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第十話 この国の最強を決める格闘技大会見に行ったら、俺も参戦させられてヤバいよヤバいよ
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あれから数日後、朝食の団欒中。
「哲朗おじさん、今日の夕方から、この国の最強を決める格闘技の大会が王立闘技場であるんだ。哲朗おじさんも見に行ったらきっと楽しめると思うよ」
「そんなのもあるのか! めっちゃ見たい!」
コリルから聞かされ、哲朗は目をキラキラ輝かせる。
「わたしも見に行きたいんだけど、学校で禁止されてるんだ。だから記者が書いた絵入りの記事で楽しむしかないの」
「コキアちゃんが十年くらい前に、十五歳以下の子ども達の生観覧を全面的に禁止させたの。子どもが真似して悪影響を与えるからって。興行収益が減るからって当然のように団体から抗議が来たんだけど、所属する格闘家の方々を力でねじ伏せて納得させてたわ。『コキアダワだ。文句あっか!』って叫びながら。今でもよく覚えてるわ」
「そうなんだ。改めてヤバいよあのお方」
「場外での子ども達との触れ合いは認めてるけどね」
コスヤさんは付け加えておいた。
「哲朗おじさん、お土産買って来てね」
「了解。コリルちゃん、楽しみにしててくれよ」
哲朗はわくわく気分で、ドラゴン風の生き物に乗せてもらい、会場近くへ。
そこには、一人の大柄なあの男に群がって囃し立てる様々な種族の人々の姿が。
「ビーボ頼むよ。出てくれよ。おまえなら絶対新チャンピオンになれるよ」
「園児達も応援してくれるぜ」
「ビーボめっちゃいい体格してんのに勿体ないよ」
「嫌に決まってるだろ。何億回同じこと言わせるんだよ。殴られるの嫌だよ。蹴られるのも嫌だよ。痛いの嫌なんだよ。オレは同僚の先生達やコキアダワさんに命令されて、子ども達が生観戦しに来てないか嫌々見回りに来ただけなんだよ」
ビーボは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて非常に迷惑そうにしていた。
「あっ、ボビー、じゃなくてビーボじゃねえか」
「哲朗ぉ~。助けてくれよ。こいつらしつこいんだよ」
「おまえら、やめてやれ。ビーボは見た目と違って気弱なんだ」
哲朗はにこやかな表情でお願いする。
「じゃあ、哲朗が代わりに出てくれないか?」
「この国の格闘技大会って、誰でも出れるのか!?」
「ああ。飛び入り参加大歓迎で、誰でもチャンピオンになれる可能性があるんだ。チャンピオンまでいかなくても、成績上位者になればこの国の格闘技団体の団員になれる権利が得られるんだ。団員になるかどうかは個人の自由だけど、給料が貰えるから大半の奴はなってるな。哲朗の国では違うのか?」
「うん、プロの格闘家同士でチャンピオンを決める形式だよ。素人が出たら危ないじゃん」
「そうなのか! 文化が違うな」
「俺も、格闘技は未経験のド素人だよ」
「大丈夫、大丈夫。この競技はただ強いってだけでなく、芸人とかパフォーマンスで観客を楽しませられるやつも重宝されてるから」
「……じゃあ、出てみようかな」
「よぉし! 哲朗参戦決定だ! 興行収入上がるぜ」
「まだ出るとは決まってないけどな。一応どんな競技なのかちらっと見てから」
こうして哲朗は観覧料2000ララシャを支払い、会場内へ。
うおおおおっ!
おりゃあああっ!
いろんな種族の屈強な方々がリングの上で殴り合ったり蹴り合ったり技を掛け合ったりしていた。
「俺のいた世界だとプロレスに近い感じだな。女の人も何人かいるじゃん。って、男の方が一方的に殴られてるよ」
哲朗は興味深そうに眺める。
観客には若い女性の姿も多く見受けられた。
最前列には、戦いの様子をイラストで描いている方々も。
テレビカメラはもちろん、写真もない世界だからか、見に来られない人のために懸命に記録を残そうとしてるのだろう。
「必殺のマンモスキックだ!」
マイクもまだ発明されていないようで、アナウンサーらしき人も素の声で叫んで実況していた。
「まっ、まいった」
屈強な体格の男が負け、
「やったぁ! チャンピオンへの挑戦権獲得♪」
ウサギっぽい耳をした可愛らしい若い女性の参加者の方が勝ってしまった。
「三、四年に一回は、女性がチャンピオンになるよ」
観客のおじいさんが伝えてくれる。
「そうなんっすか。中世の街並みながら、散策した限り女性の社会進出も進んでるし、建築作業員も女性多かったし、俺のいた世界の人ほど男女の力の差ってないのかも」
哲朗は楽しそうに眺め、会場外の通路へ戻る。
「どうだ哲朗、芸人なら一度は出てみたいよな?」
「あー。やる気湧いて来たよ。昔、電〇少年っいうテレビ番組の企画でカレリンっていう俺のいた世界で最強クラスの格闘家に冬のモスクワまで挑みに行った経験が思い出されるなぁ」
哲朗はキラキラした目つきで伝えた。
その時、
「うぉぅ! 哲朗さんじゃないですか!」
背後からこんなワイルドな声が――。
「俺様の名は、カベマって言います。哲朗おじさんのチーズケーキ、毎日食わせてもらってます。おかげさまで最近絶好調っすよ! 哲朗さんは超良い人ッ♪」
カベマという大柄で、熊のような耳をして、首にチェーンのようなものを巻いていた格闘家のおっさんは、哲朗の手をギューッと握りしめて来た。
「そっ、それは光栄っす。いたたたぁ~。見た目どおりの力強さっすね」
哲朗は苦虫を噛み潰したようような表情へ。
「俺様、こんな見た目ですがスイーツ大好物なんっすよ。そのせいか若い女性にモテまくってます。スイーツカベマってあだ名でもよく呼ばれてますよ。ガッハッハッ!」
「俺のいた世界にもカベマさんと似たような感じのプロレスラーいますよ」
「そうなんですか! 対戦してみたいなぁ。それじゃ、哲朗さん、リングの上で戦いましょう」
「ちょっ、ちょっと待って」
哲朗は、体重七〇キロ以上はあるもののカベマさんに片手で軽々と担ぎ上げられてしまう。
そして参加者控え室へ強引に連れていかれた。
「ぅおーい、おまえら喜べっ! 哲朗さんも参戦してくれるってよ」
「「「「「うおおおおおおおっ!」」」」」」」
「さすが哲朗さん!」
「勇気ある行動に感謝!」
若手の格闘家団員やその他参加者達は大喜びだ。
「大人気芸人の哲朗さんのために、最高のパフォーマンスショーの舞台をご用意しますよ」
「期待して待ってて下さい!」
そして彼らはリングの方へ駆け足で向かっていった。
それから数分のち、
「準備、整いました! 冷める前に急いでご入場を!」
控え室へ戻って来た格闘家団員の一人からこんな連絡が。
「予想はつくけど」
哲朗は意気揚々と会場へ。
「やっぱあれ用意したのか」
リングの上には、風呂桶が。
湯気がもくもくと立っていた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」
「「「「「「「わあああああああああああっ!」」」」」」」
観客達から大きな拍手喝采。
「本日は、格闘技ど素人の俺なんかが格闘技大会に参加してしまい、誠に申し訳ございませんでしたぁーっ」
哲朗は爽やか笑顔で謝罪の言葉。
「ここは闘うだけの場所じゃないよ」
「試合の合間に格闘家や芸人、その他参加者の個性的なパフォーマンスが見れるのも醍醐味なんだ」
「むしろそっちが目当ての人も多いよ」
観客から伝えられると、
「そうなんっすか! それはちょっと安心しました」
