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第九話 動物園と水族館に行ったけど、やはり見た目がヤバいよヤバいよ

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次の休日。
「哲朗おじさん、今日は動物園と水族館に連れて行ってあげるよ」
「見たことのない動物だらけだろうから楽しみだなぁ」
哲朗とコリルはお馴染みのドラゴン風の乗り物に乗せてもらい、まずはワガデ王国内最大規模の動物園へ。

 コリルは無料、哲朗は入場料大人500ララシャを支払って、園内へ。
「おううううううううううう! いきなりすげえ! 恐竜みたいじゃん。乗ってみてぇ~」
 多数羽のダチョウのような鳥がお出まし。
 哲朗の背丈よりも大きかった。
「哲朗おじさん、ちっちゃい子どもみたいに大はしゃぎだね」
 コリルはふふっと微笑む。

サル舎を訪れ、最初にカムラオの檻の前を通りかかると、
 ギャーッ!! ヴォーッ!! ウォッウォッウォーッ!! フォーッ!! ウッフォ!!
 中にいる五頭全てのカムラオが急に甲高い雄叫びを上げ、二人の方へ近寄って来た。
ウォーッ! ヴォーッ!
 ウホウホウホウホウホォーッ! ウッホッホーッ!
「うるせえ。けど野生のやつよりは大人しい感じだな。カムラオの檻の隣は、めっちゃキモい猿もいるじゃん。あいつに似てる」
 哲朗は茶色い毛並みでマッシュルームカットな髪型をした猿のもとへ興味津々で近寄る。
「あれはダリーカオジィっていうお猿さんだよ。餌を食べる時とかに凄い速さで舌をぺろぺろさせるの。ほらっ! 今やってるぅ」
 コリルは楽しそうに伝える。
「ハハハッ! ますますあいつそっくりだな。速さ勝負させてみたいよ」
 芸人仲間に瓜二つの奴がいて、哲朗は大笑い。
「「「うわ~。きもーい」」」
 十代半ばくらいの女の子達からもこんな拒絶反応。
 こう言いつつ、ダリーカオジィのぬいぐるみを鞄に飾っていた子もいたが。
「野生のダリーカオジィはシュガメルッギトイナの森っていう薄暗くてものすごぉく不気味な所にたくさん棲んでるよ」
「野生のも見てみたいな」
「お肉も美味しいけど、コキアダワさんみたいに舌を超高速ペロペロする下品な癖がうつるって迷信を信じてる人もいて、子どもには食べさせたくないって人も多いよ。わたしのお母さんはそんなことないけど」
「そうなのか。あの人らしいな。おう! 赤ん坊も舌ペロすげえ速いじゃん」
 哲朗はくすっと微笑み、赤ちゃんダリーカオジィが超高速舌ペロでお母さんダリーカオジィの母乳を吸っていた様子も眺めた。 
「お隣はゴリラか。こいつもめっちゃ似てるやついるよ」
 哲朗は知人そっくりな数頭の魔物を眺めてまたしても大笑いしてしまう。
「真ん丸なお顔で禿げてる方がヤロンチクで、頬が黒ずんでる方がロヒンクっていう魔物さんだよ。どっちも強そうでしょ。野生ではカダサースイダスヤ氷原に棲んでるんだ。種族は違うけど群れで仲良く暮らしてるよ。暑さに弱いから氷風呂が大好きなんだよ」
「俺、熱湯風呂芸だけじゃなく氷風呂芸もよくやらされたなぁ」
「それ見た~い」
「コリルちゃん、それは勘弁して。熱湯風呂の方がまだマシだから」
 哲朗は苦々しい表情で言う。
「ヤロンチクとロヒンクのお肉も食べれるけど、体に悪いものがたくさん含まれてるし、不味いから食べない方がいいって偉い栄養学者さんが言ってたよ」
「確かにあの魔物の肉は食べる気がしないな」
