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第十七話 夏だよ海のお祭りだよ。とんでもない悪がきもいたけど水着の女の子達は種族問わずかわいいし海の魔物も海賊もヤバいよヤバいよ

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 コリル達の通う学校が夏休みに入った初日、
「朝から暑いし、もう完全に真夏って感じだな。日本の夏よりはマシな感じだけど」
哲朗が朝起きてリビングに来ると、コリルは夏休みの宿題に励んでいた。
「コリルちゃん、真面目だな」
「だってちゃんとやらないとあとでコキアダワさんにめちゃくちゃ叱られちゃうもん。時々抜き打ちで確認しに来るんだよ」
「ああ、そういうわけかぁ」
「コキアちゃん自身は学生時代、宿題全然やらずに勉強サボりまくってたけどね」
 幼馴染のコスヤさんはフフフッと微笑む。
「今度の日曜は海のお祭りがあるんだ。その日は一日中遊ぶつもりだから、そのために今頑張ってるの。海水浴場でいろんなイベントをやるんだよ。カシタ君とかの芸をする魔物さんや、芸人さんや格闘家や、スポーツ選手やアイドルや漫画家さんも来るよ」
「それはめっちゃ楽しみだな。この世界の海水浴、海にヤバい魔物も出そうだけど」
「遊泳区域内で泳いだら大丈夫だよ」
 コリルは爽やか笑顔で伝える。
 
        ☆

 次の日曜、海のお祭り当日。
 哲朗が朝起きてリビングに来ると、コリルとコスヤさんは水玉模様のワンピース型水着姿で出迎えてくれた。
「もう水着に着替えてるなんて、相当楽しみにしてたんっすね」
「哲朗ちゃんにはこれよ」
「おう! スイカ柄じゃないっすか! 素敵だな」
「スイカ柄のグッズは、哲朗デザインって名付けられてるわ」
「それは大変光栄なことっすね」
 コスヤさんがプレゼントしてくれた、スイカ柄海パンに哲朗は大喜び。
「哲朗おじさんも早くこれに着替えて、出発しよう!」
 コリルは興奮気味に催促する。
「あの、お二人とも、家からこの格好のまま行くんすか!」
「うん、そうよ」
「あれ? なんかおかしいのかな?」
「俺のいた世界の海水浴場では、更衣室というのがありまして、そこで着替えるのが普通です」
「あら、そうなんだ!」
「日本とは文化が違うね」
「俺も驚きっすよ。でもその方が楽っすね」
哲朗もスイカ柄海パン一丁に。
こうして、三人とも水着姿のままドラゴン風の生き物に乗って、最寄りの海水浴場へ。

          ☆

「沖縄の海みたいにエメラルドグリーンに輝いて、最っ高じゃないっすか!」
 哲朗がビーチに降り立つと、
「あーっ、哲朗だ!」
「生で初めて見た。ヤバいヤバいヤバい!」
「ヤバい人だ」
「熱湯風呂芸やってぇ~」
「サインとシールちょうだぁい」
 子どもや若い子達を中心に、多くの人々から声を掛けられイラストにも描かれる。
 もう慣れたものだ。       
「俺のいた世界にはいないタイプの女の子達もたくさんいるし、最っ高だよ♪ スイカ柄の水着の人も多いっすね」
「哲朗水着ファッションは今流行りなんだよ」
 ビーチにはいろんな種族のビキニやワンピースタイプの水着姿のお姉さん達が大勢。
 男も当然のように交じっているが。
「この世界、海水も熱湯ってことは、ないよな?」
 哲朗は恐る恐る、つま先を海水に浸してみた。
「よかったぁ~。普通に冷たい。パラソルもスイカ柄があるよ。この世界にもこんなに広まってくれるなんて嬉し過ぎてヤバいよヤバいよ」
 ビーチには屋台もたくさん。
 時おり、翼竜が氷塊をかき氷屋さんやアイスクリーム屋さんなどに運んで来ている姿も目にすることが出来た。おそらく付近の高山から取って来たのだろう。
「ファンタジー感あっていいっすね。おう、ビリビリポトフってのもあるのか! 俺のいた世界のビリビリおでんっていうのは罰ゲームな料理なんだけど」
 哲朗は現地の文字で『ビリビリポトフ』と書かれたその屋台へわくわく気分で駆け寄っていく。
「痺れクラゲ入りのポトフだよ。口に入れると痛いけど超美味いよ。激辛料理とはまた違った食感が味わえるよ。ロブウトツネの名物料理でもあるんだぜ」
 店員のエルフ耳なお兄さんは爽やか笑顔でお勧めしてくる。
「クラゲ入りなのか。ヤバそうだな。いっただっきーまーす」
 痺れクラゲの他、何かの魔物の目玉や内臓なんかも入っていて、グロテスクな見た目ではあったが、そういった見た目の料理はもうすっかり見慣れた哲朗は、躊躇いなく口に入れた。
その瞬間、
「ぐわはっ!」
舌にビリッと強烈な電撃が走り、
「俺のいた世界のビリビリおでんよりもビリビリ感ヤバいよヤバいよ」
 苦々しい表情を浮かべて大きく仰け反り、具を口に含んだまま口をパクパクさせてトコトコ走り回る。
 アハハハハハハハハハハハハハハハッ!
「なんか変な生き物がいるぅ」
 そんな彼の姿を見て、大笑いする人々も大勢。
 イラストに残す人々も。
「でもなんか癖になりそうな味だよ」
 それでも最後は満面の笑みで食レポした。
「哲朗おじさん、ビリビリポトフであそこまで面白いリアクション取れるなんて、さすがリアクション芸人さんだね」
 コリルは楽しそうに笑う。
 哲朗はこの屋台の店員さんに例のシールをプレゼントしたのだった。