哲朗はホッとして笑みを浮かべる。
そしていつものように、パンツ一丁になって風呂桶の前で四つん這いになり、
「押すなよ、押すなよ。“絶対に”押すなよ」
お決まりの台詞。
「押すのがダメなら、吊り落とせばいいのか」
「うおっとと」
背後から何者かにふわりと持ち上げられ、熱湯の中へドボォォォンと落とされる。
声から、カベマさんではないことは分かった。
「あっ、ちちちちち、ちぃぃぃぃぃぃぃ~。今までの人生で入って来た熱湯風呂の中でも最高レベルに熱いよ、熱いよ!」
哲朗は慌てて風呂桶から飛び出し、
「誰だよ俺を落としたのは?」
犯人を確認する。
「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ~ん♪」」」」」」」
若い女性達から歓喜の悲鳴も。
哲朗の側に現れたのは、
「おれさまの名は、ダカオだ」
と名乗る人物。身長一九〇センチ以上はある、イケメン男だった。
金髪で、狼のような耳。カラフルなガウンを身に纏っていた。
「現チャンピオン、ダカオ。早くも登場だぁーっ!」
アナウンサーは興奮気味に叫ぶ。
「ダカオっていう奴か。かなり人気者みたいだな。ダカオ、ああいう時は押して落とすのが暗黙のルールなんだよ」
哲朗は面と向かって伝える。
「ダカオさんだろ」
ダカオはフフッと笑う。
そののち、
「それは失礼。おれさまにもファンとの間に暗黙の掛け合いルールがあるからな」
丁重に謝罪した。
「「「「「「「きゃあああああああああああああああっ~ん♪」」」」」」」
「「「「「「「ダカオさぁぁぁぁぁぁぁ~ん」」」」」」」
若い女性客達から歓喜の悲鳴。
「おれさまの応援もいいけど、今は哲朗のショーの最中だから、哲朗を応援してやってくれ。じゃあまた」
ダカオさんは一旦控え室の方へ戻っていった。
「あいつ、意外といい奴なのかもな。あら、こんな所に、美味そうなケーキがあるじゃないっすか! これをやれってことっすね」
哲朗はそのケーキを顔に押し付け、顔にクリームパイ芸を披露する。
その矢先、
「おぅッ!! 哲朗ぉ~、何してヤがんだぁーッ!? おまえはこの俺様を本気で怒らせた。今から実食レポートするつもりだったんだよ」
彼の背後に鬼の形相をしたカベマさんの姿が。
「俺のいた世界の真壁さんよりも恐ろしい表情になってるよ。ヤバいよヤバいよ」
哲朗はハハッと笑う。
「食べ物を粗末にした罰だ。食らえっ!」
「うわっと。あっちちちちちーっ!」
熱湯風呂へ突き落されてしまった。
アハハハハハハハッ!
観客から大きな笑い。
哲朗が湯船から飛び出すと、
「哲朗の顔に押し付けられたスイーツ達の恨みだ。食らえっ!」
「ぐはっ! あっちちちちちぃぃぃぃぃぃぃ~っ!」
またもすぐに熱湯風呂へ突き落されてしまう。
「カベマ、俺を粗末に扱うなよぉ~」
そして反射的にすぐに飛び出す。
「いいぞぉ! カベマ。もっとやれーっ!」
「哲朗の熱湯風呂芸、もっと見てぇ~」
観客からのヤジ。
「お客さんもそう言ってることだし、俺様ももっと哲朗にお仕置きしたいからなぁ」
「カベマさんリアルガチで鬼だな。あっち、あっち、あっちちちちぃ~。もうカンベンして下さいよぉ~」
そしてまたしても熱湯風呂へ落とされる。
「哲朗、肌がドラゴンの血のように真っ赤じゃないか! これ以上の熱湯風呂落としは危険だ! 冷やさないと」
哲朗はカベマさんに軽々と掴み上げられ、今度はいつの間にか用意されていた氷風呂へドボォンと投げ込まれる。
「つっ、つっ、つっめてぇぇぇ~」
哲朗は慌てて飛び出した。
アハハハハハハハッ!
パチパチパチパチパチッ!
「氷風呂芸は新鮮だな」
お客さん達から大爆笑と拍手喝采。
「寒いよ寒いよ」
哲朗は大ジャンプをして、自ら熱湯風呂へ。
「あ~。あったまるぅ~♪ ロブウトツネの風呂は最っ高だな♪ いや、あっ、ちちちちっ! 熱いよ熱いよ」
ゆったりとくつろいだかに思わせてからの、いつもの熱湯風呂芸へ。
アハハハハハハハッ!
パチパチパチパチパチッ!
「すっげえ哲朗!」
「哲朗は強さはオレ達に通用しないけど、パフォーマンスショーの面白さでは圧倒的チャンピオンだ!」
現役選手達からも絶賛の誉め言葉。
「顔にクリームパイってのも哲朗のお家芸みたいだから、野生の本能でついやっちまったんだろうな。お仕置きはこれくらいにしといてやる。スイーツは、もう一度作り直せばいい。哲朗、おまえのパフォーマンスショーの時間はもう終わりだ。今からは俺様のパフォーマンスショーの始まりだ!」
カベマさんがそう告げると、
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
「「「「「カベマ、カベマ、カベマ」」」」」
「「「スイーツカベマさぁ~ん♪ 待ってましたぁ~」」」
観客から歓喜の声。
「もう少し芸やりたかったんだけどな」
「ぼくももっと哲朗さんの芸見たかったんですけど、時間が決まってるんで」
哲朗はパンツ一丁のまま、格闘家達に担ぎ上げられリングから降ろされてしまった。
風呂桶もスタッフによって片付けられると、今度はリング上に生クリームの塗られたスポンジケーキと、パイナップルやパパイヤのような果物の山が用意された。
「ぅおりゃぁ~っ!」
カベマさんは、その硬そうな皮を次々と素手で剥いてみせた。
そのあとはナイフで果実を均等な大きさに切り刻み、クリームたっぷりのスポンジケーキの上に丁寧に盛り付けをしていく。
「カベマ特製。フルーツスイーツの完成だ。観客のみんな、おやつにでも作ってみてくれよ」
カベマさんがどや顔でそうおススメすると、
「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
「「「「「「「カベマ、カベマ、カベマ」」」」」」」
「スイーツカベマさ~ん、大好きーっ♪」
「「「「「結婚してぇ~♪」」」」」
「「「「「食べさせてぇ~」」」」」
老若男女問わず大きな拍手喝采。
「哲朗も食えっ!」
「いいのか?」
「もちろんだ。面白い芸を見せてもらったお礼だ。ただし、またあの芸やったら、どうなるか分かってんだろうなぁ?」
カベマさんはにこりと微笑む。
「もちろんっすよ。いただきまーす。あっ、ヤバいつい顔にクリームパイが」
哲朗がまたも顔を押し付けようとすると、
「て・つ・ろ・う~」
カベマさんは再び鬼のような形相へ。
「嘘です。普通にいただきまーす。うっ、めえええええ~。最っ高だよこれ♪」
哲朗の顔が綻ぶ。
「「「「「わたしも食べたぁい」」」」」」
「「「「「「「哲朗ずる~い」」」」」」」
女性の観客達から羨望の眼差しも。
「申し訳ないみんな、残りは全部俺様のものなんだ。俺様のものは俺様のもの、みんなのものも俺様のものだから、俺様が味わえば、みんなも味わえた気分になるはずだ」
カベマさんはどや顔で言う。
「「「「「「「きゃぁ~ん、カベマさぁ~ん、恰好いい!」」」」」」」
女性の観客達から歓喜の声。
「いただきまーす♪」
カベマさんが豪快に口を開け、スイーツケーキに齧り付こうとしたら、
「カベマ、格闘技は素人な哲朗にやり過ぎだったよ」
「うごわぁっ!」
突如リングに上がって来た、猫のような耳と尻尾付きの可愛らしいお姉さんに背後から持ち上がられ、ぶん投げられてしまった。
「あの女の人、小柄なのにめっちゃヤバいパワーだな」
哲朗は唖然とする。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」」
パチパチパチパチパチッ!