「ヤロンチクのオスはね、ものすごぉく酷い性格なんだよ。子育てには全然携わらなくて、天敵に襲われそうになったら子どもを置いて真っ先に逃げ出すし、仲間が病気や怪我をしても知らんぷり、巣作りも餌を捕るのも全部メス任せ、しかもその餌を横取りしてそれを食べるわけでもなく寝床に持ち込んで、腐らせるまで置いて遊ぶ謎の行動もとるんだ。獰猛な魔物でも仲間同士では協力したり守ったりをしてるにも拘らずこの性格だから、魔物の中でクズ中のクズって言われてるんだよ。檻の横にある説明看板にも書かれてあるよ」
「ハハハッ、そこもあいつそっくりだな」
「ヤロンチクズって呼ばれ方もしてるよ。食べ物を粗末にすることを、俗語でヤロンチクるとも言うんだ」
「存在感ある魔物だなぁ。あいつと対面させてやりてぇ」
 コリルから楽しそうに伝えられるこの魔物に対する豆知識を、哲朗は楽しそうに聞いていた。
 
サル舎を抜けた辺りで、カムラオショーもやっていた。
「あっ、哲朗さん、お久し振りです」
「あなたは、あの時のカムラオショーのお姉さんじゃないっすか。あの公園に出張しに来てたんっすね」
「はい。ここを拠点に、カシタ君を連れて全国各地で公演を行ってますよ」
 ウキキ♪
 カシタ君は哲朗と目が合うと、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「カシタ君、今日はリベンジ果たすぞ!」
キキッ♪
カシタ君はにっこり微笑む。
「まずは、なわとび対決からやってみましょう!」
「ちょっと待って下さいお姉さん、身体能力系は絶対勝てないっすよ」
「では、哲朗のヤバいよヤバいよゲーム対決にしましょう」
 カムラオショーのお姉さんは、ジェンガによく似ているおもちゃを持ってくる。
「それなら、勝てるかも。いや、勝たないとヤバいでしょ俺のゲームだもん」
 こうして、『哲朗のヤバいよヤバいよ』対決をすることに。
 ウキキキキ♪
 カシタ君も初めて遊ぶようで上機嫌だ。
「先攻は、くじで決めちゃいましょう」
 お姉さんは割りばしのようなものが二本入った筒を持ってくる。
「じゃんけんでもいいっすけどね」
 哲朗がこう伝えると、
「じゃんけん? どういったものなのでしょうか?」
 お姉さんはきょとんとしたのち、アハッと笑う。
「じゃんけんっていうのがないんだ! この世界」
 哲朗は驚き顔だ。
「ルールを説明するのも時間かかっちゃうんで、くじでいいっすよ」
「哲朗さん、気になるのであとでじゃんけんというものがどういったものなのか、教えて下さいね」
「もちろんいいっすよ」
 とりあえず、哲朗とカシタ君、二人同時にくじを引いた。
 棒の先端部分が哲朗は赤、カシタ君は白だった。
「哲朗さんが先攻です!」
 お姉さんはそう告げるも、カシタ君はにっこり笑顔で余裕の表情だ。
「「「哲朗、頑張れ!」」」「「「ヤバいよヤバいよ」」」
多くの観客が見守る中、
「じゃあ、いっきまーす。崩れるなよ、崩れるなよ。“絶対に”崩れるなよ」
哲朗は恐る恐る積み木を一つ引き抜く。
 見事成功!
「「「「「カシタ君、頑張ってぇ~ぇ!」」」」」
 ウキキキ♪
 カシタ君も成功だ。
 観客からの応援に、照れくさいのかにっこり笑って頭を掻く。
 哲朗、二本目。
「崩れるなよ、崩れるなよ。“絶対に”崩れるなよ。うわっ! ヤバいよヤバいよ」
 大きくぐらついてしまったものの、無事成功。
 ウッキ♪
 カシタ君はぐらつかせることなく余裕の成功だ。
 哲朗、三本目。
「崩れるなよ、崩れるなよ。“絶対に”崩れるなよ。よぉし、いいぞ」
 ぐらつかせることなく余裕だった。
 かに見えたが、
 次の瞬間、
 ガシャーン!