あのあと、哲朗、コリル、コスヤさんは屋台の料理を楽しみつつ、ビーチをぶらぶら歩き進んでいく。
「めっちゃきれいな石や貝殻も落ちてるじゃないっすか。俺のいた世界の砂浜に落ちてるのよりも高級感あるよ」
「砂浜で石や貝殻を拾うのも楽しいよ」
 ってなわけで、この三人で砂浜の自然物を拾い集めることに。
その最中、
「いってててぇ~っ!」
 哲朗は突如、背後から何者かに海パンに棘のある生き物を入れられてしまった。
「これウニか。誰だ! こんなことをした奴は?」
 ゆっくりと振り返ってみるとそこには、
「きゃはははっ♪」
 ぽっちゃり体型でぼさぼさ頭の十歳くらいの少年がいた。
「こらっ、少年」
 哲朗は苦笑いで注意。
「お前哲朗だろ。なんか面白いことやれよ」
 悪がきはにやけ顔で要求してくる。
「俺の海パンにウニ入れといて、なんて無礼な悪がきなんだ」
「哲朗おじさん、この子はクシフ君っていうワガデ王国で一番有名な悪がきだよ。ルクヤトっていう競技の有名選手の息子で、いろんな雑誌で悪行が面白おかしく紹介されてるの」
 コリルは困惑顔で説明する。
「へぇ~。子ども時代の落合福嗣君に似たような感じの奴もいるのか。この世界、面白過ぎだよ」
 哲朗は爽やかな表情だ。
「この国の芸人とその関係者のほとんどがこの子からいたずら被害に遭わされてるよ。ムマツラさんのマネージャーさんも胸揉まれたり、スカートの中に顔を突っ込まれてたよ。ムマツラさんはクシフ君をお尻ペンペンして懲らしめようとしたんだけど、逆に冷たくあしらわれたんだって。わたしと同い年なんだけど、精神年齢は幼稚園児以下だよね」
 コリルは呆れ顔。
「そこもあの頃の福嗣君そっくりっすね」
 哲朗は楽しげに笑う。
「ひゃんっ! こらっ、ダメだよクシフ君」
 クシフ君は背後からコスヤさんに抱き付いて胸を揉み揉み。
「こらクシフ君、ママから離れなさい!」
 コリルは即注意。
「おまえ、きれいな貝殻持ってるじゃん。その貝殻、パパにやれよ」
 クシフ君から要求されるも、
「嫌だね。わたしが見つけたんだから」
 コリルは睨みつけて対抗する。
 そんな時、
「申し訳ございません。うちのバカ息子のクシフはどんでもない悪がきでして、将来が心配で心配で」
 お母様がご登場。茶髪で勇ましい感じだった。
「お母様、心配いりませんよ。俺の知人の落合福嗣君っていう子も、立派な大人に成長してくれましたから。福嗣君も子どもの頃はただのクソガキでしたからね。芸人にとってこれだけ評判の悪い子どもはいないくらいの。芸人がロケ行ったらピンポン玉投げられたり、お前なんかやれよって言われたり。でも今は立派な大人になって、声優界で有名になって、ファ〇スタっていう日本で大人気の野球ゲームで共演した時なんか、本番前になんと私の楽屋にわざわざ福嗣君からあいさつしてくれたんですよ!『哲朗さん、今日はよろしくお願いします』って。絶対言う子じゃなかった。あんな子でも立派な大人になってくれたんっすよ。ご本人はクソガキがちょっと成長してガキになっただけって謙遜してましたけどね」
 哲朗は朗らかな表情で言う。
「うちの子もそうなってくれればいいんですけどね」
 お母様は苦笑い。
「これからパパ達がやるトークショーにぼくも呼ばれるんだ。哲朗も見に来いよ」
「こらクシフ君、ぜひ見に来て下さいだろ」
 ともあれ、哲朗、コリル、コスヤさんはそのイベントの会場へ。
        ☆
 辿り着いたちょうどその時、
「クシフ君、ダメだよ。離れてぇ~」
 司会進行役のビキニ姿でエルフ耳なお姉さんがクシフ君にしがみ付かれて胸をモミモミ揉まれていた。
「クシフ、オレと代われ~」
「羨まし過ぎるぅ」
 なんてヤジを飛ばす観客も。
「申し訳ございません。こらっ、クシフ、離れろっ!」
「あと一分だけぇ~」
 お母様が掴んで無理やり引き離してあげた。
「本当、子ども時代の福嗣君に負けないくらいの悪がきだな。クシフ君親子だけじゃなく、ウソケタイとモイトもゲストにいるじゃん」
 哲朗はステージ上のゲストを楽しそうに眺める。
 ともあれトークショースタート。
「いよいよ一週間後にオープンする、クシフ君のお父様、ミロヒツ様が運営する森のアスレチックパーク。本日は一足先に体験したゲストの皆様にその魅力をたっぷりとお伝えしてもらいます」
 司会進行役のお姉さんはハイテンションで伝えた。
「パパが作ったすごい公園なんだよ。めちゃくちゃ楽しいよ。入園料もタダだよ。みんなパパに感謝しろよ」
 クシフ君は自慢げに伝える。
 父のミロヒツさんは朗らかに微笑んでいた。
「おれは全部のアトラクション遊んでみたんですけど、どれも誰でも簡単お手軽に楽しめるから、皆さんもぜひお越しを。大冒険気分を味わえますよ」
「うちも全部楽しめました。飛んだり跳ねたり魔物と戯れたり、スリルも満点で本当にめっちゃ楽しくて簡単にクリア出来ますよ」
 ウソケタイとモイト、大絶賛の施設になるようだ。
「いやいや、絶対超ムズいだろ」
「それ絶対ヤバい難易度のやつだ」
「おまえらが言う簡単は全く信憑性ねえ」
 観客から突っ込みも。
「僕にとっては難しいアトラクションもたくさんあったよ。ウソケタイとモイトは筋肉バカの猿だからね」
 クシフ君も笑顔でこう突っ込む。
「それって、うちとウソケタイがめっちゃ賢い子ってことだね。お猿さんは賢い魔物さんだもんね。クシフ君、褒めてくれてありがとう」
 モイト、にっこり笑顔で言い返した。
「褒めてなんかねえよ眉毛ブス」
 クシフ君、ふくれっ面で即反論する。
 アハハハハハハハッ!
観客から笑いが起きる。 
「失礼だねぇクシフ君。クシフ君は怖ぁい魔物の棲み処に連れていって躾けないとね」
 モイトはにやりと笑った。
「ぜひそうしてやって」
 お母様は爽やか笑顔でお願いしておく。
「僕、魔物なんか全然怖くないし」
 クシフ君はどや顔だ。
「じゃあ、今度おれといっしょに魔物狩りに行こうぜ!」
「なんでおまえと行かなきゃいけねえんだよ、〇獣の王」
 ウソケタイからの誘いを、クシフ君は即拒否。
「クシフ君、九歳でそんな用語使っちゃダメだよ」
 司会のお姉さんは頬をほんのり赤らめて注意。
 アハハハハハハハッ!
「ママ、〇獣ってなぁに?」
「こらっ! 知らなくていい!」
 観客から笑いと、その禁句に興味を持った幼稚園児くらいのお子様に注意する母親の姿も。
「俺のいた世界の似たような武〇壮とイ〇トは、福嗣君の子ども時代はまだ芸能界入りしてなかったから、こんな掛け合いが見られるのも新鮮だな」
 哲朗も楽しげに笑う。
取材中の記者の方々も楽しそうに記事を書いていた。
「クシフ君、おれのあだ名は〇獣じゃなくて百獣の王だぜ。こんな卑猥なあだ名で呼ばれたのは、ギムナジウムの時以来だな。おれなんか誕生日で言ったら五月六日なんで『ゴムの日』。ギムナジウムの時、あだ名がコン〇ームだったことありますよ」
「ウソケタイさん、小さいお子様も大勢ご覧になっているので、下品な発言はお控え下さいね」
「はいはーい。すみませーん」
 司会進行役のお姉さんから注意を受けてしまう。
 そんな時、
 ウキキキ♪
カシタ君と、
「カシタ君も森のアスレチックパークを大変気に入ってくれたみたいですよ」
ビキニの水着姿なカムラオショーのお姉さんもステージにご登場。
するや否や、
「不細工なモイトと違ってかわいいじゃん」
「きゃぁ~ん、こらぁ~っ、クシフ君。やめてぇ~」
 クシフ君はお姉さんのもとへ駆け寄り、抱き付いて胸をもみもみ揉みまくる。
「申し訳ございません。クシフ、さっさと離れろっ!」
「あ~ん、椅子に座ってるより居心地良いのにぃ~」
 お母様がすぐに引き離した。
 アハハハハハハハッ!
 観客から大きな笑い。
 記者さんも先ほどのやり取りの様子を楽しそうにイラストに描いたりしていた。
「クシフ君、うちの胸ならどんどん揉んでいいんだよ」
「誰がお前の胸なんか揉むんだよ」
 クシフ君、にやけ顔のモイトに即反論。
 そんな時、
 カムラオのカシタ君は、クシフ君と肩を組もうとして来た。
 だが、
「お前、誰の肩に手ぇ乗せてんだよ!」
 クシフ君は払いのけてしまった。
 ウキキ。
 カシタ君はしょんぼりした表情。
「あららら。クシフ君機嫌が悪いのかな? カシタ君はクシフ君とお友達になりたかったみたいだよ」
 カムラオショーのお姉さんは苦笑い。
「なんでおまえみたいな猿と友達にならなきゃいけねえんだよ」
 クシフ君はむすぅっとした表情でカシタ君に面と向かってきっぱりと言い張る。
 ウキィ。
 カシタ君、ますますしょんぼり。
「クシフ君、本当は照れてるのかもね。続いては、アスレチックパークオープン記念宝くじ当選者の発表です。宝くじ一等の当選者は、こちらの方です。ぜひステージに」
 司会進行役のお姉さんから呼ばれた男性が登壇すると、
「こんなガラの悪い人とは思わなかった。さっさと破産しちゃえばいいんだよ」
 クシフ君は第一印象をきっぱりと言い張った。
「ガッハハッ。ハッキリ言い張るお子さんですなぁ」
「言いたいことはハッキリ言おうと躾けているので」
 大柄で強面な当選者は苦笑いで、ミロヒツさんから賞金を受け取ったのだった。
 ミロヒツさんの息子じゃなかったら、引っ叩いているところですよ。とでも言いたそうに。
「海賊みたいな感じでマジで柄悪そうに見えるし、よく本人の前で言えるな」
 哲朗はちょっぴり感心してしまう。

