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7、師匠と弟子
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「遅いっ! もっと早くしろ!」
空気中の水分を硬化させて、氷の塊をいくつも作る。クライヴが指示したのはクナイのように形を作り、的に当てるという訓練だった。
「えー! もう、これ以上は無理ですって……」
早くしろと言われれば上手く形が作れずに氷玉のようになる。
フィリアの魔力は高いものの、繊細な魔法はからっきしだった。
氷を出せと言われれば大きな氷塊を出し、火を出せば辺りを燃やしつくす。
力を制御すること。正確に使うこと。
クライヴはスパルタ教育でこの二つを、フィリアの体に叩きこんだ。
時には暗器が飛んでくることもあったし、クライヴの攻撃が避けきれずに直撃してしまったこともある。
伯爵家の令嬢が走り回り、擦り傷を作り、魔法の腕を磨く。――それこそ、王宮付きの魔法使いにでもなるのかというくらいに。
「鬼……!」
さんざん走り回されて、地面に大の字で倒れこむ。仰向けになったフィリアを見下ろすように、クライヴは口の端を上げた。
「嫌なら辞めるか? 俺はいつだって辞めてもいいんだぞ」
「……辞めない」
そういうフィリアに肩をすくめたクライヴは、柔らかい風を起こすと、辺りに咲く花を積み上げて風にのせる。
ふわりふわりと宙を舞う花。伯爵家の庭園に咲く立派な花ではなく、地面に咲く名も知らないような小花が、クライヴの手にかかれば美しい魔法にかかる。
「綺麗……」
フィリアのことを馬鹿だのヘタクソだのと罵る人が、こんなに繊細な魔法を使うなんて。
クライヴは伯爵家の人間にいい顔はされていない。
父は彼の力を認めてくれているようだが、母や使用人たちは毛嫌いしていた。
わがままで偉そうで、口も悪い。クライヴの影響で、フィリアもすっかりお嬢様らしい言葉づかいがどこかへ行ってしまった。
クライヴがこんなに綺麗な魔法を使うなんて、皆は知らないのだ。
彼らが悪く言うほどクライヴは教養なしではない。むしろ、高い知識や感性を持ちながらも敢えてそこから遠ざかっているようにも感じた。
言い方はきついが教え方も的確でわかりやすい。
フィリアはクライヴのことを信用していたし、クライヴもフィリアのことを言うほど嫌ってはいない――はずだ。
クライヴを真似て、フィリアも力を集中させる。丸い小さなシャボン玉をいくつも作ると、浮かぶ花と共に飛ばしてみた。
シャボン玉に日の光がきらきらと揺れる。
「見てほら、師匠! 綺麗じゃない?」
幻想的な風景に胸を張る。
「割れてるぞ」と指摘されると、視線を向けた先では3つほど形を保てずに割れてしまっていた。
「お前は集中力が足りないな。“見る”んじゃなく、身体で感じろ。意識を空気中に張り巡らせ」
「むずかしい」
「目を閉じて、見ないでやってみろ」
空気中に感じる水分を、丸い玉に作りあげていくイメージ。
目を閉じると自分が大きな気の流れに漂っているように感じる。自然と高まった集中力がいくつもの空気中の水を引き寄せ――
「フィリア!」
はっと目を開けると、ばしゃんと辺り一面に水が降り注いだ。割れた水球がフィリアとクライヴを濡らす。クライヴの飛ばした花も濡れて地面へと落ちてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、今のは俺が悪かった。お前は無意識に力を使いすぎる。感覚で使うのではなく、制御する術を教えなくてはいけないな」
クライヴの力によって暖かい風が吹き、濡れた髪や服が乾いていく。
容易く力を扱うクライヴが羨ましいと思うし――本人には決して言わないが、憧れてもいる。
「私、絶対に自分の力を使いこなせるようになってみせるわ!」
ぐっと拳を握ったフィリアに、クライヴは「俺が生きてるうちに使いこなせるようになれるといいな」と冷めた声を出す。
「師匠冷たい。もっと応援してよ」
「そのやる気が続けばいいんだがな」
「続くわよ」
宣言通りフィリアは魔法の訓練に明け暮れた。
能力が安定したお陰で、研究者たちとも友好的な関係を築けるようにもなった。時には嫌がるクライヴも交えて議論したり、今ある魔法の有効な使い方を考えたりもした。
クライヴが懸念していたのは、年頃になれば女性は嫁ぐ――ましてや、フィリアは伯爵家の令嬢だ。確実に貴族と結婚することになる。
今は父親の好意で自由に魔法を学ぶことが出来ているが、嫁ぎ先で許されるとは到底思えない。
稀有な力は勿体無いが、この国では女性にそこまでの魔力は求めていない。
護身術程度ならまだしも、フィリアのやっていることはその域を越えている。
いずれ辞めなくてはいけなくなったときに、フィリアが魔法にのめり込めばのめり込むほど酷ではないか。
そう考えていたクライヴだが、残念なことにフィリアの熱が醒めることはなく。変わり者の令嬢として社交界からもどんどん遠ざかることとなった。
“お嬢様が良い縁に巡り会えないのは、あの口の悪い魔法使いのせいだ”