 哲朗のヤバいヤバいよおもちゃは崩れてしまった。
「あらら、負けちゃったか」
 哲朗は苦笑い。
 その約一秒後だった。
「コラッ! カシタ君、妨害行為はダメだよ。カシタ君の反則負け!」
 お姉さんは険しい表情になり、カシタ君をしっかり注意したのだ。
「お姉さん、カシタ君が何かしたんっすか?」
「塔を目掛けて息をふぅって吹きかけたの」
「そうでしたか。まあまあお姉さん、カシタ君まだ子どもみたいですし、大目に見てあげて下さいよ。俺の負けでいいっすよ」
 哲朗はハハッと上機嫌で笑う。
「子どもじゃないです。カシタ君は私がちっちゃい頃からいっしょに育って来た、二十歳も過ぎた立派な大人です。たとえ子どもであっても甘やかし過ぎるのはダメです」
 お姉さんはきっぱりと言い張る。トレーナーらしく叱る時はちゃんと叱るのだ。
 ウキィ。
 カシタ君はしょんぼりして反省。反省だけなら猿でも出来るのだ。
 ともあれ哲朗の初勝利である。

「では、またお会いましょう」
 哲朗は約束通りお姉さんにじゃんけんのルールを簡単に説明してあげ、お姉さんとカシタ君に別れを告げた。

園内を歩き進んでいると、キリンのような魔物の檻がまみえた。
周りには大勢の人だかりが。ちょうどエサやりの時間だったのだ。
 スケッチに励んでいる子ども達も大勢いた。
「長閑でいい風景っすね」
 哲朗が朗らかな気分で通り過ぎていると、
「んっ! あそこにいるのはコキアダワさんじゃないっすか! ハッちゃんとリーブ君まで。ご家族で来てたんっすね」
 あのお方を発見。
「あぁーーーっ! 哲朗だぁーっ! ヤバいよヤバいよ」
「ヤバいよの哲朗だぁ~♪」
 リーブ君とハッちゃんは大喜びで哲朗の側に駆け寄って来る。
「コラッ! リーブ、ハッちゃん、哲朗さんのお下品で低俗な言葉遣いを真似しちゃダメッ!」
 コキアダワさんは険しい表情で注意する。
「「はーい」」
 リーブ君とハッちゃんはすぐに大人しくなる。
「やっぱママが怖いんっすね」
 哲朗はハハッと笑う。
「哲朗さん、あれ以降は子ども達の前でお下品な芸を披露していないでしょうね?」
「もっ、もちろんっすよ」
 コキアダワさんにニカリと微笑まれ、哲朗は焦り顔で答える。
「では、コリルちゃんに哲朗さん、ではまたどこかでお会いしましょう」
「「ばいばーい」」
 コキアダワさん親子を見届け、哲朗とコリルもまるで親子のように園内を歩き進んでいく。
「マジで! 嘘でしょ!? マンモスもいるじゃん! 俺のいた世界じゃとっくに絶滅してるよ。こいつがいるってことは、マンモス肉もあるのか?」
「うん! すごく美味しいよ。給食にもたまに出るよ。あそこの屋台でも売られてるよ」
 コリルは数十メートル先を指し示す。
「おううううう! あのマンガ肉の形してるじゃん。お姉さん、一本下さぁ~い!」
「五〇〇ララシャで~す」
「思ったより安い!」
 哲朗は一目散にその場所へ駆け寄っていき、狐っぽい耳をしたお姉さん店員さんから購入した。
 そしてガブリと齧り付く。
「うっ、めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~。リアルで食えるなんて最っ高だよ。幸せ過ぎてヤバいよヤバいよ」
 そして傍から見ると正直キモい恍惚の表情へ。嬉し涙もぽろりと出た。
「マンモスのお肉は確かにすごく美味しいけど、泣くほどかなぁ?」
 普段から食べ慣れているコリルは微笑ましく眺める。

ブヒョ、ブヒャ、ブヒュブヒュ♪
 なんとも汚らしい豚のような鳴き声も聞こえて来た。
「うわー、俺らの世界にいた豚以上に森〇中そっくりだな」
 哲朗は檻の中にいた三頭のそいつを眺め、またしても笑ってしまう。
「あの豚さん、お肉もすごく美味しいよ。ラバンナにステーキ料理で出てるよ。わたしも大好き♪ 市場にも売られてるから、晩御飯に買って帰ろう」
「いいなぁ。俺も食いたいし、森〇中に食わせてみたいよ」
ニャーォ♪ ニャーォ♪
「ネコもいるのか」
「シロヒネコっていうネコさんが展示されてるんだよ」
 哲朗とコリルは猫っぽい鳴き声がした檻の方へも近寄ってみた。
「でかっ! ネコというより、トラに近い生き物だな。まあトラもネコ科だけど」
「哲朗おじさん、近寄り過ぎると危ないよ」
 コリルが注意した矢先、
 ゴォォォ!