「「「「「「「「「「「「「「「「「リ~モミ~ン♪」」」」」」」」」」」」」」」」」
特に男性の観客達から大きな拍手喝采。
本名なのか愛称なのかは定かではないが、リモミンというお方らしい。
「やるなぁ、お嬢さん。反撃だぁっ!」
カベマ、起き上がるや否やリモミンに向かって突進していく。
「やぁっ!」
リモミンは、目にも止まらぬ速さで腹を目掛けて飛び蹴りを食らわした。
「いててててぇ~」
「えい、えい、えいっ」
「もっ、もうやめてくれ。まっ、まいった」
吹っ飛ばされたカベマさん、さらに蹴られてあえなく降参。
「ふふんっ♪」
リモミンは彼が食べ損ねたカベマ特製フルーツスイーツをもぐもぐ頬張りながら、得意げに微笑む。
「あの女の人凄いよ、凄いよ」
哲朗と、
「「「「「「「「「「「あ~ん、カベマさぁ~ん」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「リッモミ~ン♪」」」」」」」」」」」
観客からの悲哀と拍手喝采の中、
「リモミンちゃん、カベマなんて雑魚に勝っていい気になってちゃダメですよ」
身長二メートルを超す、褐色肌の大男が場内に現れた。
哲朗の住む世界の人種であれば、サモア系といったところだろうか?
「ここで、前回カベマ選手には勝ちましたが、惜しくもダカオ選手に敗れてしまった、チャンピオン経験も過去に三度もある、ボケノア選手のご登場だぁっ! カベマ選手よりも手強い相手、二大会振りの対戦となりますね。前々回は即張り手を食らって完敗してしまったリモミン選手、どう戦うのでしょうか?」
アナウンサーが大声で楽しそうに叫ぶ。
「「「「「「「リモミン、頑張ってぇ~」」」」」」」
「リモミン、ボケノアはただでかいだけの見掛け倒しだぞ」
「「「ボケノア、チャンピオン奪還頑張れーっ!」」」
観客からの応援は、リモミンが優勢だ。
「曙にさらにワイルド感を増したような人が出て来たよ」
哲朗は出場者用に設けられた特別席から見守る。
「わたしも前より鍛えて強くなったとはいっても、さすがにあなたの強烈な張り手を食らったら、今でも一発でダウンしちゃうわ。でも、あなたの弱点はお見通しよ」
リモミンはきりっとした表情で言う。
「なんでおまえがチャンピオンになれないのか教えてやるよ」
ボケノアは得意げにそう言うと、リモミンの顔面目掛けて張り手を目にも止まらぬ速さで繰り出す。
「よければなんてことないわ」
リモミンはひらりとかわし、素早くボケノアの背後に回った。
そして、
「あなたの弱点は、下半身が脆くてバランスを崩しやすいってこと。うりゃっ!」
体型の割には細長い足をがっちり掴んで、持ち上げようとした。
しかし、全く動かせず。
「マンモスをも吹っ飛ばすという、ボケノア選手の張り手は余裕でかわしましたリモミン選手、ボケノア選手の二百二十キロの体はさすがに持ち上がらないかぁ!」
アナウンサーは興奮気味に叫ぶ。
「無理しちゃダメですよ」
ボケノアはフフッと不気味に笑う。
そして、丸太のように太い右腕を後ろに回して、リモミンの顔面に張り手を食らわせようとした。
「こうなったら……」
リモミンはピョンッと可愛くジャンプして、ギリギリでそれをよけると、ボケノアの顔面目掛けてパンチを一発。
「うぐぉっ!」
ボケノア選手は前のめりで倒れ、うつ伏せ状態になってしまった。
なんとも無様な姿である。
「ボケノア選手、失神して起き上がれません。これはリモミン選手の勝利ですね。おめでとう!」
アナウンサーが大声で叫び、リモミンの勝利確定。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
「ちっちゃい体でよく頑張った。感動した! おめでとう! リモミン♪」
「リモミン、ボケノア対策上手くいったね」
「「「「「「「見事な負けノアだぁっ!」」」」」」」
「ボケノアだせえ!」
「ざまあみろボケノア、いつまでも体のでかさと突っ張りの威力だけで最強名乗れるほど格闘技の世界は甘くないんだよ」
観客からリモミンへの拍手喝采のボケノアへのヤジの嵐。
「ボケノア選手、敗れはしましたが、彼の経営するマンモス肉のステーキがメインの料理店、『ボケノアステーキ』へ、ぜひ皆様お越し下さいませー」
アナウンサーはこんな情報も伝えてくる。
「絶対行きますよ」
哲朗はわくわく気分に。
ボケノア選手は数名のスタッフによって、担架で運ばれたのだった。
そこへ、
「リモミンお姉さん、去年よりも腕を上げたね。おれさまとバディファイトをする資格があるね」
ダカオさんがご登場。
「「「「「「「「「「「ダカオさ~ん、頑張ってーっ!」」」」」」」」」」」
「「「「「チャンピオンの座、守ってーっ!」」」」」
女性達からの応援の声。
「今回は負けないんだからっ!」
「ぐはぁっ!」
リモミンは目にも止まらぬ速さでダカオさんの腹にパンチを食らわす。
「いってぇ。やるじゃないか。うおっ!」
さらには蹴り飛ばす。
「どう?」
リモミンは得意げだ。
「これから本気出すぞ」
ダカオさん、立ち上がるや反撃開始。
リモミンの顔目掛けて躊躇なくドロップキックを食らわす。
「うわっ! まともに食らっちゃったよ。大丈夫か? 女の子に本気出すなんてダカオの野郎大人げないよ。格闘家の男が女の子の顔に蹴り食らわすって、俺の世界じゃ批判殺到だろうけど、この世界じゃそんな雰囲気ないっぽいな」
哲朗は心配する。
「きゃんっ♪」
リモミン、吹っ飛ばされしりもちを着くも、すぐに立ち上がる。
「全然効いてないからね」
唇からけっこう出血していたものの、怯まずダカオさんに高速タックルを食らわした。
「ハァ、ハァッ」
ダカオさんは吹っ飛ばされてしりもちをつく。すぐに立ち上がるもかなり息切れ。
「凄い戦いだよ、ヤバいよヤバいよ」
哲朗は他の観客達と同様、大興奮で見守る。
「負けるわけにはいかないっ!」
ダカオさん、今度はリモミンの顔目掛けて高速エルボーを繰り出した。
「遅い、遅い。それっ!」
けれどもリモミンは余裕でかわして、ダカオさんの腕をつかむと一本背負いのような技を食らわせた。
「まっ、まいった」
ダカオさん、リングに勢いよく叩きつけられ、降参宣言。
「ふふっ♪ ニャンニャン♪」
リモミンは尻尾を振り振りさせながら可愛らしく微笑んだ。
「ダカオさん、チャンピオンの座、陥落! 三連覇ならず。リモミンちゃんが新チャンピオンの座をつかみ取りましたぁーっ!」
アナウンサーは大興奮で叫ぶ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「リモミン、リモミン、リモミン。おおおおおおおおおおおっ♪」」」」」
男性観客中心の歓喜の声。
「リモミンって人、強過ぎてヤバいよヤバいよ。めっちゃいい試合だった。女の子が男と格闘技で互角に戦えてるって、俺のいた世界の格闘技では考えられないよ」
哲朗も大興奮だ。
「「「「「あ~ん、ダカオさぁ~ん」」」」」」
「でもリモミン相手なら負けてもしょうがない」
「リモミンちゃんがよく頑張った!」
女性観客中心の、残念がる声。
そんな中、
ダカオさんは、スゥッと息を深く吸い込み、
「リモミン、おまえの強さに惚れた。おれさまと、結婚してくれっ!」
会場中に響き渡る大声で、なんとプロポーズ。
一瞬の静寂ののち、
「はい! 喜んで」
リモミンさんは俯き加減で、照れくさそうに受け入れて、ダカオさんの手をぎゅっと握り締めた。
「ありがとう!」
ダカオさんは満面の笑みを浮かべる。