 ともあれ、クシフ君の悪行が目立ったトークショーはこれにて終了。
 哲朗達は会場をあとにし、ビーチ沿いの道を歩き進んでいく。
他にもいくつかのステージが設けられていた。
「ママ、マヨコシジオのステージ見たぁ~い」
「ダ~メ。あんな下品なのを見るとバカになっちゃうよ」
 そいつのステージの側を避けるように通り過ぎていったこんな親子の会話も耳にし、
「マヨコシジオって、ひょっとしてあいつみたいな芸をするのか」
 哲朗は興味津々。
 そいつのステージを見に行ってみると、
「コキアダワさんがいようがそんなこと関係ねぇ! そんなこと関係ねぇ!」
 上半身裸、スイカ柄の海パン一丁で踊っていた、犬のような耳と尻尾の付いた中年のおっさんが。
「芸風も顔もあいつそっくりだ!」
 哲朗は楽しそうに笑う。
「マヨコシジオはバカみたいな芸してるけど、ワガデ王国でトップレベルの私立大の教育学部出てて、インテリなんだよ」
「教育にも熱心で、特に算数を教えるのが上手いのよ」
 コリルとコスヤさんは教える。
「へぇ。そこもあいつとよく似てるなぁ」
 哲朗も感心して楽しそうに眺めていると、
「誰がいても関係ないって?」
 どこからか、ドスの利いた声が。
 マヨコシジオはヤベェっという感じの表情になり、急いでスーツに着替え、
「みんな、夏休みの宿題は、ちゃんと真面目にやってるかな? では、これからは良い子のみんなのために、円周率の解説をしていくよ」
 フラフープを持って算数の解説をし始めた。
 コキアダワさんが近くを通りかかったのだ。
 アハハハハハハハッ!
「マヨコシジオもあのお方の前では怖気づいたな」
 場内からはドッと笑いが起きる。
「コキアダワさんもお子様連れで海の祭りに来ていらしたんっすね」
 哲朗は近寄って慣れた様子で陽気に話しかけた。
「海水浴には年に何回かは来るざます。ところで哲朗さん、今日のイベントのステージで、下品な芸はご披露する予定は、ありませんよねぇ?」
「もちろんでございます! 今日は俺もゲストとしてではなく、観客として訪れていますから」
「それはよかったわ♪」
 コキアダワさんは超ご機嫌な様子で、お子さんと共に別の場所へと移動していった。