「うぉあっ! あちちちっ!」
 哲朗は驚いて仰け反る。
 体長二メートルほどのそいつは威嚇して炎を吐き出して来たのだ。
「炎まで吐けるのか! さすがファンタジーだな。俺らのいた世界には炎吐く生き物なんていないよ。可愛らしい鳴き声してニャばいよニャばいよ」
「シロヒネコはきちんと躾ければ炎でお料理も手伝ってくれるし、ペットとしても大人気だよ。持久力があって長距離走れるから、魔物狩りのお供にも利用されてるの」
「ますますファンタジー世界っぽいよ」
「爬虫類魔物館は哲朗おじさんの好きそうな魔物いっぱいできっと喜ぶよ」
「じゃあ次そこ行こう!」
薄暗い館内に入るとさっそく右側にオオアナコンダ、左側にニシキヘビのようなヘビがお出ましした。
「でかっ! 二〇メートルくらいあるんじゃないの。こんなでかい蛇見たことないよ、ヤバいよヤバいよ。まさにファンタジー世界の大蛇って風格だな」
 哲朗は子どものように目をキラキラ輝かせる。
「毒も持っててめちゃくちゃ強いんだけど、コキアダワさんはこの蛇を蹴り一発で倒してたよ」
「やっぱ凄いよなぁ、あのお方」
 哲朗が感心している中、
「きゃぁんっ! いきなり動いた。怖ぁいっ!」
「大丈夫だよ」
 わざとらしく彼氏に抱き付く若い女性の姿もあった。
 この世界にもこういう感じのバカップルいるのか。
 哲朗は微笑ましく眺め、館内を進んでいく。
「うおおおおおっ! 亀が空飛んでるよ! ファンタジーだよヤバいよヤバいよ」
「この魔物さんも火を噴くから近づき過ぎると危ないよ」
 その後も彼のいた世界では見たことのない爬虫類達と遭遇し、大興奮。
 子どものようにはしゃぎ回る哲朗を、コリルは微笑ましく眺めるのだった。

爬虫類魔物館の出口を抜け、
「すげえ! グリフォンもいるじゃん。俺のいた世界だと伝説の生き物だよ」
「グリフォンさんは、郵便物や荷物の配達用によく使われるよ」
「凄い世界だな。ライオンにも翼が生えてる。超恰好いい!」
哲朗とコリルが引き続き園内の魔物達を観察していると、
「獰猛な魔物が檻から逃げ出したぞ!」
「皆さーん、落ち着いて、レストランや土産物屋さんへ逃げて下さい」
 園内のスタッフさん達から警告の声が。
「お客様の中に、魔物ハンターの方がございましたら、捕獲のご協力をお願いします」
 こんなアナウンスもされる中、
「「「「「「「「ヤバいよヤバいよ」」」」」」」」
 哲朗の口癖を呟きながら逃げ惑う人々の姿も。
「哲朗おじさんも早く逃げて! ヤバいよヤバいよ」
「どんな動物なのか間近で見たいんだけど、まあ危険だよな」
 コリルと哲朗も大急ぎで近くのレストラン内へ。
 それからほどなく、
 逃げ出した魔物がレストランの建物のすぐ横まで迫って来た。
「サーベルタイガーみたいじゃないっすか! めっちゃ恰好いい!」
 窓ガラス越しにわくわく気分で眺める。
体長五メートルくらいはあった。
 グォォッッ!
 唸り声をあげながら、時おり二本足で立ち上がりつつ、園内を猛スピードで走り回り、高さ十メートル近くある太い木の幹に突進した。
「マジで! 嘘でしょ!! 威力ヤバすぎでしょ。俺のいた世界だとヒグマやゾウでもあんなには強くないよ。こっち向かって来たらリアルガチにヤバいでしょ」
 哲朗は唖然とする。
 木を根こそぎ倒してしまったのだ。
「火まで噴いてるよ。怪獣だよ、ますますヤバいよヤバいよ。この世界の最強の魔物なのかな?」
 哲朗は尚も食い入るように観察してしまう。
「いやいや哲朗おじさん。この世界全体の魔物の中では、かなり弱い方だよ」
「そうなのか! あの魔物よりも遥かに強い魔物がうようよいるのか。この世界ヤバいよヤバいよ」
「あの魔物も、普通の人間じゃ全く歯が立たない強さだけどね。格闘家十人がかりでも武器無しじゃ仕留めるのは無理だよ。動物園で飼育されてる中では、最強クラスだと思うよ。マンモスも爪一撃で倒されちゃうもん。あれ以上の強さの魔物さん達になると、動物園で管理出来るレベルじゃないからね」
コリルは苦笑いで教える。
 そこへ、
「皆様、ご安心下さいませ」
 コキアダワさんがご登場!
 丸腰だった。
「おう! コキアさんだ!」
「これでもう安心だな」
「「「「「コキアに、おまかせ!」」」」」
 レストラン内の観客達から歓喜の声。
 コキアダワさんは声援に応えるかのように、ピースサインのようなポーズをとった。
 余裕のようだ。
 ガォッ!
