王宮の警備は万全です!

深見アキ

文字の大きさ
上 下
13 / 38

13、お手をどうぞ、レディ

しおりを挟む
 口元には微笑みを。
 優雅な表情は常に絶やさぬように。

 たっぷりとしたドレープの重さを感じさせないように、背筋はまっすぐに伸ばして。

 濃いブルーのドレス姿になったフィリアは、落ち着いた立ち居振る舞いでダリルを迎えた。

「そうしていると伯爵令嬢らしく見えるな」
「まあ。失礼ですよ、ダリル様。わたくしはれっきとした伯爵令嬢です」

 つんと澄まして答えたあと、フィリアは広げた扇の下でげんなりとうなだれた。

「こんな風に喋るのも久しぶりです……。ドレスは重いし、めちゃくちゃ憂鬱……」

 フィリアにとっては久しぶりのパーティ。しかも、主役は自分たちなのだ。
 アルカディアにいた頃、どうしても参加しないといけないとき以外は、なんやかんやと理由をつけて社交界から逃げ回っていた。
 そのツケが今になってやってきたのか、ダリルと結婚すれば否応なしに社交界でそれなりに振る舞って行かなくてはならない。

「俺もこういう場は好きじゃない。まあ、我慢してくれとしか言えないな」

 見上げた横顔は相変わらずの険しい仏頂面だが、堂々とした佇まいには風格がある。
 これでもう少しにこやかだったら文句無しに格好いいのに勿体ない。
 なんだ、と問いかけられて慌ててダリルの腕を取る。
 好きじゃないと言いつつ、ダリルのエスコートは完璧だ。重たいドレス姿のフィリアに歩調を合わせてくれる。
 当たり前だが、父のエスコートとは全然違った。

 大広間に入ると、――うわっと内心で声をあげる。
 ダリルと並んだフィリアを値踏みするかのごとく、ビシバシと飛び交う視線。こういった場では男性よりも女性のほうがあからさまだ。好奇や敵意に晒されて歩調が鈍る。
 怯んだフィリアに、

「顔を上げていろ。お前に恥じる要素はひとつもない」

 そっと呟かれた言葉。隣で前を見据えるダリルに、フィリアの背筋も自然と伸びる。この人が認めてくれているのだから、自分が卑屈になっていてはいけないと言い聞かせて。

 玉座に座るエルドラド国王の挨拶が済み、楽団が音楽を奏で始める。まずは王族が広間の中心にサッと出る。各王子たちも各々の婚約者と手を取り合った。

「……一応聞くが踊れるんだろうな」
「トーゼンです」

 優雅な音色に合わせてワルツのステップを踏む。一小節踊ると、周りの貴族たちも躍りの輪に加わった。
「意外と……」と言いかけたダリルの足にフィリアの爪先が当たり、ん?と怪訝な顔をする。その顔を見て、フィリアはしてやったりと胸を張った。

「ふっふっふ。師匠と共同開発した“踏んでも痛くないヒール”です! 底から出る風魔法で数センチ浮かせることで、うっかり男性の足を踏んでしまっても安心。ダンスに自信がないご令嬢にオススメしたい一品です」
「……お前、まさか……」
「お、踊れますよ!? ただ、久しぶりだったので一応保険というか!」

 だったらマジックアイテムなんぞ作るよりダンスの練習でもしろと言いたいところだが、努力の方向性が間違っているような。あの男も何をやっているんだか、と護衛として紛れ込んでいるクライヴの方にちらりと視線を投げかけた。

 一曲終わると、躍りの輪がぱらぱらとほどけていく。目当ての相手に声をかけにいく者や歓談する者。社交界に付き物の水面下のやりとり。
 ダリルと踊り終えると周りの令嬢たちがそわそわとし出した。視線は勿論ダリルだ。王族とお近づきになりたいというオーラを隠しもしないところが潔いが、

「行くぞ、第一王子と目があった」

 気づいているのかいないのか、ダリルの方はフィリアの肩に手をかけると、さっさと第一王子の元へと歩いていく。周囲からはつまらなさそうな吐息が漏れた。

「やあ、ダリル」
 屈託のない笑顔で、第一王子が手をあげる。
「はじめまして、オフィーリア嬢。ダリルの兄のフォルセ・アッシュフィールドです」
「お会いできて光栄ですわ、フォルセ様」
「こちらは私の妻のクラリッサ。今後こういった場で顔を合わせることになるでしょうから、仲良くやってくれると嬉しいな」
「よろしくお願いします、クラリッサ様。お二人とも美しくて素敵なご夫婦ですね。羨ましいですわ」

 気さくな王子に、フィリアのほうはよそ行きの笑顔で応じる。ぼろが出るからあまり余計なことを喋るなとクライヴから言われているので、形式的な挨拶で済まそうとした。
 クラリッサ妃はプラチナブロンドの美しい女性だが、気位が高いらしくツンとした印象だ。フィリアのことなど眼中にないようで素っ気ない対応だが、変に友好的な態度をとられるよりもかえって清々しい。

 よし、無難に切り抜けられそうだと思っていると、

「せっかくだから一曲お相手願おうかな」

 フォルセに手を差し出されて内心でうっと詰まる。が、まさか第一王子の誘いを断るわけにもいかない。ダリルの方を見ると渋面で頷かれた。

「ふふっ、心配しなくても君の婚約者をとったりしないよ。少しの間、オフィーリア嬢を貸してもらうね」

 そういう意味でダリルは渋い顔をしたわけでなく、社交慣れしていないフィリアを第一王子と二人きりにさせるのが心配なのだろう。
 ダリルの方も礼儀としてクラリッサ妃を誘ったようだが彼女は断ったようだ。

 フォルセとフィリアが位置に着くのを待っていたかのように曲が始まる。
 同じワルツでもダリルがきっちりと教科書通りに踊るのに対し、フォルセは踊りを楽しむように軽やかなステップを踏む。
 さらさらの金髪。整った顔立ちはやや女性的で、格好いいと言うよりも綺麗という言葉が相応しい。物語に出てくるような王子様らしい王子だ。

「そんなに見つめられると照れてしまうな。どう? ダリルと似ているかい」
「え、ええ……。瞳の色はダリル様と同じですのね」

 逆にいうとそれくらいしか似ていない。
 明るく社交的な美貌の第一王子と、堅物で社交嫌いの悪役顔の第五王子。

「この瞳は父譲りでね。僕たちは異母兄弟だから似ていないけれど、この瞳を見るとああ兄弟だったんだなぁって思い出すよ」

 腹の底を読ませない笑みでフォルセはフィリアをターンさせた。

「それにしても面白い魔法だね。羽根のように軽いレディだ」

 気づいていたのか。
 言葉に詰まったフィリアに「売り物として流通したら若い女性から支持されそうだ」と悪気なくフォロー。本当に悪気がないかどうかはさておき、こんな小さな魔法に気づくくらいに勘が鋭い。これだけのことでアドバンテージを取られたようになる。

「うふふ、すみません。次からは魔法に頼らなくてもいいように努力しますわ」

 ああ、嫌だ。こういう腹芸が嫌だから社交的から逃げ回っていたのに。

「そう? じゃあ、次回もぜひ申し込ませてもらおうかな。もちろん違う魔法を見せてくれてもいいんだよ」

 引きつった笑顔で何とか踊りきると、周りで見ていた令嬢たちが第一王子にアプローチをかけ出す。それを見てこれ幸いとフィリアはダンスの輪から抜け出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...