 哲朗達はまた別のステージへ。
「スイカ早食い大会もやってるのか! こういう大会開けるほどもうそんなに量産されてるのかよ」
 何人かの参加者達がこの世界の切り分けられたスイカを美味しそうに頬張っていた。
「あっ、あなたは、真壁、じゃなくてカベマさんじゃないっすか! お久し振りっ! あの大会の時以来っすね」
 哲朗が気付いて声をかけると、
「ぅおう! 哲朗さんじゃないですか。スイカは最高のスイーツですよ。哲朗さんマジ良い人♪」
 カベマさんはムフフッと嬉しそうに頬張りながら豪快に笑う。
 付近には、
「ビーボ、頼むから出てくれよ」
「カベマさん並みに顔に似合わず甘いフルーツも大好きなお前なら絶対優勝出来るって」
「嫌に決まってるだろ。オレはスイカはゆっくり味わいたいんだよ。早食いなんて食べ物を粗末にするから邪道なんだよ」
 大勢の人々に囃し立てられる大柄なあの男の姿が。
「ビーボさんじゃないっすか。ここにもご家族連れで来てたんっすね」
 哲朗は嬉しそうに近寄っていく。
「哲朗ぉ~、なんとかしてくれよぉ~。こいつら真夏の暑苦しい時でもしつこいんだよ」
 ビーボは悲しげな表情でお願いしてくる。
「哲朗は出るよな?」
「もっちろん」
「さっすが哲朗!」
「やっぱ伝道師が出ないとな。面白いリアクション期待してるぜ」
「任せとけ! 優勝は無理だろうけど」
 こうして、哲朗は参加申込の場所へ意気揚々と向かっていった。

「皆さーん、スイカの伝道師、哲朗さんも参加してくれることになりましたよーっ!」
 狐のような耳と尻尾の付いた、ビキニ姿な司会のお姉さんがそう伝えると、
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
 パチパチパチパチパチッ!
「てっつろうぉ~! 丸飲みしちまえ!」
 観客から拍手喝采。
「ボルノ君も出場するのか!」
 ステージにいたあの魔物に哲朗はちょっとびっくり。
「哲朗さん、ボルノ君はスイカが大好物みたいですよ。他の餌を食べる時よりも速く舌をペロペロさせてます」 
 ダリーカオジィショーのお姉さんは爽やかな笑顔で伝えてくる。
「それは俺としても嬉しいっすね」
 哲朗はご満悦だ。
 ダリーカオジィのボルノ君は、超高速舌舐めであっという間にスイカの身を吸い込んでいく。
「俺にはあの速さで食うのは絶対無理だな」
 哲朗、やる前から敗北宣言。
「早食い大会ですが、無理に早食いせずに自分のペースでゆっくり味わってもいいですよ」
 司会のお姉さんはそう言ってくれる。
「格闘技ではボケノアの野郎に負けたが、スイカ早食いでは余裕で勝てたぜ」
 カベマさんはムフフッと笑う。
 そんな時、
「カベマさん、わたしなら、もっと早く食べれますよ」
 背後からこんな声が――。
 それと共に、
「「「「「「「ラムンケシ王子ぃ~♪」」」」」」」
 女性の観客を中心に大声援。
「ラムンケシ王子も飛び入り参加してくれることになりましたよーっ!」
 女性アナウンサーが興奮気味に叫ぶ。
「あ~れ~」
 ラムンケシ王子は、翼竜の嘴に挟まれたままご登場。
 そして翼竜に投げ捨てられるようにステージ上に落っことされた。
 アハハハハハハハハハハハハハハッ!
 観客達、大爆笑。
「相変わらず面白い登場の仕方だな」
 カベマさんも思わず笑ってしまう。
「哲朗さん、スイカという途轍もなく美味しい果物を生み出して下さり、誠にありがとうございます」
「いえいえ、お礼なら開発者のキチアちゃんに言って下さい」
「キチアさんも、哲朗さんがこの街に来なければ、スイカを開発するという発想すら生まれなかったと感謝しておられましたよ」
「それは大変光栄なことっすね」
 哲朗は嬉しそうに微笑む。
「スイカという果物、ありがたく味わせていただきます」
 ラムンケシ王子は、大きく口を開けてコミカルな動きでスイカを頬張る。
 すると、
「「「「「「「はえええええええっ!」」」」」」」
 そのスピードに観客達は驚き顔。
「マジではええよ!! 一瞬で消えたよ」
カベマさんは驚き顔。
ダリーカオジィのボルノ君も舌を超高速ペロペロさせながら目を丸くする。
「スイカの早食いが得意なのも、志村けんさんそっくりっすね」
 哲朗は感激していた。
「ごちそうさまでした♪」
 ラムンケシ王子は切り分けられたスイカのいくつかを完食し、
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
 観客から再び盛大な拍手が起きた。
 その後も、ラムンケシ王子の驚異的スピードを上回る参加者は現れず、
「優勝は、ラムンケシ王子に決まりましたーっ! おめでとうございます!」
 司会のお姉さんは爽やか笑顔でこう告げる。
「スイカはいいよな。甘くて瑞々しくて、最高だよな」
 ラムンケシ王子は、いいよな王子さんの芸を披露して、優勝賞品のスイカ五十玉ほどをいただけることになったものの、
「全部は持ち帰れないので、残りは皆様でお召し上がり下さい」
 十玉程度をお土産用として箱に詰めてもらい、翼竜の背中に乗せて、自身はまたも嘴に挟まれる格好でステージから去って行ったのだった。
 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!
 そして観客達からも笑いが起きる。