 猛獣は立ち上がると、大柄なコキアダワさんの背丈の三倍くらいの大きさがあったが。
 コキアダワさんが、
「ハッ!」
 と。気合いの声をかけた瞬間。
 猛獣はびくりとなり、急におとなしくなった。
 そして、仰向けになり腹を見せて服従のポーズ。
「いい子、いい子♪」
 コキアダワさんに褒められると、
 ニャ~ォ♪
時おり猫のような鳴き声を出しながら、元いた檻へ自分で戻っていったのだった。
 パチパチパチパチパチッ!
 屋内から見守っていたお客さん達から盛大な拍手。
「あのお方、やっぱ凄過ぎるわ~。戦意喪失させてたし」
 哲朗はまたしても感心させられた。
        ☆
「記者の皆様、もしこの場にいらっしゃいましたら、わたくしのことは、恥ずかしいので新聞には一切載せないで下さいませ」
 コキアダワさんは屋内へやって来ると、にこぉっと微笑みかけて、念を押しておいた。
 新聞記者と思われるお方もいたようで、表情が青ざめていた。
 ともあれ、猛獣脱走事件は事なきを得たのだった。
 哲朗とコリルは、園内全ての展示動物=魔物を見終えると、
「元の世界に帰れた時に、あいつらの土産に買っておこう。部屋に飾りたくなるよ」
併設のスーベニアショップでカムラオとダリーカオジィとシロヒネコのぬいぐるみなどなど限定グッズを多数購入し、動物園をあとにする。
「ヤバい姿の動物ばかりでめっちゃ楽しかったよ」
「それはよかったよ」
「隣に遊園地もあるのか。日本の動物園と似た感じだな」
「ここは動物園の入場料に含まれてるよ。遊び放題だよ」
 コリルと哲朗がゲートを通り抜けてすぐ、屋台がいくつか並んでいて、
「俺のお面まで売ってるじゃん。俺の新作グッズがまた出来てるよ」
 日本でも縁日でよく見かけるような、お面屋さんも目に飛び込んでくる。
「やあ哲朗さん、あなたのお面が一番売れてますよ」
 猫のような耳をした男性店員さんが伝えた。
「それは光栄っすね。俺のお面買っちゃおう」
 哲朗はコリルの分と合わせて二枚購入。
辺りを見渡してみると、哲朗のお面を身に着けた子ども達の姿も見受けられた。
「俺がいっぱいでヤバいよヤバいよ」
 哲朗が楽しそうに眺めていると、
「おーい、哲朗さーん」
 どこかから彼を呼ぶ声。
「あなたは、おもちゃ屋の店員の方。お久し振りっすね」
「今日はうちの店開店二〇周年記念で哲朗グッズガチャ大放出やってるんだ。一枚百ララシャの抽選券、一枚につき一〇回引けるやつさ。最高レアの星3が金の哲朗フィギュアなどの数万ララシャ相当の哲朗グッズ、星2が“哲朗のヤバいよヤバいよ”とか哲朗のイラスト入りトランプとか数千ララシャ相当の哲朗グッズ、星1は数百ララシャ相当の哲朗の名言入り鉛筆や、イラストが描かれたノート、哲朗を模った消しゴムなんかと交換出来るよ。星1でも超お得だよ。さらに今日は特別サービスで三〇回、つまり三〇連まではタダで引けるんだ」
 店員さんは陽気に伝える。
 彼の出店している屋台横に、高さ一メートルほどある大きなガチャガチャのようなものが備え付けられていた。
「超太っ腹っすね」
「星3の景品も今までのガチャ抽選会の時よりも出る確率を二倍にしてるからね。哲朗さん、ちょっとの間でいいから売り子の手伝い頼むよ。よりお客さん集まりそうだし」
「そんなのお安い御用っすよ。任せて下さい!」
 哲朗は快く承諾。
 店の前に立つと、
「皆さーん、俺のグッズ大放出だよ。今なら最高150連ガチャ無料。さらに星3が二倍。ヤバいよヤバいよ」
 楽しそうに大声で、園内を歩く人々に呼びかける。
「哲朗、150連も無料はちょっと……まあ、いっか。お客さんがいっぱい集まってるし」
 店員さんはちょっぴり困惑気味。
 ともあれ、