「なっ、なんとダカオさん、リモミンさんにプロポーズしてしまいましたぁ!」
アナウンサーから大興奮の叫び声。
同時に、
「「「「「「「「「「「「「「「「「うわあああああああああああああああああっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「えええええええええええええええ~っ」」」」」」」」」」」
「「「「「リモミ~ン、結婚なんて聞いてないよぉ~」」」」」
「おっ、おめでとう」
男性観客中心の悲しみ交じりの声。
涙を流す人も大勢いた。
「俺もうファンやめる」
「リモミン、お幸せにーっ」
応援グッズを破り捨てたりして、そそくさ会場をあとにする人も。
「ドラ〇ンボールの悟〇とチ〇の逆パターンじゃないっすか。顔のいい男が綺麗な女を落とすのは当たり前ってわけかぁ。でも男が女の子に力勝負で負けるって、俺のいた世界じゃ情けないことで、ダカオの奴逃げ出したくなるかなって思ったけど、この世界だとそんな感覚はないのかな?」
哲朗はそんな疑問も浮かぶ。
「さすがダカオ!」
「やるじゃん、ダカオ」
「「「「「ダカオさん、婚約成立おめでとう!」」」」」
「「「「「ダカオさぁ~ん、結婚されるのは残念だけど、リモミンちゃんとなら認められるよ」」」」」
女性の観客を中心に称賛の声もあった。
ともあれ、ワガデ王国最強を決める格闘技大会は、これにて大好評で幕を閉じた。
「ダカオさん、リモミンさん。ご結婚おめでとう!」
「待て哲朗、おれさまとリモミンはまだ正式な夫婦になったわけじゃないからな」
「嬉しかったよ♪ ダカオ」
ダカオさんとリモミンは、手を繋ぎ合ったままラブラブな雰囲気だ。
「それより哲朗、このあとはファンとの交流会だ。哲朗もぜひ参加してくれ」
「この大会の主役は格闘家だけじゃないからね」
その二人からこう言われ、
「俺もいいのか」
哲朗はちょっぴり罪悪感。
まもなく、いろんな種族の子ども達も大勢、この会場に駆けつけて来た。
「「「「「「「「「「「ダカオ、サインくれーっ!」」」」」」」」」」」
そして大声でこんなお願い。
「ダカオさんだろ」
「「「「「「「「「「「ダカオさ~ん、サイン下さい」」」」」」」」」」」
「おう!」
ダカオは快く、言い直してくれた子ども達一人一人にファンサービス。
どうやらこれが暗黙の掛け合いルールらしい。
「ダカオさん、子ども達にも大人気っすね」
「いやぁ。子ども人気は哲朗には負けるよ」
ダカオは哲朗の周りにも群がる子ども達を眺めながらハハハッと笑う。
その矢先、
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「哲朗もサインくれーっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「シールも欲し~い!」」」
言った通り、ダカオさんよりも大勢の子ども達からこんな要求が来た。
「おーい、子ども達、哲朗さんだろ」
ダカオさんが優しく注意すると、
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「哲朗さ~ん、サイン下さ~いっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
子ども達は丁寧語で言い直した。
「俺は呼び捨てでもいいよーっ!」
哲朗も快く子ども達一人一人にファンサービスをしたのだった。
☆
ファンの方々もみんな帰ったあと、格闘技大会参加者達同士での交流会も始まる。
「格闘技最強チャンピオン経験者同士のご結婚は、実にめでたいっすね」
哲朗がそう言うと、
「いやいや、この国というか、真の世界チャンピオンは、コキアダワさんで間違いないよ。あの人はとてつもなく強過ぎる。絶対出場してくれないけどな」
ダカオさんは苦笑いで伝えた。
「あのお方に出場されたら、何十年もチャンピオンの座を守られちゃうよ」
リモミンさんも同じく。
「俺様も昔挑まれて全く歯が立たなかったぜ。立ち会った瞬間に掴まれて川に放り投げられた」
「おれの自慢の突っ張りも全然効かず、弾き返されちゃったよ」
カベマさんもボケノアさんも苦い表情だ。
「この格闘技大会は別名、強さ自慢大会、目立ちたがり屋大会とも呼ばれてるからな。おれさまみたいな強さを自慢したい、目立ちたいって奴らが出る大会でもあるんだ。本当に強い奴はこういう大会には出ず、強さを自慢したりなんかしないものなんだ。世の中にはおれさまやリモミンよりも強い奴らがごまんといるぜ」
「俺のいる世界のミスコンみたいな感じかぁ」
「哲朗、コキアダワさんに最強とか絶対言っちゃダメだぜ。あの風貌でも心は乙女だからな」
ダカオさんは真顔で忠告する。
「うん、分かってる。リモミンさんや、他の女性の方もめちゃくちゃ強かったっすね。俺のいた世界なら女子プロレスや女子柔道でも活躍出来ますよ」
哲朗は褒め称えると、
「哲朗の国のスポーツ競技は、男女別で分かれてるの?」
女性格闘家達はきょとんとした表情を浮かべる。
「はい。男と女では身体能力にかなり差がありますから。各種競技の記録も、男女別で順位付けされてますよ。学校での体育の授業も中学以降は男女別で分かれますし、部活動も男子バスケ、女子バスケみたいに男女別に分かれますよ」
哲朗が淡々と伝えると、
「そうなのか! 驚きだ。この国ではスポーツ競技や学校の体育の授業も男女混合が当たり前なんだが」
ダカオさんも、
「男女で分けるって発想すらなかったよ」
「哲朗の国の人って、身体能力に男女差があるんだ!」
女性格闘家達も驚いた様子だった。
「哲朗さん、これ見て下さい」
格闘家の一人が哲朗に、この世界の様々なスポーツ競技上位者の記録が載っている図録を手渡してくれた。
やり投げ、砲丸投げ、徒競走……etc。一位の記録や上位の記録が男女ほぼ同数くらいだったのだ。
「異世界の住人、理想的な男女平等っすね。ダカオさんも、リモミンさんも、またお会いしましょう。お二人はこれから“夜のバディファイト”でお忙しいですもんね」
「もう、哲朗さんったら」
「うぼわっ!」
リモミンさんに頭をべしっと叩かれてしまう。
スイカヘルメットを被ってはいたが、けっこう衝撃があった。
「哲朗、おれ達は今日付き合い始めたばかりなんだぜ」
ダカオさんは照れ臭そうに主張する。
「そりゃぁ失礼しました。では皆さん。お元気でーっ!」
こうして、哲朗は参加者達に別れを告げて、ドラゴン風の生き物に乗って朗らかな気分で家路についたのだった。
「一〇〇メートル走、一位とそれ以下の上位者も七秒台って……ウサイン・ボルトもびっくりな記録だよ。この世界の人の身体能力ヤバいよヤバいよ」
あの図録を改めてじっくり読みながら。
☆
熱湯風呂芸と氷風呂芸で疲れ果てた哲朗であったが、コリル宅へ帰ったあと、
「あちちちちっ! 今日はもうカンベンして下さいよぉ~」
いつものようにコリルとそのお友達に熱湯風呂芸をやらされたのだった。
お願いされた芸はどんな健康状態でも引き受ける。
哲朗はまさにリアクション芸人の鏡なのだ。
☆
哲朗の格闘技参戦は、翌日の新聞ではダカオさんのプロポーズ宣言のため一番ではなかったが、二番目に大きな記事で扱われたのだった。
ちなみに、うつ伏せで無様に負けたボケノアの姿を模った焼き印が押された、『負けノアのチーズケーキ』もワガデ王国中のケーキ屋さんで販売されることになったそうである。
試食した第一号のカベマさんも大絶賛。