 哲朗達は、再びビーチ沿いの道を歩き進んでいく。
「海の魔物だけじゃなく、変質者に注意って看板もあるのか。イラストが志村けんさんが演じておられた“いいよなおじさん”に似てるよ」
 哲朗は思わず笑ってしまう。
「海水浴シーズンになると毎年、このビーチにラムンケシ王子のモノマネをして若い女の子達に近寄る変なおじさんが全国各地から集まって来るのよ」
 コスヤさんは苦笑いで伝える。
「日本でもそういうおじさん、たま~にいますけどね」
 哲朗達がビーチをしばらく歩いていると、
 突如、
「「「「「「「きゃあああああああっ!」」」」」」」
 十代と思われる少女達の悲鳴が。
 側には、
「このキモいおっさん何とかして下さい」
「帰れ!」
「マジ最悪」
ゴキブリの触覚のように変にカールした前髪、右頬に大きめのホクロ、ガタガタの汚い歯をした見るからに怪しい中年のおっさんが。
「海はいいよな。海は最高だよな。ビーチで食べるかき氷は最高だよな」
 こんなことを呟きながら、彼女達の食べ物を横取りしつつ幸せそうにしておられた。
「きゃあああ~」
「いやぁぁぁ~」
「ごめんね~。返すよ」
「もういりません!」
 阿鼻叫喚な少女達を眺めつつ。
「おう! 噂をすればさっそくご登場っすか!」
 哲朗はまたしても笑ってしまう。
 ほどなく、
「あなたはラムンケシ王子じゃないでしょ」
 女性警察官らしき屈強なおば様達が駆けつけて来て、その変なおじさんを慣れた手つきであっさり捕まえてくれた。
「そうです。わたしは変な王子さんではなく、変なおじさんです。変なおじさんだから変なおじさん♪ 変なおじさんだから変なおじさん♪ 脱穀だ♪」
 その変なおじさんは阿波おどりみたいな動作をして、てへっと笑ってこんなオチの台詞。
ドラゴン風の生き物に乗せられて警察署の方へ連れていかれたのであった。
「ああいう感じの変なおじさんは、他にもたくさんいますので、特に若い女性の方達はじゅうぶんお気を付けて海水浴をお楽しみ下さいませ」
 もう一人の女性警察官もそう警告して、この場から立ち去っていった。
「素晴らしいコントでしたね」
 一部始終を見届けた哲朗達は引き続きビーチ沿いの道をぶらぶら歩き進んでいく。
 しばらく進むと、
「「「「「「「「「「うをぉぉぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! うをぉぉぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! うをぉぉぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! うをぉぉぉぉぉぉぉっ! ふぅっ!」」」」」」」」」」
 こんな掛け声を上げながら時折ジャンプしつつ、熱いメッセージやイラストの描かれたタオルやうちわをブンブン激しく振り回したり、拳を上げてくるくる回転したりして、奇妙な踊りもしていた、主に十代後半から五十代くらいに見えるいろんな種族の男達の姿がまみえて来た。
 その前方にはステージがあり、
『ケルピーテール 揺らしながら 風の中 君が走る 僕が走る 砂の上♪』
 いろんな種族の露出度の高い水着姿な若い女性アイドル達が歌って踊って、観客達にバケツで水をぶっかけたりしていた。
「水だけじゃなくて唾をかけてくれーっ!」
「きみの汗が飲みたーっい!」
 とかいう気味の悪い歓声も。
「コスプレイベントの時にもやってたアイドルステージの時と同じく、観客はヤバいおっさんお兄さんだらけだな。さっきの変なおじさん以上にヤバそうだよ」
 哲朗は微笑ましく眺める。
「ああいう危ない怪しい人達には絶対に近寄っちゃダメって学校からも言われてるの」
 コリルは楽しそうに伝える。
そんなドルオタ集団の中に、
「あっ、哲朗さーん!」
 あの人もいた。
「ムマツラさんじゃないっすか! アイドル好きなんっすね」
「確かに好きっすけど、全国のイベントどこにでも追いかけてるガチ勢の好きには遠く及ばないっすね。今回はある企画のためにここに来てて、休憩時間についでに見に来た感じっす。アイドルに嵌るのも楽しい趣味なんっすけど、幻想を抱き過ぎるのも良くないことなんっすよねぇ。あの子達、恋愛禁止とか、清純派アイドルとか謳ってますけどね、ファンから貢がれたお金でブランド物のバッグとか服とか買って、イケメンの彼氏と遊んでたりなんかするんっすよ。同棲してる子だっていますよ。熱狂的なファンの方々は〇〇ちゃんは絶対そんなことしないって鼻息を荒げて否定しますけどね」
「日本のアイドルも似たようなもんっすよ」
 哲朗は楽しげに笑う。
「今回の企画は、『獰猛な海の魔物を捕獲して味わいたい』です。哲朗さんも参加してくれませんか?」
「この世界の海、俺の世界のホオジロザメよりも獰猛なのがうようよいそうだな。せっかくの機会だし、俺も参加するよ」
 やる気満々な哲朗、
「さすが哲朗さん! リアクション芸人の鏡」
 雑誌記者さんは褒め称えた。

「格好いい素敵な船じゃないっすか。じゃあ、行って来まーす」
 哲朗とムマツラさん、他スタッフ達は全長十メートルほどのキャラベル船に乗り込んだ。
「哲朗おじさん、頑張ってね。美味しい獲物待ってるよ」
「くれぐれも、笑いがとれる範囲でね」
 コリルとコスヤは温かく見送って、好きな漫画家さんのサイン会が行われる会場へと向かっていったのだった。