「ママ、ぼくやるぅ~」「無料分だけよ」「ボクもガチャ回したぁ~い」「星3、当たりますように」「星3より、星1の方が欲しいな」「哲朗、太っ腹過ぎてヤバイよヤバイよ」
哲朗グッズガチャの景品は瞬く間に無くなった。
150連以上にガチャガチャを回したいという人が続出。
 結局は儲けになったのだった。
「最高レアの星3の景品より、星1、星2の景品の方が子ども達に喜ばれるのはなんか複雑な気分だよ。まあ、遊んで楽しめるのは星1、星2の方だから、子ども達にとっては低レア景品の方が嬉しいよなぁ」
 店員さんは苦笑いする。
「日本にはソシャゲっていうガチャを引いてキャラを出して、そのキャラを編成してクエストを進めるゲームがあるんっすけど、最高レアより低レアの方がかわいくて、性能まで良いから欲しいってこともありますからね」
「どんなものなのかよく分からないけど、豪華さよりもお客様のニーズに応えるのは商売人として大事だよな」
「その通りっすね。それにしても、最高レアの商品、本当によく出ましたね。最高レアは無しかと思ったんすけど」
「そんなせこいことしちゃ店の信用ガタ落ちだよ。日本ではそういう詐欺行為が行われてるのかい?」
「しょっちゅうありますよ」
「日本の商売人はダメだな」
「まあ悪い人もいますが、良い人の方が多いっすから。それじゃあ、また」
「おう。またな哲朗」
「またね、おもちゃ屋のおじちゃん」
 コリルと哲朗は遊具のある方へ。
「うおおおおおおおっ! プテラノドンみたいなのがいるじゃん! USJのフライングダイナソーは所詮作り物だけど、ここのは本物じゃん。めっちゃ乗りてぇ~」
 プテラノドンのような魔物が、子ども達を乗せ優雅に上空を旋回しているのを眺め、コリル以上に大はしゃぎな哲朗。さっそく乗車口へ駆け寄っていく。
「すみませんお姉さん、俺も、乗せてもらえませんか?」
「ごめんなさい哲朗さん、この子には子どもしか乗れないんです」
 係員のお姉さんはにっこり笑顔で答える。
 グ~ォ。
 プテラノドンのような魔物の方も哲朗を見つめ、嫌そうな表情を浮かべていた。
「やっぱおっさんは乗せたくないかぁ」
 哲朗はてへりと苦笑い。 
「哲朗大人げなぁい」
「大人なんだから我慢しなよ」
「いい年してみっともなーい」
「哲朗重そうだから乗せたらドラゴンちゃんがヤバいよヤバいよになっちゃう」
 並んでいた子ども達からもヤジが飛ぶ。
「大人の方でもご乗車出来るアトラクションもいくつかご用意してありますので、そちらをご利用下さいませ」
「分かりましたー」
 係員のお姉さんに申され、哲朗はしぶしぶ退場。
「哲朗おじさん、メリーゴーランドやジェットコースターは大人でも乗れるよ」
「コリルちゃん、この世界のメリーゴーランドって、本物の空飛ぶ馬に乗れるのか?」
「うん、遊園地の乗り物って、本物の魔物さんが乗せてくれるのが多いよ。日本では違うの?」
「日本の遊園地の動物型の乗り物は作り物だよ。メリーゴーランドの馬とかも」
「そうなんだ。つまらなそう」
「確かに、この世界の遊園地体験したら日本のはつまらなく感じそうだよ」
哲朗は翼の生えた馬が旋回する、この世界のメリーゴーランドに乗馬すると、
「うおおおおおおおっ! めっちゃ楽しい! ヤバいよヤバいよ」
 小さい子どものようにはしゃぎ回ってしまう。

        ☆

遊園地をあとにし、ドラゴン風の生き物に乗せてもらい水族館へ。
 コリルは無料。大人料金1500ララシャで入場。
 入場口を抜けると、いきなり巨大水槽が目に飛び込んでくる。
「うおおおおおおおおおおおっ! 俺のいた世界の深海魚以上にヤバい姿の魚ばかりだな。さ〇なクン連れて来たら大興奮で大喜びしそうだよ」
