもしれん。すれ違いざまに気がつかないうちにやられたか」
「替えの手袋を用意致しましょう」
「え。いいわよ、手袋を外してしまえばいいことだし」
わざわざ付け替えなくても気にならない。だがイレーネは短く黙ると、ダリルの方をちらりと見た。
「いえ……一応、替えをお持ちします」
そう言うと大広間を後にした。
「そんな、わざわざ良かったのに……」
「ともかく、その血を落とさなくてはならないな。中庭の噴水に行くか」
中庭に続く扉を開けてそっと外に出る。甘い香水の匂いが漂っていた会場から離れると新鮮な空気が肺に滑り込んだ。
外には見張りの兵が立っており、彼らの前を横切って噴水の方へと歩く。噴水のベンチの前には小柄な少年がぽつんと座っていた。
*
もっとも警備が厳しい大広間を離れると、人の姿はまばらだ。王子たちの居住区画の兵も、今日は大多数が身辺警護に割かれている。
イレーネは敢えて兵を避ける道を選んで歩く。豪奢な絨毯から、使用人しか通らないそっけない廊下に立つ。
気配を済ませば、隠しきれない殺気がひとつ、ふたつ、みっつ。
「……そろそろ出ていらしたらどうです?」
イレーネが振り返ると、刃物を持った暗殺者たちが音もなく現れた。
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