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第十一話 この世界の競馬を見に行ったけど、馬もファンタジー感が溢れててヤバいよヤバいよ

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 次の休日。コリル宅朝食の団欒にてこんな会話が交わされていた。
「今日はママといっしょにお洋服買い行くんだ。哲朗おじさんもいっしょに行こう」
「女性用下着売り場へも寄るので、男の人にはちょっと居づらいとは思うけど、特に問題ないと思うので」
「いやいや、問題ありまくりでしょ。今回はやめておきます。それは女性同士で楽しんで来て下さい。俺はこの街の散策を楽しんで来ますので。まだまだ周ってない場所もたくさんありますし」
 というわけで、哲朗はドラゴン風の生き物に乗せてもらい、ロブウトツネの中心地のまだ立ち寄ったことの無いエリアを散策することに。
 その最中、
「芸人の哲朗さん、今日は競馬があるんだけど、見に行ってみないかい?」
 一人の住人からこんな情報が。
「この世界にも競馬があるんっすね。ペガサスみたいなのが走っててファンタジー感凄そうだな」
 ってなわけで、哲朗はドラゴン風の生き物に乗せてもらい、この世界の競馬場へ。
 中年以上の男性客率高めかと思いきや、
「若い女性も意外と多いっすね。おっさん爺さんだらけの日本と違って。親子連れもいっぱいいるなぁ。馬券買えるのは二〇歳以上からで、順位予想を当てれば大儲けなのは日本と同じだな。ん? あそこにいるのは、蛭子さん! 蛭子さんじゃないっすか! 異世界でもやっぱギャンブルやってるんっすね」
 哲朗は元いた世界の知人そっくりなお方を見つけ、興奮気味に駆け寄っていく。
「ほへ? オレは蛭子じゃなくて、スビエだけどね」
 そのお方はにこにこ微笑んでいた。
「失礼。少し若い頃の蛭子さんにあまりに似ていたので。まあ、蛭子さんがやるのは競艇の方で、競馬は基本的にやらないみたいですけど」
「あなたは哲朗さんですね。新聞記事の絵にそっくりですね。一度お会いしたいなって思っていたので、生で出会えて嬉しいです」
「俺も嬉しいっすよ♪」
「これ、あなたの似顔絵です」
 スビエさんは画用紙に鉛筆でササッと似顔絵を描いてくれ、プレゼントしてくれた。
「ありがとうございます。一般ウケはしなさそうな絵柄も蛭子さんにわりと似てますね。競馬場にはよく来られるんですか?」
「はい。競馬場にはレースがある日は必ず来てます。ここの競馬場だけでなく、ワガデ王国全国飛び回ってます。オレ、若い頃から競馬とかカジノとかのギャンブル大好きですから。ギムナジウムの卒業式の時も、早くカジノ行きたい。早く卒業式終わらないかなぁって思ってて、終わったら他のみんなが『ラバンナ』や『ダマイ』とかの飲食店に打ち上げへ行く中、オレはカジノへ一直線でした」
「性格も蛭子さんそっくりっすね。ひょっとして、職業は、漫画家とか、されたりしてます?」
「哲朗さん、勘が鋭いですね。その通りです。ギムナジウムを卒業後、最初は看板職人見習いとして働いていましたが、事あるごとに先輩から執拗に怒鳴り付けられて、それが嫌でそいつを残虐に殺す漫画を描いてまして、それが高じて漫画家としてデビューすることが出来ました。ギムナジウム時代に不良グループに強制的に入らされて、おふくろが作ってくれた好物のマンモス肉やサラマンダー肉がたっぷり詰められた弁当を、粟だけの弁当に無理やり交換させられたり、使い走りをさせられたり、学校で事件が起こると濡れ衣を着せられたりなどのいじめを受けてて、嫌ないじめっ子を殺す漫画をひたすら描いてた経験も活かせので、今となっては良い思い出かな。