 哲朗もおどろおどろしかったり、キモかわいかったりいろんな姿をしたこの世界のお魚達を大興奮で眺めた。
 沼に棲む生き物達の展示もあった。
 マーボーの沼と名付けられた水槽の前で、
「コキアダワさんのマーボー料理、めっちゃ美味かったかなぁ。ん? コキアダワさんらしきお方のイラスト付きの案内板があるぞ。コキアダワさんの美味しいマーボー料理教室。本日午後3時より開催予定だって。あのお方こんなイベントにも参加されてるのか」
 哲朗は発見するや、興味深そうに眺める。
「コキアダワさんのお料理教室はすごく評判がいいんだよ」
 コリルは楽しそうに伝えた。
「ボビー、じゃなくてビーボも午前にイベントやってたのか。ビーボ先生と折り紙で作ろう、水辺に棲む魔物達。めっちゃ楽しそうじゃん」
「ビーボ先生の催しも子ども達やお母さん達にすごく評判良いよ。顔は怖いけど」
「コリルちゃん、それは失礼だよ。事実だけど。おう! トドもいるじゃん。日本のトド以上にあいつに似てる!」
 体長三メートルほどのそいつを眺め、哲朗はくすくす笑ってしまう。
「あれはラヒムっていう海の魔物だよ。野生では熱帯のナバンマナ諸島近海に棲んでるんだ。お肉も美味しいよ」
「芸も出来るのか?」
「うん。もうすぐショーが始まるみたいだよ」
「じゃあ、俺も参加させてもらうか」
 哲朗はノリノリでラヒムショーが行われる会場へ。
「すみませんお姉さん、俺もいっしょに芸やってもいいっすか?」
「あら哲朗さん、もちろんいいですよ」
「ありがとうございます!」
 猫っぽい耳と尻尾の付いたラヒムショーのお姉さんは快く承諾してくれ、哲朗はわくわく気分で舞台へ上がらせてもらう。
「哲朗おじさん、頑張ってね」
 コリルは観客席の最前列へ。
 それから数分後、数百人収容出来る観客席はほぼ満席になり、いよいよラヒムショー開始。
「それでは、キュウちゃんのご登場です」
 ラヒムショーのお姉さんがそう叫ぶと、
ラヒムのキュウちゃんペタペタ這いながらみんなの前にご登場。
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 盛大な拍手と、
「「「「「「キュウちゃ~ん!」」」」」「キモかわいい!」「こっち向いてーっ!」
 大きな声援。
「今回は特別ゲストで芸人の哲朗さんも来てくれてますよ」
 ラヒムショーのお姉さんが伝えると、
「「「「「「「うおおおおおおおおおおお!」」」」」」」
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 キュウちゃん登場時ほどではないが観客から盛大な拍手。
「「「「「熱湯風呂、熱湯風呂、熱湯風呂!」」」」」
「鼻ザリガニもやって~」
 こんな要求をしてくる観客も中にはいた。
「こらこらおまえら、ラヒムショーを見に来たんだろ。俺は芸人仲間にそっくりなこのキュウちゃんって子といっしょに芸をしに来たんだよ。主役はキュウちゃんだよ」
 哲朗は爽やか笑顔で突っ込んでおく。
「これからラヒムのキュウちゃんの得意技をどんどん披露していきますよ。まずは、玉突きから」
 ショー会場の舞台上には、四隅に穴の開いたテーブルと、その上に一本の細長い棒といくつかのボールが用意されていた。
「テーブルの中央に置かれてあるボールを棒で突いて、穴にいくつ落とせるかを競う、ワガデ王国の子どもから大人まで大人気の遊びです」
「ビリヤードみたいっすね」
「哲朗さんのご出身地では、よく似たビリヤード呼ばれる遊びがあるみたいですね」
「俺、ビリヤードには嫌な思い出がありまして……かなり昔のことですが、海外ロケでマッチョな男に全裸でビリヤード台に張り付けられて、それ以上のことは思い出したくないっすね」
 哲朗は苦笑いで伝える。
 ハハハハハッ!