「あの野郎には格闘技じゃ敵わない分、こうやって憂さ晴らししてやるぜ」
焼き印された箇所をフォークで突き刺して形を崩してからお口に運ぶのが、至高の味わい方だそうだ。
その日、哲朗は日本での中学・高校に当たるギムナジウムで体育の授業に参加させてもらうことに。
確かに男女混合ではあったが、
「着替えは男女別かぁ。そりゃそうだよな」
という現実に哲朗はちょっとがっかり。
「哲朗おじさん、今日の夕方から、この国の最強を決める格闘技の大会が王立闘技場であるんだ。哲朗おじさんも見に行ったらきっと楽しめると思うよ」
「そんなのもあるのか! めっちゃ見たい!」
コリルから聞かされ、哲朗は目をキラキラ輝かせる。
「わたしも見に行きたいんだけど、学校で禁止されてるんだ。だから記者が書いた絵入りの記事で楽しむしかないの」
「コキアちゃんが十年くらい前に、十五歳以下の子ども達の生観覧を全面的に禁止させたの。子どもが真似して悪影響を与えるからって。興行収益が減るからって当然のように団体から抗議が来たんだけど、所属する格闘家の方々を力でねじ伏せて納得させてたわ。『コキアダワだ。文句あっか!』って叫びながら。今でもよく覚えてるわ」
「そうなんだ。改めてヤバいよあのお方」
「場外での子ども達との触れ合いは認めてるけどね」
コスヤさんは付け加えておいた。
「哲朗おじさん、お土産買って来てね」
「了解。コリルちゃん、楽しみにしててくれよ」
哲朗はわくわく気分で、ドラゴン風の生き物に乗せてもらい、会場近くへ。
そこには、一人の大柄なあの男に群がって囃し立てる様々な種族の人々の姿が。
「ビーボ頼むよ。出てくれよ。おまえなら絶対新チャンピオンになれるよ」
「園児達も応援してくれるぜ」
「ビーボめっちゃいい体格してんのに勿体ないよ」
「嫌に決まってるだろ。何億回同じこと言わせるんだよ。殴られるの嫌だよ。蹴られるのも嫌だよ。痛いの嫌なんだよ。オレは同僚の先生達やコキアダワさんに命令されて、子ども達が生観戦しに来てないか嫌々見回りに来ただけなんだよ」
ビーボは今にも泣き出しそうな表情を浮かべて非常に迷惑そうにしていた。
「あっ、ボビー、じゃなくてビーボじゃねえか」
「哲朗ぉ~。助けてくれよ。こいつらしつこいんだよ」
「おまえら、やめてやれ。ビーボは見た目と違って気弱なんだ」
哲朗はにこやかな表情でお願いする。
「じゃあ、哲朗が代わりに出てくれないか?」
「この国の格闘技大会って、誰でも出れるのか!?」
「ああ。飛び入り参加大歓迎で、誰でもチャンピオンになれる可能性があるんだ。チャンピオンまでいかなくても、成績上位者になればこの国の格闘技団体の団員になれる権利が得られるんだ。団員になるかどうかは個人の自由だけど、給料が貰えるから大半の奴はなってるな。哲朗の国では違うのか?」
「うん、プロの格闘家同士でチャンピオンを決める形式だよ。素人が出たら危ないじゃん」
「そうなのか! 文化が違うな」
「俺も、格闘技は未経験のド素人だよ」
「大丈夫、大丈夫。この競技はただ強いってだけでなく、芸人とかパフォーマンスで観客を楽しませられるやつも重宝されてるから」
「……じゃあ、出てみようかな」
「よぉし! 哲朗参戦決定だ! 興行収入上がるぜ」
「まだ出るとは決まってないけどな。一応どんな競技なのかちらっと見てから」
こうして哲朗は観覧料2000ララシャを支払い、会場内へ。
うおおおおっ!
おりゃあああっ!
いろんな種族の屈強な方々がリングの上で殴り合ったり蹴り合ったり技を掛け合ったりしていた。
「俺のいた世界だとプロレスに近い感じだな。女の人も何人かいるじゃん。って、男の方が一方的に殴られてるよ」
哲朗は興味深そうに眺める。
観客には若い女性の姿も多く見受けられた。
最前列には、戦いの様子をイラストで描いている方々も。
テレビカメラはもちろん、写真もない世界だからか、見に来られない人のために懸命に記録を残そうとしてるのだろう。
「必殺のマンモスキックだ!」
マイクもまだ発明されていないようで、アナウンサーらしき人も素の声で叫んで実況していた。
「まっ、まいった」
屈強な体格の男が負け、
「やったぁ! チャンピオンへの挑戦権獲得♪」
ウサギっぽい耳をした可愛らしい若い女性の参加者の方が勝ってしまった。
「三、四年に一回は、女性がチャンピオンになるよ」
観客のおじいさんが伝えてくれる。
「そうなんっすか。中世の街並みながら、散策した限り女性の社会進出も進んでるし、建築作業員も女性多かったし、俺のいた世界の人ほど男女の力の差ってないのかも」
哲朗は楽しそうに眺め、会場外の通路へ戻る。
「どうだ哲朗、芸人なら一度は出てみたいよな?」
「あー。やる気湧いて来たよ。昔、電〇少年っいうテレビ番組の企画でカレリンっていう俺のいた世界で最強クラスの格闘家に冬のモスクワまで挑みに行った経験が思い出されるなぁ」
哲朗はキラキラした目つきで伝えた。
その時、
「うぉぅ! 哲朗さんじゃないですか!」
背後からこんなワイルドな声が――。
「俺様の名は、カベマって言います。哲朗おじさんのチーズケーキ、毎日食わせてもらってます。おかげさまで最近絶好調っすよ! 哲朗さんは超良い人ッ♪」
カベマという大柄で、熊のような耳をして、首にチェーンのようなものを巻いていた格闘家のおっさんは、哲朗の手をギューッと握りしめて来た。
「そっ、それは光栄っす。いたたたぁ~。見た目どおりの力強さっすね」
哲朗は苦虫を噛み潰したようような表情へ。
「俺様、こんな見た目ですがスイーツ大好物なんっすよ。そのせいか若い女性にモテまくってます。スイーツカベマってあだ名でもよく呼ばれてますよ。ガッハッハッ!」
「俺のいた世界にもカベマさんと似たような感じのプロレスラーいますよ」
「そうなんですか! 対戦してみたいなぁ。それじゃ、哲朗さん、リングの上で戦いましょう」
「ちょっ、ちょっと待って」
哲朗は、体重七〇キロ以上はあるもののカベマさんに片手で軽々と担ぎ上げられてしまう。
そして参加者控え室へ強引に連れていかれた。
「ぅおーい、おまえら喜べっ! 哲朗さんも参戦してくれるってよ」
「「「「「うおおおおおおおっ!」」」」」」」
「さすが哲朗さん!」
「勇気ある行動に感謝!」
若手の格闘家団員やその他参加者達は大喜びだ。
「大人気芸人の哲朗さんのために、最高のパフォーマンスショーの舞台をご用意しますよ」
「期待して待ってて下さい!」
そして彼らはリングの方へ駆け足で向かっていった。
それから数分のち、
「準備、整いました! 冷める前に急いでご入場を!」
控え室へ戻って来た格闘家団員の一人からこんな連絡が。
「予想はつくけど」
哲朗は意気揚々と会場へ。
「やっぱあれ用意したのか」
リングの上には、風呂桶が。
湯気がもくもくと立っていた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」
「「「「「「「わあああああああああああっ!」」」」」」」
観客達から大きな拍手喝采。
「本日は、格闘技ど素人の俺なんかが格闘技大会に参加してしまい、誠に申し訳ございませんでしたぁーっ」
哲朗は爽やか笑顔で謝罪の言葉。
「ここは闘うだけの場所じゃないよ」
「試合の合間に格闘家や芸人、その他参加者の個性的なパフォーマンスが見れるのも醍醐味なんだ」
「むしろそっちが目当ての人も多いよ」
観客から伝えられると、
「そうなんっすか! それはちょっと安心しました」
哲朗はホッとして笑みを浮かべる。