漫画家の傍ら芸人もやってまして。まあ、漫画描いてるよりも芸人活動の方が主になってる感じでして。そっちの方が楽にお金稼げるもんですから。哲朗さんお得意の熱湯風呂芸もやったことありますよ。熱湯風呂のギャラは二十万円ララシャでした。一日二公演なので二回熱湯に入るだけで四十万ララシャになる。こんな労働があるのかってすごくびっくりしましたよ。ある時、同級生に『お前あんな情けない仕事するなよ』と言われたけどね、オレは彼らの月給分をたった一日で稼いでいるのだからやめられるわけがない。漫画のお仕事の方はギャラが安くても高くても、手を抜いている。割と簡単に描くクセがありますね」
 スビエさんはキラキラした目つきで主張する。
「そのお考え方、ますます蛭子さんにそっくりっすよ」
 哲朗は嬉しそうに微笑んだ。
「ただ、おれが舞台や新聞に出て顔が広まると、見ず知らずの他人から日常的にいたずらラブレターを送られたり、不良に絡まれたり、競馬場で頭を叩かれたり、家の玄関にドラゴンのうんこを投げ入れられたりなんかの嫌がらせを受けるようになってね。人気が落ちた今はほとんどされなくなりましたが、昔はひどかったです。オレは芸人の中でも特に絡まれやすいみたいで……だから本当は舞台や新聞に出たくないんですよ。それでも舞台や新聞に出るのはお金がいっぱい貰えるからです。オレは漫画家だし、社交的なのが本当に苦手なんで、テンションが高い芸人の世界の人との付き合いも苦痛で……」
 苦い表情を浮かべたスビエさんを眺め、
「いろいろご苦労もあるみたいっすね。分かります」
 哲朗は深く共感出来た。
      ☆
 意気投合した二人は、場内の見晴らしのいい前の方の席に並んで座る。
「うぉう! 予想通り馬がペガサスやユニコーンみたいだよ。どれも速そう。というか騎手いないんだ。人は乗らずに馬だけが走るのか」
全部で八頭の馬がスタート地点で待機していた。
「哲朗さんの出身地の競馬は、馬に人が乗るのかい?」
 スビエさんは驚いた様子。 
「そうっすね。騎手っていうのがいまして」
「へぇー。一度見てみたいですね」
「日本の競馬もきっと楽しめると思いますよ」
そんな会話を弾ませていると、レースがスタートした。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
「「「「「いけっ、いけっ、いけーっ!」」」」」
「「「「「「「頑張れーっ!」」」」」」」
老若男女、様々な種族の観客からの大歓声!
「うわっ! 空飛んでるよ、予想しにくいよこれは。わっ! 火を噴いたぞ。馬同士でケンカが始まったよ。競馬というより闘馬だよ。確かに人が乗ったら危険過ぎだよ。でも面白いよ。噛みついて血しぶきまで舞ってるよ。過激過ぎだよヤバいよヤバいよ」
 哲朗も大興奮だ。
 レース決着後、スビエさんは満面の笑みを浮かべていた。
「よかったぁ。黒字でした。十万ララシャの儲けで、今日は上出来だね。この金でまた馬券買って、午後のレースでもう一儲け狙おう」
「蛭子さん、じゃなくてスビエさん、ここはもうやめておきましょう。せっかく大儲けしたんだから。絶対やめるべきです」
「……そうですね。上手く当たれば最高でさらに百万ララシャ以上の儲けになりますが、はずすと大損しちゃいますし。今日の結果が良かったのは哲朗さんのご加護のおかげですし、お礼に昼飯奢ります」
「いやぁ。俺特に何もしてないんっすけどね、お言葉に甘えます」

 ってなわけで哲朗とスビエは競馬場を出たあと、近くの魔物肉レストランへ。
「おう! このイグアナみたいな魔物肉もめっちゃ美味いっすね」