 観客達にもウケたようだ。
「さすが、体を張った芸が売りの芸人さんですね」
 ラヒムショーのお姉さんは爽やか笑顔で褒め称えてくれた。
 ア~ォ
ラヒムのキュウちゃんは手のひらで器用に棒を掴み、ボールをポンっと突く。
全部で六個あった玉のうち、三個が穴へ。
「キュウちゃん、今日はちょっと調子が悪かったですね」
 ラヒムショーのお姉さんは残念そうに言う。
「四個以上落とせば俺の勝ちか。いけるかも」
 哲朗はノリノリで棒を手に取る。
 そして、勢いよく突いた。
「あらら、同点か」
 哲朗はてへりと笑う。
「引き分けでしたね。続いては、楽器演奏対決。キュウちゃんが得意なアコースティックギターとピアノの演奏を哲朗さんもしてもらって、どちらが上手だったかをお客さんの拍手の大きさで決めてもらいます」
「それは勝ち目無いわ~」
 哲朗は苦笑い。
 ラヒムのキュウちゃんは器用にギターを手に取り、弦を弾いて何か癒しを感じさせるメロディーを数秒間演奏してあげた。
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
「キュウちゃん、お上手♪」
 お客さん達から盛大な拍手喝采。
「哲朗、勝てるか?」
 こんなプレッシャーをかけてくる人もいた。  
「俺なりに全力を出すだけだな」
 けれどもそこはベテラン芸人。哲朗は勝てないだろうなとは思いつつも堂々とギターを手に取り、適当に弦を弾いてみる。
案の定、なんとも耳障りな音色を出してしまった。
パチパチパチッ。
拍手も疎らだ。
「これは明らかにキュウちゃんの勝ちですねっ! 続いては、ピアノ演奏をしてもらいましょう」
 ラヒムショーのお姉さんは爽やか笑顔で告げる。
 ラヒムのキュウちゃんは、鍵盤に指を添えて、音を出した。
「ん? このメロディーは、アッ〇さんのあの曲にそっくりじゃないっすか」
 哲朗はにっこり微笑む。
 ラヒムのキュウちゃんが何小節かを特にミスなく演奏し終えると、
「キュウちゃん、コキアダワさんの『あの土地を均すのはあなた』の演奏、ありがとうございました」
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
 またもや盛大な拍手。
「キュウちゃん、俺のいた世界の知人の歌そっくりな曲名とメロディーで懐かしさを感じたよ。俺もピアノ、この曲くらいなら少しは弾けるぜ」
 哲朗は彼のいた世界では世界中でお馴染みの『猫踏んじゃった』の冒頭だけを演奏してみせた。
「すみません、これ以上は弾けません」
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
 それでもお客さん達から盛大な拍手。
「聞いたことのないメロディーだけど、楽しそうな感じで良かったよ」
 絶賛する声もあった。
「これは、引き分けですね」
 ラヒムショーのお姉さんがそう告げて、
「よぉし!」
 哲朗は思わずガッツポーズ。
「キュウちゃん、ありがとうございました。キュウちゃん、哲朗さんと握手をしてあげてね」
 ア~ォ♪
ラヒムのキュウちゃんは手をサッと差し出してくれた。
「キュウちゃん、またいっしょに芸やろうな」
 哲朗は快く応じる。
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッッ!
 そしてお客さん達からの拍手。
 アァァァァァ~ォ♪
 お客さん達の大きな拍手で見送られ、ラヒムのキュウちゃんはタップダンスをしているかのような軽快な動きで退場していった。 
「皆さん、飛び入り参加の俺も応援して下さり、ありがとう!」
 哲朗にもラヒムのキュウちゃんほどではないが、退場するさい大きな拍手で見送られたのだった。
        ☆
「そういやコキアダワさんのマーボー料理教室。もう始まってる頃だよな。二階の学び館ってとこだったな確か」
「うん」
 哲朗とコリルが会場へ立ち寄ってみると、
「今夜のおかず、どうしよう。あっ! 卵しかない。となったらマボ玉。マボ玉、マボ玉♪」
 ちょうどコキアダワさんが歌を口ずさみながら、特有のしぐさも交えてマーボーを解体してお料理を作っていた。
「あのう、コキアダワさんみたいに素手で解体するのは無理です」
「あらすみません♪ 皆様はナイフや斧をお使い下さいませ♪」
 あっという間にコキアダワさんのお手製のマーボー料理、『マボ玉』が出来上がっていく。
「コキアダワさん、歌いながらカニ歩きしてたの、めっちゃかわいかったっすよ」
 哲朗はパチパチ拍手を交えながら絶賛する。
「哲朗さん、あの動作は絶対にマネしないで下さいませー」
「わっ、分かりましたー」
 にこりと微笑まれ、哲朗は即承諾。
 ともあれ、
「うぉう! 美味過ぎるよ♪ ヤバいよヤバいよ」
 哲朗はコキアダワさんの手作りマボ玉に舌鼓を打った。
 
 そのあとはスーベニアショップでラヒムのぬいぐるみなどなど限定グッズを多数購入。
こうして水族館も満喫し、ドラゴン風の生き物に乗せてもらって家路についた。

 そして夕飯の団欒が始まる。
「コスヤさん手作りのマボ玉も最高っすね♪」
「いえいえ、それほどでも。コキアちゃんには全然敵わないわ。包丁で解体すると肉の質が落ちちゃうけど、素手で解体するなんてコキアちゃんくらいしか出来ないし」
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