そしていつものように、パンツ一丁になって風呂桶の前で四つん這いになり、
「押すなよ、押すなよ。“絶対に”押すなよ」
お決まりの台詞。
「押すのがダメなら、吊り落とせばいいのか」
「うおっとと」
背後から何者かにふわりと持ち上げられ、熱湯の中へドボォォォンと落とされる。
声から、カベマさんではないことは分かった。
「あっ、ちちちちち、ちぃぃぃぃぃぃぃ~。今までの人生で入って来た熱湯風呂の中でも最高レベルに熱いよ、熱いよ!」
哲朗は慌てて風呂桶から飛び出し、
「誰だよ俺を落としたのは?」
犯人を確認する。
「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁ~ん♪」」」」」」」
若い女性達から歓喜の悲鳴も。
哲朗の側に現れたのは、
「おれさまの名は、ダカオだ」
と名乗る人物。身長一九〇センチ以上はある、イケメン男だった。
金髪で、狼のような耳。カラフルなガウンを身に纏っていた。
「現チャンピオン、ダカオ。早くも登場だぁーっ!」
アナウンサーは興奮気味に叫ぶ。
「ダカオっていう奴か。かなり人気者みたいだな。ダカオ、ああいう時は押して落とすのが暗黙のルールなんだよ」
哲朗は面と向かって伝える。
「ダカオさんだろ」
ダカオはフフッと笑う。
そののち、
「それは失礼。おれさまにもファンとの間に暗黙の掛け合いルールがあるからな」
丁重に謝罪した。
「「「「「「「きゃあああああああああああああああっ~ん♪」」」」」」」
「「「「「「「ダカオさぁぁぁぁぁぁぁ~ん」」」」」」」
若い女性客達から歓喜の悲鳴。
「おれさまの応援もいいけど、今は哲朗のショーの最中だから、哲朗を応援してやってくれ。じゃあまた」
ダカオさんは一旦控え室の方へ戻っていった。
「あいつ、意外といい奴なのかもな。あら、こんな所に、美味そうなケーキがあるじゃないっすか! これをやれってことっすね」
哲朗はそのケーキを顔に押し付け、顔にクリームパイ芸を披露する。
その矢先、
「おぅッ!! 哲朗ぉ~、何してヤがんだぁーッ!? おまえはこの俺様を本気で怒らせた。今から実食レポートするつもりだったんだよ」
彼の背後に鬼の形相をしたカベマさんの姿が。
「俺のいた世界の真壁さんよりも恐ろしい表情になってるよ。ヤバいよヤバいよ」
哲朗はハハッと笑う。
「食べ物を粗末にした罰だ。食らえっ!」
「うわっと。あっちちちちちーっ!」
熱湯風呂へ突き落されてしまった。
アハハハハハハハッ!
観客から大きな笑い。
哲朗が湯船から飛び出すと、
「哲朗の顔に押し付けられたスイーツ達の恨みだ。食らえっ!」
「ぐはっ! あっちちちちちぃぃぃぃぃぃぃ~っ!」
またもすぐに熱湯風呂へ突き落されてしまう。
「カベマ、俺を粗末に扱うなよぉ~」
そして反射的にすぐに飛び出す。
「いいぞぉ! カベマ。もっとやれーっ!」
「哲朗の熱湯風呂芸、もっと見てぇ~」
観客からのヤジ。
「お客さんもそう言ってることだし、俺様ももっと哲朗にお仕置きしたいからなぁ」
「カベマさんリアルガチで鬼だな。あっち、あっち、あっちちちちぃ~。もうカンベンして下さいよぉ~」
そしてまたしても熱湯風呂へ落とされる。
「哲朗、肌がドラゴンの血のように真っ赤じゃないか! これ以上の熱湯風呂落としは危険だ! 冷やさないと」
哲朗はカベマさんに軽々と掴み上げられ、今度はいつの間にか用意されていた氷風呂へドボォンと投げ込まれる。
「つっ、つっ、つっめてぇぇぇ~」
哲朗は慌てて飛び出した。
アハハハハハハハッ!
パチパチパチパチパチッ!
「氷風呂芸は新鮮だな」
お客さん達から大爆笑と拍手喝采。
「寒いよ寒いよ」
哲朗は大ジャンプをして、自ら熱湯風呂へ。
「あ~。あったまるぅ~♪ ロブウトツネの風呂は最っ高だな♪ いや、あっ、ちちちちっ! 熱いよ熱いよ」
ゆったりとくつろいだかに思わせてからの、いつもの熱湯風呂芸へ。
アハハハハハハハッ!
パチパチパチパチパチッ!
「すっげえ哲朗!」
「哲朗は強さはオレ達に通用しないけど、パフォーマンスショーの面白さでは圧倒的チャンピオンだ!」
現役選手達からも絶賛の誉め言葉。
「顔にクリームパイってのも哲朗のお家芸みたいだから、野生の本能でついやっちまったんだろうな。お仕置きはこれくらいにしといてやる。スイーツは、もう一度作り直せばいい。哲朗、おまえのパフォーマンスショーの時間はもう終わりだ。今からは俺様のパフォーマンスショーの始まりだ!」
カベマさんがそう告げると、
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
「「「「「カベマ、カベマ、カベマ」」」」」
「「「スイーツカベマさぁ~ん♪ 待ってましたぁ~」」」
観客から歓喜の声。
「もう少し芸やりたかったんだけどな」
「ぼくももっと哲朗さんの芸見たかったんですけど、時間が決まってるんで」
哲朗はパンツ一丁のまま、格闘家達に担ぎ上げられリングから降ろされてしまった。
風呂桶もスタッフによって片付けられると、今度はリング上に生クリームの塗られたスポンジケーキと、パイナップルやパパイヤのような果物の山が用意された。
「ぅおりゃぁ~っ!」
カベマさんは、その硬そうな皮を次々と素手で剥いてみせた。
そのあとはナイフで果実を均等な大きさに切り刻み、クリームたっぷりのスポンジケーキの上に丁寧に盛り付けをしていく。
「カベマ特製。フルーツスイーツの完成だ。観客のみんな、おやつにでも作ってみてくれよ」
カベマさんがどや顔でそうおススメすると、
「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」
「「「「「「「カベマ、カベマ、カベマ」」」」」」」
「スイーツカベマさ~ん、大好きーっ♪」
「「「「「結婚してぇ~♪」」」」」
「「「「「食べさせてぇ~」」」」」
老若男女問わず大きな拍手喝采。
「哲朗も食えっ!」
「いいのか?」
「もちろんだ。面白い芸を見せてもらったお礼だ。ただし、またあの芸やったら、どうなるか分かってんだろうなぁ?」
カベマさんはにこりと微笑む。
「もちろんっすよ。いただきまーす。あっ、ヤバいつい顔にクリームパイが」
哲朗がまたも顔を押し付けようとすると、
「て・つ・ろ・う~」
カベマさんは再び鬼のような形相へ。
「嘘です。普通にいただきまーす。うっ、めえええええ~。最っ高だよこれ♪」
哲朗の顔が綻ぶ。
「「「「「わたしも食べたぁい」」」」」」
「「「「「「「哲朗ずる~い」」」」」」」
女性の観客達から羨望の眼差しも。
「申し訳ないみんな、残りは全部俺様のものなんだ。俺様のものは俺様のもの、みんなのものも俺様のものだから、俺様が味わえば、みんなも味わえた気分になるはずだ」
カベマさんはどや顔で言う。
「「「「「「「きゃぁ~ん、カベマさぁ~ん、恰好いい!」」」」」」」
女性の観客達から歓喜の声。
「いただきまーす♪」
カベマさんが豪快に口を開け、スイーツケーキに齧り付こうとしたら、
「カベマ、格闘技は素人な哲朗にやり過ぎだったよ」
「うごわぁっ!」
突如リングに上がって来た、猫のような耳と尻尾付きの可愛らしいお姉さんに背後から持ち上がられ、ぶん投げられてしまった。
「あの女の人、小柄なのにめっちゃヤバいパワーだな」
哲朗は唖然とする。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」」
パチパチパチパチパチッ!