             ☆

 哲朗達を乗せた船は、海水浴場から十キロほど沖合までやって来た。
「天気もめっちゃいいし、波も穏やかだし、ヤバい魔物が出て来そうな雰囲気は無いよな」
「海が荒れてる時は、この辺りメガロドンっていう凶暴なサメが出やすいんっすけどね」
「メガロドンって、俺のいた世界じゃ大昔に絶滅してるヤバいやつじゃん。こっちにはまだいるのか。ヤバいよヤバいよ」
「今回の企画、より詳しく言うと、『哲朗さんを生き餌にしてメガロドンをおびき寄せ、捕まえて美味しくいただきたい』です」
 ムマツラさんのマネージャーさんはそう書かれたボードを取り出して哲朗の眼前にかざし、爽やか笑顔で告げる。
「そんなの聞いてないよ、ヤバいよヤバいよ」
 焦り顔の哲朗、
「このシャークケージに入れば安全ですよ」
 スタッフさんがにやけた笑顔で伝えてくる。
 鉄製の檻であった。
「頑丈そうだけど、それでも食い千切られそうな予感が……」
「かつて、囚人達の刑罰用に使われたこともあるそうですよ」
 ムマツラさんのマネージャーさんはにこやかな表情で伝えた。
「そんなことに使われたなんて、マジでヤバいやつじゃないっすか!」
「捕獲に成功したら、一流の料理人の方々が美味しく調理してくれますよ。哲朗さんには多めに振舞います」
 漁師さんは、サメを惹き付け易くするためなのか、ゲージに魚の切り身を括り付けながら陽気に言う。
「その前に俺死んじゃうかも」
「万が一ゲージが食い千切られた時用に、武器も渡しておきますので、襲って来たらこいつでペチッと叩いてとどめ差しちゃって下さい」
「いやぁ、こんなんじゃ絶対無理でしょ」
 スタッフさんからハリセンのようなものを渡されるも、哲朗は困惑。
「そしてこちらは、水中でも息が出来る魔法のマスクです。三〇分くらいは息が持ちますよ」
 スタッフさんからペスト医師の嘴マスクのようなデザインの怪しい仮面を手渡されて、
「この世界のシュノーケルのようなものか。格好いい!」
 哲朗は言われるがままに装着する。
「では哲朗さん、頑張って下さい!」
「うわぁ~」
 哲朗は同乗していた屈強で陽気な漁師さんに担ぎ上げられ、シャークケージに入れられ、鍵を閉められ閉じ込められる。
 そして海にザブゥゥゥンッと放り込まれてしまった。

サメがいるのでしょうか? 全くもって、幸せな感じです♪
 ともあれ哲朗はなんだかんだで海中の光景を楽しむ。
 少しのち、船上から、巨大な生き物の影を見つけることが出来た。
「メガロドン、襲来だ! しかし哲朗はまだ、メガロドンの姿に気付いていないようだ」
 ついに登場! アナウンサーは楽しそうに叫ぶ。
 水中の哲朗にはその声は響かない。
 ほどなく、
来い、来い、来い。サメ! ぎゃあああっ、うわっ、来た。目の前に二匹!
 哲朗もついに接近に気が付いたようだ。
 追い払おうと、渡されていた武器をぶんぶん振り回す。
あーっ。武器が折れました。簡単に壊れ過ぎだろ。ヤバいよヤバいよ。
 メガロドンは、容赦なくゲージに括り付けられた餌を獲ろうと突進して来た。
 ゴォォォン! 
 ゲージ、激しく揺れる。
「うわっ、目が合った! もう一回追突されたら絶対壊れるよ」
哲朗、絶体絶命か?
否、
「哲朗さんがリアルガチにヤバいよヤバいよ状態だ。引き上げるぞ」
 漁師さん達は、ロープを引っ掛け引っ張ってシャークゲージを引き上げ、中の哲朗の船の上に戻してあげた。
「いやぁ~。リアルガチにヤバかったぁ~」
 哲朗、ホッと一息ついて安堵の表情へ。
「こいつの噛む力は海の魔物じゃトップクラスだぜ」
 漁師さんは陽気な表情でそう言って、先ほどまで哲朗が入っていたシャークゲージを海へ投げ入れる。
 すると、
 メガロドンは瞬く間にシャークゲージを鋭い歯で粉々に噛み砕いてしまったのだ。
「マジヤバ過ぎだよ。この世界のサメ。あんなの勝てる人いないでしょ」
 若干表情が強張っていた哲朗に、
「哲朗さん、今度はあいつとキスしてみて下さいよ。ウユリーヘさんとやるような感じで」
 スタッフの一人が爽やか笑顔でこんな要求をしてくる。
「ダメダメダメ! それは絶対無理。俺の世界のサメですら無理だったし、俺が唯一NG出したやつなんだ。この世界のはマジで死ぬから」
「面白い企画を成功させれば、報酬がより多く貰えるんです。僕にも子どもと奥さんがいるんです」
 そのスタッフは土下座までして来た。
「マジで勘弁して。この世界でもサメより怖いのはフリーのディレクターだな」