「気に入っていただけて、光栄です」
「アナコンダみたいな蛇の肉も、柔らかくて超美味え~」
「おれも大好物です」
「この炊き込みご飯にも何かの肉がまざってますね」
「これはペンギンごはんです。値段は安めですが、カロリーたっぷりで、漫画家デビューした当初、売れる前、金がない時に重宝しました」
「ペンギン肉も食べるんっすか。俺のいた日本だとペンギンは愛らしいマスコット的な動物なんで、食べるって感覚がないんっすけど、美味そうっすね」
 二人でおどろおどろしい見た目の魔物肉料理に舌鼓を打っていると、
「スビエさん、急にどうしたんっすか?」
 スビエさんが気まずそうな表情になり、哲朗は不思議がる。
「オレ今、ヤバいよヤバいよって状況なんです」
 スビエさんはそう言って帽子を被り、顔を隠そうとする。 
「誰か会いたくない知り合いでも来たってことっすか?」
 哲朗がにこにこ顔で後ろを振り向くと、
 そこには、
「あっ! 哲朗おじさんもここに来てたんだね」
「あらまぁ、偶然」
 コリルとコスヤが。
「俺今日もあっちの世界にいる知人そっくりな人に出会えたんだ。それで、いっしょに飯を。って、スビエさんも知り合いなんっすね」
「あーっ! スビエさんもいるぅ!」
「哲朗ちゃん、スビエさんに会ったのね。このお方はわたくしの元旦那なの」
「マジで!!」
 哲朗はびっくり仰天。
「スビエさんはわたしの元お父さんなの。すごく良い人だけど、ギャンブル癖がちょっとね」
「何度注意してもやめようとしなかったから、離婚することにしたの。コキアちゃんがこの人とは絶対離婚しなきゃダメ。一家破産して不幸になるって言われてたことも相まって」
「おれも、その方がいいかなって。このままだと家族天国から地獄に落としてしまうなっと。コリルちゃんにも呆れられてしまって。で、円満離婚に至りました」
 スビエさんは苦笑い。
「そうでしたか」
 哲朗はにやりと微笑む。
「離婚後は、他の女性を何人か口といたんですが、残念ながら全て断られ、今は独り身です。一刻も早く彼女を見つけたいなってすごく思って。もう誰でもいいやって感じになるんですよね。本当なんですよコレ。後ろめたさもなかったですね、全然。女の人であれば誰でもよかったんですが……では、オレは、これにて」
 スビエさんはそそくさこの場から立ち去って行った。
「食事代は、あの方達が全額支払いますので」
 店員さんにそう言い残し、店から出てにこにこ顔でどこかへ走り去っていく。
「蛭子さーん、じゃなくてスビエさーん、約束が違うじゃないっすか」
 哲朗は苦笑いする。
「スビエさんはさっきみたいにたまにクズなこともしちゃうんだよ」
コリルは呆れ顔で言う。
「根は良い人なんだけど、不器用な感じでね」
 コスヤは彼の良い一面も分かっているようではあった。
「さっきのコリルちゃんコスヤさんに対して悪びれること無くした失礼な発言といい、本当、恐ろしいほどそっくりっすよ。蛭子さんに」
 哲朗は上機嫌だ。
「ねえ哲朗おじさん、スビエさんといっしょにいたってことは、哲朗おじさんも賭け事やってたの?」
 コリルにじーっと見つめられ、
「いやぁ。俺は純粋にこの世界の馬が見たくて、馬券も買わなかったよ。賭け事には全然興味湧かないし」
 哲朗は爽やか笑顔できっぱりと答えた。
「さすがだね」
「哲朗ちゃん、イメージ通りに真面目な方でよかったわ」
 コリルとコスヤはホッとした表情を浮かべる。
「いやいや、それほどでも」
 ともあれ、このあとはこの三人で、いっしょにお買い物をしたりして楽しんだのだった。
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