「「「「「「「「「「「「「「「「「リ~モミ~ン♪」」」」」」」」」」」」」」」」」
特に男性の観客達から大きな拍手喝采。
本名なのか愛称なのかは定かではないが、リモミンというお方らしい。
「やるなぁ、お嬢さん。反撃だぁっ!」
カベマ、起き上がるや否やリモミンに向かって突進していく。
「やぁっ!」
リモミンは、目にも止まらぬ速さで腹を目掛けて飛び蹴りを食らわした。
「いててててぇ~」
「えい、えい、えいっ」
「もっ、もうやめてくれ。まっ、まいった」
吹っ飛ばされたカベマさん、さらに蹴られてあえなく降参。
「ふふんっ♪」
リモミンは彼が食べ損ねたカベマ特製フルーツスイーツをもぐもぐ頬張りながら、得意げに微笑む。
「あの女の人凄いよ、凄いよ」
哲朗と、
「「「「「「「「「「「あ~ん、カベマさぁ~ん」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「リッモミ~ン♪」」」」」」」」」」」
観客からの悲哀と拍手喝采の中、
「リモミンちゃん、カベマなんて雑魚に勝っていい気になってちゃダメですよ」
身長二メートルを超す、褐色肌の大男が場内に現れた。
哲朗の住む世界の人種であれば、サモア系といったところだろうか?
「ここで、前回カベマ選手には勝ちましたが、惜しくもダカオ選手に敗れてしまった、チャンピオン経験も過去に三度もある、ボケノア選手のご登場だぁっ! カベマ選手よりも手強い相手、二大会振りの対戦となりますね。前々回は即張り手を食らって完敗してしまったリモミン選手、どう戦うのでしょうか?」
アナウンサーが大声で楽しそうに叫ぶ。
「「「「「「「リモミン、頑張ってぇ~」」」」」」」
「リモミン、ボケノアはただでかいだけの見掛け倒しだぞ」
「「「ボケノア、チャンピオン奪還頑張れーっ!」」」
観客からの応援は、リモミンが優勢だ。
「曙にさらにワイルド感を増したような人が出て来たよ」
哲朗は出場者用に設けられた特別席から見守る。
「わたしも前より鍛えて強くなったとはいっても、さすがにあなたの強烈な張り手を食らったら、今でも一発でダウンしちゃうわ。でも、あなたの弱点はお見通しよ」
リモミンはきりっとした表情で言う。
「なんでおまえがチャンピオンになれないのか教えてやるよ」
ボケノアは得意げにそう言うと、リモミンの顔面目掛けて張り手を目にも止まらぬ速さで繰り出す。
「よければなんてことないわ」
リモミンはひらりとかわし、素早くボケノアの背後に回った。
そして、
「あなたの弱点は、下半身が脆くてバランスを崩しやすいってこと。うりゃっ!」
体型の割には細長い足をがっちり掴んで、持ち上げようとした。
しかし、全く動かせず。
「マンモスをも吹っ飛ばすという、ボケノア選手の張り手は余裕でかわしましたリモミン選手、ボケノア選手の二百二十キロの体はさすがに持ち上がらないかぁ!」
アナウンサーは興奮気味に叫ぶ。
「無理しちゃダメですよ」
ボケノアはフフッと不気味に笑う。
そして、丸太のように太い右腕を後ろに回して、リモミンの顔面に張り手を食らわせようとした。
「こうなったら……」
リモミンはピョンッと可愛くジャンプして、ギリギリでそれをよけると、ボケノアの顔面目掛けてパンチを一発。
「うぐぉっ!」
ボケノア選手は前のめりで倒れ、うつ伏せ状態になってしまった。
なんとも無様な姿である。
「ボケノア選手、失神して起き上がれません。これはリモミン選手の勝利ですね。おめでとう!」
アナウンサーが大声で叫び、リモミンの勝利確定。
「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」
「ちっちゃい体でよく頑張った。感動した! おめでとう! リモミン♪」
「リモミン、ボケノア対策上手くいったね」
「「「「「「「見事な負けノアだぁっ!」」」」」」」
「ボケノアだせえ!」
「ざまあみろボケノア、いつまでも体のでかさと突っ張りの威力だけで最強名乗れるほど格闘技の世界は甘くないんだよ」
観客からリモミンへの拍手喝采のボケノアへのヤジの嵐。
「ボケノア選手、敗れはしましたが、彼の経営するマンモス肉のステーキがメインの料理店、『ボケノアステーキ』へ、ぜひ皆様お越し下さいませー」
アナウンサーはこんな情報も伝えてくる。
「絶対行きますよ」
哲朗はわくわく気分に。
ボケノア選手は数名のスタッフによって、担架で運ばれたのだった。
そこへ、
「リモミンお姉さん、去年よりも腕を上げたね。おれさまとバディファイトをする資格があるね」
ダカオさんがご登場。
「「「「「「「「「「「ダカオさ~ん、頑張ってーっ!」」」」」」」」」」」
「「「「「チャンピオンの座、守ってーっ!」」」」」
女性達からの応援の声。
「今回は負けないんだからっ!」
「ぐはぁっ!」
リモミンは目にも止まらぬ速さでダカオさんの腹にパンチを食らわす。
「いってぇ。やるじゃないか。うおっ!」
さらには蹴り飛ばす。
「どう?」
リモミンは得意げだ。
「これから本気出すぞ」
ダカオさん、立ち上がるや反撃開始。
リモミンの顔目掛けて躊躇なくドロップキックを食らわす。
「うわっ! まともに食らっちゃったよ。大丈夫か? 女の子に本気出すなんてダカオの野郎大人げないよ。格闘家の男が女の子の顔に蹴り食らわすって、俺の世界じゃ批判殺到だろうけど、この世界じゃそんな雰囲気ないっぽいな」
哲朗は心配する。
「きゃんっ♪」
リモミン、吹っ飛ばされしりもちを着くも、すぐに立ち上がる。
「全然効いてないからね」
唇からけっこう出血していたものの、怯まずダカオさんに高速タックルを食らわした。
「ハァ、ハァッ」
ダカオさんは吹っ飛ばされてしりもちをつく。すぐに立ち上がるもかなり息切れ。
「凄い戦いだよ、ヤバいよヤバいよ」
哲朗は他の観客達と同様、大興奮で見守る。
「負けるわけにはいかないっ!」
ダカオさん、今度はリモミンの顔目掛けて高速エルボーを繰り出した。
「遅い、遅い。それっ!」
けれどもリモミンは余裕でかわして、ダカオさんの腕をつかむと一本背負いのような技を食らわせた。
「まっ、まいった」
ダカオさん、リングに勢いよく叩きつけられ、降参宣言。
「ふふっ♪ ニャンニャン♪」
リモミンは尻尾を振り振りさせながら可愛らしく微笑んだ。
「ダカオさん、チャンピオンの座、陥落! 三連覇ならず。リモミンちゃんが新チャンピオンの座をつかみ取りましたぁーっ!」
アナウンサーは大興奮で叫ぶ。
「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「リモミン、リモミン、リモミン。おおおおおおおおおおおっ♪」」」」」
男性観客中心の歓喜の声。
「リモミンって人、強過ぎてヤバいよヤバいよ。めっちゃいい試合だった。女の子が男と格闘技で互角に戦えてるって、俺のいた世界の格闘技では考えられないよ」
哲朗も大興奮だ。
「「「「「あ~ん、ダカオさぁ~ん」」」」」」
「でもリモミン相手なら負けてもしょうがない」
「リモミンちゃんがよく頑張った!」
女性観客中心の、残念がる声。
そんな中、
ダカオさんは、スゥッと息を深く吸い込み、
「リモミン、おまえの強さに惚れた。おれさまと、結婚してくれっ!」
会場中に響き渡る大声で、なんとプロポーズ。
一瞬の静寂ののち、
「はい! 喜んで」
リモミンさんは俯き加減で、照れくさそうに受け入れて、ダカオさんの手をぎゅっと握り締めた。
「ありがとう!」
ダカオさんは満面の笑みを浮かべる。
「なっ、なんとダカオさん、リモミンさんにプロポーズしてしまいましたぁ!」
アナウンサーから大興奮の叫び声。
同時に、