 その後も哲朗の説得により、スタッフさんは何とか承諾してくれたのだった。
 それをよそに、
「こいつが獲れたのは哲朗さんが惹きつけてくれたおかげです♪」
「今回のはメガロドンの中でも大物っすよ」
漁師さん達は哲朗と目が合ったメガロドン二匹とも捕まえて、とどめをさしてくれていたのだった。
 その二匹と一行を乗せた船が、出港した場所へと戻っていく途中、
 突如、
 ドバァァァーッ!
 と前方で波飛沫が上がり、
その刹那、
海中から巨大な生き物が姿を現した。
 タコのような魔物だった。
「クラーケンだ。クラーケンが出たぞ!」
 漁師さんが興奮気味に叫ぶ。
「この世界、クラーケンも実在するのか。すげえ! けどヤバいよヤバいよな?」
 哲朗も食い入るように見つめる。
「クラーケンはこの海域には滅多に現れない一級魔物なんっすけどね、きっと哲朗さんに魅かれたんっすね。こいつは超美味いんっすよ」
 ムマツラさんはキラキラした目つきで伝える。
「そうなのか。メガロドンより強そうだな」
「比較にならねえくらい強いぜ。クラーケンは、メガロドンをも一飲みだぜ。おれらの力量では捕獲は無理だな。早く逃げねえと、船ごと転覆させられちまう」
 漁師さんが深刻そうにおっしゃるも、
「大丈夫です。哲朗さんが体を張って捕獲してくれますから」
 とムマツラさんのマネージャーさんが爽やか笑顔で言い張った。
「うぉう! それは頼もしい!」
「さすがリアクション芸人の哲朗さんだ!」
「哲朗さん、ぜひあいつに一発入れちゃって下さい」
「いやいや絶対無理だって」
「哲朗さんならやれる、やれる」
「いや“絶対に”無理だから」
 スタッフと漁師さんと哲朗、押し問答。
 そんな時だった!
この船のすぐ側を、
クロールのような形で超高速で泳ぐ、
一人の屈強な、
女性の姿が。
「うぉう! 世界最強の人降臨!」
「あのお方、捕獲の手伝いをしに来てくれたのか」
 漁師さん達は嬉しそうに叫んだ。
 その正体は、コキアダワさんだった。
「コキアダワさん、泳ぎも人間離れしてヤバ過ぎだよ。俺のいた世界じゃ余裕で水泳の世界記録更新だろ」
 哲朗、アッと驚く。
「救世主参上! これはクラーケンも御馳走になること確定だぁーっ!」
 アナウンサーは大興奮で叫んだ。
「「「「「コキアに、お任せ!」」」」」
 漁師さん達は、ピースサインのようなポーズをとって応援する。
「ハッ!」
 グォォォォォ~。
 コキアダワさんは水面から跳び上がり、空中一回転ののちの蹴り一発で、クラーケンをいとも簡単にノックダウン。
 食材として、哲朗達の乗る船に詰め込まれて運ばれることに。
「では皆様、帰りもお気を付けて」
 コキアダワさんは泳いで岸の方へと向かっていった。
 哲朗達一行を乗せた船も、帰路に就く。

その途中、
「おーい、海賊だ。ヤバい海賊が現れたぞ! こっちに向かって来てるぞ」
 漁師の一人がこの船に向かって近づいて来ているガレオン船を見つけ、大声で叫ぶ。
「本当だ。哲朗さん、ヤバいよヤバいよだ。あの死神デザインの海賊旗掲げてるのは海賊の中でも特に凶悪な『ズーボーボ』って名の海賊だぜ。この海域にまで進出して来たのか」
 もう一人の漁師がこわばった表情で伝えるも、
「この世界にも海賊がいるのか! どんな感じのやつなんだろ?」
 哲朗はわくわくしてしまう。
「クラーケンだけではピンチは終わらなかった。なんと、海賊もご登場だ!」
アナウンサーはテンション高めで興奮気味に叫ぶ。
 その海賊船には瞬く間に追いつかれてしまった。
 そして、
「おい、おまえら。そこそこいい獲物持ってんじゃねえか! おれさま達に全部よこせよ。よこさねえとおまえら全員、バハムートの餌にしちまうぞ」
面長スキンヘッドな、いかにも悪そうな厳つい顔つきのおっさんが哲朗達の乗る船に軽快に飛び移って来た。短剣を振りかざして威嚇してくる。背後には柄の悪そうな部下と思われる奴らも十数名。女性もいた。
「哲朗さん、こいつらにはオレらには勝ち目はねえ。残念だけど、獲物はこいつらに渡した方がいい」
 漁師の一人はこわばった表情で言う。
 だが、
「おまえは、小峠、バ〇きんぐの小峠じゃねえか!」
 哲朗は嬉しそうな笑みを浮かべ、興奮気味にそいつのもとへ近寄って行った。
「おれさまの名はトコウゲだよ。ズーボーボの船長だよ。誰だよそいつ? おれさまがバイキングの末裔ってことは合ってるけどな」
トコウゲと名乗るそいつはさらに表情をいかつくさせる。
「哲朗さん、命知らずだ。トコウゲさんに遭っちまうなんて、とんだ災難だよ」
 漁師の一人が焦り気味に呟くと、
「災難なのはこっちの方だよ。本当は、しょぼい魔物しか獲れないこの海域まで来るつもりはなかったんだよ。だけど予想外の急な嵐に見舞われて船が流されちまってな、不覚にも遭難しかけたんだよ。他の船から奪った獲物も全部流されちまうし、変なおっさんに絡まれるし。あ~、なんて日だ!!」
 トコウゲは愚痴を呟いて、嘆きの表情を浮かべる。
「やっぱ小峠じゃねえか! 小峠だろ?」
「だから違うっつってるだろ。哲朗とかいう芸人のおっさん」
「俺のいた世界、あなたにそっくりなやつがいるんっすよ。充電バイクの旅では、小豆島から尾道行った時にゲスト出演してくれたこともありまして」
「気になるわ~、どんな奴なのか? 海賊なのか!」
「芸人なんっすよ」
「おまえと同業なのかよ。人気はどっちの方が上なんだ?」
「それはまあ、人によりますが俺の方かな」
 哲朗とトコウゲの、そんな会話を眺め、
「哲朗さん、見るからにヤバそうなトコウゲさんにも全く臆さず友達感覚で話しかけれるなんて、さすがだぜ」
 漁師達も、
「ズーボーボは夜の街をぶらつく不良共も恐れる海賊集団なのに、勇敢過ぎっすね」
ムマツラさんも感心する。
 トコウゲの部下達も呆気に取られているかのような表情を浮かべていた。
         ☆
「獲物はもうええわ~。代わりにサインくれ。大人気芸人みたいだし、そっちの方が金銭的価値あるからな」
「OK、OK。喜んで」
 ってなわけで、トコウゲは哲朗達一行を見逃してくれた。
こうして、哲朗達一行を乗せた船は、その後は特に危険な目に遭うことなく無事、ビーチへ戻ることが出来たのだった。

