カミノオトシゴ

大塚一乙

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一章

11話『護衛総督タートル』

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「というか木下さん、調べたところあなたアジア系なのは見てわかりますが...日本とは何の関係もないのになぜ日本の名前を?」

道中、ガスマスクをつけているせいか曇った声でエイリが尋ねだした。
それに対してガスマスクを着けられず未だ呼吸を普段のようにするのを躊躇しながら自分の衣服を口元に押さえつけながら最低限の呼吸で歩いている木下は不機嫌そうな口調で答えた。

「それは今必要か?、まぁそうじゃなくても情報屋にぽんと渡せるかよ」

予想通りの返答、情報は人の一生の財をなせる物。時に命を奪う武器になる。
武器を売買する者を死の商人とは言うが情報屋は人を生かすことも殺すことも出来る。
その張本人であるエイリはいつも嬉々とした表情なのだから不気味である事この上ない。

「場を和ませようと♩、今から命を預ける仲間ですよ、そのくらい良いじゃないですか♫」
「場を和ませようとしたエイリさんのお気遣いには申し訳ないのですが着きました」

エイリのいう場はDr.の発言一つに呆気なく散った。
しかし木下一行が目指していたモーターボードだがDr.の着いたという言葉とは裏腹に今までも一切光景が変わっておらず目につく場所には一隻のボートもなにもなかった。
ただ目の前でドス黒い下水が水より遅く流れているのみ。

「えっと...どこに?」

木下が沈黙に耐えられずDr.に質問するとなにも聞こえなかったように懐に手を入れ一つのボタンのようなものを取り出し中央に一つ存在するいつもだったら絶対おしてはダメなような如何にも非常用ボタンのような赤がとても主張されているボタンを押した。
すると下水の中から泡のようなもの、と言うかでかいシャボンのようなものが浮かんできて中にはどこにでもありそうな普通のモーターボードが浮かんできた。

「下水路にモーターボードなんかあるのが見つかると何かと厄介ですからね」

ドッキリ大成功と言っていそうなにっこりとした表情で言っているDr.だが正直ここまでくると技術の乱用である。

「では、お乗りください。エンジンの鍵は...エイリさんに運転をお任せしても?」
「えぇ、もちろん♫」

一瞬Dr.はエンジンの鍵を取り出した後エイリと木下の顔を二回ほど見た後エイリに運転をまかしたのは触れずに木下はなんとも言わずに船に乗り込んだ。
予定通りモーターボードは3人乗りで条件であるSPの同乗はどちらが乗るのかと木下が考えているとDr.が言葉を発した。

「ではご武運を、依頼達成の朗報お待ちしております。」

そういうと「もちろん♪」と言ってエイリが乗りエンジンをつけた。
木下が『SPは同乗しないのか?』と言う疑問を口に出す前にモーターボードは走り出した。

木下は疑問を口に出す時間もなく走り出したボートに数秒呆然としたが一応聞いておいた方がいいと思ったのか前方で運転しているエイリに尋ねた。

「あのSPは同乗しないのか?」
「あ奴らは新参、こういう大事な場面では儂と決まっておるのじゃ」

質問に応じたのは木下よりも歳を重ねていそうな声。
先ほどまでの飄々とした喋り方でもなければそもそも声音が全然違う。
しかし状況を見る限りエイリ以外が返答したとは考えにくい。

「なんだよ、そのふざけた喋り方は、」
「ふざけた口調じゃと...?、年寄りを揶揄うのも大概にせぇよ、若造が」

よくよく聞くとこの声が発せられているのは前方にいるエイリではなく真下の木下の足元であった。
恐る恐る下を見た木下はあまりの驚きを隠せずその正体を見た時下水の方に落ちそうになった。

その正体は人語を話すはずがない存在...亀であっ
「儂の格好をみて驚くのはしょうがないがしかし儂の喋り方を変と言うとは失礼じゃぞ、貴様」

下水に落ちるのをギリギリで回避した木下はこの世ではあり得ない事象を沈黙で耐えるのに必死であった。
その状況を運転しながらで把握したエイリは丁寧に言葉を挟んだ。

「驚きますよね♪、それはDr.の最高技術の結晶。人の記憶や知識を他の生物に移す技術で作られたものらしいですよ♫」
「おぉ、其方の若造は聡明じゃのう」

エイリに解説されて尚目の前の現実を受け入れられない木下は考えることをやめ目の前の生物は普通だと自分の頭に言い聞かせた。
それでやっと目の前の亀と話せるのに要した時間は数十秒。普通の人間よりは早いと言えるだろう。

「わかった、してさっきのDr.のSP二人を新参といったがお前は何者だ...?」
「...おい人間、お前も相当人の中では歳を重ねているようだが年長者に対しその言葉遣い、阿呆なのか?」
「っ、...そうでした。申し訳ありません。ではあなたの素性を私めに教えていただいても?」

少し頭に血が登かけたためか頭が先ほどよりうまく回り相手に躊躇することはなくなった。
少し木下の頬が引き攣っているが。木下の使い慣れていない敬語に少し不満な顔を持ちながらも彼なりの誠意を感じ取ったのか喋る亀は話し始めた。

「そのままの意味じゃよ、儂は護衛総督のタートルじゃ」
「随分と名前は安直なんだな...」
「なんか言ったか」
「いやいや、とてもお偉い方と一緒にお仕事させていただけて嬉しい限りです」

亀の癖に人並みに表情が顔に出ており木下に対し未だ好感を持っていない様な顔に見えた。
数秒タートルは木下と目を合わせた後タートルはため息をこぼしまた話し始めた。

「何もお主の仕事を手伝う気はないよ、ただのお目付け役じゃよ」

そうだろうな、正直こんな亀一匹増えたところで戦力が増えるわけではない。この亀何をお世辞を真っ当に間に受けているのか。と言った顔をした木下。

「お主、『そうだろうな、正直こんな亀一匹増えたところで戦力が増えるわけではない。この亀何をお世辞を真っ当に間に受けているのか。』みたいなこと思ったじゃろ」

思いを一言一句言い当てられ動揺の隠しきれなかった木下は無惨にタートルに足首に噛みつかれたのであった。
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