伯爵家の人間から蛇蠍の如く嫌われるクライヴが、まさかフィリアが隣国の王家に嫁ぐことになったと知らされるとはもう少し後の話――。
空気中の水分を硬化させて、氷の塊をいくつも作る。クライヴが指示したのはクナイのように形を作り、的に当てるという訓練だった。
「えー! もう、これ以上は無理ですって……」
早くしろと言われれば上手く形が作れずに氷玉のようになる。
フィリアの魔力は高いものの、繊細な魔法はからっきしだった。
氷を出せと言われれば大きな氷塊を出し、火を出せば辺りを燃やしつくす。
力を制御すること。正確に使うこと。
クライヴはスパルタ教育でこの二つを、フィリアの体に叩きこんだ。
時には暗器が飛んでくることもあったし、クライヴの攻撃が避けきれずに直撃してしまったこともある。
伯爵家の令嬢が走り回り、擦り傷を作り、魔法の腕を磨く。――それこそ、王宮付きの魔法使いにでもなるのかというくらいに。
「鬼……!」
さんざん走り回されて、地面に大の字で倒れこむ。仰向けになったフィリアを見下ろすように、クライヴは口の端を上げた。
「嫌なら辞めるか? 俺はいつだって辞めてもいいんだぞ」
「……辞めない」
そういうフィリアに肩をすくめたクライヴは、柔らかい風を起こすと、辺りに咲く花を積み上げて風にのせる。
ふわりふわりと宙を舞う花。伯爵家の庭園に咲く立派な花ではなく、地面に咲く名も知らないような小花が、クライヴの手にかかれば美しい魔法にかかる。
「綺麗……」
フィリアのことを馬鹿だのヘタクソだのと罵る人が、こんなに繊細な魔法を使うなんて。
クライヴは伯爵家の人間にいい顔はされていない。
父は彼の力を認めてくれているようだが、母や使用人たちは毛嫌いしていた。
わがままで偉そうで、口も悪い。クライヴの影響で、フィリアもすっかりお嬢様らしい言葉づかいがどこかへ行ってしまった。
クライヴがこんなに綺麗な魔法を使うなんて、皆は知らないのだ。
彼らが悪く言うほどクライヴは教養なしではない。むしろ、高い知識や感性を持ちながらも敢えてそこから遠ざかっているようにも感じた。
言い方はきついが教え方も的確でわかりやすい。
フィリアはクライヴのことを信用していたし、クライヴもフィリアのことを言うほど嫌ってはいない――はずだ。
クライヴを真似て、フィリアも力を集中させる。丸い小さなシャボン玉をいくつも作ると、浮かぶ花と共に飛ばしてみた。
シャボン玉に日の光がきらきらと揺れる。
「見てほら、師匠! 綺麗じゃない?」
幻想的な風景に胸を張る。
「割れてるぞ」と指摘されると、視線を向けた先では3つほど形を保てずに割れてしまっていた。
「お前は集中力が足りないな。“見る”んじゃなく、身体で感じろ。意識を空気中に張り巡らせ」
「むずかしい」
「目を閉じて、見ないでやってみろ」
空気中に感じる水分を、丸い玉に作りあげていくイメージ。
目を閉じると自分が大きな気の流れに漂っているように感じる。自然と高まった集中力がいくつもの空気中の水を引き寄せ――
「フィリア!」
はっと目を開けると、ばしゃんと辺り一面に水が降り注いだ。割れた水球がフィリアとクライヴを濡らす。クライヴの飛ばした花も濡れて地面へと落ちてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、今のは俺が悪かった。お前は無意識に力を使いすぎる。感覚で使うのではなく、制御する術を教えなくてはいけないな」
クライヴの力によって暖かい風が吹き、濡れた髪や服が乾いていく。
容易く力を扱うクライヴが羨ましいと思うし――本人には決して言わないが、憧れてもいる。
「私、絶対に自分の力を使いこなせるようになってみせるわ!」
ぐっと拳を握ったフィリアに、クライヴは「俺が生きてるうちに使いこなせるようになれるといいな」と冷めた声を出す。
「師匠冷たい。もっと応援してよ」
「そのやる気が続けばいいんだがな」
「続くわよ」
宣言通りフィリアは魔法の訓練に明け暮れた。
能力が安定したお陰で、研究者たちとも友好的な関係を築けるようにもなった。時には嫌がるクライヴも交えて議論したり、今ある魔法の有効な使い方を考えたりもした。
クライヴが懸念していたのは、年頃になれば女性は嫁ぐ――ましてや、フィリアは伯爵家の令嬢だ。確実に貴族と結婚することになる。
今は父親の好意で自由に魔法を学ぶことが出来ているが、嫁ぎ先で許されるとは到底思えない。
稀有な力は勿体無いが、この国では女性にそこまでの魔力は求めていない。
護身術程度ならまだしも、フィリアのやっていることはその域を越えている。
いずれ辞めなくてはいけなくなったときに、フィリアが魔法にのめり込めばのめり込むほど酷ではないか。
そう考えていたクライヴだが、残念なことにフィリアの熱が醒めることはなく。変わり者の令嬢として社交界からもどんどん遠ざかることとなった。
“お嬢様が良い縁に巡り会えないのは、あの口の悪い魔法使いのせいだ”
伯爵家の人間から蛇蠍の如く嫌われるクライヴが、まさかフィリアが隣国の王家に嫁ぐことになったと知らされるとはもう少し後の話――。
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