 捕獲した食材はコキアダワさん他料理人によって調理され、ビーチでバーベキューが行われることに。
 誰でも無料で参加自由で、大勢の人々が集まって来た。
「最っ高じゃないですか。生きて帰れてよかった、よかったぁ~♪」
 哲朗は満面の笑みを浮かべて振舞われた料理の数々を頬張る。苦労した分、喜びはひとしおだ。
「こういうのが犠牲になって今の僕達があるんだよね」
クシフ君はそう言いながらエビの丸焼きを美味しそうに頬張っていた。
そんなバーベキューの最中、
「こんばんはミロヒツさん、有名なプロスポーツ選手だそうですね」
「あっ、どうも哲朗さん」
哲朗はクシフ君のすぐ隣にいたお父様にご挨拶。
「パパになんの用だよ? 芸人のくせにパパに気安く話しかけるなよ。パパは哲朗なんかよりずっと偉いんだぞ。三冠王なんだぞ」
クシフ君は不愉快そうにする。
「ミロヒツさん、ルクヤトってどんなスポーツなんですか?」
「投手の投げたボールを剣や槍、鉾、杖などで打って、点数を競うスポーツです。ボールを場外まで飛ばした場合や、打者が決められた位置にある板を踏んで一周した場合に得点になります」
「バットが剣か槍か鉾か杖かの違いってだけで、野球そっくりっすね」
「哲朗さんの出身国にも、似たようなスポーツ競技があるんですね。親善試合をやってみたいものです」
 そんな彼をよそに楽し気に会話を弾ませていたそんな時、
「哲朗さん、はじめまして。おれ、プロルクヤト選手のワヤンカキツケって言います。あなたがこの国に来て有名になって以来、おれの嫁、ヤバいが口癖になってますます可愛らしくなっちゃって」
 スポーツ万能そうな青年から声を掛けられた。
「それは光栄っす♪」
 哲朗は朗らかに笑う。
 その直後、
「こらーっ、ワヤンカ~、サボってないでちゃんと真面目に練習しなさいよ。これ以上成績下がったら戦力外通告されてヤバいわよ。次の試合も負けたらぶっ殺すぞ」
 奥様ご登場。
「ほらヤバい言うでしょ」
 ワヤンカキツケは楽しそうに笑う。
「口は悪いけど、顔も声もめっちゃ可愛らしいじゃないっすか!」
 哲朗は上機嫌だ。
ビキニの水着姿、美しい黒髪で、猫のような耳と尻尾が付いていた。
「こっち見んなぁ~。じろじろ見るんじゃないわよ!」
「アウチ!」
 哲朗は浮き輪をぶつけられてしまう。
「このお方はカバリチタナさん。人気アイドルで、イベントに出てくる魔物さんとかの着ぐるみの声もやってたりするんだよ。愛称カバリしゃまっていうんだ」
 コリルは楽しそうに伝える。
「フフンッ♪」
カバリチタナさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ぼくもこのババアみたいに着ぐるみの声をやるのが夢なんだ♪」
 クシフ君は満面の笑みで将来の夢を語る。
「なによこの失礼なクソガキ。あんたなんかに務まるわけないわ」
カバリチタナさんは怒りの表情だ。
「きみならきっとなれるよ」
 哲朗はそう言って、クシフ君の頭をポンっとなでる。
「誰の頭に手ぇ触れてんだよ」
 クシフ君は即、払いのける。
「哲朗さん、今度、親善試合をやるんですが、哲朗さんも出場してくれませんか?」
ミロヒツさんからの依頼に、
「もちろん出場しますよ。僕のリアルは武相高校軟式野球部で、一度も公式戦に出ていませんが力になれるように頑張ります」
 哲朗がそう宣言すると、
 パチパチパチパチパチッ!
「さっすが哲朗さん!」
 近くにいた他の選手達からも盛大な拍手が送られた。


海のイベントを大いに楽しんだ哲朗、コリル、コスヤさんは家路についたのだった。

         ☆ 

 その日の晩、コリル宅で夜の団欒中、玄関の鐘が鳴らされた。
「誰かな?」
 コリルが対応すると、
「うわあああああああっ!」
 来客を見て一目散にその場から逃げ出した。
 そして哲朗とコスヤさんのもとへ向かい、
「スイカのお化けが出たのぉ~」
 今にも泣き出しそうな表情で伝える。
「どんな感じの奴らなんだろ」
 哲朗は興味津々で玄関先へ。
 そこには、
「うぉっ! なんか見覚えあるような」
恐ろしい表情にくり抜かれた、スイカの皮で出来た仮面を被った人達が大勢。
 哲朗は初見驚くも、すぐに朗らかな笑顔になる。
「コリル、よく見ると可愛らしいデザインよ」
 コスヤさんはふふっと微笑む。
「怖いよ怖いよぉ~」
 コリルは目を背けながら伝える。
 すると、
 訪れた方々は、一斉にスイカの仮面を外し始めた。
ついに正体判明!
なんと、王族の方々だったのだ。
ラムンケシ王子もいらっしゃった。
「怖がらせて申し訳ない。スイカの食べ過ぎで、スイカのおばけになってしまったという設定でして、今日の帰りに思いつきました。今後のコントに使わせていただこうかと」
 ラムンケシ王子ははにかんだ表情で説明する。
「ラムンケシ王子、本当に怖かったよ」
 コリルはぷくぅっとふくれっ面で言う。
「脱穀だ」
 ラムンケシ王子はそう呟いてえへっと笑う。
「ラムンケシ王子、スイカおばけを思いつくところも、志村けんさんそっくりっすね」
 哲朗はハハッと笑う。
「これ、プレゼントです」
 王族の方々はスイカやこの世界のフルーツなどの手土産を渡して、コリル宅をあとにしたのだった。

 今日の出来事は、哲朗にとってもコリルにとっても、コスヤさんにとっても楽しい夏の思い出になったはずだ。
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