カミノオトシゴ

大塚一乙

文字の大きさ
上 下
15 / 16
一章

14話『四衢八街、何処に向かう』

しおりを挟む
ーーー地上一階。

先ほどまでの緊張はいるかいないかわからずいきなり現れるかもしれないという心配から来るものだった。
今となっては杞憂であったが今感じているこの緊張は先ほどまでとは比べ物にならない。
今感じている緊張は地下から上がってきたためこのフロアには確実にいるという確信からくる緊張である。

実際子供を相手に取り保護が目的であったとしても敵意を剥き出しにされ実力も格上。
本気で挑んでも勝てるかわからない相手だがもし殺されるか殺すかの瞬間木下は引き金を引くことができるのか。

考えないようにしていたことが次々に木下鴨脚の頭をよぎり緊張を生み出していた。

「ーーーーーい、おい!聞いておるのか、お主」
頭上。その文字通り頭の上から聞こえる声の持ち主は木下の髪の毛を引っ張り叫んでいた。

「すまん、聞いてなかった。もう一度頼めるか」
「えぇ、ですが顔色の方...大丈夫ですか♪」

相変わらず文字面では心配している雰囲気だがこの男の表情は依然変わらず嬉々としている。もうだいぶ慣れたが。

「ではもう一度、ここからはいつ目標と接触するかがわからない状況です♪、なのでーーーー」

エイリが立てた作戦としては

パターン1[第一に本命であるスロウ・バレットに接触又は謎の仮面マゼンダと同時に接触]
「この場合としてはなるべく対話を望むことを伝えます。そして納得していただけたのでしたら保護、一番良い結果ですね♪」「戦闘に発展した場合は?」「その場合は退避を優先してください♪、武力制圧はほぼ不可能です♬」

パターン2[先に謎の仮面マゼンダと接触した場合]
「相手の戦闘力がわからないですが引き止めることが可能な場合木下さんが引き留め役、私とタートルさんがスロウ・バレットの元に向かいます♩」

「大まかにはこの2通りですがこの状況です、臨機応変に対応しましょう♫」
「わかった、」
正直容姿の情報以外全くわかっていないマゼンダの存在は最も重要であり戦闘力の有無によってはこちらの作戦において突く唯一の隙間になるか此方を圧倒的にねじ伏せる決め手になるか全くわからない分心配しておく必要あるだろう。

「あと一つ、どちらが死んでも恨みっこなしですよ♪」
「あぁ、死ぬまで命は自己責任だ」

半ば決まり台詞のように吐かれたその言葉は最も軽薄で軽快なやりとりであったが最も大切であることは両者が一番分かっている。

「まぁ、一階にいるとしてもすごい広いしのう、まず直近で場所が割れている中庭にでも向かうか」

そう言って「よっこいしょ」と言いながら立って雰囲気を出しているがその地面は木下やエイリが立つ普通の地面ではなく相変わらず木下の頭の上だった。


ーーー中庭付近。

「........」
「どうしたの?マゼンダさん、」

少年には少し高い中庭の庭石に身を置いて足をぶらぶらとさせながらどこか楽しそうな顔をしているスロウ・バレットはいきなり何かに気付いたのかある方向に顔を向けたマゼンダに問いた。
スロウ・バレットは質問に沈黙で答えたマゼンダに対し納得したような表情を浮かべ身を置いていた庭石から飛び降り点々と置かれた飛石をリズムよく渡ったあと草木のない半径わずか二メートルほどの土剥き出しの中心に手をついた。

するとスロウ・バレットを中心に土が渦を巻き始めた。
しかしそれは盛り上がることもなければ沈みゆくこともなくただ静かに流れを生み出していた。

「2人...いや、3人かな?」
「ーーーー、我らが行ってこよう」

スロウは了承したようににっこりとしながら頷いて渦巻く地面から手を離し先ほどまで畝っていた地面は何事もなかったように静止した。
マゼンダは早くも歩き出しくらい真っ暗な研究所の廊下の中に消えていった。


ーーー秘密の応接室。

「そろそろ良い時間ね」
少しいつもと雰囲気というか様子が違って見えるDr.がそこにいた。
Dr.は椅子から立ち上がると地下下水道へとつながる仕掛け金庫を閉じ再度暗証番号の摘みを回した。

数回回したあと’’ガチャ,,という音を立てて開くと思いきや金庫が置かれていた壁の一面が動き出すと共に白い煙が発せられた。白い煙がはれた頃にはどこか先の見えない廊下が出来上がっていた。その廊下の伸びる方向は物語の中心である研究所だというのは見て語れるだろう。何故この短縮ルートを木下たちに通らせなかったのか...

「待っていてね、バレットちゃん...」

やはり今までとは様子の違うDr.がそこにいた。


ーーー非常階段下り。

「こちらバリアストロ通信部、」
「こちらノア・ハワード。フローレス隊長に報告。ひとまず目標とは別離、しかしあと1時間も満たずに本丸と接触する恐れあり」

地下一階エレベーター前で木下たちと別れたノア・ハワードことバリアストロ地震対策緊急本部副指揮官が非常階段からトランシーバーに口を寄せ報告をしていた。

「ーーー了解、ひとまずノア副指揮官は待機を願います」
「?!、だから今すぐでないと間に合わない!、隊長と代わってくれ!」
「ーーーーー、」

こちらの焦りとは裏腹に単調な返答をされたノアは先ほどまでの軽快な喋り方ではなくなっていた。

ノアは何故ここまで感情を表してまでこの任務に就いているのか。
スロウ・バレットはDr.の被験体であるが同時にノア・ハワードも後輩のようなものでありノア自身は今はDr.の研究所から独立し今では政府の軍隊の上層階級である。
いわばノア・ハワードからしたら今の状況は自由が許されての行動であるためスロウ・バレットの望む理想体と言えるのではないだろうか。
ノアからしたらこの争いは不毛でしかない。だからこそ自分自身の体験をスロウ・バレットに話しこの事態を収束させたいと思っているのではないだろうか。

しかし本心は彼にしかわからない...

「ーーーっ、」
命令に背いているのは承知の上かノアは来た道を再度戻ろうとした。

その瞬間であった、

「待て、私も行こう」

この場にはいるはずのない人物。政府の軍、バリアストロ地震対策緊急本部の中で唯一ノアの上司に当たる男でありノアに命じることのできる人物。そしてノアをこの現場に送り込んだ張本人。

「ふ、フローレス隊長がなんでここにいるんスか...」

本来ノアが報告した本部にいるはずの人間が何故かこの場にいる。これは全くの現実であったがノア自身驚くべきことであった。数百人規模の軍人がいるのにも関わらず最高指揮官と副指揮官が何故か単騎で乗り込んでいるというある意味相手も予想しない奇策はこの戦場においてどのような役割を果たすのか。

「決着をつけに行こうか」
「はい!!」

ーーー各所で最後に向けて動きだした。
ーーー果たして収束した最後は誰がたっているのか。

ーーーーー四つ巴の決戦が始まりの合図を告げた。
しおりを挟む

処理中です...