「「「「「「「「「「「「「「「「「うわあああああああああああああああああっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「えええええええええええええええ~っ」」」」」」」」」」」
「「「「「リモミ~ン、結婚なんて聞いてないよぉ~」」」」」
「おっ、おめでとう」
男性観客中心の悲しみ交じりの声。
涙を流す人も大勢いた。
「俺もうファンやめる」
「リモミン、お幸せにーっ」
応援グッズを破り捨てたりして、そそくさ会場をあとにする人も。
「ドラ〇ンボールの悟〇とチ〇の逆パターンじゃないっすか。顔のいい男が綺麗な女を落とすのは当たり前ってわけかぁ。でも男が女の子に力勝負で負けるって、俺のいた世界じゃ情けないことで、ダカオの奴逃げ出したくなるかなって思ったけど、この世界だとそんな感覚はないのかな?」
哲朗はそんな疑問も浮かぶ。
「さすがダカオ!」
「やるじゃん、ダカオ」
「「「「「ダカオさん、婚約成立おめでとう!」」」」」
「「「「「ダカオさぁ~ん、結婚されるのは残念だけど、リモミンちゃんとなら認められるよ」」」」」
女性の観客を中心に称賛の声もあった。
ともあれ、ワガデ王国最強を決める格闘技大会は、これにて大好評で幕を閉じた。
「ダカオさん、リモミンさん。ご結婚おめでとう!」
「待て哲朗、おれさまとリモミンはまだ正式な夫婦になったわけじゃないからな」
「嬉しかったよ♪ ダカオ」
ダカオさんとリモミンは、手を繋ぎ合ったままラブラブな雰囲気だ。
「それより哲朗、このあとはファンとの交流会だ。哲朗もぜひ参加してくれ」
「この大会の主役は格闘家だけじゃないからね」
その二人からこう言われ、
「俺もいいのか」
哲朗はちょっぴり罪悪感。
まもなく、いろんな種族の子ども達も大勢、この会場に駆けつけて来た。
「「「「「「「「「「「ダカオ、サインくれーっ!」」」」」」」」」」」
そして大声でこんなお願い。
「ダカオさんだろ」
「「「「「「「「「「「ダカオさ~ん、サイン下さい」」」」」」」」」」」
「おう!」
ダカオは快く、言い直してくれた子ども達一人一人にファンサービス。
どうやらこれが暗黙の掛け合いルールらしい。
「ダカオさん、子ども達にも大人気っすね」
「いやぁ。子ども人気は哲朗には負けるよ」
ダカオは哲朗の周りにも群がる子ども達を眺めながらハハハッと笑う。
その矢先、
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「哲朗もサインくれーっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「「「シールも欲し~い!」」」
言った通り、ダカオさんよりも大勢の子ども達からこんな要求が来た。
「おーい、子ども達、哲朗さんだろ」
ダカオさんが優しく注意すると、
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「哲朗さ~ん、サイン下さ~いっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
子ども達は丁寧語で言い直した。
「俺は呼び捨てでもいいよーっ!」
哲朗も快く子ども達一人一人にファンサービスをしたのだった。
☆
ファンの方々もみんな帰ったあと、格闘技大会参加者達同士での交流会も始まる。
「格闘技最強チャンピオン経験者同士のご結婚は、実にめでたいっすね」
哲朗がそう言うと、
「いやいや、この国というか、真の世界チャンピオンは、コキアダワさんで間違いないよ。あの人はとてつもなく強過ぎる。絶対出場してくれないけどな」
ダカオさんは苦笑いで伝えた。
「あのお方に出場されたら、何十年もチャンピオンの座を守られちゃうよ」
リモミンさんも同じく。
「俺様も昔挑まれて全く歯が立たなかったぜ。立ち会った瞬間に掴まれて川に放り投げられた」
「おれの自慢の突っ張りも全然効かず、弾き返されちゃったよ」
カベマさんもボケノアさんも苦い表情だ。
「この格闘技大会は別名、強さ自慢大会、目立ちたがり屋大会とも呼ばれてるからな。おれさまみたいな強さを自慢したい、目立ちたいって奴らが出る大会でもあるんだ。本当に強い奴はこういう大会には出ず、強さを自慢したりなんかしないものなんだ。世の中にはおれさまやリモミンよりも強い奴らがごまんといるぜ」
「俺のいる世界のミスコンみたいな感じかぁ」
「哲朗、コキアダワさんに最強とか絶対言っちゃダメだぜ。あの風貌でも心は乙女だからな」
ダカオさんは真顔で忠告する。
「うん、分かってる。リモミンさんや、他の女性の方もめちゃくちゃ強かったっすね。俺のいた世界なら女子プロレスや女子柔道でも活躍出来ますよ」
哲朗は褒め称えると、
「哲朗の国のスポーツ競技は、男女別で分かれてるの?」
女性格闘家達はきょとんとした表情を浮かべる。
「はい。男と女では身体能力にかなり差がありますから。各種競技の記録も、男女別で順位付けされてますよ。学校での体育の授業も中学以降は男女別で分かれますし、部活動も男子バスケ、女子バスケみたいに男女別に分かれますよ」
哲朗が淡々と伝えると、
「そうなのか! 驚きだ。この国ではスポーツ競技や学校の体育の授業も男女混合が当たり前なんだが」
ダカオさんも、
「男女で分けるって発想すらなかったよ」
「哲朗の国の人って、身体能力に男女差があるんだ!」
女性格闘家達も驚いた様子だった。
「哲朗さん、これ見て下さい」
格闘家の一人が哲朗に、この世界の様々なスポーツ競技上位者の記録が載っている図録を手渡してくれた。
やり投げ、砲丸投げ、徒競走……etc。一位の記録や上位の記録が男女ほぼ同数くらいだったのだ。
「異世界の住人、理想的な男女平等っすね。ダカオさんも、リモミンさんも、またお会いしましょう。お二人はこれから“夜のバディファイト”でお忙しいですもんね」
「もう、哲朗さんったら」
「うぼわっ!」
リモミンさんに頭をべしっと叩かれてしまう。
スイカヘルメットを被ってはいたが、けっこう衝撃があった。
「哲朗、おれ達は今日付き合い始めたばかりなんだぜ」
ダカオさんは照れ臭そうに主張する。
「そりゃぁ失礼しました。では皆さん。お元気でーっ!」
こうして、哲朗は参加者達に別れを告げて、ドラゴン風の生き物に乗って朗らかな気分で家路についたのだった。
「一〇〇メートル走、一位とそれ以下の上位者も七秒台って……ウサイン・ボルトもびっくりな記録だよ。この世界の人の身体能力ヤバいよヤバいよ」
あの図録を改めてじっくり読みながら。
☆
熱湯風呂芸と氷風呂芸で疲れ果てた哲朗であったが、コリル宅へ帰ったあと、
「あちちちちっ! 今日はもうカンベンして下さいよぉ~」
いつものようにコリルとそのお友達に熱湯風呂芸をやらされたのだった。
お願いされた芸はどんな健康状態でも引き受ける。
哲朗はまさにリアクション芸人の鏡なのだ。
☆
哲朗の格闘技参戦は、翌日の新聞ではダカオさんのプロポーズ宣言のため一番ではなかったが、二番目に大きな記事で扱われたのだった。
ちなみに、うつ伏せで無様に負けたボケノアの姿を模った焼き印が押された、『負けノアのチーズケーキ』もワガデ王国中のケーキ屋さんで販売されることになったそうである。
試食した第一号のカベマさんも大絶賛。
「あの野郎には格闘技じゃ敵わない分、こうやって憂さ晴らししてやるぜ」
焼き印された箇所をフォークで突き刺して形を崩してからお口に運ぶのが、至高の味わい方だそうだ。
その日、哲朗は日本での中学・高校に当たるギムナジウムで体育の授業に参加させてもらうことに。
確かに男女混合ではあったが、
「着替えは男女別かぁ。そりゃそうだよな」
という現実に哲朗はちょっとがっかり。
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